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2011年04月24日
穀雨
我が家のお便所の壁に貼ってある、24節気カレンダーを見る。それを見ているポーズを想像されると、気恥ずかしいが、20日に穀雨とあり、「春の雨が田畑を潤し、穀物の生長を助ける」と書いてあった。確かに、20日前後には、雨が降って、うっとうしい天気が続いたが、それが、「潤す」と「生長を助ける」というコトバに繫がるのだと知ると、心のベクトルの向きを変えれば、春の雨は雨で、有り難くて、エエもんだな。とおもえてくる。
今、議論されている税制の問題も、感覚的には、1%の増税は辛いし、払いたくないが、1%の義援金なら、消費を増やして、気持ち良く支払ってもエエのではないかとおもう。この1ベクトルに内在する力の向きを示すのが、政治力のような気がするが、それが、ムツカシイのだな。自己反省もしながら考えてみる。それにしても、ベクトルと書くと、ベクレルの事を連想してしまい、明らかに、3・11以降の影響というやつで、あれ以降はこのブログもそれに関連する話題ばかり・・・。
この週の月曜日に野池学校というセミナーがあった。温熱環境や省エネを教えているノイケさんが主催する学校で、そういえば、昨年の暮れには、ノイケさんの友人とで「選曲アワード」という音宴をうちで催して、盛り上がった。
そのノイケさんによる「1985」というプロジェクトがあり、1985年当時の家庭の消費エネルギーの生活に戻ると、原子力発電の問題を含むエネルギー問題が解決できる可能性があるという、面白い提案とプロジェクトだった。それに、ごく私的には、1985は、結婚の年でもあり、その当時の慎ましやかでシンプルな生活に戻るのも、確かにエエなとおもう。これも3・11以降の問題で、ベクトルの向きの問題のひとつだな・・・・。
その学校のあと、ノイケさんを含めて、数人で懇親会をする。そういえば、その日も穀雨だった。会食の軽いのりの中で、私が、「工務店力」のベクトルの向きをこんな向きに使ってみたいう話題を出すと、暫し盛り上がり、翌日、メールのやりとりと共に、それを纏めた形で、こんなコピーライトが送られてきた。そんな訳で、この週は、穀雨と共に、工務店力のベクトルの向きを考慮した「まちのえんがわ」というプロジェクトの事を考えた、妙な一週間だった。このプロジェクトも穀雨によって生長して欲しいものだ・・。
金曜日。パラパラ降る穀雨の中、透明の傘をさして、地下鉄小路駅に向かう。改札機で、icoca をあてがって、構内に入ると、駅員さんが、脚立を立て、天井からの水漏れをペットボトルで受けていた。ペットボトルの底をカットして、天井にくっつけて水を貯め、それを呑口に細いホースを繋いで、排水溝に落とす作業をしていた。天井に二本の点滴がぶら下がっているような雰囲気で、ちょっと可笑しい。「記念写真でも撮っときますわ。と駅員さんに言うと、誰も修理してくれへんので、自分でやってますねん。」と笑顔。電車に乗るのに急いでいたので、写真は手ぶれしまくっているのだけれど、穀雨のワンシーン。
土曜日。雨の中で、木造2階建ての地鎮祭があった。式が始まってから、本格的に雨が降りだして、テントの上に落ちる雨音と共に、神主さんの祝詞奏上を聴く。この穀雨が、土地を潤し、この家と家族の生長を助ける雨となりますように・・・・・。
さまざまな穀雨の中のワンシーン。なのだ。
2011年04月17日
文明
「文明災」というコトバを耳にする。復興構想会議の特別顧問となった梅原猛さんの言葉で、それを知ったのは、11日の月曜日のこと。
梅原猛・哲学者――原発事故は「文明災」、復興を通じて新文明を築き世界の模範に - 11/04/05 | 12:18
今回の事故は、あらためて近代文明の是非を問い直し、新しい文明を作るきっかけにもなるのではないか。まずは日本が率先して原発のない国を作り、それを世界に広げていくべきだと思う。
そのためにやるべきことは二つ。
まず、代替のエネルギーとして、太陽光エネルギーの研究をすすめるべきだ。これまで、原発を推進する研究に莫大な研究費を投じてきた。その研究費を、太陽光エネルギーに投入する。日本企業も京セラなどはこれまでも取り組んできたが、それ以外の企業も本気で取り組むべきだろう。
もう一つは、過剰なエネルギーを浪費するような生活から脱却すること。今原発が賄っている電力は全体の3割程度。太陽エネルギーによる代替とともに、一人ひとりが生活を改めることが重要だ。
原発の事故は、近代文明の悪をあぶりだした。これは天災であり、人災であり、「文明災」でもある。
今回の震災について、石原慎太郎さんが「天罰」という発言をされたが、何の罪もない一般の人々が被害にあわれたこの災害に対して、「天罰」という表現は間違っている。もし「天罰」があるとすれば、それは道徳心を失った政治家、実業家に対して下らねばならない。
・・・・
(聞き手:島 大輔 =東洋経済オンライン)
この月曜日に、木造2階建て住宅の上棟式があって、ここ数年、リフォーム工事が増え、新築工事の割合がめっきり減って、それだけに、上棟式というのは、今まで以上に、嬉しい式典であり、木組みの下での会食は、幸せな気分になる。話題は、必ず震災の事に及ぶ。お施主さんの仕事での震災の影響の話などだが、ここに来て、原発の影響による、省エネの事が、より大きな関心事に移っているように感じる・・・・。
火曜日の午前中にリフォーム工事の現場定例打ち合わせに行く。この震災の前に着工していたのだけれど、ユニットバスの搬入予定が、3・11以降だったために、ユニットバスの入荷が大幅に遅れている。遅れるのは、仕方ないですよぉ。と笑顔で答えてくれるお施主さん達。こういう皆の気持ちが、間接的にだけれど、震災の支援になっているのだとおもう。
同じ火曜日のお昼からリフォーム工事の定例打ち合わせに参加する。こちらはユニットバスの入荷が遅れていだけでなく、構造用合板と断熱材の入荷が遅れて、大工さんが「手待ち」の状態になりそうだったけれど、なんとか、ぎりぎりのタイミングで手配が付いて、ほっとひと安心。何よりも、大工さんがほっとした様子で、一生懸命仕事をしていた。材料が入荷しないと、職人さん達の仕事が出来ない訳で、ユニットバスを施工する職人さん達は、仕事が出来ず、「あそんでいる」状態なのだそうだ。震災の影響がじわっと忍び寄る。
同じように、お施主さんは、遅れるのは仕方ないですよ。と誰もが、気持ちのどこかで、自分達の事より、震災で困っている人たちのことを気遣っているのだった。現場から自転車での帰り道、桜の下を通り抜ける。今年の桜は、いままでのどの年より、格別に色が白っぽくて、ある意味美しい色合いだと眺める。まさか、震災の影響ではあるまいか・・・・。
水曜日。協力業者の瓦寅工業さんの会長がご逝去されて、その社葬が阿倍野であった。瓦組合の理事長を歴任されておられ、阪神大震災では、屋根瓦の修復のために、多大な尽力をされて、その功績もあり、勲章を拝受したのだと聞き及ぶ。そんな話を聞きながら、今度の震災の大きな特徴は、あらためて、津波と原発の問題なのだ。特に、原発に対する考え方が、ひとりひとりのライフスタイルにまで、影響を及ぼそうとしているのだと、頭のどこかでぐるぐると廻っていた。
木曜日。一年に2回だけ催す、協力業者とのゴルフコンペをチャリティーゴルフコンペとして、28人で実施した。勿論、花見と同様に、開催するのかどうかという迷いもあったけれど、弊社の会長自らがティッシュボックスをリメイクして作成し、その募金箱に集まった56,000円は、楽しんだエネルギーを義援金として変換したエネルギーとして届けたいとおもう。
その木曜日の夜。設計の打ち合わせがあって、施主のお仕事が、土産物の製品を商う仕事で、この震災の影響で、外国人観光客が来なくなって、浅草に卸す商品が全く売れなくなり、パートの人たちも減らさなくてはならないかもしれない、リフォームもどうしようかと迷うぐらいで、死活問題だと嘆く。原発の影響による経済的損失の影が、あちらこちらに忍び寄る。
金曜日。数年前に1階のリフォーム工事をさせて頂いたお宅が外壁の塗り替え工事をする事になり、そのお引き渡しがあって、久しぶりにお伺いし、あれやこれやとお話しをする。2階のリフォーム工事がまだ残っていて、その工事の時には、夏を涼しくするために、断熱材や遮熱や風通しの事を考えたいです。というのが、冷暖房費のランニングコストだけの事でなく、原発の事を意識したエネルギー問題が、いまや共通に考える話題のひとつになっていて、それは凄い出来事だとおもう。原発問題が、はっきりと、皆の意識を変えているのだった。
土曜日。新築工事の設計打ち合わせがあり、長期優良住宅の補助金が閣議決定されているのだけれど、正式発表が遅れている。そのために、申請と着工が伸びている現場があり、ここにも震災の影が忍び寄る。
その土曜日の午後。堺に民家のリフォーム工事の現地調査に参加する。弊社のトミマスくんとタナカくんと床下を覗いて、ネコの死骸を発見し、撤去したのは、所謂、想定外の出来事であったのだけれど、それよりも、原子力発電の事を考えるとね。オール電化。良いのでしょうかね。プロパンガスの地域では、どうしましょうかねぇ。という施主の悩みは、大阪であっても原発問題を自分たちの事として真剣に取り組み始めている悩みなのだとおもう。
日曜日。住宅相談会があり、施主の方との、太陽光発電やオール電化やガス給湯器や床暖房や断熱材の話題が、CO2の問題意識ではなく、日本のエネルギー問題への意識に変わってきているのだと実感する・・・。
「文明」というコトバを聞いて、久しぶりに聞く、忘れかけていたコトバで、新鮮な印象を持った。こうやって、この一週間、いろいろな人と接すると、誰もが、こころのどこかで、文明って何。となんとなく問いかけているのかもしれないと思えてくるのだった・・・・・。
2011年04月10日
チャリティー花見
チャリティー花見の宴を催す。いやぁ、実は、その当日の朝もどうしようかと迷う気持ちもあって、でも、自粛より、やるのならチャリティーが「普通の流れ」なのかとおもい、社員と大工さんと手伝いさんの30名ほどで、粛々と催した。
社員のミカワ嬢が、空き缶で手造りの義援金BOXを作成してくれて、それが、人間味があって、柔らかな気持ちにさせてくれる。そこにまず私が、1000円札を入れる。この金額が多いのか少ないのかケチなのかどうかわからない。孫さんのように100億の甲斐性があるわけでもないので、皆で、ささやかな、身の丈のチャリティーをその都度、何度も何度もしていこうというのが、意図。それにミカワ嬢がコインで続く。それがバランス良く、ほっとする。
乾杯の前に、私から皆に、チャリティーでもあると伝え、まずは、乾杯し、食べる前に、このBOXに入れるようにお願いして、参加者の一人ずつに缶を持ち回った。社員も大工さんも手伝いさんもポケットや財布から、今持っている小銭をわしづかみにしたりしながら、笑顔で、まるで、お賽銭のようにカンカンに入れてくれた。1円玉、5円玉、10円玉、100円玉、500円玉、たまに1000円札。ほとんどが、仕事着のままの参加で、皆が、いま労働し終えた、その労働の一部を義援金として捧げてくれた、身の丈感覚。集まった18,496円は少ないのかもしれないが、ささやかな気持ちとして、お届けしたい。
思い起こすと、3.・11が勃発したその二日後の3月13日(日)に小中学校の同窓会があって、それが、バスで久美浜までカニを食べに行くツアーで、しかも、その企画と幹事をしていて、それで、あたふたと幹事数人と中止するのかどうかの相談をし、結局は行く事にして、朝8時のバスに乗り込んだ。出発のマイクを持った第一声で、この震災で亡くなった人々のために、まず数秒間の黙祷を促して出発をしたのが、この震災で、一番最初にした黙祷だった。それから、社員の朝の集まりや会議、大工さんとのミィーティングなどで、数回の黙祷をしてきた。
3.・11以降に工事契約したり、工事中のお施主さんに、その方と弊社の連名で、赤十字社に義援金として送金し、その送付票をお引き渡しの書類に添付する事にした。金額はごくわずかで、ささやかな金額だけれど、この状況下で、工事契約をして頂いた感謝として、工期の遅れを辛抱強く受け入れて頂いたお礼として、それにまた、この震災中の工事であった事を記録として残しておきたいという意味があるのかもしれない・・・・。
花見を終えて、様々な事をおもう。生活するためのエネルギーというより、楽しんだり、少しだけ贅沢に消費するエネルギーの一部を、わずかな金額だけれど義援金に変換してみようかとおもう。送電線から送られてくる電気エネルギーに感謝できるような「フクシマ」として収束して欲しいとおもう。世界の国々と仲の良い関係を保ちながら、エネルギー資源を輸入して、安全でクリーンなエネルギーを創エネし、バランスの良いエネルギー国家になってほしいとおもう。夜型より朝型の社会の方が、電気消費のエネルギーは減るのではないのかとおもう。でも閑散とした暗い都会は寂しいなとおもう。いや、キャンプ場の暗い夜は案外心地良いとおもう。住むには危険が伴う津波や原発の地域のこれからの都市計画はどうするのが良いのだろうかとおもう。さて、どんなバランスで省エネの慎ましい生活がエエのかなとおもう。
いろいろなことをおもう・・・・。いや、これからは、おもうから、為すやね・・・・。
2011年04月03日
影響
小さな窓越しに7分咲きの桜を眺める。モミジが芽吹きだして、小さくてカワイらしい葉っぱに生命力を予感させる。春がやってきたのだ。毎年毎年再生するのだ。と、少々センチメンタルな感覚になるのは、震災の影響だなぁ・・・・。
震災の影響で、合板が入らなくなっていて、3月15日付けで会社に送られてきたFAXには、東北地方の石巻、大船渡、宮古などに合板工場があって、「本社事務所及び工場設備等に被害が発生し機能していない状況」はまだしも、「連絡が取れず」なんていう報告があって、東北地方が日本の家づくりの「縁の下の力もち」であったと知る。3週間が経過した今現在、どんな状況になっているのか、正確な情報は把握出来ていない・・・・。
ところが、3月22日付けの日本合板工業組合連合会のホームページには・・・
被災地以外の組合員企業が保有する、地震発生前の本年2月末日時点の国産針葉樹構造用合板の在庫量は約8万6千立方メートル(3×6×12ミリ換算で約430万枚)でありました。
被災地以外の組合員企業による国産針葉樹構造用合板の月間最大生産能力は、約16万立方メートル(同約800万枚)であります。
これは減産していた平成21年度の月間平均出荷量である約15万6千立方メートル(同約780万枚)と同程度となり、仮設住宅や緊急復興需要にも十分にお応えできるレベルかと考えます。
今回、国土交通省から(社)住宅生産団体連合会に対して供給要請のあった、概ね2ヶ月で約3万棟の応急仮設住宅の建設に必要な合板の需要量は、林野庁試算値で約1万2千立方メートル(同約60万枚)と見込まれています。
日本合板工業組合連合会といたしましては、最大限の増産態勢を整え、住宅建設及び災害復興のための合板の安定供給に全力を挙げて参りますので、関係者の方々におかれましては、投機的行為や過剰な仮需を慎み、エンドユーザーの皆様のお手元へ円滑に国産合板をお届けいただきますよう重ねてお願い申し上げます。
ということで、合板は十分にあるはずなのだが、なぜか市場には出回らない・・・・。断熱材も相変わらず不足状態が続く。4月4日に断熱材が入荷予定のある現場は1週間前に、「白紙に戻します」という一方的な電話で入荷しなくなった。キッチンメーカーのフードは、富士工業製が大多数をしめ、そこが震災の影響で生産に遅れが出て、キッチンの入荷が大幅に遅れている。IHヒーターの部品も生産が遅れているらしい。ユニットバスの排水トラップの部品が震災の地域で製造されていて、その影響でユニットバスの入荷が遅れているメーカーもある。便器も電子部品等が絡んでいて、基盤関係が震災の影響を受けているらしく入荷が大幅に遅れているメーカーもある。
人が集まると、あーだこーだとこの震災の話題になって、合板を製造するための刃物工場が被災していて、その影響があるらしいね。と、建築とは関係のない人からそんな話を聞かされて、そうなんですよ。と、溜息をつきながら、会食をする。
そんな事が、あれこれと重なって、リフォーム現場の打ち合わせに参加して、お引き渡しの工程をどうするのかを現場の担当者と機器メーカーの担当者とお施主さんを交えて協議した。それぞれの職人さんが、自分たちが出来る範囲で、可能な所まで完成させて、機器待ちにしましょうよ。という、当たり前と言えばしごく当たり前の結論になるのは、施主の方々も、被災地の人たちの事を考慮して、和やかに工程の遅れを受け入れてくれるからだろう・・・・。
そのリフォーム現場の裏山を眺めていると、お施主さんが、遺跡なんですよ。と説明してくれて、エエ陽気だった事も手伝って、見学してみることにした。それが古代の登り窯の遺跡だと知って、その立て看板を読むと・・・・
この窯跡では土器が焼きあがった状態のまま残存しています。これは取り出す直前、天井部の崩落というアクシデントにより放棄されたと推定されます。この災いが私たちには幸いして、どのような器種をどのように窯詰めするのか、またー窯あたりの生産量はどれくらいかなど、古代窯業の実態解明に欠かすことのできない資料を提供'してくれます。そして、この地域が古代における窯業地帯であったことを如実に証明してくれる貴重な文化財であります。
「アクシデントにより放棄されたと推定されます。」というコトバに、脳裏では、この震災の事が絡みついてくる。いやぁ、3週間もテレビやインターネットやツィッターでそんな記事ばかりを見聞きしていると、そんなふうになってしまうのだな。地震と津波により壊滅状態の都市を放棄して、残したままどこかに移動すると、こんな遺跡状態になるのかもしれない・・・。フクシマ原発は、いずれ遺跡群として、この地域が古代における原子力発電所地帯であったことを如実に証明してくれる貴重な文化財であります。となるのだろうか・・・・。と。
奥方も友達が集まると、この震災の話題になるという。昨年に子供が社会人になって、夫婦二人になったある奥さんは、震災孤児を二人ぐらい引き取ろうかなぁ・・・・と、真面目な顔で呟いたらしい。ある奥さんは、フィットネスのジムに行くと、数人が集まって、ジムでこうしている方が、それぞれが家で電気を使わないから、省エネになっていると思うわ・・・と呟いたとか。それぞれなりの新たな省エネ手法を考えているのだった。消防士を知りあいに持つ奥さんは、大阪から震災の手助けに行き、多くの遺体を捜索して、帰ってきてから鬱な状態が続いているのだ・・・と呟く。
朝からランニングをする。大阪城公園では、開花している桜も一部だけあって、若い人達が、早朝から場所取りをしていた。ブルーシートや残材が、ゴミ置き場に山積みになっていて、震災の人たちの事をおもうと、その後始末の光景は、ちと寂しい気分にさせられる・・・。そうそう、10キロ、約1時間のランニングのエネルギーが、電気エネルギーに変換できないものかね。震動が電気エネルギーに変換されて、携帯電話の充電が出来るとか・・・・。いやぁ、まったく、その「影響」はでかいね。
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