2010年05月30日

脳裏

もう6月。お正月から、あっという間。そう感じるのは、きっと年取ったせいなのだ。今日は、とってもエエ日和りで、でも、朝は少々肌寒むかった。そういえば、ここ数日、「寒むっ」とつぶやいた瞬間が何度かあったことを思い出した。

誰にでも断片的ではあるものの、目の前の光景とは別に、脳裏で映像が流れている瞬間があるとおもう。それが、目の前の光景と関連性があるのかないのかよく理解できないことも多いが、いまとここの私にとっては、今日の出来事であったり、今週の出来事であったり、ゴールデンウィークの出来事であったりで、脳というやつはおもろいやっちゃなぁ。とおもう。

今日は、施工をさせて頂いた清見原神社の合祀100周年祭というお祭りがあった。四ヶ所に散らばっていた神社が1カ所に集まってから100年が経過するらしい。ついでではあるが、清見原神社のいわれは・・・・・

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天武天皇が皇居であった大和の国飛鳥浄見原宮から、難波即ち今の大阪に舎人親王多古麿等を従えられて、行幸遊ばした際、当所に御休憩遊ばしたと伝えられている。 当時この所は高地で樹木が鬱蒼と茂り見晴らしがよく、住の江の海(今の住吉)に浮かぶ白帆が見え憩うには格好の場所であったようである。ここにしばし御休憩遊ばした天皇は「吉野はどこのあたりになるであろうか」と吉野の方をかえり見られたというので、今に「吉野見」の地名(小路二丁目三番地吉野見通りあたり)を存している。

と書いてあって、それは、意外にも古い歴史なわけで、いまいちど、あらためて大阪の歴史を見つめ直してみようという気分にさせられる。神社の仕事に携われた事は、うちの若い大工にとっては、無節の吉野檜を扱う機会に恵まれて、平田雅哉の一番弟子の沖棟梁のもと、道具の手入れから、材料の扱い方、大工としての心構えまで含めて、一から見つめ直す機会に恵まれたことが、なによりも有り難い事であった。

こんな事を書いていて、突然脳裏に浮かんだ映像は、お稚児さんとだんじりの記念撮影。カメラマンが、大きな声で、「さぁいきますよ!」と声をかけると、並んで整列していたお子さんのひとりが、その掛け声を駆けっこの合図とおもって、ママの方へ向かって一目散に走りだした。それを追いかける宮司さん、その光景が、「いとおかし」だった。

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撮影が終わって、宮司さんを補佐していた神主さんと挨拶を交わす。「このお稚児さんたちが、大きくなって、10年後、20年後、この地球がどうなっているのか、この国がどうなっっているのか、ほんとうに心配してるんです」と真顔で語る。

「かみしも」を着た誰かが、「次の100年後に、また、お会いしましょう」と冗談を言うと、「その時、わしは180歳やな」ときりかえした。そんなおやじギャグと神主さんの言葉に、さしたる深い関連性があるともおもえないが、言葉の連想によって、脳裏は、地球の、国の、会社の、この次の100年ビジョンというものを見たがっていた。きっとビジョンをもつための議論が必要な時なのだろう・・・・・。

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うちの会社の見積書の表紙を印刷してくれている、ハタナカさんに、祭りで出会う。「昨日、工場に来て、撮影してくれて、おおきに」と言われ、そうそう、そう言えばと昨日のことを思い出した。その瞬間は、日本対イングランド戦で、イングランドがPKをはずした瞬間でもあって、脳内では、映像がダブって混乱していた。

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うちの会社の見積書は、いまだにB5サイズで提出していて、その表紙は、会社からひと筋向こうの、家内工業的な工場で、活版印刷される。「もう活版印刷しているところなんて、なくなってきたし、あと継ぐ、若い子もいてへんし・・・」とつぶやく。そのつぶやきを聞いて、その工場を撮影しておきたいと急に思い立ち、強引に押しかけた。

「ものづくり」のエエ感じの空気があって、でも、その需要の少なくなっていく寂しい空気も漂っていて、この雰囲気に接すると、これからの社会はどうなればエエのかね・・・と、おもった。この工場の映像が、さきほどの神主さんの言葉を聴いている脳裏で、なぜか流れていたのだ・・・・。

最近の糸井重里さんのtweetに「そうか。夜中に気がついた。iPadなどが常識になっていくときに、「書」や「紙」への「揺り戻し」がくる、というより「書」や「紙」が<憧れ>になっていくんだ。いまよりもさらに、尊敬すべき嗜みとしてとらえられてね。丈夫なプリント合板と天然の木材との関係みたいなものかもぷう〜。」とあった・・・・。

神社で出会う何人かと会話を交わすと、その中のひとりが、「大企業だけが良くなってもしゃぁないで。やっぱり、小さな企業がぎょうさん良くなっていかんと、日本の国は良くなれへんとおもうわ」とやっぱり真顔で語りかけられた。

そうそう、これを書いているうちに、気がついたら、イングランドとの試合は,敗戦していて、相手の直接のゴールはなしで、オウンゴールが二つもあって敗戦するところに、日本の今の政治状況まで反映しているのだ。とこじつけたくなる気分。そのテレビ映像と撮影したデジカメの写真と脳裏の映像など、様々な映像が混迷しているのが、いまの「私」の状況。

というわけで、今日という時間が押し迫る。今日のブログは、まったくもって脈絡のないブログになってしまい、それは、おそらく、世間に漂っている「混迷」とおなじような何かが、私のなかのどこかにあったからだろう。こんな時は、ふかふかの布団で、グッドナイトだね。

投稿者 木村貴一 : 2010年05月30日 23:56 « 体験して気付くこと。 | メイン | 棚 »


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