家を楽しむあれやこれや。

緊急事態宣言が再び発令され。にもかかわらず、正直、前回ほどの危機感が薄らいでいて、それではいけないよ。と政府やメディアが伝えるものの、いまいちピンとこない部分があって、確かに、コロナウィルスに感染したくないのに、この感覚なんなのかね……。交通事故が日常的に様々な形で伝えられているにも関わらず車に乗り続けている私。のような感覚に近づいてきたようにも思う。

そんな2度目の緊急事態宣言下の最初の日曜日。朝から、今年初自転車でも。サウナでも。なんていう気分もあったが、躊躇した。前回のブログに書いた「スキーと恐竜とカニ」の行動に対する罪悪感のようなものも忍び寄ってくる同調圧力的昨今。医療関係者に配慮した自粛という感覚も現実味がどんどん大きくなってきたし、スティホームを楽しむのが、最適な、いまなんだろう。

朝、ゆっくり起きて、珈琲をドリップで淹れることにする。そうするためには道具が必要だし、その道具の置き場所も必要になってくる。道具はインターネットで買えるようになって、外に買い求めに行かなくても、家に届くのが、あらためて凄いコトだとおもう。その道具の置き場所が機能的でちょっとカッコ良く収納できているのが、楽しいし、そういうのに工夫することが「家を楽しむ」コトのひとつなんだろう。

そうやって淹れた珈琲を飲む居場所が、椅子なのか、ソファーなのか、腰掛けるのか、座るのか、食卓のテーブルなのか、カウンターなのか、リビングテーブルなのか、ソト空間なのか、明るい場所なのか、ほの暗い場所なのか、あれやこれや。そんなのを工夫したり、DIYしたり、リフォームしたり、新築したりして、家での居心地の良さを楽しむのが、面白いし、そういうのが好きなゆえに、住宅設計に携わっているのだとおもう。

庭と縁側に繋がる木製建具の開口部があるダイニングテーブルに、奥方の珈琲も置いて、テレビをつけると、松本人志のワイドナショーがやっていた。なんとなく見入ってしまう。窓越しのソトの天気を見ると、晴れていて、そんなに寒くもなく、冬の穏やかな日曜日の日差しを眺める。テレビを見ながら、ワタシの正面よりちょっとズレて座る奥方。コロナ禍的座り方でもあって、お互いに、あれやこれやとツッコミいれあって、珈琲を飲む。なんでもない朝。なんていうのは、このステイホーム的日曜日がなければ、楽しめていなかったかもしれない。

昼から、iPadで、動画を編集する。お正月の家族の様子をiPhoneで動画撮影した。最近、YouTubeを見る時間が圧倒的に増えて、ユーチューバーが、簡単そうに動画編集をしている姿を見ると、写真だけでなく、動画を短く沢山撮影して、動画編集すれば良さそうだと気付かされて、この年末年始に試してみた。iPadの動画編集ソフトで、編集作業をしだす。ダイニングテーブルでの居場所をあちこち変えながら、ソトむいたり、ウチむいたり、そういういろいろ居場所を変える楽しさもある。

そうそう、先週、新築の計画で来社された若いご夫妻が、建築家・阿部勤さんの「中心のある家」が好きだという。ワタシも若い頃、何度も写真と平面図をみたので、打ち合わせ室のモニターで、ホームページ上にある写真や記事や動画をお客さまと一緒に視聴する。あらためて、いろいろな居心地良さそうな居場所があって、素敵だなぁ…とおもった。「リミックス」というのが音楽にあるように、建築にも、名建築のリミックス版があっても良さそうだ…。

午後3時過ぎ、「まちのえんがわ」に、木工家のヤグラさんが、電動ママチャリを1時間ほど漕いで、お見えになって、次回3月のワークショップに向けた打ち合わせをした。今日初めて外に出てみると、道路には、わりと多くの人が、自転車で往来していた。そんなのが、いまの市民感覚なのだな。

夕方、動画の編集にも疲れたので、アウトドアー薪ストーブで焚き火をすることにした。年末に剪定した楠木の枝が、薪としてまだ残っていた。家に残っている冷凍のピザとナンをオーブンで焼いた。長男の奥方のサヤカレーを少しお裾分けしてもらった。残っていた冷凍のタンを3切れだけ鉄板で焼いた。ビールとワイン。薪の炎は和む。漆黒の暗闇の焚き火も良いが、夕方、まだ少し明るいうちから、暗闇になっていく時間帯の焚き火も良い。気がついたら真っ暗で、焚き火の炎の色合いと、夜の冷えてきた身体に炎の暖かさを感じ、あらためて「火の力 」に気づく感覚。

こうなったら、家(スティホーム)を楽しむ、あれやこれやを、あらためて、発見したいものだな…。

2021仕事始め

1月6日が、木村工務店の仕事始めで、伝統的にそうで、ま、あまり深く考えることもなく引き継いできた。この日は、社員だけでなく、大工さんや手伝いさんや協力会社の精親会のメンバーも集まって、地元の清見原神社に参拝し、その後、新年会をするのが慣わしだったが、流石にこのコロナ禍、飲んだり食べたりするのは問題有りで、迷いもなく、新年会は中止することになった。

ただ、新年交礼会まで、中止するのどうか。それは少々迷った。「親しき仲にも礼儀あり」なんていう言葉があるように、やっぱり、新年だけは、正装して、きっちりと挨拶し合うのが、心も改まり気分が良い。普段の挨拶より、お正月効果で、よりピュアーな潤滑油が満ち溢れるような感じがするわけで、幸にも、加工場という大空間があり、50人ほどなら、間隔を開けて座ることで「密」も避けられる。ということで、清見原神社参拝と加工場での交礼会だけは実施することにした。

毎年、清見原神社参拝前に、社員だけで、3階の会議室で、新年の挨拶を兼ねた朝の集会をし、それぞれが年頭所感を語り、お正月の過ごし方を分かち合って、2021年の仕事を始めとする。毎年ワタシは、社員や大工さんや協力会社の方々の前で語るための「ネタ」のひとつとして、新建ハウジングという、工務店向けの専門誌の住宅産業大予想を参考にするのだけれど、2021年は「不易流行」「スモールエクセレント工務店」なんていう言葉が印象的だった。

確かに、「不易流行」というコトバによれば、断熱気密の高性能住宅というトレンドには率先して追従し性能値の高い住宅を造りながらも、工務店として伝統的な建築としての「きっちり」として「スピーディー」な「ものづくり」を継承していくことが、今こそ大切なんだろう。コロナ禍になって、ステイホームとして、家で過ごす時間が長くなり、家に居心地の良さを求め、そこにお金を費やそうという人も増えてきたように思う。「スモールエクセレント工務店」というコトバによると、小さい工務店だからこそ、お客様の要望を細やかに反映することが可能で、それゆえに、木造で、高性能で、自然素材を使った、ウチとソトが繋がる半屋外空間もあって、在宅勤務ができるような小さな居場所がある、そんなクオリティーの高い住宅を、親切丁寧に造る努力を継続していくことが、小さな工務店としての持続可能性に繋がるのだという。ま、社内的には、工務店としての設計力と施工力を精進する。というありきたりのコトバに帰着してしまうのだけれど、そんなこんなの言葉を交えながらの2021年頭所感となった。

 
 

そうそう、1月5日は、孫たちを含めた家族で、スキーをし、恐竜を見て、カニを食べるという、盛りだくさんでちょっとハードなイベントでお正月休暇最後の休日を締めくくり、一気に仕事モードに切り替える事にした。今日の日曜日は、10日戎の「戎っさん」で、大阪の商売人は、商売繁盛を願って笹を買うことで、福を呼び込もうとするのが慣わしで、こんな、あれやこれやの新年の「イノリ」を通して、2021年の木村工務店の仕事が本格的に始まった。

2021謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

コロナ禍で、ステイホームで、静かな2020年の年末が過ぎていった。何十年も木村家の行事として祖父や親父から繋いできた、年末の鶴橋市場と黒門市場に買い物に行くコトを躊躇して辞めた。と言っても、奥方は、フツウに手短くスゥッと鶴橋市場に買い出しにいった。想像以上にそこそこの人出だったという。

フグとかカニとかタイとかツクリとかをクロモンで買わなくても、大型路面店などいろいろな店が出来て、魅力が薄れてきたが、それでも、あの、活気の良い呼び込みの声にエネルギーをもらい、人混みに揉まれながら一年のストレスをリセットし、そこそこのお金を出して、海の幸を「市場」で買う「コト」が楽しいのだと思うし、代々伝えていきたい何かがあったのだろう。

海の幸を中心とした「自然の恵み」にお金を支払い、皆で笑顔で美味しいと言って食べながら、いろんなヒトやコトに感謝する。そういう「市場」で交換する「支払い」が「お祓い」となって、それが「ご利益」に繋がる。自然素材の家とか木の家なんていうのも、似通ったところがあるのだとおもう。なんていうことを本で読んだりしたのは、外に出ることを制限され、惰性のような外出の連続性が止まる事によって、家族が一緒に家で過ごしながら、テレビのお笑いやゲームなどに興じる笑い声がバックグランドミュージックとして流れるなか、静かに本を読んでだり、ネットをみたり、音楽聴いたり、ドキュメンタリーみたり出来たからだろう。

2021年1月1日の朝は、数寄屋の座敷でお屠蘇をし、その自然の恵みを体に頂戴して、神のゴリヤクを得た。その数寄屋の座敷にリフォーム後に仏壇が鎮座するようになって、「面影」のようなものも一緒に参加するよになった。その後、年末に予約している、地元の清見原神社の拝殿に座って、家族一緒に、新年のお祓いを受けた。昼からは富田林の奥方の実家にいって「身長180cm以上20歳以上の6人の息子達と2人の小さな男の子の孫」という長身の男だらけの親戚に囲まれた年賀を体感すると、ちょっと不思議な感じで、オレもまだまだガンバらなアカンなぁ……みたいな気分にさせてくれる。なんていうのが最近の1月1日のルーティン。

コロナ禍と共存するお正月。
2021年木村工務店をご愛顧賜りますよう、本年もよろしくお願い致します。

コロナ禍な年末。

 

今年最後の日曜日。うちの庭の手入れをしてくれている海平造園のウミヒラくんが、日曜日に関わらず来てくれて、楠木の剪定をしてくれた。今まで、何十年もうちの庭の造園から剪定までしてくれていた海平造園のオヤジは80歳前で、流石にコロナ禍とか、体力的にもいろいろで、それに高いところに登るのも危険。なので今年からは息子のウミヒラくんが担当する事になった。大きくなりすぎるのを如何に大きくしないように、カッコ良く丁寧に剪定するのかが、庭の木々にとってはとっても大切なコトで、塀で囲まれた庭の木が大きくなると「困る」っていうのは、とってもよくできた「漢字」だとおもう。

「商売と屏風(びょうぶ)は広げすぎたら倒れる」というのは京都商人のコトバらしいが、ワタシの祖父も祖母も同じようなコトバを事あるごとに呟いていた。最近のコトバではスモールエクセレントな企業。なんていうのが、おなじようなニュアンスなんだろ。木が大きくならないように、オヤジひとりでうちの庭を手入れしてくれていた、ある日、ムスコさんが、庭師として手伝うようになり、オヤジに厳しく教えられながら、オヤジの手元として働いていた姿が、いまや、オヤジに代わり、夜遅くまで楠木を剪定してくれる立派な職人さんになった。教育とか成長とか世代交代とか繋ぐとか持続可能性とか、そんなのを職人としても企業としても考えてみる2020年最後の日曜日になった。

そうそう23日の夜。コロナ禍ならではのZOOM忘年会が二つも重なり、ひとつは、コアリノベ研究会で、参加者は建築関係の熟女中心。もうひとつは、名古屋のコスモホームの鈴木さんが主催し建築家秋山東一さんを中心とする全国の工務店の社長中心で男だけ。おっさんばかりが集まると、女子には聞かれたくない会話になるのは、必然で、ミュートを使って、話が漏れないように気を使うワタシと、熟女の会話に心和むワタシ。精神分裂状態のようなコロナ禍デュアルZOOM忘年会は、まさしく今年を象徴するような出来事だった。

コロナ禍に始まりコロナ禍に終わる一年だった。というより、コロナ禍と共存するお正月を迎えようとしている。今年は、12月末になっても、落ち葉にならずに枝にくっついたまま紅葉している木々が多く、紅葉したままお正月を迎える木もあり、そんな現象があちらこちらで起こっているという。うちの庭のモミジは、いま紅葉真っ盛りだ。そんなちょっと特異な2020年の暮れ。

 

木村工務店では、12月28日から1月6日までお正月休暇です。コロナ禍と共存しながらも、エエお正月を過ごせるように、工夫したいものですね。今年もこのブログをご愛顧賜りありがとうございまいました。木村工務店ともども、来年もよろしくお願い致します。

「笑い」

「年末」が忍び寄っているが、なんだか、ヘン。コロナ禍では、もはや当然のコトのように、木村工務店の忘年会は中止になった。その他の忘年会も全くないので、「年末」の感覚がワタシに纏わり付いてこない。ジングルベルの音も聞こえてこない。そうか、それは繁華街に出歩かないからだな。こんな時期だからこそのZOOMによる忘年会が、12月23日の夜に、二つも重なってしまうという偶然の不思議。それでも、毎年欠かさず届く丹沢の堀山の家からのリースが扉に掲げられ、家にはクリスマスツリーが飾られて、なんとなくのクリスマス感が、少し寂しげに点滅している。

 

今週、大阪市では、全区で、夜の飲食店の時短営業になった。先週末に伺った生野区のBarソケットさんも、午後5時から午後9時までの営業にするそうだ。うちの会社は、大阪市の東の端っこに位置する生野区小路東にあって、東大阪市の布施に近く、さきほどのソケットさんに行くより布施の飲食店に行く方が歩いて近い。その東大阪市は飲食店の時短営業がない。だから、東大阪の飲食店の人は喜んでいるのかとおもっていたら、木村工務店のホームページを長年手伝ってくれているアシダさんが曰く、彼は、かなりの「飲んべい」で、そういう筋の情報通でもあって、曰く、このコロナ禍、忘年会もクリスマスムードもないし、お客さんは、メチャクチャ減っているので、時短営業して75万円の助成金が出る大阪市が羨ましい。って、ひとりで営業している飲食店の人が語っているらしい。

なんていう微妙な年末感だが、先ほど「M1決勝」を見終わって、ようやくちょっとした年末感を感じるようになった。今年の「笑い」は微妙だ。なんだかちょっとしたストレスが残る。まるでこのコロナ禍の微妙なストレス感を象徴しているかのようだ。「意外性」というのか「違和感」があって笑うのだが、ワタシにとっての「共感性」に乏しいネタが多かったからだろうか。昨年の「M1」の日曜日はこんなふうに感じていたようだ。

今年は、想像もしてみなかったコロナ禍で、全ての人の感情と感覚と思考のありようが「変化」しはじめているからだろう。こんな時期の年末だからこその共感性のある「笑い」のネタの編集力が必要とされているように思えたが、そうそう、BSテレビの養老孟司さんが出ているドキュメンタリーな番組を見ていたら、サンドイッチマンが好きで、その漫才の録画を見ているシーンがとっても印象的だった。なんだかんだ、それでも、やっぱり、「笑い」は楽しいし、必要とされているよね。

太陽の塔のメッセージ

12月12日土曜日昼過ぎ。事故渋滞でのろのろ運転の外環状線を、車の後部座席に座って、太陽の塔の横を通過する。助手席の設計のハヤカワくんが、夜に通過すると、赤く点灯している太陽の塔が見られますよね!という。たしかに。大阪モデルはレッドステージに移行し、通天閣と太陽の塔は赤色に点灯されているらしい。とおもったら、12日からは医療関係者に感謝の気持ちを伝えようと青色のライトアップになったという。ちょっと縄文的で異彩なメッセージを放っていた太陽の塔が、ここ最近は、カメレオンのようになって、さまざまに変身しながらコロナ禍のメッセージを放っているらしい。夜になって、往復の道すがら、木々に隠れて、そのライトアップの姿を見逃した。

12月12日土曜日の夕方。植木屋さんのイエタニさんからメッセージが来て、今日は、生野区のBarソケットさんの、10周年記念日やから、一緒にどう…..。と、お誘いを受ける。大阪は、レッドステージに突入し、北区と中央区の夜のお店は、時短営業を求められているが、生野区は許されているらしい。会社の立ち位置とか家族の立場を考えて、躊躇する気持ちも大いにあったが、電球のソケットを製作する工場を改修したBarで、密閉密集度合いが低く、自転車で往復するし、リフォームするお施主さんを紹介してもらったり、その他いろいろお世話にもなっているので、「ちょっとだけ」の気分で、お祝いがてら駆けつける。太陽の塔的に、ボウモア25が異彩なメッセージを放っていた。

お店に入ると、検温があって、手洗いしての入場だったが、うちの会社も、「今日の体調」という事で、社員は毎朝会社に出勤すると、検温することにした。玄関に、自撮りふうの検温器も設置し、打ち合わせに、わざわざお起こしになったお客様にも、検温してもらえる機器を導入した。そうそう、家庭内感染も増加しているという。家に帰ると、すぐに手洗いし、まずお風呂に入ってから、寝るとか食べるとか寛ぐとか。なんていう気遣いも必要な、ちょっと特別な冬になってきた。

ここ1ヶ月左肩がこっている。ほとんど肩こりの経験がないので、先週にインフルエンザの予防接種に行った時に、心筋梗塞かなにかの兆候を心配し、血液の検査をしてもらうと、まったく異常がなかった。で、今日の日曜日、ま、ワタシの肩のコトもあったので、奥方が、一緒に整体マッサージに行こうという。もともとはササキ大工に紹介してもらった、雑居ビルの2階にある、ヘンな整体マッサージ店で、入り口はパーマ屋さんで、その中にカーテンレールの治療台があって、親子で施術をしている。なんか、階段を上がる時から、呪術的で独特な気分になる。夫婦並んでの整体マッサージも初体験。施術中もずっと喋り続けている奥方に驚いたり笑ったり。

施術が始まって暫くすると、椅子に座った時に、正面に向きながら、左向いて作業してませんか。といわれた。あっ、確かに。いままでは、ノートパソコンを正面に置いて、そのキーボードを打ちながら、左右に大きなモニターを置いた3画面作業をしていたが、今年の春頃から、机の左と正面に大きなモニターを設置し、右はノートパソコンのモニターを置いて、ブルートゥース接続のキーボードを使いながら3画面で作業をするようになった。なので、ノートパソコンの小さな画面は、付属的に使うので、どうしても正面に向きながらキーボードを打ちつつ、体を左に向けてモニターを眺めていることが多い。事務作業で、腰はまっすぐ座りながらも、左か右に体を向けて作業して、肩こりになる人が、ちょくちょくいるらしい。

ま、そんなこんなで、さまざまな「新しい生活様式」を模索している昨今だな。

ことだま

秋から冬へ。日差しが暖かく、二組のお客さんと打ち合わせをした住宅相談会の日曜日だったが、もはや冬を感じる日差しだな。

土曜日。唐突に届いた、レターパック便を開けると、奥村まこと「吉村先生に学んで」という冊子だった。ベージュ色の装丁がとってもタイプな色合い。左手にとってページをめくる。建築家吉村順三さんによって設計された愛知芸術大の建て替えに際して、卒業生の篠田望さんが開設されたインターネットサイト「愛知県立芸術大学 建て替えについて」の中に掲載された『奥村まことのブログ 吉村先生に学んで』(2011年1月~2015年9月)をまとめたものです。と書いてあった。

奥村まことさんは、吉村順三設計事務所に勤めておられた女性で、同じく吉村順三事務所の奥村昭雄さんのパートナーで、その奥村昭雄さんはOMソーラーの考案者で、愛知県立芸大の実施設計を担当された方なのだそうだ。建築家として著名な方々なので、知ってはいるが、面識はまったくない。そんなワタシをこの本に繋いで頂いたのが、建築家の秋山東一さんで、東京芸大で吉村順三さんに学んだ方で、OMソーラーのフォルクス1を開発された方で、昨年、木村工務店の加工場で、秋山東一さんの「メルクリン&メカノ」というイベントを催した。ヨーロッパ建築視察旅行にもご一緒したし、今年6月は、八ヶ岳のアイランドプロファイルの工場と社長の石原さんの別荘に秋山さんと一緒に泊まらせていただいた。そんなご縁で、この冊子が、左手に載っかっている。この場をかりてお礼を申し上げておきたい。

土曜日の夜。読み出すと、引き込まれて、一気に読んでしまう。最近、「本を読む」という過ごし方が、めっきり減った。夜はBSのドキュメンタリーを見てダラダラしていることが多い。コロナ禍になって、ますます本屋に行かなくなり「Kindle」で読むようになった。それはそれで、ラインマーカーが引けたりで便利だし、ipadを持っていれば、何時でも何処でも読みたい本が読めるのだ、が、いまいち、ipadを持つ「左手」の重みとその感触になっとくできない。

というより、「吉村先生に学んで」が装丁された本の左手に伝わる感触が、とっても気持ち良いのだ。ipadを左手でKindle読みした時に、左手にちょっとした違和感を持っていたのに気付かされた。昔は、岩波文庫のカバーをとって読むと、色合いと肌触りが良いので、カバーをとっぱらって読んでいたが、それ以上に、この本の装丁の、紙の質感とデザインがとっても良いのだ。左手が心地良かったので、ずっと触っていたくて一気に読み切った。本の装丁の質感も「吉村先生に学んで」になっているのだろう。

「寸法は比率」とか。「余白」とか。「火と水と緑」とか。「景色」「うれしいこと」「見つけとチリ」とか。「やってみる」くんには「なおそう」さんという友達が必要だ。とか。「気持ちが落ち着く」「現場感覚」「君はどう思う」「迫力は邪魔なことが多い」「佇む」「表情を添えるのが見つけとチリです」「形は歴史」「感じる・考える・生きる・意見を述べる」とか。「目の位置」「地球の上に家を建てるのだ」「庭はみんなの庭である」とか。創ると言うことは芸術である。その第一は「良く見る」「良く聞く」第二は「友達」とか。「溶ける」「残すことはつくること」「維持費」「障子」「椅子」「遠い景色」「影を作る」「見積もり」「住み心地」「感覚」「立場」とか。「メンテナンスは研究(=営業)の最前線」とか。「見える山」「庭を見る家」「マージン」「スケール」「空気の重さ」「茶室」「見抜く力」「ファッション」「窓」「風」「小さな空間」とか。基本設計・実施設計・現場監理・保守管理。建物にとってもっとも大切なのは、実はこの「建てた後のめんどう見」であるとか。

反省したり頷いたり。示唆に富む言霊の数々と出会う週末だった。

CO2ボンベ

コロナ第3波が拡大しいるようだ。陽性になっても無症状の人が多いらしいが、重傷者も増えてきているとか。病床使用率がどんどん増加し、医療崩壊の心配とか。そういえば、一年前の11月の連休は、「建築家秋山東一さんのメルクリン&メカノ」で楽しんだが、見えないウィルスとの共存を模索する時代になるなんて、一年前のあの時には、全く想像できなかった。コロナが終息すれば、もう一度開催したいものだなぁ…..。

そうそう、陽性者の無症状の人は、10日間ほど隔離されて、復帰でき。濃厚接触者の陰性の人は、2週間自宅待機をさせられるという。へぇ…..。コロナウィルスとは、そういうものなのか。だったら、無症状陽性者になったほうが、良さそうだが、後遺症がいろいろ出るらしい。やっぱりそれも辛い。

時短営業とか。GoToトラベルの継続か中止かとか。経済活動とのバランスを模索するらしい。確かに、工務店にとって、ロックダウンになって、家造りのお客さんと、対面で、打ち合わせが出来ないのは辛い。対面の打ち合わせが数度あれば、オンラインでも打ち合わせできそうだが、まずは対面でお会いし、お互いの空気感のようなものを確認しながら、家造りをはじめるのが、工務店的なのだろう。そうそう第一波の時に比べて、恐怖心が、格段に減っているのが、良いのか良くないのかも判断しにくい、ここ最近の世の中。

「メルクリン&メカノ」と書いて、想い出したが、昨日の夜、NHKBSで、「魔改造の夜」という番組をみて、とっても面白かった。床のロボット掃除機を、3社の社員がそれぞれに改造して、走り幅跳びのようにジャンプさせて、何メートル飛べるかを競争する。そのドキュメンタリー番組なのだが、スポーツ競技とか、お笑いのM1とか、だけでなく、こういう、ものづくりの真剣な姿が表現出来る番組が、子供達や皆の興味をひけばエエのにとおもう。

建築で例えれば劇的ビフォーアフターのリフォームのようで、ルンバを魔改造するという企画が、いま的な感じでオモシロイが、その参加社のホンダ技研が、ジャンプさせるために、自転車の空気を充填するための、小さな「CO2ボンベ」を使用して、ジェット噴射させて、改造ルンバを大ジャンプさせた。きっと自転車好きの、ものづくり社員がいるのだな。ワタシも、自転車に乗るときは、常時1本は携行しているし、何度かパンクの時にお世話になった。そのCO2ボンベの形状もなんとなく好きだが、空気を充填する勢いも凄く、その勢いに驚いて、タイヤの充填を失敗したこともある。なんか面白い道具だな。っとおもっていたら、それを使って、飛行機のジェット噴射の技術で、ルンバを遠くに飛ばした。そのアイデアと、技術と、飛んだ姿のカッコ良さ。それを作ったひとたちの、モノを作るための粘り強い姿と、その喜んだ様子に、グッッときた。コロナ禍だからこそ、こういう企画に載っかれる「時間」があったのかもしれない。

秋晴れだったので、そのCO2ボンベを一本携行して、自転車で散策。秋らしい雲を見た。紅葉は終わろうとしていた。東大寺鐘楼の木組みはオモシロイ。稗田と番条の環濠集落をみた。金魚ストリートで美味しい珈琲とカレーを食べた。そんな日曜日。

 

 

 

あんな番組みたり、こんな木組みや集落みたりすると、ものづくりしたいなぁ…..なんておもう。

勤労感謝の祝日。

秋晴れの勤労感謝の連休。紅葉も深まってきて、今年は色が鮮やかな感じ。

同級生4人が久しぶりに集まって自転車に乗ろうということになり、早朝から葡萄坂をヒルクライムし、のどか村から朝護孫子寺を参拝して、竜田古道里山公園横を通過し、堅上から国分に抜ける。ワタシは孫の七五三があったので、ここで離脱した。皆は富田林に向かったようだ。ま、あちこちで休憩し、あれやこれやと近況を話ながら、ゆったり時間がすぎていく。おっさん4人で紅葉狩りしても、寺社参拝しても、自転車あってのことなので、違和感なし。と4人のなかでは、おもっているが、傍目には、違和感ありなのか…..。

孫の七五三を地元の清見原神社で参拝する。5歳と3歳の男の子なので、ジャストタイミング。自転車で急いで帰って、お風呂に入って、服着替えて、神社に向かったら、ギリギリのタイミングで、ちょうど、宮司さんが記念写真を撮ってくれているグッドタイミングだった。

地元のこの清見原神社の改修を三代にわたって携わらせて頂いている。今年は、コロナ禍の間に、お稲荷さんを祭っている春高稲荷社を改修させて頂いた。今日の七五三を祝う長男タカノリが担当した。ジャッキアップし、土台や腐った柱を根接ぎし、建物の歪みを修正した。屋根もやり替えた。木造建築の面白さに、時間軸を積み重ねながら、古いものと新しいものが、混じり合っていけるところがあって、それゆえに古めかしさとか伝統のようなものが持続するのだろう。清見原神社では、祖霊殿は新築し本殿は増改築した。神社のなかのそれぞれの建物が時間軸を積み重ねながら共存している。工事中の様子はこちら →

なんて書いてみたら、伊勢神宮は20年ごとに新しく建て替える事が最大の行事で、そのことによって、なにか目に見えない伝統のようなものを継承していくのだから、費用面も含めて、とてつもないシステムだなと、あらためておもえてきた。

そうそう、生野区では廃校になる小中学校が多数あって、伝統が途切れるのだけれど、それは単に住民の高齢化ということだけでなく、子育て世代にとっては、生野区が魅力的でないからだろう。ま、そんな生野区を若い世代にとっても魅力的な町として盛り上げようということで、廃校になった鶴橋中学校で、この土曜日日曜日に、「Creema×いくの みんなの文化祭」という名称で、マルシェというかマーケットが開催された。生野のものづくりのひとたちもブースをだしているので、お邪魔した。

そのなかで、アルマイトの電解研磨の技術を持つ、電研のキリシマくんのブースがあって、アルマイト処理をしたキャンドルを売っていた。ちょうど前日、あるリフォームの打ち合わせで、キッチンの壁に、ステンレスでなく、電解研磨処理をしたアルマイトのパネルを貼れますか…..っていう要望があって、電研のキリシマくんのことが脳裏に浮かんでいたので、グッドタイミングだった。なので、電解研磨処理をしたアルマイトのキャンドルを買って、それを眺めながら、いま、気付いたが、そうか、一度行きたいとおもっていた「すみだ北斎美術館」の外装パネルが電解研磨処理をしたアルマイトパネルなのか…..。ステンレスの光沢とは違う、ちょっと柔らかい光沢が独特なのだろう…..。

そんなこんなで、ひとりで、電解研磨処理したアルマイトのキャンドルナイトを楽しんでいる、勤労感謝の連休の夜。なのだ。

水圧転写というものづくり

「水圧転写」ワークショップがあった日曜日。水圧転写というのは、水槽の上に、デザインを印刷したフイルムを浮かせ、その水槽に「モノ」をつけて、そのフイルムを纏わり付けることで、「モノ」の上に、さまざまなデザインを立体的に施すことができる技術で、もともとは大日本印刷が特許をとったとか。それを生野区にある「ビッグワンズ」という会社が、特殊なフイルムを開発し、汎用的にさまざまなモノの上に、立体的にデザインを転写できるようになったそうだ。

ビックワンズさんの工場にお邪魔すると、建築関係の「モノ」としては、マキタの電動ドライバーが、こんなふうに装飾されていた。現場では、どれがだれの電動ドライバーか迷うことがあるので、こんなのが簡単にできれば、電動ドライバーにも大工の個性が反映し、楽しいだろうが、水槽に浸すので、ドライバーを一度分解してからデザインを施すそうで、タイヘンなのだと…..。

生野区ものづくり百景」の縁で「ビッグワンズ」のマツイくんと知り合ってから、暫くすると、うちの長男タカノリとマツイくんが親しくなって、「木」を使った水圧転写のワークショップを二人で模索しはじめた。水に浸すので、「木」との相性は余り良くないらしいが、兎に角、挑戦してみようということになって、近くに住むデザイナーのサッチーに依頼し、手で持てる大きさで木の小さなテーブルをデザインしてもらった。当日、参加者それぞれが、その2枚のテーブル板に、あらかじめ用意されたデザインのフイルムを使って、それぞれなりの編集作業をし、テーブルを完成させて、いろいろな角度で組み合わせてみると、こんな感じになった。


水圧転写と建築の若い二人の職人が、模索しながら始めた、初体験のたたき台的なワークショップだったので、こーしたらエエかも。あーしたらエエかも。と次回開催に向けて、課題を模索する姿がエエのだろう。これをきっかけに、さまざまな、ものづくりの職人さんとのワークショップを企画してみたいものだな。

そうそう、「まちのえんがわ」から「ビッグワンズ」さんへ、自転車で移動する道中に「リゲッタ」さんの会社の裏を通過すると、タカモト社長が、ひとりで、木型のものづくりを楽しんでいた。普段は社長業でデザインできる時間がないので、日曜日のこの時が、前の夜からワクワクし、朝からお昼ご飯も食べず一心不乱でものづくりをしていたそうだ。その姿、ちょっとカッコエエ。夕方、帰りに立ち寄ると、まだ、やっていた…..。


ちなみに、今年初め、地元生野区から世界に向けて「楽しく歩く人をふやす」をコンセプトにする、リゲッタ生野本店の店舗造りを、木村工務店の設計施工で協力させて頂いた。

「日本のものづくり」なんていうコトバのイメージが、これから、どんなふうに変化していくのだろうか…..と、ふとかんがえてみた、日曜日のワークショップだった。そうそう、ワークショップ終了後は、家族と共に「まちのえんがわ」のアオキさんも交えて、慰労会をし、先ほど製作したテーブルが、こんな感じで活躍した。


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