2004年06月28日
玄関の段差
内線電話が鳴った。庭続きに住む私の祖母からの電話だった。奥方が受話器を持った。おばあちゃんが玄関でころんで血だらけらしい・・・
・・・。慌てて隣の家に向かった。そして、直に戻ってきて、「車でお医者さんにつれていくわぁ。」と言って身仕度をして、駆けだして行った。
私も後を追いかけた。
おばあちゃんは居間に座りこんでいた。脚にはタオルを巻きつけて止血をしていた。けっこうな量の血があちらこちらの床についていた。
それでも、おばあちゃんは案外ひょうひょうとしていた。自分で歩けるようだった。奥方がおばあちゃんに保健証を用意するようにと促した。
それを取りにおばあちゃんは歩き出した。それなりに元気そうなのだ。そこでじっと待っておくようにと諭して、
奥方がおばあちゃんの指示にしたがって保健証を取りに行った。布団の横にある、あそこの、棚の、ベージュの袋の、中の、・・・・・・
あーぁまどろっこしい・・・直ぐに見つからないので、折り畳みの傘や、
何だか訳のわからないものがいっぱい入っている袋を丸ごと持っていくことにした。
奥方が玄関前に車を横付けし、私はおばあちゃんを抱き抱えるようにして車に乗っけた後、家に戻って、床の血を拭き取り、
その後仕事に行こうと考えた。ところが、何故か、直ぐに奥方が戻ってきた。
入れ歯をいれてないままお医者サンに行くのはいややと言いはったらしい。この期におよんで何を・・・そんなこと言ってる場合かいなぁ・・・・
。とにかく洗面所を探すが、それらしいものは見つからない。奥方もあきらめて家を出て車に乗りこんだ。私は雑巾で床を拭きだした。すると、
また戻ってきたのだ。どーしてもどーしても入れ歯なしではいやなのだ・・・・・と。
コップに入っている入れ歯を一緒に探す事になる。血が止まらないという、それなりに焦った状況なのだが、
何故か祖母の入れ歯を探す私たち夫婦。滑稽だ。そしてその上入れ歯を見つけた時のその姿を想像してしまうものだから・・・
ちょっと気色が悪くて身も入らない・・・・。でも探す。でも見つからない・・・。
奥方が車に戻ってもう一度コップの形と置いた場所を聞き出しに行く。歯が入ってないものだから言葉がもぐもぐしていて、
祖母の言っている内容がよくわかれへんらしい・・・・。私はその間も探すが、やっぱり、もう一つ身が入らない。
ようやく奥方が正確な場所とコップの種類を聞き出して戻ってきた。「もう、入れ歯なんてどうでもええんとちゃうのーっ。」
と半分怒りながら叫ぶと。その時奥方が、あのちょっと汚いものをつまむようなしぐさを交えて一つのコップを持ち上げた。そして、
そのコップに被せてあった蓋をそろっと上げた。口元に何ともいえない笑みを浮かべたあと、口元がへの時にひん曲がった。そして、
「あったわぁー。」と言って車に走って行った。後で聞いた事だが、コップに入ったグロな入れ歯とその、何と言うか、
ちょっと汚いものが浮かんでいたその光景。もう、どうしょうかなぁ・・・と焦ったらしい。
この話を聞いた義母は何で綺麗に洗ってあげへんかったの・・と言った。そう、あの時あの場所は到底そんな雰囲気と状況ではなかったのだぁ。
こんな状況でも身なりにこだわるおばあちゃん、おそるべし・・・・・。
暫くして、奥方が病院から電話をかけてきた。大丈夫やッたのか?と心配した。不吉な予感も・・・・。すると電話口で、
「豆腐屋さんが家に来る事になっているから留守番に帰れ・・・・」とおばあちゃんが言っている。と奥方がのたまう。え、
豆腐屋が何で家まで来るのか・・・・! 仕事を置いて豆腐屋の留守番をしに家に帰れ!てかぁ・・・・・。確かに、
けがをして血を流しているのは事実やけど・・・・。入れ歯は探さなあかんわ。豆腐屋さんを待って留守番をせなあかんわ。う~ん、おそるべし、
おばあちゃん・・・・。
かなり立ってからまた、電話がかかった。もう不吉な予感など全然しない。骨には異常なし。4針縫うただけ・・・。
ほんとうは4針も縫ったという大事故なのだけれど、もはや4針縫うただけ、大したことないわーって事になった。
どうやら豆腐屋さんが来るから玄関の鍵を開けておこうとして躓いて上がり框の角で打ち付けて血を流したらしい。
祖母の家の玄関の高さは30センチほどあるのだ。よっこらしょと昇るぐらいの高さだ。やっぱり年寄りには玄関の段差は危ない。
それにしてもうちのおばあちゃんは不思議だ。果物屋さんや八百屋サン、
それに豆腐屋さんにまでちょっとの果物や野菜や豆腐を配達してもらうのだ。「ちょっと家まで果物たのんまっさぁ。もってきておくんなはれや」
と年期のはいった大阪弁で頼む。お笑いの吉本のどきつい大阪弁とは違って昔の人の大阪弁はゆったりとして美しい。
うちのおばあちゃんが操る大阪弁は結構好きだ。それを八百屋にしても、「ちょっと忙しいて、行けまへんわー。」と柔らかく断れば良いのに、
「よろしおま、持って行きまひょか・・・。」なんて言うもんやから、どんどん調子に乗って・・・・あげくのはては、玄関でころんで・・・。
それにしても、おばあちゃんといい、奥方といい、いざと言う時には肝が座っていて、達者ですなぁ・・・・・・。そうそう、
設計する時は玄関の段差には気を付けなあきまへんな。
投稿者 木村貴一 : 2004年06月28日 00:47 « ホタルを見た。 | メイン | 丁寧に生きる »