門前

風が吹いて、木々のざわめきの音が、すでに秋だな。

シルバーウィークのど真ん中。快晴だったので、こんトライをしてみた。自転車で、十三峠から奈良と京都へ。2度めの同じコースなんだけど、自転車をカーボンからクロモリに乗り替えて、乗った感じが違うのかどうか。体に伝わる振動が、カーボンよりクロモリのほうが易しく、それが疲れを少なくしてくれる感じ。足への負担はきっと走り方の問題で、後半は、同じように疲れる疲れる。

奈良も京都も想定以上に観光客がいっぱいで、だれもが陽気で笑顔な感じ。コロナ禍になって以来、そんな雰囲気に触れるのが久しぶりだったので、嬉しそうな人のエネルギーに触れるだけで、こちらも走りながら笑顔になった。

このコースの好きなところは、門前の寺院建築の空気感に触れるのが楽しい。大阪から十三峠を越え、榁木峠を越え、追分の分岐点で、大和棟の住宅をみると、奈良に来たって感じが芽生える。308号線を外れ薬師寺を目指すと、ゆるやかな下り坂で、目の前に東塔と西塔の二つの三重塔の尖塔が飛び込んでくるのが独特な感覚で、ちょっとワクワクする。薬師寺の門前で記念写真。

すぐ近くの唐招提寺にも立ち寄る。やっぱり門前で記念写真を撮るが、薬師寺の垂直感とは違う、水平にシュッと伸びる軒が、門の奥の砂利道の向こうに見える姿がエエ。なぜ、この近しい位置関係に、薬師寺と唐招提寺が建っているのかちょと不思議におもう…..。東にどんどん進み、北に方向を変えて、ならまちを通過しながら猿沢の池に到着すると、スタバが出来ていた。休憩しながら、このまま家に帰ってもエエぐらいの感覚だった。

興福寺は、門前の感覚が薄い。どちらかといえば広場な感覚なので、それはそれで独特だけど、いつも通過してしまう。奈良公園を抜ける途中、奈良国立博物館西館の前でおもわず立ち止まった。あらためて今日は「柱のデザイン」がカッコエエとおもい、吉村順三さんの設計にちょっと魅とれる。あの唐招提寺の門のちょっとエンタシスな丸い柱が残像のように焼き付いていたからだろうか。

奈良公園の中を抜けて、東大寺の南大門に向かう。ガラガラだとおもっていたら、家族連れの日本人観光客でいっぱいだった。鹿も餌をもらって嬉しそう。南大門はいつ見ても魅力的でやっぱり門前で記念写真。自転車で周辺を巡りながら、東大寺のあの瓦屋根をあちらこちらの角度から眺めるのが自転車的な面白さなのだろう。(冒頭の写真も)

続く…..。

そうそうシルバーウィーク最終日は、関西大学の木造設計製図の授業があって、大学に向かうと、門の前も中も電車も学生でいっぱいだった。後期は対面授業をやるらしい。連休も授業をやらないと消化出来ないということだ。大きな製図室が、それぞれの机ごとにアクリル板で仕切られていて、それが、コロナ禍であることをあらためて意識させられた。さて、生徒との講評会はどんなスタイルでするのだろうか…..。

ようやく世の中が少し動き出したような感覚。

お彼岸

シルバーウィークというらしい。秋分の日で、お彼岸でもある。早朝に起きると、曇っていた。自転車に乗る予定もあったが、雨が降りそうな曇り空なので、家に居ることにする。明日も休みだし。明日は晴天のようだし。そんな連休感覚だった。

奥方に、今日どぉするのぉっと聞くと、久しぶりに和歌山の花山温泉に行こうという。あの、ま茶色で鉄分を含んだ源泉が気持ちいい。サウナに入って、水風呂入って、源泉25℃のま茶色の温泉に入ると、25℃の外気浴で寛ぐようなエエ気分になる。そんな感覚を思い浮かべながら、車に乗った。

阪神高速から阪和道路に入り、岸和田を通り過ぎる。奥方が、車のなかで、唐突に、お彼岸やから、お墓参りどうするぅっと聞くので、つい先日お盆のお墓参り行ったばかりやから、もういかなくてもエエんとちゃぅのぉっというと、それはどうかなぁ。って言いながら、携帯をググって、お彼岸というのは、ご先祖様を偲んで、正しい行いをするよう心がける日らしいから…..。

なんて話をしながら追い越し車線で車を運転していると、数十台先に、右車線を走る遅い車が一台あって、後続の車が、イライラしている感じ。我慢しきれず、左から追い越していく車が数台あって、この場の気が乱れているような感じだった。どんどん、前の車がその車を左から追い越して行き、もう数台前になってきたときに、トンネルに入った。

追従自動運転の機能が作動していて、別に急ぐ理由もないので、高速道路に入ってからずっと、その追従機能に任せて運転していた。トンネルに入って、ほんの数十メートル入った時に、前の車と数台前の車の急ブレーキのランプが光り、ディスプレーに警報音が鳴り、ブレーキ警告の赤いランプが表示される。あっっとおもいながら、ブレーキを踏む。前の車にググッと迫るが、まだ車間距離には少々の余裕があった。前の車に衝突する感覚は全くなかったが、バックミラーをみると、後の軽自動車が、スルスルっと迫ってきて、あっっという瞬間に、そのままワタシの車の後に衝突する。その瞬間、横の座席の奥方が、うわーぶつけられたぁっっと、とっても残念そうに呟いたのが印象的だった。

衝突安全機能があるのか、むち打ちなどのショックはまったくなく、バンパーがちょっと歪んだかなぁっていう衝突感覚で、車を停車する。前の車とその前の車は、無事で、ちょっと停止したあと、そのまま左車線から運転して去っていくと、右車線のワタシの車の前に、追突事故した車3台がハザードランプで停止している事故現場の姿が眼前に表れ、それなりの追突事故なのだと気付いた。幸い怪我人はなさそうだった。車を降りて、うしろの軽自動車に歩いて行くと、ボンネットがグシャっと潰れエアーバックがでていた。運転者は若い男の子で怪我もなく無事だったが、キョトンとした表情だった。少し車は動いたが、もうこれ以上は車は動かないという。ワタシの車のバンパーもそれなりにダメージを受けていた。

 

警察が到着するのに30分ほどかかり、それがとっても長く感じた。警察の現場検証のあと、前の車の人に状況を聞きにいく。数台前に走っていた遅い車の、そのすぐ後に走っていた車が急ブレーキを踏んで、それでその車のうしろの車がブレーキを踏み、その後の車2台が玉突きをしたそうだ。3台の車の運転者も同乗者も、しまったなぁ巻き込まれたなぁっていう表情だった。その後、軽自動車の方と連絡番号を交換しあい、警察の誘導で、左車線の車を止めてもらって、運転を再開した。

フツウに車は動いたので、そのまま温泉にいって、まさしく、気分転換をすることにした。帰りは、当然のように、お彼岸のお墓参りをすることになり、あらためて森羅万象に心がける日として、墓前に手を合わせた。

まちの魅力

朝晩が涼しくなってきて、ようやく秋の気配。空も秋っぽくなって、ちょっと嬉しい。

先週末の北海道、美瑛と上富良野と十勝に行ったその余韻が残る。振り返ってみれば、それなりの回数、北海道に行っている。スキーで、札幌、ルスツ、ニセコ、トマム、キロロ。キャンプで、道東や道北を3回。断熱気密の研修に冬の札幌を5回ほど。なんだかんだ行ってるなぁとおもうが、まさか自転車乗るためだけに行くコトになるとは、想ってもみなかった。20年以上前、小さなキャンピングカーで、行動展示という施設づくりになった旭川旭山動物園に行って、エエなぁとおもい、美瑛富良野を通過しながら釧路に向かったが、いかにも観光地過ぎる富良野は、富田ファームだったか、ちらっと見て記念写真撮る、通過地点だった。

今回、美瑛センチュリーライド60kmのコースをスタンプラリーしながら巡ったが、「丘のまちびえい」というだけあって、適度なアップダウンを繰り返しながら、大地を駆け巡るのが楽しい。車でもなくバイクでもなく歩きでもなく自転車だからこそ楽しい観光というのがあるのだと気付いた。っていうのもあるのだが、ここ数年、生野区のまちづくりと関わってくると、「美瑛のまち」がそういう「丘のまち」として、町民と一緒に取り組んでいるのが、エエな。っておもう。ま、内情はしらんけど。とにかく、丘と道が、綺麗で美しいというだけでも凄い。十勝温泉から美瑛までのダウンヒルの途中に「白銀青い池」に立ち寄ったが、駐車場を含めた整備計画が進んでいて、美瑛からの自転車道路も快適だった。

 

生野区は空き家率20%ちかくあり大阪市内でも空き屋率の高い区のひとつだが、美瑛などの地方都市が15年ほど前から「まちづくり」に危機感をもって真剣に取り組んできたことを考えると、生野区が空き家に危機感を持ちはじめたのは、ここ5年ほどの事。気が付けば徐々に小学校に通う生徒が減少し、今年ついに小学校の統廃合が始まった。それだけ子育て家族にとっては、子育てに躊躇する生野区なのだろう。

ま、それで、「住む、歩く、つくる 生野区の魅力を語ろう! 生野 空き家シンポジウム」というのを、今週末9月19日13時30分から、生野区役所6階会議室で開催します。住む人育てる人歩く人造る人にとって「居場所のあるまち」「居心地の良いまち」をどう取り組んでいけば良いのか、ワタシ、「住む」シンポジウムパネラーとして登壇しますので、よろしければご参加下さい。

生野区の魅力を「物語る場」としての「空き家カフェ」で、不動産情報として広く公開されていない長屋や戸建てなどを「生野区空き家バンク」として一般公開する取り組みがスタートしました。空き家カフェは、オーナーと借り手が、フェースtoフェースの情報交換をする場であり、さまざまな専門家が一緒にまちを見守る場でもあります。「空き家」が「まち家」として再生し、まちの魅力の継承と発展的創造になれれば…..という取り組みです。一緒に生野区のまちづくりに参加しませんか。

GoToキャンペーンで行く北海道自転車旅

7月の海の記念日に、しまなみ海道の生口島の宿、輪空に宿泊すると、宿のご主人から、コロナ禍で、しまなみ海道を自転車に乗るお客さんがめっきり少なくなって、ちなみに東京からのお客さんはほとんどキャンセルになったそうだ。それで、このGoToキャンペーンに乗っかって、北海道の美瑛で、自転車に乗ろうとお誘いを受ける。一緒に宿泊していた、外資系大手企業を早期定年退職し札幌に移住したナベポンも一緒に行くコトになった。それがこの週末のコトだった。

生憎の大型台風が立て続けに2本接近するなか、めまぐるしく天気予報が変化し、当日は、雨にも何度か遭い、どんよりした天候だったり、一転して曇り空から晴れ間が覗いて、暑い夏のような日差しになったりで、決して天候に恵まれたとはいえないが、いかにも北海道らしい観光スポットを自転車でアップダウンを繰り返しながら巡礼する旅だった。

  

なによりも、飛行機に自転車を積む輪行が初体験なので、自転車を輪行袋に梱包するための袋と付属的な道具の準備とその方法に、ひと月ほど前からアタフタする。ま、建築中の「養生」作業のようなものなんだけど、ネットを見たり、知り合いに聞いたりして、特にリアディレイラーが壊れやすいと、いろんなひとから忠告されたので、結構神経を使ったが、こういう準備も含めた作業が、自転車旅の面白さなのだろう。

  

しまなみ海道を巡ると、水平線と、海と、島々と、橋と、集落の織りなす、自然と共生しようとする海のひとたちの姿と海の幸に魅了されるが、美瑛を巡ると、地平線と、うねりながら折り重なる丘と、アップダウンを繰り返しながら真っ直ぐ一直線に伸びる道と、小屋が織りなす、自然と共生しようとする里山のひとたちの姿と山の幸に魅了される。

旭川空港から飛び立った飛行機の窓から大地を眺めると、美瑛の自然と共生しようとする人たちの手が加わったランドスケープが、美しいなぁと魅了されたが、そういうランドスケープに、自転車の足跡を、筆として、大地を痛めずに絵を描けるのが、ちょっと嬉しい!

「コロナ禍」という感覚

突然の安倍首相の辞任があったりし、コロナ禍で、さまざまな出来事が起こる2020年。8月が終わろうとしているが、相変わらず猛暑で残暑。それにしてもセミの鳴き声が聞こえない静かな夏だった。猛暑による庭の木々の落葉もようやく落ち着いてきた。そうそう今週は夕立が何度かあった…..。

小学校の通学路を車で走っていると、夕立に出会す。傘もささずにずぶ濡れで歩く小学校低学年の男の子。何人かのお母さんが傘を持って子供達を迎えに走る姿。NHKの「地球タクシー」の運転手になった気分で眺めてみた…..。たまにNHKの「駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ」を見る。なんか、あんなふうにピアノが弾けたらカッコエエなっと憧れたりするが、なんでなんだろ。先週、奥方の実家の墓参りに行って、親戚と会って、食事をして、奥方の実家に立ち寄った帰りに、電子ピアノをもらって帰ってきた。奥方は、いつか、駅ピアノで弾くために練習するのだという。ちょっと笑える。唐突に食卓テーブル横にある棚を片付けて、電子ピアノ置き場を作った。星野源のドラえもんが奏でられ、マゴ達が、鍵盤を叩いている。

  うちの家で、研ぎ屋村上のムラカミさんによる「包丁研ぎワークショップ」の特別編を開催した。前回のワークショップに参加できなかった、ごく親しい友人の方々の要望があって、開催するコトになった。3人ほどで開催予定だったのが、なんだかんだ7人ほどになってしまった。仕事の都合で、その場から何度も退出したが、午後1時頃から午後5時頃まで、ワイワイガヤガヤやっていたようだ。ムラカミさんの論理的な「研ぎトーク」が、デパート売り場の実演販売のようで、皆を飽きさせないのだろう。切れ味の良い包丁に、笑顔で喜ぶ女性の姿がとってもエエ感じ。

 
お盆明けて、数件のリフォームと新築の引き渡しがあったが、蔵をリノベーションしたり、民家をリフォームしたり、自宅のガレージを米粉のパン屋さんにしたり、年齢層、家族構成、ライフスタイルも含めて、「多種多様」だと、あらためておもう。それぞれのライフスタイルのちょっとした違いを、建築のなかに、多種多様に反映させていくことを、このコロナ禍が助長するのだろうか…..。

猛暑の落葉とマジックアワー

残暑。今年はセミも鳴けない暑さのようで、これだけ暑いとセミの大合唱が聞こえない朝なのだ。それでも、どことなく、秋が忍び寄ってきているような気配も感じて、庭のヤマボウシが大量に落葉した。自ら散髪するように葉を落とし、身軽になって、この猛暑を乗り越えようとしているのだろう。

そうそう、この猛暑と超晴天のお盆休暇に「マジックアワー」に遭遇し、青とオレンジの光に包まれるほんの数分間を体験した。瀬戸内の島々とのコントラストが美しかったが、こういう時は、ほんの一瞬、いままで体験した、夕日を想い出したりする。子供達とキャンプをして能登の海岸で見た夕日とか。コペンハーゲンでレンタル自転車に乗って橋の上で遭遇したマジックアワーとか。そういう、その当時の時間と空間と心が、タイムトラベルのように、一瞬だけ繋がって、走馬燈のようにワタシの回りに、その時空間がスーッと流れていく感覚がオモシロイ。その時一緒に居た人とその当時のメンタリティーも記憶に残る。

それに、だいたいこういう現象を見た時は、その場では、映画みたい…..なんて非現実感を感じたりし、その一瞬、全ての記憶のようなものを失い、感動的な高揚感というより、静けさと共にある瞑想的な感じがエエのだろう。あとから想い出したり、写真をみたりで、ジワジワ実感が湧いて、感動的な想い出として定着していくような気がする。

活発な動きを抑制されている「withコロナ」の世の中の空気感と、「コロナ」で、乗り越えていく課題のようなものが、いっぱい提示されたような感覚もあって。葉を落とすとか。日が沈むとか。そんな自然現象とそれに付随する美しさが、こういう微妙な心身を癒やしてくれるのかもしれない…..。

「特別な夏」の終わり

今日の日曜日で、「特別な夏」が終わろうとしている。それにしても今日も暑い。しかも猛烈に暑い。そうそう、旅行中、空のブルーが特別に綺麗な青い夏だったようにおもう。空の空気に影響をあたえる何かがあったのだろうか。コロナの影響で人が動かなくなり、工場の稼働が減って、より綺麗な「青空」になったのか…..

 

以前より予約していた、徳島県上勝町のゼロ・ウェイストアクションホテル「HOTEL WHY」に、長男家族と次男も含めた家族全員で宿泊する。コロナ第二波で、キャンセルする方が良さそうな気分でもあったが、田舎のホテルなので。いやいや、田舎に帰って、おじいちゃんおばあちゃんにコロナを移さないように。なんて帰省に対するご通達もあるので、どうしたらよいのか、GoToキャンペーンと帰省とコロナ解釈で、躊躇と迷いに翻弄されてしまうが、車でGoToトラベルを体験してみると、ホテルの従業員以外と接触することがほとんどなく、意外とコロナ対応しているホテルは安全のような気がする。

それより、移動中のサービスエリアとか道の駅の方が、接触率が高い。ほぼ全員がマスク姿のサービスエリアは、異様な光景でもあるが、車から降りて、マスクして、を繰り返すものの、帰りのサービスエリアでは、ついついマスクを忘れて、その浮いているワタシの姿に、我に返り、自責の念さえ感じる。いまや、これが、新しい日常なのだから、世の中の価値観の大転換は凄い。

 

上勝町は、2003年に自治体として日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」を行ない、ごみ収集をせずに生ごみなどは各家庭で堆肥化、瓶や缶は住民が「ごみステーション」に持ち寄って分別しリサイクルしている。ゼロ・ウェイストとは、無駄、浪費、ごみをなくすという意味です。出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方です。上勝町に「ごみ収集車」はありません。町民は自家用車で町内唯一のゴミステーションまで持ち込みます。手間はかかりますが、ゴミステーションは年末年始以外休まないので、どんなごみも自分の都合のいい時に出せるというメリットもあります。

 

チェックアウトの際には、宿泊中にでたワタシたちのゴミを、その「ごみステーション」で、それぞれ分別体験する。ペットボトルのラベルとキャップを外し、それぞれ別々のカゴに入れる。ペットボトル。ラベル。キャップ。それぞれの最終処分地や回収金額が明記されている。ワタシ、恥ずかしながら、こんなふうに3分別したことがない。法定識別マークを意識して見たのも、はじめて。なるほどね。生ゴミは、「バクテリア deキエーロ」なる木箱の土の中に埋めた。これも初体験で、オモシロイ。木村工務店にも造ろうかな。

 

早朝に上勝町の棚田を自転車でヒルクライムしてみた。坂は意外と勾配がきつい。それにしても美しい。こんな急坂の上に集落があり棚田を造る。ひな壇上の造成地の宅地はけっして美しとはいえないが、棚田が美しいのはスケール感がカワイイ大きさで不定形だからエエのだろうか。徐々に朝日が棚田にあたりだし、生命が芽吹きだす雰囲気。人の生活と自然が調和する日々の努力に心動かされるのだろう。棚田の文化がゼロ・ウェイストの文化に引き継がれているのかもしれない。

大阪のゴミ分別と最終処分はどうなっているのだろうか。と奥方に聞くと、ワタシもそれなりにやってるけど、それより朝になったらアルミ缶だけ素早く回収する自転車に乗ったおっちゃんも凄いで。それなりのお金になるんやね。確かに今回の宿泊で、最終処分地と金額が明確でハッキリしているコトが分別する側にとって大切なモチベーションなのだと知った。きっと工務店もゼロ・ウェイスト宣言する時代がやってくるのだろう…..。

木村工務店では、2020年「特別な夏」が終わり、8月17日から通常営業です。

「特別な夏」の始まり

夏期休暇が始まった。っといっても木村工務店では、春のコロナ自粛に応じ、5月連休を急遽4月29日から5月6日まで8連休にしたので、出勤予定だった3日間を8月のお盆休暇に割り振ることにした。

当初、例年通り今日の8月9日から8月16日までの7日間の夏休み休暇の予定だったが、それを8月9日と10日を暦通りの2連休とし、11日12日13日を出勤日にして、14日15日16日の3連休にする予定だった。というのも、工務店にとっては、職人さんが働く日数を確保すること、それは現場を稼働することが、最も大切な仕事のひとつなので、職人さんが働けなくなった5月の3日間分を8月に充当することにした。

ところが、梅雨が明けると、とっても高温な夏になり、そのうえコロナ第二波がやってきて不安感が漂う夏。確かに今年は「特別な夏」だといえる。職人さん達も、8月13日は、仕事より休みたいというのが全員の意見だった。なので、8月9日10日の2連休に、11日12日の出勤日、13日14日15日16日の4連休にすることになった。なかには、11日12日も休暇を取る社員や職人さんもいて、木村工務店にとっても、創業以来、お盆休暇としては、それぞれがバラバラな休暇状況での夏休みとなり、こんな意味でも今年は「特別な夏」になりそうだ。

その「特別な夏」の連休初日がやってきた。曇り空。とっても蒸し暑い。この特別な夏休みの過ごし方に悩む。っというか、家でクーラーかけて、ゴロゴロするのが安全で快適なのかもしれない。誰もがそうなら、家庭での夏の電気消費量が過去最大の夏になるのかどうか。結果を知りたいものだな…..。朝からスーパー銭湯に行くが、多くの人が銭湯に行くのにも勇気がいるのだろう。夏休みにしてはとっても空いている。あとは、家でゴロゴロ。夕方に、お墓参りに行くことにした。

木村工務店では、昔から、8月のお盆休暇は、5日間の連続休暇をとる習慣があって、ワタシも、働きだしてから、夏のお盆休暇が最も楽しみな休暇だった。子供が小さい頃は、ハイエースのキャンピングカーで、道東道北・東北・佐渡・能登・信州・飛騨・四万十川・阿蘇・屋久島・ 沖縄などなど、旅館に泊まるのがもったいなく、宿に到着する時間や朝食時間など、時間的に縛られるより、自由度をもとめて、キャンピングカー旅行を20年ほど続けた。このブログにもその記録が2004年頃から残っている。

子供達が成人してから、キャンピングカーは売り払い、キャンプ休暇をやめ、1週間の海外建築旅行をしたり、国内の有名なホテルや旅館にも宿泊するようになった。家をリフォームしてからのここ2年は、夏休みを家で過ごしている。温熱環境が改善され、輻射冷房で居心地が良くなったことが最大の原因なのだろう。それにワタシの父母が共に亡くなったことで、ようやくお盆にお墓参りをするようになった。それまで、ワタシたちが家を留守にするお盆休暇を両親たちがお盆を勤めてくれたのだな。なんて、最近理解出来るようになった。

で、今日は、夕方、谷町筋六万体にあるお墓に参る。かつて、大坂夏の陣で、真田幸村に追われて命からがら逃げ込んできた徳川家康を、この寺の住職が助けたとか…..。そんな伝説をお墓参りの度に想い出す。歴史感覚がちょっと麻痺する感覚が好きだ。まだまだ蒸し暑い。お墓を掃除して拝んだあと、奥方が暑いのでカレーでも食べたいという…..。カレーといえば、インデアンカレーが二人の共通認識で、それも法善寺横町近くの本店に、二十歳頃の付き合い始めたころから、たまに食べに行く。

ところが、そのインディアンカレーのあるミナミ周辺はコロナ規制なのだ。お互いにそこに行くコトに躊躇するこの感覚が「特別な夏」なんだろう。長堀通りの地下街にあるインデアンカレー店で、玉子入りを頼んで食べたのが想い出になりそうなのが摩訶不思議な夏で、「コロナとお墓参りとインデアンカレー」が「特別な夏」の始まりになった。

コロナな夏をどう過ごすのか。

青空。とにかく暑い!ようやく夏がやって来た。セミも絶叫している。今年は楠木の大量落葉がないのかとおもっていたら、ここ2、3日もの凄い落葉。それにコロナ感染者も大量発症で、不安感が増す日々。

久しぶりに日曜日が天気になった印象。なので、朝のうちだけ自転車に乗ってみる。フウフウいいながら汗だくで十三峠に着くと、自転車で到着したひとが、おもいおもいのスタイルで休憩していた。それぞれがこのコロナ下のストレスを解消しているのだろう…..。

十三峠から奈良側のフラワーロードを通って、とっても久しぶりに信貴山の朝護孫子寺に参拝してみた。手洗いの柄杓(ひしゃく)が取り払われていた。確かに柄杓を通じての感染がありそうだ。ふと手水の作法を想い出してみると、柄杓を口に付けない。最後に柄を洗う。というのがよくできた作法だなとおもう。昔から感染予防になっているような感じ。皆がこの作法を守れば、手水も大丈夫なのかもしれないが…..。下の写真は伊勢神宮の手水作法。

信貴山から柏原堅上の方へ下る。竜田古道の里山公園手前の葡萄畑の丘で腰を下ろす。葡萄の季節がやって来た感じ。ここからの奈良の景色は、「大和は国のまほろば ただなづく青垣 山ごもれる 大和うるわし」なんて心境になれる。そうそう自転車をカーボンからクロモリに変えた。フロントホークだけカーボンだが、こちらのほうが、ワタシにはしっくりくる。ギアーもフロント48-32Tでリアー11-32Tのカンパニョーロコーラスの12速にした。完全なオジサン仕様だが、これで充分。フロント50でリア11を踏むことなどまったくないしね。ちなみに50ー11の時、ケイデンス90で51.4km/h 。ケイデンス80で46km/h の時速らしい。ワタシにはムリ。

とにかく暑いので、距離を走ることやランチすることを諦め、午前10時には家に着いていた。再びコロナが背後霊のように迫っている気分。汗かいてると飲食する場所にも気を使う最近のコロナ情勢。家庭内感染も増えているとか。岩手から関東でキャンプし感染したとか。今年の夏は、どう過ごせば良いのだろうか…..。

「数値」の世界。

降り続く雨。うだるような蒸し暑い夏もイヤだが、それでも、もうそろそろ梅雨が終わって欲しい気分。オリンピック連休が、コロナで、唐突なGOTO連休になってしまい。なのに、ここ最近、感染者数が急増し、ソトに行くかウチに居てるか、葛藤のようなものをしいられていたが、幸いこの梅雨の長雨で、家に居て過ごすコトに、納得感のような気分をもたらしてくれて、この連休は、感染拡大を制御してくれそうな梅雨に感謝したい気分。

 

最近のテレビやネットで、こんな「数値」を知ると、70%が感染せず。感染した30%のうちの98%が、無症状か、ほぼ無症状か風邪症状だという。感染した30%のうちの2%ほどが軽症入院で、死亡が0.01%以下なのだという。案外大したことないかも。っとおもってしまうが、そうおもうことが慢心で、コロナの潜む危険性なのだ。注意しなくてはいけない。いつ陽性感染者30%のうちの2%の入院感染者になるか予断を許さないのだ。と諭されているような感じがする。「数値」というのが「恐怖」と結びつくと「厄介」だなとつくづくおもう。確かにコワイ。

2019年の交通事故の死亡者は3215人らしい。2020年の1月から5月までは、1155人が交通事故で死亡しているという。現在のコロナ死亡者数は996人。数値だけみると、日本では、自動車に乗る方が危険だとおもわれる。全世界のコロナ死亡者数64.5万人だから、やっぱりその巨大な数値に恐怖心が湧くが、ちなみに全世界の年間の交通事故死亡者数を調べると約135万人もあって驚く。交通事故とコロナを比較するのがナンセンスなのかもしれない。おそらく「未知なるもの」や「コントロールしにくいもの」に対する「死」の「価値」が違うのだ。withコロナはwith恐怖心なのだな。

建築でも、「数値」というのが、時としてオモシロイ。耐震性能はこれからは「2」ではなく「3」なのだ。とか。断熱性能のQ値は1.5以下であるとか。そのQ値がUA値になって、0.87以下であり、断熱等級4なのだ。とか。HEAT20 G3ではUA値は0.26以下なのだ。とか。気密性能をあらわすC値は1.0以下は当たり前なのだ。大阪は夏も考慮して屋根の断熱スペックを上げたい。なんて。「ちょうどエエ数値」というのが、ムツカシくてオモシロイ。

ちなみに、上の数値が、ワタシの家の居間での年間の月別平均気温で、約21℃から27℃ぐらいで推移している。下が大阪市の月別気温。ブルーが最低気温、オレンジが平均気温、レッドが最高気温。ちなみにワタシの家は、「PS」という輻射熱冷暖房装置で冬の暖房と夏の冷房をまかなっている。電気使用量を調べると、12月1月2月3月と暖房で。7月8月9月が冷房。5月6月10月がまったく冷暖房を使用せず、4月と11月は半分以下の暖房使用だった。


上が、大阪への旅行の時の服装の目安で、5月と11月の長手のシャツや薄手のカーディガンの時期の平均気温をみると18度℃ぐらいなので、冬の家の温度設定は18℃を目安にするのが、省エネな住まい方として良いというコトらしいが、実際に生活してみると、冬は22℃ぐらいになっているほうが気持ちが良い。エネルギー的には贅沢なんだが、気分として居心地が良い温度がある。ちなみに北海道の断熱気密の優れた家では、冬の外気温0℃以下で、室温25℃近くにして、半袖でアイスクリーム食べるのがカッコエエのだとか(知らんけど)

5月6月10月は風通しの良い家として、窓を開け放って生活しているつもりだったが、6月26℃と10月24℃が、大阪の平均気温6月24℃と10月20℃と比べると、外気温より高温になっていて、無冷暖房月だが、断熱気密住宅になっているので、オーバーヒート気味なのだろう。今以上に窓をもっと開けて風を通す方が良いようだ。

リフォームに際して「温熱環境的に居心地の良い住宅」を目指すことにし、窓と断熱気密と冷暖房機器の計画を設計の時から一緒に考え、数値として、月別平均気温を18℃から26℃ぐらいを目安に考えた。断熱気密の性能値。窓の性能値。冷暖房の能力。住まい方。肌感覚。気分。そんなのを総合して、結果としては21℃から27℃で推移している。奥方は、今回のリフォームでの微妙な不満点はそれなりにあるものの、この温熱環境が快適になったことが、居心地が良いと感じる大事な要素で、一番良かったコトなのだそうだ。

「数値」の世界が「恐怖」や「居心地の良さ」とも結びついているのだなぁ…..。

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