2012年04月01日

パスポート

月曜日の朝、8時まえ、会社にいると、奥方からお呼びがかかる。会社と家とは歩いて数秒。何か、とんでもない事態が起こっているのだと、悲壮な声で叫んでいる。なんや、それ、なんのことなん。と大阪弁で答えて、パソコンのクリックを止め、2階の事務所の階段を下り、一方通行の4m幅の北向きの道路を数十歩歩いて、ごちゃごちゃとした行き止まりの西向き道路を左折する。数十歩で、家の前に着いて、電子錠の暗証番号を指先で押しながら、ピピピピと鳴る音とともに数字を確認していると、電動モーターのジャァーという作動音とともに解錠し、ヒバの玄関扉を開ける。

DSC02106玄関に入ると、左側に本棚があって、陽気のいい日には、朝日を浴びて、フロスト硝子越しに写る木の葉の陰と面陳の本がエエ雰囲気に見える時があって、その朝は、そんなエエ日和の朝だった。その玄関を開けると、杉の床板の上に、大型の旅行鞄が二つ、バァーンとオープンして置いてあって、その横に奥方が鎮座していた。そして、兄弟二人が、もうやってられへんわ。というような顔をして、鞄を開けて、何かを探している。奥方は、なんだか高校生が修学旅行に遅れそうになって悲壮な顔をしているような雰囲気で、と言っても、もうすでに50代なわけで、とってもアンバランスで、滑稽な雰囲気。

その日、奥方のお父さんが、自分の娘姉妹と娘の子供たち孫を連れて、シンガポール旅行に行く事になっていた。今年80歳になることもあって、死ぬ前に皆をどこかに連れて行くのだという。本人は、ヘルニアの手術の失敗で40年以上も車椅子の生活をしているのだけれど、その事をもろともせず、活発に出掛ける。数十年前に、車椅子のまま、ひとりで、玄関を出入りし、車にも乗れて、もちろん、便所やお風呂にもひとりで入れるように、「私」が設計しリフォームした。いや、そんな事より、「私」もその歳になった時に、そんな旅行に連れて行ける甲斐性があるのかどうか・・・・。

朝、8時すぎには、ここ小路を出ないと、関空の出発に間にあわなかった。「あんたら兄弟二人だけで、旅行に行って!」と奥方が、叫ぶ。話の断片を聞くと、自分のパスポートを何処かになおしこんで、解らなくなって見つからないのだという。玄関の扉を開けて、その様子に唖然として棒立ちになって、眺めている「私」。その私にむかって、「ちょっと、これ夢、夢やよね」と聞く。本人はメチャクチャ真面目な顔をしているのだけれど、とっても滑稽で、でも、そこはぐっと笑いを堪えながら、「現実!夢ちゃう!」と答えると。ワぁーと涙が出ない鳴き声で叫ぶ。旅行に行かれへんやん・・・・・。

確かに、数ヶ月前から、娘と父親の間にある、「私」が知る事も出来ない、微妙で深い愛情関係があるのだろう、親子で楽しみにしていた。その旅行当日の朝、うちの玄関での大騒動。兄弟が、折角、綺麗に整理して納めてあった鞄をひっくりかえしながら、「ほんまアホちゃう。俺らに、パスポートだけは、絶対大事やから、なくしたらアカンでぇーとあんだけエラソウに言っときながら、このザマね。」怒っているのか笑っているのかそれが同時に共存するとっても微妙な表情で、なんか、吉本新喜劇。

前日は、日曜日で、このごろ、夜遅くまで、宴会とかがあって、このブログを書き始める時間が午後10時や11時をまわって、気がついたら夜中の2時になっていた。その横で、明日の旅行の用意を、いわゆる「完璧」やわ。と声にまで出して片付けていた奥方。そして、時折、四方山話をする。そうそう、知り合いのレイコちゃんが、泥棒に入られて、それも午後4時頃から午後7時ぐらいの間らしいわ。彼女の見解によると、目線から上のものは荒らされなかったけれど、目線から下のものはメチャクチャ。隠す時は、目線から上ね。と、ブログを書く横で、呟きながら、旅行の間の「私」の食事も含めて、綺麗に整理整頓していた。

玄関から2階のLDKに向かう。流石に、悲壮な空気が家族間に漂い始めていて、時間も迫ってきた、このままでは、旅行、どうなるのぉ・・・・と。その整理整頓されて美しい状態だった部屋が、一瞬にして、パスポートを探すために、まるで泥棒が入ったように散乱した状況だった。「それにしても、つい数時間前の午前2時までは、あったのだから、この家のどこかにあるのだし、まさか、この短時間に泥棒でも入ったのではあるまいし。」と捨て台詞を言う「私」。

その「泥棒」というコトバに奥方が反応した。唐突にドタドタとキッチンに向かってゴソゴソしながら鍋の音がカランカランと聞こえてくる。それで、「あったわ!見つかったわ!」と叫ぶ奥方。だいたい、物語の結末は、あっけないものだし、この騒動の結末も、あっけないものだった。息子たちから、一斉に、「ほらな!」と、それはまるで声援。

出発に遅れないために、車で皆を送っていきながら、車の中には、旅行に行ける喜びと、この騒動の笑いと、呆れが、ぐるぐると渦巻いていて、奥方から言い訳のような、顛末のような話を聞く。つまり、旅行の間に、うちに泥棒が入ったらアカンので、といっても、「私」は、仕事が終われば、家に居るのだけれど、兎に角、旅行中に、泥棒が入られた時のために、目線から上のキッチンの収納の中の鍋の後ろに、いろいろと隠したのだという。ついでにパスポートも丁寧に隠して仕舞ったのが夜中の2時のコトだったと・・・。

投稿者 木村貴一 : 2012年04月01日 11:49 « 家を楽しむ。 | メイン | 花粉症week »


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