2007年07月29日

職責

地鎮祭が終わって、数日後、工事の着工をしようとしたその時、家の平面計画を反転し、南向きの、海に向いていたリビングを、 北向きで山が見えるリビングに変更すると、建築家の先生が言った。

その事によって、設計図の変更、工程の変更と、様々な作業が増えた。山の上での難工事もあって、工程が大幅に遅れて、 ようやく上棟を迎えた。そして、その日、はじめて、施主は、家が反転されたことを知る。

施主の戸惑った表情がうかがえた。海をみるリビングを期待していたのに・・・・と。上棟式の日、木組みだけがあらわになり、 まだまだ部屋としての形をなしていないリビングに私も立った。まわりの景色をじっくりと眺めて、ようやく、 建築家のその意図がおぼろげながら見えた。

確かに、南側は、隣家の木が覆い被さっていて、海は見づらい。それに隣家のバックヤードが見えて、お世辞にも美しい光景とは言い難い。 それに比べて北側は、兜山の綺麗な形がくっきりと見え、雑木林の木々が美しい。視界の中に見えるのは木と空だけ。 他の家の姿形は視界に全く入らない。

上棟の日、建築家は、施主の戸惑いの言葉を聞きながらも、自信をもった表情で、にやりと微笑み、頷くだけだった。「もし、 反転しなかったら、一生の不覚である。」というようなニュアンスの言葉が語たられた。私の、理解できる範囲で、 施主にその反転の意図を説明する。

今週、その家の引き渡しと、それに続く竣工パーティーがあった。北向きのリビングから眺める、 南からの太陽によってライトアップされた、木々。山々。空。雲。何よりも眼下に広がる樹海が美しい。それらが、時刻の変化、 光の変化によって、様々に表情を変える。美しい景色だなぁ・・・。そして、その景色を際だたせる開口部のとり方。ここに住みたいと思った。

うっすらと浮かぶ涙目から語られる、施主からの感謝の言葉。「この家は樹海に浮かぶ船です。乗組員はここにおられる施主のTさんです。 これからこの船は・・・・・」と話す建築家のI先生。

食事を共にしながら、「正直な家」「デザインをしすぎない事」「そこに光をとると落ち着きがなくなる」「内から考える」 「木々によって家をかくす」等々・・・。経験に基づく、生きた言葉が心に響く。誰かが「まるで軽井沢かどこかのようやなぁ・・・」 「あの電信柱と電線がなかったらもっとええのに・・・」と言うと。「電柱も景色のひとつ・・・・」とI先生がにこやかに応じる・・・・。

地鎮祭の後のあの時点での反転するという大いなる「決断」。家づくり、街づくりへの「職責」。様々な事を学んだ。

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投稿者 木村貴一 : 2007年07月29日 10:57 « 響き | メイン | 耐震補強 »


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