2016年05月15日

上品

金曜日の夜、中之島の公会堂で槇文彦さんの講演会があり、うちの長男が数年間、槇事務所に在籍していたことや、つい先日、同じく槇事務所に在籍して、展覧会に展示してある模型のほとんどを、ひとりで製作したという長男の友人が、大阪に遊びに来ていて、家で皆と一緒に食事をしながら、あれやこれやと話を聞く機会があり、そんな縁に後押しされて、講演を聴きに行くことになった。

そういえば、いままで、建築の講演を聞いた記憶をたどると、学生時代に、安藤忠雄さんが、大学の小さな教室で、講演する機会があって、住吉の長屋や中庭がガラスブロックで出来た家の説明を聴いて、学生だったこともあり、とっても印象的だったが、それからずーっと記憶になく、数年前に住宅を施工をした経緯で、竹原義二さんの退官記念パーティにお誘いを頂いて、そこで最終講義があり、黒板に自筆であれだけの図面を毎回毎回書いていたのか...と、その建築に対する情熱とエネルギーに驚いたりした。

中之島の中央公会堂が、2階席も含めて満員の状況で、6時30分開宴なので6時前に、設計担当のササオさんとタカノリの3人で会場に到着すると、1階はほとんど満席状態で、3人が並んで座れる席は、最後列付近にしかなかった。学生からいわゆるシニアまで、幅広い年齢層のおそらく建築関係者ばかりだろうが、こんなに沢山集まっている人気ぶりに少々驚いた。

87歳になる、いわゆる老人なのだろうが、かくしゃくとした姿で、静かに語りだし、その姿や立ち居振る舞いから上品なオーラが会場を包んでいたのだとおもう。自ら操作して、プロジェクターに映し出された写真や平面図を解説し、最後にはNYのWTC4を紹介するビデオを映して、終了予定時刻午後8時ピッタリに、ありがとうございましたのコトバだけを残して格好良く終わった講演で、だれひとり私語を発することもなく、静かな話し声を聞き取ろうと、会場内には心地良い静けさが包んでいて、講演というより、とっても素晴らしい一時間半の「講義」だった。

ほとんどが写真やパースや平面図を用いた解説だったが、その中で、ウィトルーウィウスの「用強美」を引用したコトバが表示された画面があり、その画面の解説とともに、多くの観客が、メモを一斉に取り始めた姿が、とっても印象的な光景で、その「用強美」のその美を美=formとし、それに歓び=spaceを付け加えて、スペースが、ひとに歓びを与える可能性を示唆した講義内容でもあり、その歓びが、講演タイトルの「ヒューマンな環境の構築を目指して」のヒューマンにつながるのだろう....。

もうひとつ印象的だった言葉に、ニーチェの孤独は私の故郷である...だったような、ちょっと記憶が曖昧だけれど、その言葉を引用して、都市の中の建物にあるオープンスペースで、独りを楽しむ人の写真と解説があり、確かに私自身もシニアな年齢になってきて、それにこれからますますの高齢化社会になるにしたがって、まちに遊具のある公園とは違う小さなオープンスペースがあり、そこで、ひとりを楽しめる場所があれば良いとおもうわけで、コミュニケーションを楽しむコトと、ひとりを楽しむコトのバランスが大切な時代になってきたのかもしれない。

10547565_677682958972534_3003159010236068942_nそうそう、NYで見た槇さんのWTC4は、硝子のオブジェのような建築と言いながら、存在を誇示するような建築ではなく、硝子に周囲の景色が映し出されて、自分の存在が消えるような建築で、あのビル群の中にあって、ある瞬間に建物が消えて見えなくなる事があり、そういう消えることそのものが、WTCへのオマージュであるのだと知って、建築に対する奥深さを感じたりもした。

講演が終わり、地下鉄淀屋橋まで、中之島の川沿いを3人で歩いていて、どうしても今日中に終わらせなくてはいけない仕事が残っているらしく、会社に戻る予定になっていたが、川に浮かぶ船家の鰻の看板を見て、友人の鰻屋さんが、北浜の阿み彦さんの関西風の鰻は一度は食べておかなアカンでぇっと言ってたそのコトバが、槇文彦と阿み彦という語呂の良さも含めて、急に想い出されてきて、それで3人で北浜まで歩いて、鰻を食べに行くことにした。

関西風の炭火で丹念に焼かれて薄い色のタレがかかった鰻は、肝吸いと共に、とっても上品で美味しい鰻で、先ほどの槇文彦さんの上品な講義と相まって、印象深い上品な夜になった。

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投稿者 木村貴一 : 2016年05月15日 23:17 « 3パーティー | メイン | シニアーな人生の模索。 »


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