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2012年02月26日

好気密好断熱好すすきの

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北海道に行く。仕事の関係で、北海道に行くのは初体験。北海道の住宅資材商社の株式会社「キムラ」の大阪営業担当、サトウさんからのお誘いがあって、北海道ホームビルダーズショーと北海道の断熱住宅を見て回る、いわゆる視察旅行。木村工務店の木村として、ブログ上では、「キムラ」と発音し、その北海道の住宅資材商社が「キムラ」さんで、いや、実にややこしい、うちの「キムラ」とそちらの「キムラ」さんとの関係性。

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23日朝、雨の関空から雲海を飛行して、千歳に着くと雪が降っていて、北国にきたのだ。と五感で体感する。北翔クロテックというドームで開かれている建材ショーを見る。大阪でもほとんど、こういうショーには行ったことがなく、興味がそそられるわけでもないのだが、それを北海道で、わざわざ見るというのも、かなり馬鹿げた事で、でもまぁ、そんな馬鹿みたいな事が、嫌いなわけではなく、いわゆるちょっと「いちびり」な旅。

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かつては、馬の品評会が催されたドームらしい。そこに金物や建材などのブースが所狭しと並べてあって、その中の札幌版次世代省エネ基準を説明するコーナーに案内されて説明を受ける。Q値がミニマムレベルで1.5以下、トップランナー基準では0.5以下の木造住宅を造るというのが札幌の提案らしい。関西ではQ値が2.7以下が次世代の基準で、2.0以下を目指しましょうよ。というレベルなので、札幌はとんでもないハイスペックな数値。それが良いのかどうかは疑問だが、気密断熱先進国であることは確かなようだ。

そのコーナーに、温熱環境のスターでもある、南雄三さんが偶然来て、それに北海道キムラの会長さんもやって来て、温熱談義がはじまる。「高気密高断熱」というコトバが持つ、苦しそうなイメージの誤解を解くために「好気密好断熱」というコトバを使えばどうだろうか・・・などなど。断熱気密先進国北海道ならではの談義だった。

それよりも、Q値なんていう一般の人にはわかりにくい数値は、それはそれで良しとして、関西に住む「私」たちにとっては、冬は、暖房をした室が22度になれば、暖房のない便所や洗面所は何度になるのですか。15度ですか。10度ですか。それ以下ですか。例えば、冬の夜の便所が15度になるためには、どんな好気密好断熱のスペックにすれば良いのですか?その時、部屋の結露は大丈夫ですか?部屋の換気はどうすれば良いですか?壁内結露は発生しませんか?そして、そのための気密の施工はどうすれば良いのですか。断熱材の種類と施工はどうすれば良いのですか。なんていう疑問に対する経験値の積み重ねと、その答えが、北海道の気密断熱技術にはありそうだった。

夜。その南雄三さんを交えた北海道と東北の工務店の人たちとの食事会があって、断熱気密後進国の関西としてはどうすれば良いのですかと皆さんに問うと、関西では、断熱材のスペックより、「気密」をきっちりする事だねぇ。という野次が飛んでくるのだった。

翌日、30年前に建築された旧荒谷邸を見学する。この荒谷邸というのは、ブロック造に外断熱を施した外壁が板貼りで100坪の住宅。手作り木製建具のトリプル硝子仕様で、太陽エネルギーを窓から取り入れるパッシブハウスでもあり、ブロックやコンクリートの床に蓄熱される。そこで、南雄三さんを含めた数人とで、現在の住人で、荒谷先生の弟子でもある、イラン人のタギさんから、濃密度な説明を受ける。驚いた事は、部屋の中は23度で、南面中面北面もブロックの表面温度が23度で、心地良く快適な部屋で、住人の奥さんは半袖のTシャツだった。また、そのためのエネルギー消費の少なさも驚きだった。

何よりも植物のグリーンが美しく生き生きとしている姿に驚かされる。それは一年をとおして快適な室内環境が維持されている、何よりもの証なのだろう。30年も前に、日本人が、世界に先駆けて、快適で心地良い温熱環境のパッシブハウスを完成させるべく積み重ねてきた努力。そして、その努力に注視しなかった、建築界や「私」・・・・。

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↑ 南国の「はまゆう」がとっても生き生きと緑緑している姿に驚く。
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そうそう、雪の「すすきの」を案内してもらったのだ。そこで、札幌の最後の締めは、ジンギスカンとラーメンなのだ。さぁ、一緒に行きましょうよ。と誘われて、深夜1時すぎに食べるジンギスカンの味。それが、意外に食べられるし、美味。そのうえ、野菜が甘くて美味しいかった。深夜なのに途切れることなくジンギスカンを食べにくるお客さんたち。

この北海道旅行で、驚いた出来事は、北海道の高気密高断熱のレベルの高さ。旧荒谷邸という30年も前に快適な温熱環境を造るためのコツコツとした努力と進取の気性。それと雪のすすきのの独特のエエムードと深夜のジンギスカンなのだった・・・・・・。

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2012年02月19日

ものづくりの姿勢

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木村工務店の加工場に午前9時すぎに行く。今日は、銅板レリーフ製作と板金ワークショップを催す日で、それを、1階にある加工場で、午後、13時30分すぎから、開始するコトになっていた。この加工場には、かつては、木工の機械が、ぎっしりとぎゅうぎゅう詰めにあって、特に、帯鋸といわれる、丸太を真っ二つに切る大型機械にレールと台車があって、林産地にある製材工場と全く同じ機械が、この都会の下町の中にあった。

小さい頃は、その帯鋸やプレナーなどの機械で削られた大量の「おが屑」の中に潜り込んで、よく遊んだものだ。数十年前、いわゆる「合理的」な時代という「変化」がやってきて、工務店の世界も、木材を大工さんが手で加工する時代から、プレカット加工と呼ばれる大型機械加工という「合理化」の時代がはじまった。

そういう時代の変化と共に、創業者で、大工だった祖父が他界した事もあって、おもいきって、全ての機械を処分したのが、15年ほど前の事だった。そして、木材の加工場から加工ができる「スペース」に生まれ変わり、とは言っても結局は、軽トラックの駐車場と材料置き場になっているにすぎなかった。それが良かったのかどうか・・・・。

転機は、地元の清見原神社の増築工事のために、うちの大工にとっての棟梁の中の棟梁とよばれている沖大工が、この加工場で、一年かけて、吉野檜を手加工し、一年かけて現場作業をして、神社を造った、その姿に接した事だった。その過程で、オキさんから、「ものづくりの姿勢」というものを学んだ。
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「手加工」という合理的でないものの中に、潜む何か・・・。機械とは違う道具の世界。沖棟梁に敬意を表する若い大工達が、手加工を望むようになった。それと共に、処分した機械の中で、角だしプレナ-は、残すべきだったのかも。という後悔が湧いてきて、廃業する材木屋さんから、新型のプレナーを買った。そんなこんなで、再び、一年に何度か、手刻みで、木材加工するようになり、駐車場と資材置き場から、ちゃんとした「加工場」としての「空気」を取り戻し始めた・・・。

その「加工場」で、プロフェッショナルとしては、木材を手加工したい。一般の人たちには、ものづくりのワークショップを通じて、材料とのコミュニケーションを提供したい。そして、何よりも皆で、「ものづくりの姿勢」を共有したい。それが、「まちのえんがわ」でプロデュースする、木村工務店ワークショップの基本姿勢なのだろう・・・・。

DSC06963そうそう、板金ワークショップの準備のために、午前9時すぎに、加工場に行ったのだ。人気のない加工場に暖をとるために、竈に火を付ける。それと、昨日に急ごしらえした、パワーポイントを表示するためのプロジェクターの準備作業。

暫くすると、スタッフのアオキさんもやってきて、あれやこれやと準備しているうちに、あっという間に、午後1時頃になり、参加者がボチボチやってきて、銅板レリーフ製作のワークショップがはじまる。が、その参加者の真剣で楽しげな空気に少々驚くとともに、嬉しい気分も舞い降りてきたのだ。そこには、ともすれば、プロフェッショナルな職人が置き去りにしてしまった、材料に愛情を注ぎながら、道具を使って、真剣に一生懸命造るという、「ものづくりの姿勢」があった。

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午後3時の休憩を利用して、板金の職人さん達が、ガルバニウム鋼板を使って、実際の屋根葺きのデモンストレーションをやってくれる。プロの職人の技術や材料の事を一般の人に、いかに分かり易く説明するのかが、今、プロフェッショナルとして、問われているコトなのかもしれない。そんな訳で、心木ありの瓦棒葺きや心木なしの瓦棒葺き、一文字葺きなど、唐草や吊子や棟包みの説明も交えて実演する。

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そんなこんなで、銅板を薬品で洗い流す作業をし、額にも入って、銅板レリーフ製作は、全員無事に完成し、皆で記念撮影をしたりしながら、ものづくりの「楽しさ」と「不完全」さを共有して、終了する。その後の職人さんとの懇親会も終えて、いま、このブログを書く「私」。そして、こんなコトバがふと脳裏をよぎった。「まちのえんがわ」に何度も立ち寄ってくれる近所のスヤさんのコトバで、「まちのえんがわ」で催すワークショップは、「まちの縁日」とちゃいますか・・・と。

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そんな訳で、「まちの縁日」で、一緒に遊んだ皆さんに、とっても感謝です。

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2012年02月12日

穏やかな日曜日。

午後4時をすぎ、午後5時頃になって、日が傾きだして、テレビ番組の「笑点」がはじまり、座布団一枚という、関東的な笑いで、上品に笑う。日が暮れて「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」の家庭的な笑いでクスッと笑い、その微妙な笑いのセンスで、ビミョウに笑っているうちに、何となく、明日の仕事のコトが気になりだし、それで、少々、「鬱」な気分が、じわ~っとやってくる。特に、穏やかな日曜日に限ってそうで、このまま日が暮れることがなく、明日も、穏やかな日曜日が続いて、もうちょっと、いや、もっと、もっと休みたい・・・・。

そんな日曜日が、社会人になってから味わうようになり、特に30代や40代の頃には、夕方にやってくる「鬱」な気分を振り払うかのように、朝早くから夜遅くまでどこかに出かけて、とことん遊びきって、その夕方に味わう微妙な「鬱」から逃れようとした。のかも。と、いま、思う。穏やかで、家庭的で、自分のライフスタイルをゆったりと楽しむ日曜日であればあるほど、夕方に、やってくる、あの微妙な感情。皆さんは、そんなコトないですか・・・・。

今日は、冬にしては穏やかな日和。先週に引き続き、次男とランニングする。走り出してすぐに、どんどん距離が離れて、遙か彼方に行ってしまい、ほとんど独りで走るのと同じ状況で、それで、内面に押し寄せるハッキリとした感情は、圧倒的な体力の違いに、くやしがる私。それでも、やっぱり、ランニング後の爽快感は、とっても魅力的。

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家に帰りつくと、妙なタオルが置いてあって、これ、どうしたのぉ。と聞くと、次男の誕生日に、同級生の友達二人がプレゼントしてくれたのだという。中3らしい、「いちびった」プレゼントに、微笑ましくおもいながら、きっと、これ、買うとき、恥ずかしかったやろうな。と聞くと、そうそう、なんか、二人でレジにいきながら、これキムラのプレゼントやからなぁ。と会話しながら買ったらしいでぇ・・・と。冬の朝の穏やかな日差しを感じながらその光景を思い浮かべてほくそ笑む。

ランニング後の爽快な気分と、中学生らしい光景を想像したコトと、冬の穏やかな日和と、予定が全くない日曜日がシンクロしたコトもあって、朝10時頃、「まちのえんがわ」に立ち寄る。土曜日と日曜日と祝日と月曜日はスタッフのアオキさんが常駐してくれている。二日前に店の前に植木鉢を並べて、その「緑力」のお陰で、なんとなくウキウキした気分になれるコトも後押しして、ダウンジャケットを着込んで、日向ぼっこをしながら雑誌を眺める、そんな穏やかな日曜日。

IMG_2809401546_155735257876347_100003196225589_216397_1507540887_nそうそう、その植木鉢の中に、段々畑風の鉢があって、家谷植景研究所の家谷さんがデザインし、うちの手伝い職人さんが現場の廃材で、製作し、それに、うちの協力業者の海平造園の息子さんが植栽を選んで植え込んだ、「まちのえんがわ」的連携による作品で、道行く人が立ち止まって、興味を示して、聞いてくるそうだ。そんな話を聞くと、「まちのえんがわ」の道路の家々の前に、この段々畑風の鉢がおかれた「まちの千枚田」を想像してみる・・・・。

そういえば、来週の19日の日曜日からは、本格的に木村工務店ワークショップを催す予定で、まず、その第一弾が、板金ワークショップ、その次が、絵本ワークショップ、そして「縁側植栽学」として、こんな段々畑風植栽をつくる予定で、それから、ステンド硝子のワークショップへと続く・・・・。

松村貞治郎著の「大工道具の歴史」には、「材料と対話をし、それをモノにするための、その対話の通訳者になってくれるのが道具である」とあって、参加者が、板金や植栽や硝子などなど、様々な材料とコミュニケーションが出来る、そのきっかけとして、木村工務店ワークショップがなれたら良いのになぁ・・・・と願う。

昼からは、家で、ゴロゴロ。ちょっと、昼寝。そしたらしばらくすると、ご近所のお食事処の「遊びな」さんが、近くのカフェohanaさんの女性オーナと、そのお友達を連れて、「まちのえんがわ」にお越しになって、皆で、とりとめのない、縁側的コミュニケーションを楽しんだ。

そんなこんなで、何となく、久しぶりに、穏やかな日曜日だったのだ。それで、やっぱり、夕方近くになると、あの微妙な感覚がやってくるのだった・・・・。まぁ、それでも、やっぱり、穏やかな日曜日がエエ。「ハウスよりホーム」を味わえる穏やかな日曜日。その魅力。その味わい。そんなマイホームでの穏やかな日曜日を味わいたいがために、家をリフォームし、新築し、自分のライフスタイルを楽しむ家を造ろうとするのだろうか・・・・。

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2012年02月05日

オトナの遠足

土曜日の夜のコト。お父さん、明日の日曜日、走るのぉ、と中3の次男が聞いてくる。もちろん、走るでぇ。と言いながらも、ちょっとした迷いがあって、それはつまり、今日のこの日曜日は、「住宅風呂巡礼」という、かなり真面目だけれど、ちょっとふざけた、お遊びを企画していて、それで、福井まで遠征に行くことになっていた。その出発が午前9時。福井まで運転もするつもりだったので、午前6時頃に起きて10Km走って、お風呂に入って、それから、福井までの250Kmを運転して・・というのも、少々ハードな気がしたが、めったに次男からそんなふうに声がかかる事もないので、ちょっい見栄を張った。

朝6時すぎ、次男と一緒にランニングをする。生野区の小路から大阪城を半周し、帰路の6kmを過ぎたあたりで、次男が、ペースをあげるわ。じゃぁ。といって、軽々と「私」を抜き去って、あっという間にその姿が見えなくなった。こうなると、一気に疲れのようなものがどっと出て、体が急に重くなり、しんどいなぁ。と「私」のなかの「誰か」が呟きだした。ひとの心理というのは、オモロイなぁと走りながら苦笑する。家に帰り着くと、次男はすでにお風呂に入って余裕の様子だった。ちくしょう。という気持ちと、何だかちょっと嬉しい気持ちとの共存状態。

午前9時すぎ、その住宅風呂巡礼・福井編のメンバーが三々五々、うちの家に集まる。木村工務店のお施主さんでもある、コトバノイエのカトウさんがサーブに乗って現れた。主演の温泉ソムリエグッチさんと写真家の多田ユウコさんが撮影機材を積んだ車に一緒に乗り合わせてやってくる。設計の矢部達也さんと奥さんが電車でやってきた。うちのダイニングで皆で一緒に珈琲を飲んだあと、車で福井に向かう。6人のオトナが、1台の車に乗り合わせて、それは、まるで、オトナの遠足なのだ。

住宅風呂巡礼というのは、温泉ソムリエぐっちと名乗る、不思議な人物がいなければ成立しない巡礼で、もともと彼は、温泉ソムリエとして、各地の温泉を巡って、その入浴シーンを自分撮りしていた。その彼と木村家本舗で知り合って、温泉だけではなく、有名無名住宅のお風呂に入浴するシーンを撮影しようよぉ。と何気なく声をかけると、はい、やりましょぉ。と、いとも気軽に返事がかえってきた。

いわゆる、今まで経験したことはないれど、なんか、ちょっとオモロそうな事を、お金にもな~んにもならない事だけれど、兎に角、大まじめにそれをやってみりゃぁ、どないかなるやろぉ。という感覚なのだろう。そういうのを大阪弁では「いちびり」な精神というのか。そういう、ちょっとした遊び心を持つ、お調子者(いちびり)のぐっちさんがいての住宅風呂巡礼。

それに、若き女性写真家の多田ユウコさんが、そういう「いちびり」に相乗りしてくれて、そのうえ建築家のヤベさんが、大まじめなお遊びとして、進路と方向が間違わないように、手綱を握ってくれるコトになる。そのうえのうえに、オーディエンス件、ご意見番として、コトバノイエのカトウさんも意識的に「いちびり」になってくれた。

そんなこんなで、第一回はうちの家。第二回はヤベさん自邸。そして、今日の第三回は、ヤベさん設計で竣工して間もない福井の家にお邪魔するコトになった。うちの奥方をして、皆、あほちゃう!福井まで、そんなコトしに行くのぉ!と、住宅風呂巡礼者として、いちびり者として、有難きお褒めのコトバまで頂戴した、福井へのオトナの遠足・・・・。

午後12時すぎ、雪の福井に到着。ヤベさんのお薦めとコーディネートで、まずは福井の永平寺町にある「けんぞう」という蕎麦屋さんで腹ごしらえ。旅で、地元の美味しいものを食べるというのは、旅の楽しみのひとつで、これを地産地消と呼ぶのだろうか・・・。

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午後13時すぎ、その蕎麦屋さんからすぐ近くの福井の家に到着し、住宅風呂巡礼の撮影を開始する。その撮影風景を、住まい手のご家族が、笑い声と共に、一緒に楽しんでくれた姿が、住宅風呂巡礼者にとっての一番の喜び事なのかもしれない・・・。

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午後15時まえ撮影を無事終了する。撮影の様子は、「まちのえんがわ」での掲載に譲るとして、撮影終了後は、福井の家のご家族から、「へしこ」や「ぜんまい」やなどなど、手料理をご馳走になった。私の今までの旅では、たんなる旅行者として、食事処で、食事をするのが通常だったが、地元の家庭料理を地元の家庭で、その家族と一緒に食べられるというのは、住宅風呂巡礼冥利につきる事だなぁ。とあらためて、感謝の気持ち。

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DSC06432午後18時30分、話がはずんで、少々長居しすぎた感じ、さて、そろそろ、大阪に帰らなくてはと、ようやく福井を出発した。もうすっかり日が暮れて、月が出ていた。通過する福井の街には除雪の雪が積もっていて、閉店間際の福井駅のお土産物屋さんに立ち寄って、「ソースかつのたれ」とトマトドレッシング「越のルビー」を手に入れたのも、旅の基本ってとこだなぁ・・・・。

午後10時すぎ、大阪に到着し、皆で、旅の無事と喜びを分かち合って解散した。そして、日曜日に書く事に自分で決めている、このブログを書く、いまとここ。ということで、ランニングという家族の事情やブログを書くという仕事の事情などなど、遠足の前後に、あれやこれやと、絡みついてくるところが、オトナの遠足の醍醐味なのだろうか・・・・・・。

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