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2010年06月27日
焼き肉週間
お昼過ぎに、客人をお招きし、庭で、焼き肉をする。食べ終わり、リビングキッチンに行って、くつろぎながら、 ウダウダと話をしているうちに、日が暮れていく・・・。時間と空間と食を共にする。という感覚が、とっても心地良い。客人の皆様には、感謝申し上げます。
我が家も自分たちの身体感覚にフィットするような、リフォーム工事の過程を、楽しんだり、悩んだりしながら、なんとか完成し、10年たつ。それで、ようやく、しっくりと馴染んできたような感じ。家をリニューアルしたての頃と違って、人が来てもらっても、新しい家の美しさを見てもらうわけではなく、ようやくシンクロナイズするようになった、自分たちのライフスタイルとそれを反映した空間を食事と共に、共有してもらう。という感覚に近い・・・。
テーブルを囲んで、S夫人が、昨日は、満月だったけれど、新しい家になって、月の明かりというのが、とっても明るいという事に気が付いた。狼男の気持ちがわかるような気がする。確かに満月の夜には何かが起こりそうな雰囲気・・・・という話題がその場の空気の中を漂った。それは、建築家イシイリョウヘイさんの設計が、そういう自然の要素を取り込む設計になっていた事が、大きい要因のひとつだろう・・・。
その「月」の話が心のどこかに残った。暫くして、客人が帰り、ダイニングテーブルのYチエアーに腰掛けて、パソコンの液晶画面を開ける。パソコンが起動するまでの間、ふと、先ほどまで、Iさん夫妻が腰掛けていたベンチソファーに腰掛ける。その隣にS夫人だった。そして、外を眺める・・・。
と、丁度その方角から「月」がのぼってきた。満月から一日分だけ欠けたおぼろ月。あの時の会話を思い出しながら、眺めると、少々不思議な感じがする。
暫し月を眺めて、10分ほどすると、いきなり激しい夕立が降ってきた。あわてて、デッキに置きっぱなしだった、椅子とバーベキューコンロを片付けに走る。そして、その間に、月が隠れた・・・・・。いま、この話をこうして書いていると、稲垣足穂の一千一秒物語の「ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた・・・・・」という、とっても奇妙な物語を思い出した。最近のキムタクのドラマの題名も確か、月の何とか。「月」
ま、それはそうと、一週間に3回も焼き肉を食べたのは、初めてだなぁ・・・・・。
週初めに、野池さんが主催する「暮らし向上リフォーム研究会」というのがあって、それは、今日のブログにあやかると、設備機器をリニューアルするだけではなく、ライフスタイルを反映したリフォームをしていこう!という取り組みだと言える。それで、その後の懇親会では、設計のマイタニさんや東京の工務店のナカザトさんや埼玉のキムラさんなどなど、初めてお会いする方々と、ノイケさんも交えて、遅くまで飲む。
その次の日は、同じく、野池さん主催で、「野池学校」というのがあって、プロモーションとかエコとか、そんな話題を中心に、野池さん流に取りまとめて、整理した考え方を聞ける機会であって、それはそれで、共感できる。そして、その後の懇親会が、焼き肉だった。初めてお会いする、名古屋の工務店のアベさんの向かいに座って、煙がもうもうとする中、楽しく懇親する。
それから、一日おいて、正式オープンした焼き肉と冷麺の「一龍」にて、プレオープンには参加出来なかった、木村工務店の社員数名と、一緒に焼き肉を食べ、懇親する。脂っこくないロースという表現はヘンなのかも知れないが、確かに、しつこくないロースがどこよりも美味。前々日に焼き肉を食べたばかりなのに、不思議と食がすすむ・・・・。満腹満腹。
そして、本日。奥方が、鶴橋で塩タンなど買って、その他バラ、地鶏、などなど・・・。炭火で焼き肉をする。それはそれなりに美味しかったのだけれど、流石に、一週間に3回も続くと、量は食べられなかったねぇ・・・・。
脳のある一部が、痛風になるんじゃないかと心配している「私」がいて、それが「いとおかし」であるのだけれど、焼き肉と痛風の関係性がどれだけあるかは別にして、焼き肉と懇親の関係性は大いにありそう・・・・・・。
今週、焼き肉を共にした皆々様に、あらためて、感謝。
2010年06月20日
ソシキ
今朝起きて、なぜか、「組織」ということについて考える。きっと、昨日のサッカーの影響なのだ。チームとか組織には、そのポジションニングとか、その役割とか、その他いっぱいあるとおもうけれど、共通のものの見方とか、共通の理解をもつといのは、なかなか大変なことだなとおもう。うちの会社だってそうだろう・・・・・。それに、そもそも、その「共通となるもの」を見いだすのが、何よりも大変。
ワールドカップサッカーのオランダ戦を試合後30分遅れのビデオで見る。試合結果はどこからともなく漏れていたので、確かに、緊張感には欠けた。後半に、シュンスケが投入され、好きな選手だけれど、いまのニッポンで、どんな役割を果たせば良いのかとおもう・・・。ハセベやマツイが脱けた後のオオクボのプレーを積極的と評価して良いのか・・・。オカザキ、タマダ、シュンスケに、がむしゃらな動きがあったのか・・・・。などなど、観客という立場は好き勝手に言えるし、自分が監督だったら・・・・・。などと考えて、それはそれで、随分と楽しめた。善戦。というのが、まずは良かった。
いまのニッポンの「共通となるもの」は、何なのかね。「日本らしい」プレーって、何なのかね。とふとおもう。サッカーニッポンが、それを模索し、格闘しているのだろうけれど、何よりも、選手以上に、ニッポンの観客が、日本らしいチーム、日本らしいプレーを模索し、格闘しているのだ・・・・・。とおもう。
そういえば、iphone上で、買って、読んだ、最初の本が、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら」という本。偶然、夜のテレビ番組で、その作者が出演していたのも見たけれど、次は、「もしサッカーニッポン代表が、皆で、ドラッカーのマネジメントを読んだら」という本が出たりして・・・・。
組織という事でいえば、本日、グリーンウッドワーク協会というNPO法人があって、その集まりと鵜飼いのイベントに、美濃まで出掛けて、参加する。NPOという「組織」も不思議な組織だね。いろいろな縁があって、その協会と関わる事になったのだけれど、それはまたいつか。
そうそう、小瀬鵜飼いを体験する。鵜の家というのが何千年も続く組織であり、宮内庁の式部職だと聞かされると、何~にも理解していないのに、ほぉぉーっと感嘆する。それにしても、一艘の船を動かすのに多く人たちがかかわり、多くの鵜が関わっているのには驚いた。こういう「組織」を伝統として残すのも大変だな。待ち時間の割には、鵜飼いそのものは、あっという間に終わるのだった・・・・。
というわけで、今、美濃小瀬の鵜飼いから帰ってきて、これを書く。日曜日にブログを書くという、私的なゲームの時間に追っかけられ、何とも、とりとめないブログ。それに中途半端なソシキロン。いやぁ、あらためて「組織」っていう漢字を眺めると、複雑なのだ。やっぱり、「ソシキ」でなく「組織」として、いつか、きっちり書ことうとおもう・・・・。
きょうのところは、goodnight 。
2010年06月13日
日本的なもの。
伝統とか日本の文化とか。そんなテーマを大上段に構えてみるつもりはないものの、サッカーワールドカップを見ると、「日本的なもの」ということをたまには考えてみたくなる。というよりも、単純な話、南アフリカのスタジアムから聞こえてくる、あの、ハエが何万匹も一斉に耳元の廻りを飛んでいるかのような、あの音。あれには、文化というものの大きな違いを感じさせられる・・・・・。
いや、ひょっとして、あと2週間、あれを聞き続けると、快感に変わっていくのかも・・・。2週間後のブログで、あの音がもはや快感。と書き始めている「私」がいるとしたら、いや、どうなんだろう、そういう人間のもつ体質って怖いねぇ。2週間後の「私」が楽しみ。
「縄文」の遺跡のある「場所性」が好きで、できるだけ、「旅」の訪問地に組み込む。山の幸、海の幸が豊かそうで、風光明媚な場所が多い。まぁ、最高のキャンプ地ともいえる。先日のゴールデンウィークには尖石遺跡に立ち寄った。ところが、到着が午後5時頃になってしまい、縄文の土器や土偶を見る事は出来ず、縄文のアイドル達には会えなかったのが、残念といえば残念。
それでも、意外な出合いがあって、この遺跡の建物の図面を引いたのが、堀口捨己であったという事。ほんとうに縄文当時、こんな建物だったのかねぇ・・・・と、考えてみる。それにしても八ヶ岳の山々を背景とした気持ちのエエ、キャンプ地。こんな場所性があってこそ、自然との付き合い方があってこそ、あんな土器や土偶が生まれるのだろう。現代と違う内的な豊かさを垣間見るとともに、日本的なもののルーツを感じる・・・・。
先週の日曜日と月曜日の二日間、社員と大工と協力業者の旅行をし、その見学のひとつに刀鍛冶の実演を見る。それを見学していると、ものつくりの背後に見え隠れする「たたら製法」による鋼も含めて、日本的なものつくりって、何だろうかねぇ・・・・・と、考えてみたくなる。
岐阜の林産地におもむき、木の伐採やハーベスタといわれるガンダムのような機械が豪快に木の枝を落とし、寸法切りする姿に感激したが、切ったばかりの切り株にチェーンソウを置きながら、木の切り方をプロ的に説明してくれた、その職人さんの顔や体つきやその情熱と雰囲気に日本的なものをより強く感じた。
それよりも、もっとも日本的なものを、あらためて感じたのは、夜の宴会だった。大広間にお膳を並べるという、これぞまさしく前時代的なオーソドックスなスタイル。浴衣に着替えて、あぐらをかいて座る。「膝をつき合わせたコミュニケーション」というスタイルにこだわるのは弊社の会長。もちろん、私も受け入れている。というよりも今の時代にとっては、日本的なコミュニケーションを学ぶための、ある種の食事会のようなもの・・・・。
「私」は正面の席に、えらそうな顔をしながら座る。座ったままの宴が進み、頃合いになると、うちの一番若い社員のTが左手にグラス右手にビール瓶を持って、誰よりも先にやってきた。誰に、そんな事を教わったのだろうか、どの先輩かが、そういう事を教えたのだろう。それで、「これからもよろしくお願いします」と、にこやかな笑顔と共に頭を下げながら、なんと、右手のビール瓶を私に渡し、左手のグラスを前に出して、ビールをついでもらうスタイルをとる。少々私も面食らった。その瞬間、横に座っていた、協力業者の会長のオカモトさんが、「おいおい、それは違うやろ!」と真顔と爆笑をまぜながらつっこむ。
それで、Tは、何となく、間違ったスタイルなのだと感づいたようだったが、その勢いも手伝って、私は笑いながら、ビールを丁重にTのグラスに注ぐことにした・・・・。それで、その後、Tから返杯を受ける。Tに悪気やしゃれっ気があった訳でもなく、ごく普通にTが考えた、お酒の席での社長と若い社員とのコミュニケーションの取り方だったようだ。
それにしても、こんなスタイルのお酒の飲み方がうまれたのは、いつ頃からかね。縄文人は、すでに、こんなスタイルで、杯を酌み交わしていたのかね。南アフリカの人々はどんなスタイルでお酒を酌み交わすのかね・・・・・。
膝をつきあわせて、杯を酌み交わすようなスタイルが、いま、大まじめに必要とされているとは思えないが、そういうスタイルを軽やかに「遊ぶ」ことで、ある種の打ち解けや仲間意識がうまれるのも事実。日本的な方法というものをあらためて、模索したいね・・・。
2010年06月06日
体験して気付くこと。
「何でも見てやろう」 その本の内容はすっかり忘れてしまったが、このタイトルだけは記憶の中に留まった。大阪弁で、いうところの「まず、やってみなはれ・・・」「とにかく、見てみなはれ・・・」が、「旅」のもつ魔力のひとつだとおもう。
そのタイトルから感じるほどの、どん欲さを私は持ち合わせていないものの、インターネットが普及すればするほど、その情報だけで、「わかった」気になりがち。知識と五感による体験がシンクロナイズした時に感じるあの感覚。それを「理解」と呼ぶとするのなら、その感覚の魅力を知ると、体験したら知りたいし、知ったら体験したい。そして、「理解」に辿り着きたい。あの感覚を味わいたい・・・・・。
学生時代には、有り余るほどの贅沢な時間があって、何もしないで過ごす方が圧倒的に多かった。無駄に時間を費やしたともいえるが、確かに、何もしない楽しさを知ると、それはそれで、一種の麻薬的な魅力があって、動き回る事があほらしく思えた。ただ、それも、自分だけのための、ある種の貪欲さだと感じる日がやってきて、それで、その麻薬的な魅力を断ち切って、誰かのため、自分のため、社会のため、その他、何だかんだ、複層的な歯車が、微妙に絡み合って、物事が動き始める・・・・・・。
なんていう、くだりを書いてみたくなる心境って、これ何だろうかね・・・・。
まぁ、そんなわけで、「旅」をする。何でもエエから、兎に角、体験をしたくなるわけ。ゴールデンウィークやお盆やお正月やその他・・・・。それで、体験してみて、初めて気付く事が、あるときにはあり、ないときにはまったくなにもない。
理由はいろいろあるのだけれど、5月3日の朝の8時前に、吉村順三さんが設計した八ヶ岳高原音楽堂の前にいた。一度見てみたいとおもっていた、憧れの建物でもあった。その場所は簡単に見つける事ができず、レストランに行って、尋ね、ようやく辿り着いた。
まず、駐車場からのさりげない八ヶ岳音楽堂と書いた看板とそのアプローチの仕方。そのさりげなさが、カッコ良かった。こういうたぐいの事は、体験してみないとわからない範疇の事なんだろう。きっとかなり考え抜かれてあるのだ・・・・・。
屋根のその美しさは、建築雑誌で見ていて、写真のとおり。なんていう、当たり前の感想になってしまう。、いや、もしくは、写真以上の美しさ・・・・・とか。その屋根の線の美しさは、「樋」がないからこそ、生まれてくる、カッコ良さが、多分に影響している・・・・。
が、よくよく見ているうちに気がついた、正面玄関の屋根の部分だけには、樋がちゃんと、あって、玄関から入る人には、雨があたらないようになっていた。それは、最初からそうだったのか、後からそうなったのかは、知るよしもないが、そういうところに、人間味のあるデザインだなと、ひとりほくそ笑む。それに、その樋の水を落とす落ち口の樋のカットのデザインにシビレる。また、その水が落ちる足下の機能と、さりげないデザイン性にも味わい深いものがあった。
内部には入れないとおもっていたが、偶然にも、早朝のヨガ教室をしていた。こんなところで、ヨガができるのなら、是非、是非、やってみたい。それに少々羨ましい・・・。そのヨガ教室が終わるのを静かに待ち続け、その先生に、許可を得て、内部を拝見する。天窓の美しさ。それに音楽堂というだけでなく教会堂のようなムード。確かに十字架も飾ってあったが、十字架が影響しているだけではなかった。 それに音響効果を考えた、機能美。それが見事なデザインとなっていて・・・・・・・。まぁ、とにかく体験してみないと気付かない事が、わりと沢山あって、例えば、大地と建物が一体となったその関係性とか・・・、などなど、いろいろあるが、とりあえずは、ここらへんにしておこうとおもう・・・・。
そう言えば、その前日に、諏訪の御柱祭を見ながら、見学した藤森照信さん設計による、神長官守矢史料館では、その便所近くにある窓を覗くと、その山側の畑の中に、同じ設計者による高過庵という、ツリーハウスが 見えた。そういう、粋な計らいに、なんだか、ニヤッとさせられる配慮があって面白い。それに、足下廻りの、大地との一体的な関わりをもった設計は、実物を見るまでは、そんな部分に感心させられるとは思っていなかっただけに、体験して良かったな。という仕分けの範疇に・・・・・・。
実は、これが、長ったらしい前置きで、つまり、本日の6月6日(日)と明日6月7日(月)の二日間に渡って、社員と大工さんと協力業者が一緒に研修旅行に行く。それは、とにかく、何でもエエから、一緒の体験を一緒にしてみよう。という旅。これが基本であって、そんな訳だから、その研修内容には拘っているところが、あるようでなく、ないようであるという程度。あっ、コミュニケーションを学ぶ。というのも大切なテーマだね。
そうそう、こだわりがあるとすれば、唯一絶対は、バスに詰め込まれて旅行するのだ。というこだわり。この伝統だけは守り続けられ、かれこれ50年ちかく続く・・・・。バスに拘る理由のひとつは、とにかく、バスの中で、二日間飲み続けたいという御仁が数十名近くいて、これだけは、不思議と先輩から後輩に引き継がれていくのだった。確かに、もっと、引き継がなければならない、技術とか伝統があるはずやろ!と読者からのお叱りやツッコミがあるのかもしれない・・・・・・。
それでは、マズイので、今回の研修は、にんべんに「木」と書いて「休」。人と木の寄り添い方がテーマ。 皆で、飛騨の山で林業をみたり、その他・・・。まぁ、その模様は、ツイッターで随時、ツィートされるかもしれない・・・・。ということで、6日と7日の二日間、会社はお休みを頂戴します。特に、月曜日は電話やメール等の連絡がとれませんが、ご理解頂きますよう、よろしくお願い致します。
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