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2013年06月30日

雨の月の物語

6月30日は半年の折り返し地点で、「夏越しの祓」といわれて、半年の穢れを祓うために、人形に汚れを移して水に流したり、大きな茅(チガヤ)の輪をくぐって、清浄を願うらしい。ふつうに月末でもあって、うちの会社では、昔から、専門工事会社や職人さんから送られてきた請求書を査定するコトになっていて、「私」の仕事は、何百枚もある全ての請求書に印鑑を押すことで、その中には、印鑑を押すのに、戸惑いや、躊躇いや、少々の憤りすら感じる、押印もたまにはあって、そんなのが続くと、ネットサーフィンでもしながら、押印ストレスという荒波を乗りこなす。

地図が見ることが好きで、小学生の頃から、東大阪・布施駅前通りにあるヒバリ屋書店の1階の階段横にあった地図コーナーで、国土地理院発行の五万分の1か二万五千分の1の地図を買っては、等高線を眺めながら、想像上の道を旅した。そんな事もあってか、裏道や細い道に入るのが好きで、自動車に乗っても、別に早く到着するわけでもないのだけれど、主要幹線を走らずに裏道だけを楽しみで走ることも多い。時には道に迷うことが好きだったりもする・・・。まぁ、その癖が変に高じて、自転車で道に迷い、鎖骨を骨折したのだな・・・。

梅雨の月末。きっと請求書の押印ストレスがあったのだろう、夕刻過ぎて、無意識にネットサーフィンをしていたシャチョウ職の「私」。ブログや検索や買い物サイトを見るよりも、圧倒的に地図を見る事の方が多い。インターネット時代になると、当然、国土地理院発行の地図からグーグル地図に移行しているわけで、そのグーグル地図の「道」を徘徊していた。そうそう、ゴールデンウィークに明日香にサイクリングに行き、その帰り道に、奈良県の王寺駅と三郷駅の間にあるカフェで、遅いランチを食べた。そこに、日曜日の朝に何人かで、サイクルモーニングミィーティングをするのもエエのでは・・・とおもいながら、「道」を巡る。

主要幹線の25号線を通らない、集落の街道はないのだろうか・・・。西名阪高速道路や南阪奈高速道路から眺める柏原あたりの葡萄畑の丘には、ちょっとした憧れがあって、いつか行って見たいのだが、自動車で行くのはどうも・・・、かといって、歩くのはイマイチ、そんな時に垣間見たロードバイクの世界があって、アップダウンの連続で、しんどそうだけれど、どんな感じなのかと、グーグルのストリートビューを見ながら徘徊する。

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ある瞬間、集落の中にある「秋成文庫」という表記に妙に惹かれる・・・。えっ、それ何?。「まちのえんがわ」でちょっとした古本屋さんもやっているので、「文庫」といクレジットに反応する「私」。それで、グーぐってみる・・・

Amazonの上田秋成著の雨月物語が一番最初にヒットし、数行下に、松岡正剛の千夜千冊の「雨月物語」があって、クリックし開いて読む。

『雨月物語』は中国と日本をつなぐ怪奇幻想のかぎりを尽くしている
『雨月物語』が日本文学史上でも最も高度な共鳴文体であることにも目を入れこみたい。問題は文体なのである。
秋成は狂いたかったのである。心を狂わせたいのではない。言葉に狂いたかった。スタイルを狂わせたかった。

そんなエエ本なのか・・・。「上田秋成と雨月物語」という字句が目の前に突然現れてきて、そういやぁ、映画もあったような・・・、なんとなく聞いた事はあったのだけれど・・・、今まで、全く、興味の対象でなかったコトバ。続けて、グーぐる。ウィッキペディアに上田秋成があり、クリックして読む。なるほど、こんな人なのか・・・。大坂の商人の出身なのかと、少し親近感をおぼえる。それにしても秋成文庫には全くヒットせず、次へ次へとクリックするうちに「村上春樹文学誕生の秘密-兵庫県立図書館」が目にとまりクリック。・・・

デビュー間もなくの 1981 年、作家村上龍との対談で、自分にとっての名文というのは以下のように語っています。「恥を知っている文章、志のある文章、少し自虐、自嘲気味ではあっても、心が外に向けて開かれている文章」、そしてそうした文章の書き手として具体的には、「スコット・フィッツジェラルド、カポーティ、上田秋成、少し質は違うけれどレイモンド・チャンドラー」「ヴォネガットもいい」といった作家を挙げています。

ハルキは、上田秋成のファンだったのか・・・。結局、秋成文庫の実態はわからないまま、気がつくと、アマゾンのワンクリックで、雨月物語の原文に現代語訳や語釈や解説が付いている、ちくま学芸文庫版を買っていた・・・・。

IMG_4922今週は梅雨が続いて、ようやく少しだけ青空が見えてきた金曜日に、雨月物語が届く。クリックした翌日の到着。自転車とグーグル地図とグーグル検索とアマゾンが「縁」を創り出し、購買を促す、そんな時代なのだ・・・。会社では、月末の請求書査定押印のピーク日が、その日、金曜日だった。もちろんそれなりのストレスを感じながら、なんとか、ひと段落がついて、夜、家に帰って、本を手に取る。江戸時代の古典を読めるかどうか、そんな能力があったのかどうか、その不安通り、高校時代に古典を勉強をしなかった当時の「私」を嘆きながら、原文をチラチラ読むも、現代語訳に活路を見いだす、いまここの「私」。これならなんとか読めそう・・・。

そんなわけで、現代語訳を読みながらソファーで寝てしまい、夜中に寝床に戻る金曜日の夜。土曜日の夜も同じように、ソファーで本を読みながら寝入る。本日の日曜日は、久しぶりに「行事」のないオーソドックスな休日で、なんだか嬉しい。それに、梅雨の晴れ間!。IMG_4912早朝、先週に引き続き、11kmのランニングをするが、数ヶ月間ランニングから遠ざかっていたので、足腰がパンパンで脱水状態の「私」。

それで、家族を誘って、朝のスーパー銭湯へ行くことにした。サウナと水風呂に入って体と心をほぐし、帰ってからは、我が家のデッキで、家族揃って、朝食を食べる。あれぇ、こんな日曜日の朝の一連の流れって、何時以来なのか・・・。雨月物語が横に置かれ、大阪人の好きなミックスジュース付きモーニングを・・・。

そんなこんなで、デッキで本を読み。「まちのえんがわ」に出向いて、最近、関西ローカルの朝のテレビで、「町の人間国宝」に認定された、遊び菜のマスターと世間話をしながら、本を読み。自転車の調整をお願いしている、長居にある自転車屋さんアウグーリオへ自転車を引き取りに行く道中の地下鉄で本を読み。帰りは自転車で走って小路まで帰りついて、「まちのえんがわ」で、冷たいお茶をグイグイ飲みながら本を読み・・・と、原文はチラチラ見た程度なのだけれど、現代語訳だけを読了する。

妙な「縁」のお陰で、不思議な物語の世界に引き込まれた・・・。幻想怪奇小説だと言われているらしい・・・。内容は前出の千夜千冊に譲るとして、きっと、「夏越しの祓」のごとく、人形に汚れを移して水に流したり、大きな茅(チガヤ)の輪をくぐって清浄を願うような、そんな効果を「雨月物語にまつわる読書」が、「私」にもたらしてくれたのかもしれない・・・。リフレッシュして、残りの半年に向けましょぉ。

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2013年06月23日

マナカードによると。

マナカードというのがあるらしい。あなたがどんなひとか・・・。つまり、「私」がどんなひとかというコトなんだけれど、とにかく、裏返しの44枚のカードを自分自身でくって、その中の1枚を引く。表を開けると、真ん中に魚が泳ぐ絵が描かれたカードで、MANO(マノ)カードというらしい。その意味をそのカードの持ち主の女性が解説してくれる。

今まで、あまり困った事がない人です。それに困った時には誰かが助けてくれるでしょぉ。と仰る。まぁ、確かに、困った事は、多々あるが、誰かが助けてくれるといのも、そのとおりなのだろう・・・・。ちなみに、先ほどインターネットでそのカードの解説を読むと「リーダーシップ、欲望、強さ、勇気」と書いてあった。

それで、今のあなたが、どんな状況なのかを見ます。という事で、また、カードを自分自身でくって、一枚をめくる。木のオールが真ん中に描かれていて、その半分が壊れている。MAMALAHOE(ママラホエ)というカードがでる。

彼女の解説によると、頑張りすぎて、オールが半分壊れているので、一生懸命漕いでも、うまく進まない状況なのだと・・・・。ちょっと笑える。確かに、1ヶ月ほど前に、左の鎖骨を骨折して、それは、仕事に頑張りすぎた、というより、遊びに頑張りすぎて、ま、いわゆる、自業自得という諺のごとく骨折したわけで、それは仕事の反動としての遊びでもあったのだろう・・・、カードが示す通りなのか・・・・。カードの解説を調べてみると、「同情、他人への思いやり、自分自身を大切にすること」らしい。確かに、自分自身を大切にしなければならないのだろうね。

次に引くカードは、どうしたらエエのかを示すらしい。同じように自分でくって一枚引くと、真ん中に大きな石が描かれた、POHAKU(ポハク)というカードだった。インターネットの解説には「人間関係、つながり、結びつき、共同体、家族」と書いてあって、縁は縁として大切にし、でもそれ以上に広げすぎないように・・・と、その女性のお言葉。どうも、人と、どうつながり、また、どういうつながりを求めているかを明確にするように問いかけるカードなのだという。

最後の一枚は、これからどのようになっていくのかを示すという。で、同じ作業をすると、草飾りの首にかけるレイが絵の周囲に描かれていて、真ん中に女性を抱える男性の絵がある、LEI(レイ)というカードが出てくる。インターネットのカード解説には「大切、親愛の気持ち、愛情、信頼、尊敬」と書かれてあるのだけれど、大切なものは大切にし、そうでないものは切り離しましょう。いや、切り離れます。だったのか、よく思い出せないが、そんな解説をその女性がしてくれた。

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今日、「まちのえんがわ」で、今年2回目になるステンドグラスのワークショップがあって、そうそう、1回目が好評で、日程が合わなくて、申し込むことが出来なく、とっても残念でした。という人が、それなりにいて、それで、急遽、追加のステンドグラスワークショップを開くコトになった。もちろん、先週も、左官のワークショップを開催したのだけれど、この日しか日程がなかったので、ちょっと頑張ってみた。そういやぁ、マナカードでは、頑張りすぎて、オールが折れて、進みにくい状況やでぇ・・・みたいな。

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DSC01492それはそれとして、ステンドグラスの鏡を製作し終えて、バリスタ川田さんによる挽き立ての美味しい珈琲を飲む女性の参加者。それで、テーブルに一緒に腰掛けながら、世間話をする。マナカードというのを仕事としているのだという。全く知らなかったカードなので、え、それ、何ですか、いま持っているのですか?と聞くと、はい持ってますよ。なんていう軽やかな返事があって、ま、そんなこんなで、冒頭にあるようなマナカードによるレクチャーが始まった次第。

バリスタ川田さんは、うちでリフォーム工事をした住宅のお施主さんでもあって、こんなふうに時々、出張珈琲店を開いてくれて、場の雰囲気を盛り上げてくれる。また、お子さん連れで、新築工事リフォーム工事のお施主さんも常連さんのように来て頂いて、こうしてつながりを持てるコトは、とっても嬉しい出来事。それとともに、今日、初めてお会いする方々との出会いや、時々、常連さんとして参加してくださる方々と、たまに顔を会わす心地良さがあって、先ほどのポハクというマナカードは、「人間関係、つながり、結びつき、共同体、家族」というメッセージで、そんなのを大切にしなさい。また、それ以上求めすぎないコト。なんていう解釈になるのだろうか・・・・。

そんなわけで、今日は、最後に引いた、これからを示す、マナカード「レイ」のメッセージに従うことにしようとおもう。ワークショップ参加者の皆さんや、このワークショップを裏で支えてくれている社員や職人さんや協力会社の皆さん、なによりも、講師の方々、それに、このブログの読者の方々にも、「大切、親愛の気持ち、愛情、信頼、尊敬」のメッセージをお送りして、長~い一日を終え、眠りにつこうとおもう・・・・。

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2013年06月16日

ものづくりの記憶

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上の写真は、うちのダイニングで、「白と赤と黒の三色の漆喰」を、金コテで磨き仕上げにして、自ら制作し、家に飾れば、きっと、「なんちゃって現代アート」だな・・・。なんていう軽い「のり」から始まったのが、今日の左官ワークショップ2013だった。

昨年は、「光る泥団子」を作って、それはそれで、好評で、とっても楽しかったのだけれど、そういえば、そのワークショップのお陰で、神戸のNHK文化センターで、出張ワークショップをする事になり、そのことは、いつぞやのブログにも書いたのだけれど、それが、それなりの好評だったらしく、西宮と梅田のNHK文化センターで、7月と8月に、子供さん向けの光る泥団子ワークショップを開催することになった。

そんな事情もあって、「まちのえんがわ」には、「加工場」という、独特のものづくりの環境があり、それゆえに、文化センターの教室のような環境では決して出来ない、左官ワークショップはないものかと、「私」の脳のどこかの一部が、呟き始めた・・・・、そのうち、その呟きは、より本格的な左官の作業がエエでぇ!という声となって聞こえてきて、それで、そうそう、左官の仕上げの素材や色を決める時に、左官仕上げの見本板のような「モノ」が昔からあって、あんな感じで、皆で塗ればエエのではないの!と、語りかけてくるのだった。

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IMG_4893以前に、谷口智則さんと絵を一緒に描くワークショップをし、その時、うちの奥方が製作した作品が、うちのダイニングに、ずっと飾ってあって、それはそれなりの、妙な良さがあり、「ものづくりの記憶」のようなものが、壁に宿っているというのだろうか、素朴な微笑みをもたらしてくれる・・・・。

左官の見本板のようなモノも、額縁を付けて、作品とすれば、その日、その時、その場所で、左官材料と対話をしながら、一生懸命に作った、そのモノづくりの記憶が、ひとつの作品として、時間の記憶とともに封じ込められて、額縁の中に宿るのかもしれない。それが、左官として、もっとも高度なテクニックのひとつでもある、漆喰の磨き仕上げを、「普通のひと」たちが、プロに負けじと、完璧な仕上げを目指しながらも、自分のテクニックの不完全さに、いやおうなしに対峙させられたりするわけで、時には、面倒くさくなって、丁寧さを失って、白の漆喰の中に、黒の漆喰が混入したりする。それでも、それを受け入れて、最後まで放棄することなく作りきって、作品として残すところに、こういうワークショップの良さがあるのかもしれない・・・・。

制作作品としての「ワークショップの記憶」それは、「ものづくりの時間と心の記憶」でもあって、モノづくりをする時に沸き起こる、「面倒くさい」という心の中の葛藤の記憶でもあるのだろうし、「親切丁寧」に象徴されるような、作業への愛情や、丁寧にきっちりとする、きっちりとしたことをする、そんな心の有り様に対する葛藤の記憶でもあるのだろう。それに、ワークショップに参加するという、自ら何かにトライしてみるというような、「自主性」への記憶にも繋がっているのかもしれない。それらを含めたうえでの、ものを創造する喜びのようなものが、記憶として作品に宿り、それが、見る人に、ささやかな微笑みとして、もたらされるだろう・・・・。

ま、そんなこんなで、どんなふうに家に飾られて、どんな印象が、家族や来訪者にもたらされるのか、それが、今回の「三色の光る漆喰壁」左官ワークショップの楽しみでもあって、参加者の皆さまへの感謝とともに、フィードバックも、よろしくお願いします。ね。

追伸
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鎖骨の調子が徐々に良くなってきて、それで、本日のワークショップの朝に、リハビリを兼ねて、朝6時からロードバイクに乗る。と言っても、サポーターが二人、同行してくれて、ひとりは、半年ほど前に木村工務店に、迷い込むような感じで、社員になったオオムラくんで、本日のワークショップのスタッフでもある。それに、「まちのえんがわ」の近くに住んで、ワークショップにもたびたび参加してくれている、ファッション関係の仕事をするYさんで、ロードバイク乗りでもあって、本日の左官ワークショップにも参加してくれている。

二人の同伴者に後方から見守られながらのサイクリングで、「3秒前に戻したい出来事の場所」をかすめるように通過し、ちょっとしたトラウマとも対峙しながらの、33kmリハビリロードバイクだった。3人で、海を見ながら、コンビニで買ったモーニングを食べたりして、ゆっくり過ごしたので、これを「日曜の早朝の適度なスポーツとモーニングのためのサイクルミーティング」と呼べば良いのだろうか。お二人には、「thanks!」とお礼のコトバを述べておこうとおもう。

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2013年06月09日

3秒前に戻したい出来事。

月に1回、「住宅相談会」という、イベントを継続的に実施していて、基本的には3組限定で、約2時間ほどの打ち合わせをする。先月は5月12日で、それはとっても印象深い出来事が起こった日でもあった。

ここ数年、プライベートと仕事の境界が曖昧で、それは、プライベートと仕事がハッキリと分かれている状況を、川の流れの両岸に例えるとするのなら、右岸が仕事なら左岸がプライベートになるわけで、その間に、川の流れがあって、川の流れと対抗して、一生懸命渡りながら、仕事とプライベートの間を行き来していたような、そんな感覚なのかもしれない。それが、学校を卒業して、仕事を始めてからの感覚なのだろう。

ところが、数年前から、もちろん、それなりに意識的ではあるのだけれど、川から海に注いだような感覚があって、なんというのか、仕事とプライベートの境界線が曖昧になって、仕事とプライベートの両岸に分かれていた河口から、海に注ぐように、仕事岸とプライベート岸が渾然一体となりながら入り交じって、川から徐々に遠く離れて、仕事とプライベートが入り交じった船で、海を漂い出したような感じ・・・。

そんな訳で、住宅相談会は、それはそれなりのビジネスとしてやっているものの、住宅の相談にのる個人的「趣味」みたいな感覚も大いにあるわけで。とは言うものの、何かの「バランス」をとろうとするバランス感覚もそれなりに働いて、それは、どちらかと言えば、仕事側に傾いている、住宅相談会に対して、プライベート側に傾いているランニングとかロードバイクとかで、プライベートと仕事が渾然一体となった船のバランスをとろうとする意識が、住宅相談会の早朝には、突き上げてくるように、やって来て、それで、ほんの1時間だけでも、そんな身体を動かす事をして、仕事とプライベートが入り交じった船が転覆しないように、バランスをとろうとする、そんな意識なのかとおもう・・・。

その5月12日日曜日の早朝は突き上げてくる何かに従って、ロードバイクに乗ることにした。家から清見原神社に参拝し、コーリアタウンと鶴橋の商店街を抜けて、image上町台地から、ミナミの周防町やアメリカ村を走り抜け、弁天町の商店街を通って、安治川の川底の地下道を渡っるためにエレベータに乗る。川底を自転車を押して渡って、地上に出てからは、川沿いを走りながら、北港のヨットハーバーで、休憩をする。それから、舞洲に橋を渡って、ぐるっと一周してから、またユニバーサルスタジオに橋を渡りなおして、今度は、天保山の舟渡に乗ろうとするところで道に迷った。倉庫街に迷い込んで、行き止まりになってしまった。

道幅は10メートル以上もあって、行き止まりなので、車は一台も来ない。それで、iphoneをポケットから取り出して、片手でゆっくりと運転しながら、地図を見ている時、それは、ほんとうに一瞬の出来事だった。自転車が、払われたように、ステンと横倒して転けた。アスファルトとアスファルトの継ぎ目の目地材のエアスタイトが一部だけ切れていたのだ。そこに、ロードバイクの細いタイヤがはまり込んで、まるで、柔道の出足払いのように、横払いに払われて、転んだのだ。片手にはipohone、足にはビンディングをはめているので、為すがままの見事な横転。

倒れて、ワンバウンドして、次の瞬間、カシャーンと音がして、ロードバイクのカーボンが割れた音だと思ったら、肩に鈍痛のような重みがドーンとのし掛かって、左肩を触ると、なんだか、骨が折れているよう感じで、あれは鎖骨が折れた音だったのだ・・・。普段、シャチョウとして、社員のTくんに、横柄な態度をしてたら、アカンでぇ・・・と言っていたのに、ちょっと横着をして、自転車を停めずに、iphoneを見たがための出来事。きっと、まるで落とし穴に、はまるべくしてはまった、内的な状況があったのだろう・・・。次の日の月曜日の朝、この顛末を社員に話すと、皆から失笑をかう始末で、なによりも、Tくんには、それなりに、クスクスと笑われるのだった・・・・。

あの瞬間。その日の相談会の事、その後の奥方と約束していた結婚記念日のコンサートの事、あれやこれやの仕事の事、次の日曜日のワークショップの事、その次の月曜日のセミナーの事、3週間後の会社の慰安旅行の事、ありとあらゆる事が走馬燈のようにぐるぐると回る。そして、何とか、あの瞬間の3秒前に戻す方法がないのかと、後悔と共に、その方法を模索する、不思議なマインド。自転車を片手で運転しながら、弁天町まで戻る間に、幾度も、あの3秒前に戻りたいと、マインドが呟いていたことか・・・。それにしても、確かに、今からおもうと、自転車に対して、ちょっと浮き足ぎみで、調子に乗っていたのだな。プライベートに傾きすぎて、船のバランスを失った、ほとんど転覆状態。

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これが、骨折した鎖骨と手術後の金物補強の写真。まるで、家の構造補強のようだな。そういえば、日ごとに、左肩に血が通い出すような感覚があって、「内」から、徐々に、左肩を感じられるようになってきた。事故のその瞬間から手術前までの数日間、手術後からの日々、そこには、人間という、刻々と変化する、身体の不思議を、「内」から、肌身で感じとっている、特異な日々な訳で、もちろん現在進行中でもある・・・・。

振り返ってみれば、社員や、なによりも奥方に、多大な迷惑をかけながら、手術や、会社の行事を、どうにかこうにか、無事にこなし、なんとか「いま」を生きる日々。先週の日曜日は、社員と協力会社の旅行で、英虞湾二人乗りシーカヤックツアーを55人ほどで体験したのだけれど、「私」のパートナーには、運動神経抜群の手伝い職のドウニシさんが、快く引き受けてくれて、そのお陰もあって、シーカヤックが、左肩のリハビリにも役だってくれたようで、その後の病院検査では、それなりに順調な回復だという診断。

そんなこんなで、あの瞬間の3秒前に戻りたいと願った日曜日から、1ヶ月が経過した。本日の相談会がある日曜日は、ようやくロードバイクに乗れる回復状態にまでなってきて、15分ほどだけ慎重にロードバイクに乗って、左肩のリハビリをした。それは、お尻より、肩の筋肉で、タイヤから伝わる衝撃のほとんどを吸収しているのだ。という、左肩が驚いて、どぎまぎしている、妙に居心地の悪い感覚と共に、あのちょっとしたトラウマまでも蘇ってくるリハビリだった。

まぁ、それはそれとして、そんな個人的な出来事より、本日の住宅相談会に、わざわざ参加して頂いた、とっても個性的な3組の皆さん、ほんとうに、ありがとうございました。

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2013年06月02日

「見立て」の旅

本日の日曜日と明日の月曜日は、社員と職人さんと協力会社との旅行があって、今年で57回目にあたるらしい。ものづくりの「チーム」として、家づくりをする。という考え方があって、その「チーム」というのは「社員」はもちろんの事、「大工」さんや「手伝い」さん、それに、さまざまな建築の「専門工事会社」もチームの一員であって、そうそう、その専門工事会社は、木村工務店以外の工務店とも取引しているのだけれど、「精親会」という協力会社の会に所属してもらって、それは、社員を家族に例えるとするなら、精親会のメンバーは親戚みたいな近しい関係なのだとおもう。

旅行という、寝食を共にする共有体験が、お互いのコミュニケーションを円滑にしてくれるのだろうし、木村工務店の「価値観」や「見立て」のようなものを「ものづくりの仲間たち」と共有する役目を担っているのだとおもう。慰安旅行とか研修旅行とか、さまざまな呼び方があるのだけれど、「見立ての旅」を「共有体験」する「遊び」が、研修と慰安の役目になってくれているのだろう・・・。

見立て(みたて)とは、ある物の様子から、それとは別のものの様子を見て取ること。その別の物で対象物を言い表す、一種の言葉遊びとしてもよく見られる。比喩遊びとも言う。

社員や精親会のメンバーを家族や親戚に見立てながら、建物を見学したり、スポーツを一緒に楽しんだり、自然と触れあったり、食べて飲んで酔っぱらって笑いあうのが、それぞれの、陰陽に振れているエネルギーを「リセット」して、ニュートラルな状態に戻す役目を果たしてくれるのだろう・・・。そのためには、旅行を企画する「私」たちも「旅」をさまざまなものに「見立て」ながら「チーム」のメンバーたちにある種の見立てを「シエアー」する努力が必要なのだともう。そんな訳で、毎回、30ページ以上の手作りの「旅のしおり」を制作している。

まぁ、くどくど書いたのは、木村工務店のものづくりの仲間たちにとっては、大切な年中行事であって、6月2日(日)、3日(月)と二日間、特に、3日の月曜日は、木村工務店の現場も、それに「まちのえんがわ」も、臨時休業致しますので、ご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。と言いたいがためなのくどくどだったような・・・・・。

そうそう、その「ものづくりの仲間たち」のフライヤーが、かなり出来てきて、社員と大工さんと手伝いさんは、ブルーノートのjazzジャケットからマイフェイバリットを一枚チョイスし、ミュージシャンの写真を自分の写真に置き換えて製作した。専門工事会社の精親会メンバーの会社紹介は、イラストレーターのヤマサキミノリさんに依頼して、只今随時制作中で、それぞれの写真をクリックして、楽しんでもらえればとおもう・・・・。

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そういえば、今週は、生野区の納税協会の女性部会というのがあって、そこで、ビフォーアフターに出演した時のお話を1時間ほどして欲しいという依頼で、そのセミナー日が月曜日の事だった。ちょうど、5月の連休明けに、ビフォーアフターのスタッフの方々から、10周年記念のこんなキーホルダーが送られてきて、あれから10年もたったのかぁ・・・と、思っていた矢先のお話。

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資料作りのために、当時テレビ局から送られてきた出演依頼のFAXを眺めていると、

必ずやてくる「ハッピーエンド」
驚きと納得の「アフター」を提供していきます。

なんていう、キャッチコピーがあって、確かに、仕事というのは、納得の「アフター」を提供するために努力しながら、お互いに「ハッピーエンド」を迎える事が、大変で、大切な事だな・・・と、この十年を振り返りながら、あらためて、そうおもった。

セミナーのタイトルは「ビフォーアフターからまちのえんがわへ」というタイトルとした。それは、テレビのような、派手なプロモーションも、経験値としては、それはそれで良かったのだけれど、それに、小さな企業としても、プロモーションの必要性は肌身で感じたのだけれど、テレビのような派手でない、もっと素朴なプロモーションの方法がないものかと、何となく模索して思いついたのが、「まちとつながるプロモーション」で、それを「まちのえんがわ」と呼ぶことにした・・・・・。

商品(サービス)の販売、認知、理解、好感度、ブランドロイヤリティの
促進・向上させる一切の活動のことをプロモーションと言います。

ま、その話は別の機会に譲るとして、そんな、「ビフォーアフター」や「まちのえんがわ」をいつもいつも裏方として、しっかり支えてくれているのが、「ものづくりの仲間たち」であって、そんなこんなで、そんなメンバー達と、今日と明日の二日間、「見立ての旅」を楽しんでこようとおもう・・・・。

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