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2013年12月29日

23時59分の秘密

今日、29日は、お正月休暇の初日で、そうそう、昨日は仕事納めで、午前中は各現場の仕事納めと戸締まりをし、昼からは、社員や大工や手伝いが、会社に帰ってきて、皆で、一斉に大掃除を行った。大掃除と納会は、恒例で、創業当時から続いているのだろうが、ま、面倒くさい気持ちも、確かにあるのだが、やってみると、それはそれで、すがすがしい気持ちになって、きっと、会社や加工場や倉庫に対する感謝の気持ちを、大掃除という形で表現しているのだとおもう。

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↑ 現場監督の机のブースでは、それぞれの個性が垣間見える片付。
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↑↓ 駐車場では、大工が、それぞれ個性的に、車に道具を仕舞う。
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その後に納会があって、昨年から、「まちのえんがわ」のワークショップで、加工場使うようになってからは、加工場で納会をするようになって、それはそれで、以外な盛り上がりになり、カマドに火をくべて、ピザを焼き、上棟で施主から頂戴した特別な日本酒を皆で分かち合い、最終日に飲んで笑って、ニュートラルな状態で終えられるのは、とっても有難いこと。

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DSC07548その後、2次会もあったらしく、今日の29日の朝には、6人の現場監督や大工が会社の座敷で雑魚寝をしていたらしい・・・という報告もあって、こんな感じで、2013年の木村工務店が終わるのかとおもいきや、正月を挟んでの大型店舗工事があって、明日の30日に出社する団塊の世代のベテラン社員のムラカミさんがいて、確かに、こんな工事は若い社員ではこなすことコトが出来ず、日本のものづくりから団塊の世代が抜けると、確かに、「特異な仕事」はできなくなるのかもしれない・・・・。

それはそれとして、木村工務店とご縁のあった皆様、今年一年間、ありがとうございました。

写真: 重役会議中。

うそです。
新しい本いろいろ入りました♡写真: いっぱいになりました♡
写真: えっ、今日もやってんの?
青空を背に、爽やかな笑顔で植木屋さんに声をかけられました。ちょうど➡︎のとこらへんです(笑)
というわけで、本日もオープンしております。
お正月休暇の初日の今日は、「まちのえんがわ」の最終日でもあって、コトバノイエのカトウさんの来店とともに、多くの人が集まってきて、あれやこれやと話しながら賑やかな数十分間がさぁーと過ぎて、「まちのえんがわ」の最終日を終えた。

この一年間「まちのえんがわ」とご縁があった皆様、ありがとうございました。


そんなこんなで、今年最後のブログになり、あっ、そうそう、ひとつ、いつか、言おう言おうと思っていたのだけれど、このブログには「23時59分の秘密」というのがあって、ブログの最終行に、「投稿者 木村貴一 :23:59 個別表示 → ・・・・・・」の表示があって、これがブログの投稿時間なのだけれど、実は、「23:59」と表示されている時は、日曜日の深夜、すなわち月曜日の超早朝に、つまり、日曜日中にブログが書くことが出来ず、深夜に及んでいるわけで、正直に、月曜日の午前1時30分投稿でも良いのだけれど、なんとなく、日曜日に書く仕事のような遊びな訳で、それがある日、投稿日を操作出来る事を知って、深夜に及んだ時は、「23:59」と表示を「改竄」して投稿する悪いコトを覚えてしまった。それから少し気が楽になって、日曜日の夜遅くまで、出掛けていても、夜な夜な書いて、23:59として、月曜日の早朝に投稿する訳で、数えてみると51回中30回が深夜便だったのです。ま、洒落として、笑ってお許し下さい。

そんなこんなのブログに、1年間お付き合い下さって、誠にありがとうございました。
皆様、良いお年を!

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2013年12月22日

「まちのえんがわ」とは?

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OLAサロンというのが本町にあって、都住創とよばれるコーポラティブハウスを先導してきた設計事務所ヘキサの建築家・安原さんって方と関西大学教授の江川さんの縁で繋がりができて、そんなこんなで、そのヤスハラさんが主催するOLAセミナーで、「まちのえんがわ」セミナーをすることになった。ちなみに、ウィキペディアによると、都住創というコーポラティブハウスは以下のようで、「私」は、以前から、その、かなり面倒くさいようなコトを、数多く手がけてこられたその取り組みには、陰ながら、敬意を持っていた。

都市住宅を自分達の手で創る会(都住創) 「ウィキペディアより」
  • 1975 - 2002年の間に、主に大阪市中央区の谷町界隈にて累計22棟、約250戸のコーポラティブハウスを手がけた。
  • プロデュースと設計監理は、設計事務所ヘキサの建築家・安原秀と中筋修が担った。
  • 当初から一貫して「都市に住む」「住居の質を高める」「共同建設をする」という考え方で共同住宅の新しいビルディングタイプを試行錯誤しながら開発し続けてきた。それらの考え方は「都心部の一番いいところに住もう。・・・子供が働いている大人の姿を見ながら育つのがいいんじゃないか」「いわゆる2DKとか3LDKとかいう言い方のお粗末な集合住宅ではなく、むしろ建築家が設計する一戸建ての住宅を縦にいっぱい積んだようなものができへんやろか」「共同で発注しましょう。10軒か20軒集まって発注すれば、何ぼかでもコストは下がるのではないか」という発言にも現れている[5]
  • 設計手法としては、ルーズなジグソーパズルと語っている。「設計側が提案するいくつかのパターンに様々なニーズの形をした探知をはめこむ試行錯誤からスタートする。それを全員参加でビールを片手にゲームのように始めるのである。単位としてのニーズはその途上自ら少し変身し、全体のパターンも変形していく」[6]
  • 入居後のコミュニティについては「建物ができていっしょに住むようになれば、・・・住民主導になって、リーダー的な人も登場してくる。そうやってひとつの町のような組織がコーポラティブハウスの中にできてくるんです。それがコーポラティブハウスのおもしろさだと思います」[7]
  • 1987年、一連のコーポラティブによって、小島孜 中筋修、安原秀の連名で第39回日本建築学会賞を受賞した。

「まちのえんがわ」という名前が出来たのは、東北の震災の1ヶ月後に、温熱環境を先導する野池さんが主催する野池学校というのがあって、そのセミナーの後の懇親会で、5人ほどで、震災のコトを含めて、あれやこれやとお酒を飲みながらウダウダと会話をし、image「私」がこんなコトをこんな感じでやりたいのやけど、どうおもう?みたいなコトも酒のアテにしながら、延々と続いて、その翌日にノイケさんからメールで送られてきたのが、「「まちのえんがわ」という名前だった。ちなみにノイケさん自らは、その日から暫くして、Forward to 1985 energy Life という取り組みを始めた。

2011年の夏頃から会社の1階にある2m×6mのガレージをリフォームし初めて、その12月1日に、とりあえず、「まちのえんがわ」はオープンしたのだと宣言し、不完全なままで成長するコトを良しとして、紆余曲折を繰り返しながら、この12月で3年目に突入した。そうそう、古本というのが「まちのえんがわ」でのコミュニケーションを誘発する大切な「モノ」になっていて、それは、先日、第四回目となった木村家本舗という、オープンホームのイベントで、プロデュースをお願いしている、木村工務店の施主でもあるコトバノイエのカトウさんによるセレクトであって、当初は建築的な本をメインに置いていたが、いまは、「日本的」をモチーフとした古本が主流。

このOLAセミナーにあたって、「まちのえんがわ」って何?と、改めて考えてみる機会が巡ってきて、しばしパワーポイントの画面と対峙しながら、「まちのえんがわ」に関わるコトバを整理してみるとこんな感じになった・・・。

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かつて、日本の民家に「縁側」があって、家の内と外の中間領域であるとともに、道に面した縁側は、曖昧なコミュニケーションの場になっていたが、都市的になればなるほど、機能しなくなって「今」に至る。そんな縁側を「企業」が持ってみたら、出来れば、商品を販売する会社でなく、「ものづくりの小さな企業」が持ってみたら、どうなるのだろうか?という、「企業が町と繋がる」取り組みが「まちのえんがわ」だと語り出している。

「まちのえんがわ」には、「コミュニケーション」を「誘発」するために「縁側スペース」、 「モノとして日本的を意識した古本、プランター、雑貨」、「ネスプレッソのコーヒー」、「月1回のものづくりを意識したワークショップ」があって、それは、インターネットをリアルなスペースに置き換えたようなイメージで、ふらりと立ち寄って、眺めて、マウスをクリックする代わりに、手に取って、五感で体感し、それが、曖昧なコミュニケーションのきっかけとなればとおもうのだけれど、「まちのえんがわ」の背景にある木村工務店という、建築というものづくりの立場からしても、モノの売り買いよりも、「モノが持つエネルギー」が触媒となって、曖昧なコミュニケーションが発生し、そこから、うまれるアイデアや仕事などの方が、大切なのだとおもう・・・・。

「まちのえんがわ」は、この町の外のひとにとっては、この町への入り口としての「ハブ機能」になり、この町のひとにとっては外の町へ旅する出口の役目としての「ハブ機能」で、先日のブログにも書いた、丹波遠足や昨年の吉野遠足などを企画したのだけれど、場所と場所を繋ぐより、その土地に住む「人」と「人」を繋ぐコトの方が大切だと気付きだしたのは最近で、その繋ぐための潤滑油として機能するのが、「親切=愛情=おもてなし」なのではないのか・・・なんていう、うっすらとした気づきでもある。ちなみに「ワークショップ」も外のひとにとってのこの町への入り口の役目をはたしていて、そうそう、付け加えるのなら、「まちのえんがわ」ワークショップは、「職人さんに触れる」「材料とのコミュニケーションを体験する」「ものづくりの心に気付く」がテーマでもある。

「まちのえんがわ」の背景には、木村工務店が存在する、大阪の生野区の小路という、かつては長屋の中で、小さなものづくりをする中小零細企業がひしめく、風土があって、そこに根付く、木村工務店の企業風土と共に、「私」という、3代目としての、持続可能な企業形態を模索する立ち位置が絡んでいて、そんなこんなで、「まちのえんがわ」が持続していくためには、少なからず、木村工務店というものづくりの企業にとってのプロモーション活動として機能しているコトが必須なのかもしれない・・・。なんてコトをOLAセミナーで、お話した。

___3その後の懇親会では、建築関係の諸先輩方や若い人たちと、あれやこれやとコミュニケーションが出来て、アドバイスをもらったりし、そういえば、都住創のように「先人達の取り組み」から教わるコトも沢山あるではないか・・・と気付かされて、不完全なまま成長する「まちのえんがわ」として、多くの方々と関わりながら精進していこう・・・などと、帰り道に、ライトアップされた御堂筋を、本町から長堀までぶらぶら歩きながら、ロマンチックに考えてみた・・・。

木村工務店と「まちのえんがわ」のお正月休暇は、2013年12月29日(日)より2014年1月5日(日)までで、12月28日(土)のお昼からは大掃除、1月6日(月)は初出と新年会です。そんな訳で、来年がやって来そうですが、まずは、皆さん、素敵なクリスマスを!

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2013年12月15日

心和む。

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信貴山にある、のどか村の駐車場前まで、はぁはぁいいながら自転車でたどり着いて、ベンチで休憩するつもりが、冬の早朝で、まだ門扉が閉まっていて、それで、花壇の石積みに自転車を立てかけて、その石積みに腰掛けながら休憩していると、門扉の間から猫が3匹近寄ってきて、私の足下と自転車の車輪の横に、背を丸くしてしゃがみ込んで、3匹プラス1人で、朝日を浴びながら暫くの間、一緒に休憩する。寒い日曜日の朝だったけれど、坂道を登ると、それなりに汗をかいていて、ウインドブレーカーを脱いでクールダウンをしながら、出迎えてくれた朝日と3匹のニャンニャンたちに心和む・・・。

昨日は社員の忘年会があって、これが、今年の忘年会セカンドシーズンのひとつ目で、そうそう、社員といっても、大工さんと手伝いさんも一緒で、雇用形態としては、社員じゃないのだけれど、心情的には社員のようなもので、ここ最近は、がんこ平野郷の倉を改修した部屋が30数名で貸し切れて、丁度良い大きさで、それに、マイクロバスで会社まで送迎してもらえるのが快適で、料理も美味しく、ここ数年の忘年会の定番になっていて、一年間の失敗や暴言を許し合い、笑いあい、それぞれのリセットボタンを押し合って、明日からのリフレッシュされた関係性を目指した。

その後、有志数十名で布施のスナックで2次会をし、それにしても、スナックに行くのは1年間にこの時だけだなぁ・・・。3次会突入組も数名いたが、私はここらで退散して、12時すぎには、布団に転がり込んで、今日の早朝の自転車に備えるコトにした。12月に入ってから、「まちのえんがわ」の遠足とワークショップが2週連続で続き、本日も住宅相談会があって、このままでは、3週間連続で、日曜の早朝ランニングかサイクリングが出来なくて、心身のバランスを取るためにも、内面に去来する、行こうか行くまいか的ブツクサに考慮せず、出掛けてみると、心身に「軽やかさ」が宿る感じがして、嬉しい。

本日の住宅相談会の午前中のAさんは以前にもこの日曜相談会にお越し下さって、2月に完成予定の大阪駅と淀川に挟まれた都心のマンションに4月入居予定で、入居と同時に小上がりの和室を造作するコトになっていて、乳母車に乗せたカワイイ男の子と一緒にご夫妻とあれやこれやと相談する。前回の打ち合わせからこの数ヶ月間に、「TRUCK」のソファーを購入されたそうで、製作4ヶ月待ちと消費税アップの絡み合いで、タイムアップぎりぎりの決断だったとのこと。それにしても、うちでリフォームや新築をするお客さんで、TRUCKの家具を購入されている方がとっても多いのには驚く・・・。

昼からのBさんは、小路のK邸リフォーム工事のKさんの友人で、今里の中庭のある大きな長屋で薬局をされていて、現在はマンション住まいなのだけれど、その2階をリフォームして、住めるかどうかエエ間取りになるのだろうか・・・、今のマンションが売れるのだろうか・・・、このリフォーム工事を住宅ローンとして借りることが出来るのだろうか・・・、などなどと悩ましい。面白いのは、奥さんが、セックス&シティーに出てくる、お洒落なウォーキングクローゼットを作りたいのです・・・という要望で、そういえば、うちのホームページのリフォーム施工例には紹介していないのだけれど、キッチンより予算をかけた、靴や鞄などが透明ガラス越しに収納されている10帖近くあるウォーキングクローゼットを作っていて、同じようにセックス&シティーに憧れて・・・のコトだった。そうそう、それに、寒くない家にして欲しいという要望もあって、これに関しては、断熱工事や気密工事を現場監督と大工を中心に施工的にあれやこれやと積極的に取り組んでいる最中で、来年は「省エネ」をテーマにして、社内勉強会をしていこうとおもう。

午後3時からのCさんは、先月もお見えの2世帯住宅にするリフォーム工事で、それぞれのご夫妻が一緒に打ち合わせ出来る日時が限られていて、それまでに、それぞれの家族ごとに、設備機器や電気の打ち合わせを一通り終えていて、本日は展開図上で、収納の種類や方法、パイプや棚の高さなどなど、4人で、あーだこーだと言いながら確認と修正をした。いよいよ来年の1月後半に着工予定で、無事にエエリフォームとなりますようにと、不安と期待が同居する時期でもある。

こんな感じで、今年最後の住宅相談会は終了し、この一年間に相談にお越しになった皆さんに感謝すると共に、そろそろ、こんなコトバを発する時期になってきて、残り2週間ほど、まだ年末までに、お引き渡しの工事もあり、地鎮祭や上棟もあり、正月をまたいでの大型店舗工事もあって、それでも、心和やかに年末年始を迎えたいものですね・・・。

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2013年12月08日

忘年会シーズンという季節。

忘年会シーズンという、考えてみれば、可笑しなシーズンで、一年のあれやこれやを食べて飲んでお互いにコミュニケエーションをし、この1年を喜び合ったり、失礼を許しあったりしながら、エエコトも悪いコトも忘れ去ってリセットし、またこれから新たな関係でいきましょうよぉ!みたいな飲み会が、忘年会だとおもうのだけれど、そんな会が、あちらこちらで催されて、そんなのが4週間ほど続くわけで、確かにひとつの「シーズン」だなぁ。

「私」の忘年会シーズンの皮切りは、11月29日金曜日の夜で、某大手家電メーカーの照明会社の協力業者の会で、うちは、その照明会社の工場や社屋の新築や改修や営繕の建築工事に携わっていて、その会社に納材する協力会社の会を私の祖父が、何人かのひとたちと一緒に立ち上げたそうで、それが40年近く続いていて、そこで親子3代にわたって、幹事を務めていて、ところが、東大阪から伊賀に工場が移転し、そんなこんなで、ほとんど、建築工事の仕事はなくなってしまったのだけれど、いまは、仕事よりも祖父や父の「縁」を引き継いでいるのが実情で、その協力業者の会の幹事会の忘年会が、8人ほどで、しゃぶしゃぶを食べながら、しっとりと忘年をした・・・。

その次の土曜日の夜は、木村工務店の協力会社の会の忘年会で、建築を造るものづくりのチームとして、精親会という名称で、チームの士気を鼓舞していて、うちの会社の3階会議室に30数社が集まって、定例のミーティングをし、木村工務店の今年の成果とこれからの方向性を「私」が1時間30分ほどのレクチャーをした後、布施の料亭で、会席料理を食べて、飲んで、あーだこーだとワイワイ言いながら賑やかに、忘年をした。精親会のメンバーには親戚のような親しみがあって、祖父と父の「継続」に感謝したい。

振り返れば、某照明会社の協力会は、下請け業者の立場での忘年会で、木村工務店の精親会は、元請け業者の立場の忘年会で、こういうのが連続すると、丁重になったり、偉そうになったりと、「私」の心模様の変化が面白いのだけれど、連続したお陰で、人間的心のバランスが取れて、丁度良かったのかもしれない・・・。

12月に入って、1日の日曜日は、丹波遠足で、これは忘年会ではなかったものの、懇親会的な雰囲気が大いにあって、12月にひとが集まってコミュニケーションをするという意味では、ある種、忘年会に近いノリがあったのかもしれない。__そうそう、その11月の終わりの週中半に、神奈川県丹沢の山小屋:堀山の主人が、リースを届けに、突然の訪問があって、これも毎年の年末の恒例行事で、一緒にJAZZを聞きながら、この1年の出来事を語りあって、あれやこれやと夜中まで話し込むわけで、「私」とその山小屋の主人の2人にとっては、忘年会のようなもの。その時に、わたしの弟家族分のリースを持参してくれていて、それで、丹波遠足の次の日の月曜日の夜に、弟の家に、そのリースを届けに行くと、焼酎をすすめられるままに、久しぶりに話し込んで、気付いたら夜中になっていた。この1年の兄弟どおしのちょっとした失礼を忘年する会だったのか・・・・。

今週の水曜日の夜には、生野区の納税協会の青年部会の忘年会があって、これも親父から引き継いだような形なのだけれど、青年部会といっても、ほとんどが40代50代の経営者ばかりで、そういえば、今年の夏に、納税協会の婦人部会で、セミナーを依頼されて、10年ほど前に出演したビフォーアフターのエピソードを話して欲しいということで、1時間ほど、その当時を思い返しながら語ったのだけれど、そんなコトもあって、今年の忘年会には出席して、生野区の中小企業の社長さんと、その時のセミナーの話やお互いの趣味の話と共に、この消費税アップ前の資材不足や人材不足の情報交換などをしながら、懇親を深めつつ、忘年した・・・。

昨日の土曜日には、小中学校の忘年会があって、秋にあった同窓会に、私は仕事で、参加出来ず、それで、数人で、同級生が経営している「げんこつ」という、有名な創作料理店で、うまいもんでも食べながら、会おうよ。というお誘いがあり、それが、その輪がどんどん拡大して、男女25人ほどの忘年会になってしまった。ちなみに、私の通った公立の小学校は4クラスで、そのまま中学校の4クラスに持ち上がり、9年間、転校生以外は同じメンバーだったので、なんとなく全員がファミリーのようなもので、親しみ深い。午後6時頃からお互いの近況を語り合いながらの忘年会が延々と続き、何となくお互いに、失礼になっていた友人と、語り合う機会も巡ってきたりして、お互いの忘年ができたことが嬉しかったりした。それでも、流石に、私は、今日のワークショップがあるのを言い訳にして、またの再会を楽しみにしながら、深夜2時前に退散した・・・・。

それで、本日は料理ワークショップ&忘年会があって、その詳細は「まちのえんがわ」ブログに譲るとして、もともとは10月や11月に予定していた料理ワークショップが、こちらの都合で、なんだかんだと12月になってしまい、どうせ飲み食いをするのなら、いっそ、「まちのえんがわ」の忘年会を兼ねて、ワークショップをしようよ。というコトになった。流石に、忘年会気分になってしまうと、料理のレシピや料理方法などなど、大まじめな料理を造るための資料やパワーポイント作成が、エエ加減になってしまって、大いに反省をしているのだけれど、それでも、会場のセッティングには、それなりの拘りを持って、一夜限りの、キッチンスタジアムのようなセットを作った。

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↑ 歌う、料理ワークショップの講師、岩男さん。
← バーテンとなるシャチョウ。

そうそう、その昔、久米さんと黒柳さんがやっていたザ・ベストテンというテレビ番組で、私の興味は、歌手の歌より、どんな舞台装置が登場するのかが一番の楽しみだった。ワークショップごとに、それぞれの内容に相応しい、環境と舞台を造り、用意するのが、「私」の立場なのだとおもうのだけれど、「予算と時間」というハードルは高く、実現が厳しい局面に多々出くわすのだが、それでも、来年の「まちのえんがわ」ワークショップは、「材料とのコミュニケーション」と「人とのコミュニケーション」をテーマにして、それに相応しい環境と舞台を用意出来ればとおもう・・・

そんなこんなで、「忘年会シーズン」前半の2週間が、こんな感じで過ぎ、後半の2週間は、3つほどの予定はあるのだけれど、さてさて、どんな「シーズン」になるのやら・・・。

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2013年12月01日

繋ぐ

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小高い山があり、川があり、田んぼがあり、畑があり、柿の木があり、集落がある、そんな日本の原風景のような丹波の里山を歩く。本日は「まちのえんがわ」の「丹波遠足」の日で、丹波の佐治に「関大佐治スタジオ」というのがあって、そこに研究員であり移住者でもある出町くんというひとがいて、関西大学の木造設計製図の授業繋がりで知り合いになって4年ほどになり、なんとなく前々からお互いに暖めていた企画があって、丹波の佐治スタジオと大阪の生野区小路「まちのえんがわ」を「繋ぐ」という、そのきっかけとして、「丹波遠足」を催した。

関西大学佐治スタジオ
OPEN 平日 9:00~17:00
住 所 兵庫県丹波市青垣町佐治683
Tel/Fax 0795-86-7078
佐治スタジオは、関西大学の学生が佐治に滞在し授業や就業体験、
地域行事に参加する拠点、住民の方々と共にイベント企画や
料理などを通じて交流する場のほか、佐治倶楽部会員のサークル活動・
会議・各種教室にもご利用頂けます。

佐治倶楽部とは・・・地元丹波・学生・丹波以外の方々からなる空き家活用サークル。佐治らしい暮らし&佐治らしい景観を。
空き家活用サークル「佐治倶楽部」
事務局 関西大学佐治スタジオ
住 所 兵庫県丹波市青垣町佐治683
Tel/Fax 0795-86-7078
E-mail [email protected]
担 当 出町慎

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清流沿いの国道にマイクロバスを停車し、里山の道をまるで日本の里山に迷い込んだ外国人旅行者の気分で歩いた所にあったのが、青垣町稲土の猟師、足立さんの民家で、その横に倉庫のような工房のような食堂のような不思議な空間があって、そこで猟師料理としての鹿肉フルコースを食べたのがお昼のコト。アダチさんは「エエ個体」というコトバを使っていたのだけれど、エエ個体の鹿肉はとってもあっさりしていて美味で、「なんぼでも食べられるでぇ」と仰るように、かなりの量を食べても、むかつかない。鹿肉のたたき、鉄板焼き、しゃぶしゃぶ、ジャーキー、それに米ぬかを肥料として育てた粒の立ったまっ白なほっかほっかのご飯に大根のお漬け物。猟師のアダチさんの笑顔とコトバ。独特の居心地の良さと幸せな感覚は「風土と人」のエエ相互依存関係によって生まれる感覚なのかもしれない。これは裏ミュシュラン里山三つ星レストランではないのか・・・。

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鉄砲で仕留めるのではなく、夏に山に入り、獲物を調べ、狙いをつけ、その通り道を探り、罠を仕掛けるのだという。東京の有名な料理店からも依頼があるらしい。その話を聞くと、大工のオキ棟梁と通じる同じ感覚があって、なんだかとってもワクワクしてしまう。「好奇心」が大事なのだという。「どんなんやろか。どうなるのやろか。どうしたらエエのやろか」という好奇心が、肌つやの良い年のいった「職人」さんたちの共通の特徴だとおもった・・・。

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そうそう、朝に最初に訪問したのが、丹波の山名酒造さんで、社長の山名さんの案内で、純米酒の試飲をする。「私」をよく知るひとたちは、お酒に関してとっても省エネなコトをご存じなはずで、その「私」が、酒蔵で試飲するというのは、可笑しなコトだと、プッと吹き出す姿まで想像してしまうのだけれど、防腐剤のような添加物混じりのワインを飲むよりは、まだ純米酒のほうが飲めて、ま、それでも少量な事は確か。ヤマナ社長の誠実な雰囲気がにじみ出る説明を聞きながら、その300年ほど続く歴史に思いをはせてみた。継続は力なりというコトバがあるが、ま、確かに、そうだな。と思えるようになったのは50歳になってからかな・・・。そういえば、ちょうど、三輪神社からの新しい「杉玉」に差し替えるタイミングだったらしく、この日、この時、この巡り合わせで、茶色から緑色にビフォーアフしてくれて、それは私たちの心までリフレッシュさせてくれた・・・。

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午前中に訪れたもうひとつはイクジウッドという製材所で、社長の足立さんは、佐治スタジオの出町さんと一緒に、オープン当初の「まちのえんがわ」まで訪問してくれた事があって、いつか、「まちのえんがわ」と佐治スタジオを繋ぎましょうよ!と何気なく会話した事が実現出来たことは嬉しい限りで、日曜日なのに、わざわざ社員の方に機械を動かして製材の実演をしてくれて、原木が木材という材料になる過程を肌で感じとれたのは、参加者の皆さんにたいするアダチ社長の「おもてなし」だったのだとおもう・・・。そういえば、車中から見る丹波の山々の紅葉は美しかったのだけれど、青垣町にくると、ほとんどが植林された山で、おそらく杉だろうが、紅葉が少なく、雑木林と植林の割合を眺める事が出来て、そんな意味でも、エエ体験だった。
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都市で暮らす「まちのえんがわ」の参加者の皆さんが、丹波という里山の風土で暮らす、佐治スタジオのデマチさん、バスに同乗してくれて丁寧に旅のしおりの解説をしてくれた関西大学の大学院生2人、猟師のアダチさん、山名酒造のヤマナ社長さん、イクジウッドのアダチ社長さん、たちの、所謂「お・も・て・な・し」によって、「親切」を頂戴し、「行って良かったなぁ・・・」という幸せな気分をもらったコトで、「里山と都市を繋ぐ」という事は、里山に暮らす「人」と都市に暮らす「人」とを「親切」を潤滑油にして「繋ぐ」事ではないのかと、おぼろげながら気付かされた・・・・・・。丹波の皆さんと参加者の皆さんに感謝。

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