2009年09月06日
エネルギーを得るためにはエネルギーがいる
という・・・・・。
キャンプ場に着くと、土地探しから始まる。もちろん、区画と指定された場所が決められたキャンプ場もあって、それはそれなりの良さもあるのだが・・・、今回は、場内であれば自由。四万十川上流の河原のすぐそば、を選択しても良いのだが、そうそう、7年前は、そうしたが、今回は、土手の上の、木陰を選ぶ事にした。
美しい大きな木があって、河原の眺めも良い、「一等地」は、既に「先住民」が居た。それで、一等地には見劣るものの、一本の大きな木がある、私たちにとっての「二等地」をチョイスする。まぁ、それは、「私」の役目でもあって、一応、「ここでエエかな」と奥方の了承を得る。「エエよぉ!」と心地良い返事が返ってくれば、「即決」するのだが、なんだが、「いまいち」な表情と言葉の抑揚を読み取ると、考え直して、場所を変更する。今回は、お互いに、「あの一等地」に憧れと未練を残すものの、まず、住むことのできる土地を見つける事が、最優先事項なので、「即決」する。
それで、その「土地」にどのように、テントを設営するのか、どんな「家」を建てるのかが問題で、まぁ、職業柄もあって、それを、「楽しむ」事が、私にとってのキャンプの楽しみのひとつでもある。
「家」そのものにあたる「テント」は、既に、買って、あらかじめ用意するのが、一般的な事で、勿論、25年ほど、「そんな生活」を趣味としていると、「何軒」かを買ったりしている訳で、中学生の頃に買って貰った、三角屋根のオーソドックスなテントから始まって、ロッジ型で、寝室とダイニングの二つに分かれたものが、最初の憧れのテントになった。最近は、キャンプ場で見かける事もなくなっってしまったが。ロッジ型のテントの御陰で、椅子やテーブルをキャンプに持ち込むようになった。
それから、三次元的にフレームを曲げて組み立てる、ドーム型のテントが、普通に売られるようになって、コンパクトに収納できる、4人用のドームテントを買った。それをバックパックに詰め込んで、家族3人と犬一匹で、北海道をレンタカーで、キャンプ旅行をした。確か、屈斜路湖のアイヌ民俗資料館の前で、設営したのが、最初だったとおもう。少々流行後れのテントだけれど、今でも、そのテントを使うし、皆に、貸し出したりもする。
そうそう、「タープ」というものが、「出現」した時も、それなりに衝撃的だった。雨の多い、日本の気候風土にマッチしているとおもったし、タープを張る事で、ひとつの「空間」が生まれる事が、何よりも、面白い、体験だった。そのタープの御陰で、椅子やテーブルをキャンプに持ち込んで、食事をしたり、くつろぐ事が普通になって、キャンプ生活が、随分と、「モダン」になったなぁ・・・・とおもう。
学生の頃、バックミンスター・フラーの「宇宙船地球号」という考え方とフラードームというものが、格好エエなぁ・・・・と、おもう時期があって、今まで、あたりまえだった、三角型のテントからドーム型のテントに入った、その時は、「テクノロジー」というものを感じた。そういえば、「moss」というブランドが出現した時も少々の衝撃を受けた。同じ、ドーム型のテントやタープが、「デザイン」によって、こんなに格好良くなるものか・・・と、憧れた。
今の、私たちの「家」としてのチョイスは、ポップアップ式の小さなキャンピングカーで、キャンプ場内でも威圧感のない車が、好みだ。地面のエネルギーを感じながら、テントで寝るのも、たまには、エエのだが、キャンピングカー内の、「高床式」の快適さには、抗しきれず、また、奥方を、キャンプに「招待」するには、必須でもあった。夏のキャンプでは、風が流れるのが、心地エエので、ポップアップ式をチョイスして、15年ほどになる。
今、タープは、車の横からスライドして出てくるタープと、家形のスクリーン式タープを使う。設営が、少々面倒だが、風や雨にも強く、少々大きいめなのがエエかな・・・。気候のエエ時期は、そのタープに、GIベットを持ち込んで、毛布やタオルケットや寝袋などにくるまりながら、「私」は寝る。コンパクトなドームテントも張る。子供は、テントに寝るのが、楽しいようだ・・・・。
それらの「道具」を、その敷地条件と、木と、眺望と、キャンプの隣人との関係を考慮して、どのように、セッティングするのかが、ほんの少々の楽しみ・・・・。
川などで遊んで、帰ってみると、新たな「住民」が、私たちの、テントの直ぐ近くまで、迫っている事も、たまにあって、「境界」が特定されているわけでもなく、「先住民」が優先されるのだぁ・・・と、勝手な権利を主張するべきでもない・・・・・。この隙間に、テントを張るのぉ・・・という、ひとも、居て、それでも、出来上がってみると、いやぁ、意外に上手く、設営するものだなぁ・・・と、感心することもしばしば・・・。そんな訳で、時としては、隣のキャンプの様子が気になる事も、まま、ある・・・・。
土地というものがあって、人間というものもあって、生活という形態があり、「住まい」というものが必要になり、隣人が居て、あぁ、縄文人はどうしていたのだろうか・・・、弥生人は・・・、古代国家が成立するのにあたって、敷地境界はどうやって、決めていったのだろうか・・・と、キャンプの隣人を見ておもう。
リビングダイニングのようなスペースをタープの下に確保して、炭や焚き火を使いながら、飲み食いをする場所も設定し、調理器具や食器類や水やクーラーの設置する場所も設定する。テントの場所。車の場所。
「敷地」や「家」の問題も多々あるが、「エネルギー」の問題をどうするのかが、大げさに言えば、キャンプ生活の課題でもある。それは、主に、調理をするためのエネルギーと、明かりをとるためのエネルギー確保が、主たるテーマ。
ホワイトガソリンをエネルギー源にして、コールマンのツーバーナーと赤いランタンを使っていた時期もあって、今でも、カッコエエし、火力もあって、明るさも抜群なのだけれど、それぞれを、譲った。今はガスを熱源とする、ツーバーナーとランタンを使う。そのガスも、どこにでも売られている細長いタイプのガスボンベが使える器具をチョイスしている。
それは、徐々に、キャンプに行くために準備をする時間が楽しめなくなり、また、面倒くさくもなってきたからで、行き当たりばったりの準備不足でも、何とかなりそうな、熱源をチョイスした結果の事であって、最近は、インターネットの普及で、アウトドアーショップに出向かなくても手に入るようになってきたので、準備の仕方もちょっと変わった様相。
調理をするための熱源に「炭」があって、これは、一回分ほどだけを、家から持って行って、後は、現地で調達をする。ホームセンターで、割安の炭を大量に買っておいて、車に、荷詰めをして、現地まで運ぶのも良いが、トランクの大きさもあって、現地で、「炭」を調達する事も多い。あまりにも、高くて、損したなぁ・・・・と、おもう時もあるが、おもわぬエエ炭にあたる時もあって、そういう、「出会い」や「地産地消」が、楽しい。
「キャンプ=焚き火」とおもうほど、焚き火こそ何よりの楽しみ。とは、言い過ぎだが、やっぱり楽しい。焚き火のための道具の話は、おいておいて、その「薪」というエネルギーをどうやって確保するのか。勿論、ほとんどの人が、現地調達なのだろうが、うちは、工務店だという事もあって、廃材の杉などを、薪として使える、準備があり、出かける前に、適当な大きさに切って、用意をすれば良いのだが、まさに、「エネルギーを得るためには、エネルギーがいる」を実感する瞬間であって、確かに、面倒くさい・・・・・。
焚きつけ用の、細い薪だけを用意する事も、心の余裕がある時は、そうするのだが、現地で調達して、「地産地消」となる事がほとんど。車のトランクの大きさや面倒くささなど、計量しにくいい、「輸送コスト」というものが、反映されているのだとおもう。
「薪との出会い」も楽しみのひとつであって、それぞれの、地方とその場所によって、出てくる薪の種類も様々で、燃え方も様々。今回は、ひと束300円の薪の中に、焚きつけようの細い薪が何本もあって、何とも「親切」だなぁ・・と、感謝した。もちろん鉈(なた)を携行しているのだけれど、そうゆう心遣いが嬉しい。今回の調理エネルギーは、ほとんど、その薪と、そこで買った炭で、まかなった。ガスボンベを一本分ほど使用したかな。
家庭で使うエネルギーを4種類ほどに分類する教えがあって、一つは、調理に使うエネルギー。今回の旅行では、薪と炭とガスボンベを使った。それは、コストとしてどうなのか、それに最近でいう、CO2の排出量に換算するとどうなるのか・・・・と、考えてみる。
一つは冷暖房に使うエネルギーで、今回は夏だったが、川縁で、木陰の涼しさもあって、消費量は当然ながらゼロ。ただ、車の移動中に、エンジンをまわしながら、クーラーをかけたっけ・・・・・。そんなエネルギーもトータルで考えるのかどうか。避暑のために、車を使い、お金を使い、宿泊施設を使って、また、そのための様々な準備費用。贅沢な冷暖房費用かも・・・・・。
もう一つは、給湯エネルギーで、お風呂や、台所や洗面で使うお湯のこと。今回は、ゼロエネルギーだったのかと言えば、その村が杉の木で造った瀟洒な建物に、シャワー室と便所があって、3分間100円のシャワーが使えて、意外と快適で、家族3人の合計が1000円ぐらいだったのかな。それに、一カ所だけ、ウオシュレットがあって、すっかり、ウオシュレット依存症になっている私のお尻は、ほとんど、無意識的に、その場所を目指していて、電気エネルギーを消費しながら、お尻のお湯を快適していたわけ。また、きっと、村が、村の税金を使って、建物を建て、維持管理しているのだろうから、トータルなコストを考えると、それなりの贅沢な、シャワーとウオシュレットだったかなぁ・・・。そうそう、近くの温泉に入りに行ったのを忘れていた・・・。コストに換算すれば?
もう一つは、照明や家電に使うエネルギー。一般家庭では3割近い消費量があるという。今回は、照明はガスランタンを使い。2本ほど使った。それは、エネルギーコストとしては、高いのか安いのか・・・。キャンプでは、いわゆる家電を使わないのだけれど、冷蔵庫の代わりに、コールマンのスチールベルトのクーラーボックスを長年、愛用していて、その購入費用とか、コンビニで買った、氷代金とか、出発前に冷蔵庫で冷やしておいたアイスボックスの電気代金とか・・。氷というのは、エネルギーコストに換算すると、どうなるのだろうかと、エネルギー問題を真面目に考えるのも、いまという時代かな。
そうそう、最近、家電としては、携帯電話とか、パソコンとか、ゲームとかをキャンプに持ち込んで、そのバッテリーの充電は、自宅の電気で供給されているのだけれど、それを、現地で消費しているわけで、隠れた電気消費エネルギーといえるかも・・・・・・。
「電気」というものが、ない生活が、時としては、楽しい。そして、キャンプでの暗闇が、楽しい。レイ・ブラトベリの絵本に「夜のスイッチ」というのがあり、暗闇とは夜のスイッチを入れる事だよ。というようなニュアンス。確かに、キャンプでは、夜のスイッチを「ON」にすれば、楽しめる事が沢山ある。焚き火など、なんとも瞑想的だ。満天の星空も。
心の問題も含めて、「エネルギーを得るためには、エネルギーがいる」のだとおもう。
投稿者 木村貴一 : 2009年09月06日 18:22 « 微笑み | メイン | 流れ »