コロナ禍2度目のゴールデンウィーク

大阪は緊急事態宣言下のゴールデンウィーク休暇に入り、木村工務店では、5月1日土曜日から5月5日水曜日までを休日としたが、この週は、平日や祝日に雨が降り続いたりし、おもうように現場が捗らず、土曜日は現場によっては、大工さんや職人さん達が仕事をし、それに伴う現場監督も出勤したりで、これは建築という現場仕事故の宿命なんだろう。

「まちのえんがわ」では、5月1日と2日をオープンすると、「植物」を買いに来るお客さんが、想定以上に多くいて、上から吊るしていた雰囲気のエエ植物はほとんど売れてしまった。コロナ禍故に「植物」を求める人が多いのかもしれない。ステイホームに「緑」があると、なぜかしら心和むのだろうし。都会的な生活においては、植物が心のバランスをとるために貢献してくれるのだろう。そんな意味では、都会の中の街角にも「緑」がある家がもう少し増えても良さそうに思えてくる。緑の街角、里山的な都会の街角が増えても良さそうだ。

そうそう、最近のYジェネレーションやZジェネレーションの家づくりを目指す方々と接すると、「土地」の値段がおもいのほか高く、家造りに費やす費用が抑えられて、それぞれ的に拘る家づくりができそうもない悩みで、家づくりを躊躇している人が多いようにおもう。総予算は変わらずとするなら、土地に費やす価格より家に費やす価格が多い方が、これからの街づくりのためにも、家づくりのためにも良さそうなのは共通の認識なんだろう。土地に対する価値や税制から家に対する価値にパラダイムシフトする方が良いように思えてくる。土地に関わる就業者数より家づくりに関わる就業者数の方が多いようにおもうし、土地の価格が抑えられて、家づくりが倍ほど増える方が、街並みも面白くなるし、経済も潤うような気がしてくるのだが、どうなんだろう…。

29日祝日は一日中雨が降り続いた。家にじっとしていると、コロナ禍的気分の落ち込み度もあって、庭の緑を見てバランスをとったり、音楽でも聴いて心のバランスを保とうとしていたのだと、いま振り返るとそうおもう。晴れた日はロック的だが雨降りはジャズ的になるのがワタシのメンタリティーで、Spotifyのマイライブラリーから何気なくチョイスしたのが、マイルスの「サムディ・マイプリンス・ウィルカム」だった。もはやこの歳になると男性的にマイプリンセスの出現を望む気持ちなど薄らいでしまったが、コロナ禍的にマイプリンスのような出現を求めたい気分だったのかもしれない。

その曲でのサックスを吹くコルトレーンがエエので、クレセントの「ワイズワン」が聴きたくなった。コルトレーンのスピリチュアルな感覚と賢者というコトバにちょっと憧れたりする気分の雨だったのか。しとしと、というより、そこそこ激しく降る雨を見ていたのが、そういう気分を助長したのだろう。連想的に、久しぶりにミンガスが聴きたくなって、レアだけれどミンガスプレイズピアノの「Myself When I Am Real」を聴く。もの寂しいピアノソロが、コロナ禍の降りしきる雨の祭日にフィットして、タイトルの意味深なコトバにも惹かれる昼下がりだった。その後も延々と連鎖反応が続いて、祭日の雨の午後をひたすら音楽を聴いて過ごした。

  

5月1日と2日は微妙な天気だった。風も強く庭の木々がゆさゆさと揺れて落ち葉を沢山落とした。肌寒い両日だったが、冒頭のように、「まちのえんがわ」に「植物」を求めにやってきた人たちと触れ合う事で、お互いに癒されたのだろう。5月1日の夜は、夫婦2人で、アウトドアー薪ストーブの鉄板で牛肉を焼いて過ごす。2日の今日の夜は、長男家族が孫ともどもやってきて、長細い七輪の炭火で焼き鳥を焼いて食事を共にした。できるだけ外食しない夜を過ごす予定。そうそう明日3日は「晴れ」の良い天気だそうだ。自転車に乗って体を動かし太陽と自然を味わって気分爽快になれればとおもう。

2度目のコロナ禍ゴールデンウィークですが、それぞれなりに、それなりの素敵な休暇を!