ものづくりセッションの土曜日。氷見での日曜日。

「ものづくりセッション」があった土曜日。始まった頃のぎこちなさが、11回も続けると、それなりに、ゆるやかな、まとまり感のようなものが出来てきて、プレゼンと、それに対する意見にも、ちょっとした愛情のようなものがあって、参加して良かったなぁ…ワタシもまた、頑張ってみよぉ。みたいな気分になる、ものづくりセッションだった。

連休の日曜日の今、何の因果か富山の氷見まで自転車に乗りに来ている。ウィリエールのキタムラくんのお誘いで、ワタシたち夫婦とキタムラくんとの3人の自転車旅行という奇妙な組み合わせで自転車旅を始めて4年4回目で、しまなみ、安曇野2回、で、今年は、富山となったのだが、富山の自転車店のウィリエールファンクラブのような集まりに唐突に参加させられた…ような感じ。明日は富山市内から立山駅を目指すらしい。

 

それにしても、ものづくりセッションで、ランドセルの生田さんのプレゼンがあって、同じように、生田のランドセルのファンを増やし、維持する取り組みの話を聴いたところだったので、ウィリエールのファンを増やし、次に、もう少し上等なウィリエールを買ってもらえるのが、お店にとっても、メーカーにとっても大切なコトなんだろうな…なんて、氷見のまちなかのお祭を眺めながら走ったり、氷見のドピーカンな海岸沿いを走ったり、そんなコトを考えながら、氷見の和風料理旅館に宿泊し、新鮮なお魚を食べた後、布団にゴロッとしながら、このブログを書く、連休日曜日の夜なのだった。

 

 

多死社会

突然の雷雨になったり、今週も、やっぱり不順な天候。ウイルス性の風邪で、咳き込む日々で、体調まで不順な今週だった。週末には、親戚の叔母さんの訃報まで飛び込んできて、102歳だという。大往生だな。お通夜、葬儀とも、吉野まで、車で行ったが、今や、1時間ちょっとでいける。昔、小さい頃は、親父の車に乗せられて、山道の峠越えばかりで、3時間ぐらいかかったのか、とぉーいなぁ、って子供心ながらおもっていたが、50年間の道路の整備とナビの発達はすごい。グーグルの案内とカーナビの案内では、20分ほど違う時もあり、今や、グーグル頼りだが、時々、超狭い道を案内する時があって、何度かひやひやさせられた経験があり、京急脱線事故の細い道に迷い混んだトラックの心境を想像してしまう、そんな妙な一週間だった。

20年もっと前に、その叔母さんが住む、吉野の大滝まで、リフォーム工事に行った時があって、その時の「たかちゃん、とぉーいとこまで、よぉきてくれたな」というコトバが、焼香の時に聞こえてきそうだった。その頃の写真が遺影だったようだ。娘さんが東京オリンピックに水泳選手として出場し、なので、オリンピックに対する想いが大きく、この東京オリンピックを見るまで、生きるで。と云ってたそうで、僅か、それはかなわなかったが、悲しみと共に祝福がある葬式だった。

どんな死を迎えるために、どう生きるのか。車窓を通過する吉野川と吉野の山を見ながら、そんなことが一瞬よぎったが、これまで、沢山の葬儀に出席して、昔の映画やドラマにあるような、家族に見守られながら、自宅の布団の中で、静かに息を引き取る。というのは、今や、全くフツウでない、とってもレアなケースだと、あらためて思う。病院か介護施設で死を迎えるのが多くの状況で、葬儀はセレモニーホールで。と、田舎でも、同じ状況のようだった。

考えてみれば、祖父母両親とも病院で最後を迎えたが、祖父が亡くなった時、父が、社葬として会社の加工場で執り行ったのは、当時としても、珍しいことだったのだろうが、なので、父が亡くなると、加工場で社葬をするっというのは、当然の成り行きだった。祖母が亡くなり、家から送り出すために、家の庭を使って葬儀をすることを考えたのが父なので、母が亡くなると、同じように、家の庭から送り出す家族葬を、兄弟姉妹で決めた。

インターネットで、こんなコトバと遭遇する。

かつて「在宅死」が一般的だった時代、多くの人が親や祖父母などの近しい人の最期を自宅で看取り、その経験から「死」の迎え方を学ぶことができた。今では「死」を病院に委ね、家族や自らの「死」について考える機会が乏しい時代になってしまった。

これからは「多死社会」になるそうだ。どこで死を迎えるか、どんな医療ケアを受けるのか、どんな葬儀にするのか、どこの墓に、どんな仏壇に。そんなことを、ライフスタイルとして、しっかりと考える時代なのだろう。それそれの考え方に応じた、建築的な解決案を考えるのが、私たちの立ち位置だな。

サステイナブルな国と会社と家

不順な天候が続く。天気予報がずーっと雨予報で、先週に木造住宅の上棟予定だったが、延び延びになって、1週間以上も上棟を延ばし、未だに上棟の日程が決定できない。こんな事おそらく初めて。さて今週の天気はどうなんだろう…。

住宅相談会があった日曜日。午前中のAさんは、大阪市内でリフォーム工事を計画中で、今日は、たたき台案をお見せしながら、相談する日だった。ご夫妻とお祖母さんの3人でお越しになって、木造2階建ての築60年以上の母屋に、ご夫妻4人家族が住み、隣接する木造3階建ての2×4住宅にお祖母さんがお一人で住んでいて、ちょっと変則的なライフスタイルだが、お互い裏庭を通じて行き来が出来る。

フツウなら、3階建ての2階に住むお祖母さんが、2階建ての母屋の1階に移り住み、3階建て住宅を、夫婦家族が快適に住めるように、リフォーム工事をする計画になるのだろうが、将来の相続など、いろいろな事を考えて、ゆくゆくは3階建て住宅を売却し、2階建ての入母屋造りの母屋をリフォーム工事して住み続けます!っという決断だった。耐震改修や断熱改修や、隣接する3階建て住宅との繋がり、主寝室の位置など、快適なLDKは当然の事としながら、全面改修と部分改修の2種類のたたき台案を説明し、意見をお聞きして、一緒に考えるうちに、古い建物が残る、良い計画案が生まれた。

お昼からのBさんご夫妻は、大阪市内の生まれ育った実家が空き家になっていて、お父さんの、この家は100年持つ家やから、誰か住み続けて欲しい!という、築50年以上の住宅への強い想いを受け継いで、息子さんご夫妻が、コンクリートのマンション生活から、木造戸建て住宅をリフォーム工事して、住み繋げようという想いでお越しになった。

簡単な手書きの平面図と現況写真とリフォーム工事への要望書を持参されてお越しになったので、初対面ではあったが、そうそう、それに、グーグルのストリートビューで、現地の様子や、屋根の現状など、大型モニターで共有出来ることもあって、現況をそれなりのレベルで把握出来たので、さまざまな意見交換をしながら、お互いの感覚を調整することになった。後日、現地調査にお伺いした後、計画案を提出予定。

珍しく、古い木造住宅の2軒が残り、再生する計画の日になった。

お昼からのCさんご家族は、マンション住まいで、新しいマンションに買い換えて、その時にLDKのキッチンを中心にリフォーム工事する予定で、その見積書を提出する日だった。マンションのリフォーム工事の年間着工数は毎年2~4件程度だが、それなりに古くからやっているので、床に無垢材を貼る方法や、オープンキッチンに改修する方法など、いろいろと試行錯誤しながら施工してきたが、木造のように、躯体といわれる構造体を、耐震補強する工事が必要でない分、大工さんにとっては、やりやすいところもあって、その反面、施工時間が午前9時から午後5時までと限定されていたり、資材の搬入と養生がタイヘンだったりと、マンションリフォーム故のタイヘンさも多い。

Cさんの奥さんは、5年ほど前に開催した、木村家本舗に参加頂いたようで、うちの家の新たにリフォーム工事をしたキッチンを参照にしたいということで、ご案内しながら、あれやこれやと話が弾んだが、そうそう、うちの奥方が、夏休みのマゴの面倒疲れと、マゴがかかったウイルス性Rなんちゃら?という風邪をもらい、天候不順もあるのだろう、体調不良で、キッチンの案内を出来ない状況だった。ワタシも、そのウイルスを頂戴し、咳き込み鼻水をずるずるする夏風邪な日曜日となった。

天候不順な日々。アジア周辺もなんだか不順な日々。想いを受けて、古い家を受け継いで、今のライフスタイルに適合するように改修し、住み繋いでいく方々も存在し、国も会社も同じなんだろうが、サステイナブルな国や会社や家の在り様が求められている時なんだ…と、ふと考えさせられた、住宅相談会だった。

流しソーメンの土曜日。結婚式の日曜日。

流しソーメンの土曜日。

とんちゃんが、発起人だった、流しソーメンが、すっかり会社の行事のように定着してきて、今年からは、土曜日に開催するようになって、子供連れの方々を中心に、多くの人達に参加頂いた。「冬のお餅つき」と「夏の流しソーメン」というのは、皆さんに喜んで頂けるイベントで、多くの方々の笑顔のエネルギーを浴びて、こちらもテンションが上がってくる。社員にとっては、こういうイベントこそが、学ぶ場でもあるのだろう。道具の準備、食材の準備、セッティング、運営、お客様対応、あと片付け、などなど、ものづくりの基本だったり、お客さま対応の基本だったり、こんな遊びを通じて、学ぶことも大切なんだとおもう。そんな意味でも、参加して頂いた皆さんに感謝です。そうそう、来年は、もっとフェスっぽい雰囲気に飾り付けしたいものだなぁ…。

  
  

結婚式の日曜日。

うちで施工をさせて頂いた、ほたる食堂のほたるちゃんの結婚式があって、なぜか、ワタシが、新婦の主賓の挨拶を承り、以前のブログにも書いたが、披露宴の挨拶は、独特の緊張感があって、ちと辛いが、結婚式前日の、少々面倒な気分が、参加してみると、会場に満ちあふれる喜びと笑いと涙の祝福のエネルギーを浴びて、とっても、気分がハッピーになるのは、毎度の事で、前日と当日の気分のギャップこそが、結婚式の魅力なんだろう。

私たちのテーブルは、建築家のヤベさん夫妻と、建築家のヨシナガさん夫妻と、ワタシたち夫婦という、とっても珍しい夫婦参加の建築テーブルで、なんだかんだと会話が盛りあがり、式終了後は、うちの家に集合して、歓談が続いた。そうそう、建築家のヨシナガさんの奥さんが、女性ひとりで、工務店をしていて、凄いなぁ…とおもうのだけれど、工務店ゆえの共有体験で、なんだかんだと話が盛り上がり、午前0時を回る時刻になってしまった。なので、今日のブログは、このあたりで、終えておこうとおもう。新郎新婦、建築テーブルの皆さん、本日は、ありがとうございました。

 

 

暑中お見舞い申し上げます。

暑中お見舞い申し上げます。

ちょっとした、コスプレ姿で、気取ってみたが、お盆の暑い日に、あの、蒸し暑い京都に、わざわざ大阪から泊まりに行く。なんていう感覚は、とっても大阪人なワタシには、全く理解しがたい感覚で、ところが、奥方も生粋の大阪人で、なのに、ひと月ちょっと前に、ネットで見ていたら、偶然、お盆に、「俵屋旅館」が、ひと部屋だけ空いていたから、予約しておいたでぇ!っという。

お盆が近づくに連れて、確かに、一度は泊まってみたい旅館やけど、夏の京都はなぁ…。別の季節がエエなぁ…。涼しい場所行きたいなぁ…。うちの家で、冷房効かして、ゴロゴロでエエけどなぁ…。なんていう気分が、脳裏をかすめていたが、それが、有名アウトドアーメーカーの店舗として、京都三条の京町家を改装する工事が、急ピッチで進行していて、お盆の間に、うちの大工さんや、協力会社の大工さんなど、集まるだけ集まって、施工を進める事になっていた。丁度、宿泊する日の前後だったので、激励のために、現場に立ち寄れそうだと分かって、お盆の間際になって、俄然、宿泊する気分が高まった。時として、奥方は、そういう、「引きの強さ」みたいなものを発揮する。

台風警報が、少し大げさ過ぎるのでは…とおもえるほど、しっかり発令されていたので、宿泊当日の京都への高速道路はガラガラだった。なので、その日のお昼に、思い立って、三十三間堂の前にある、谷口吉生設計の京都国立博物館に立ち寄ることにした。NYの近代美術館も良かったが、ここも、端正で、シュッとして、静けさがあって、とってもエエ雰囲気。じつは、2018、2016年と、秋に、京都まで自転車で往復するライドを楽しんでいて、その時、必ず三十三間堂の南大門をくぐていた。左手に三十三間堂を見て、南大門からの軸線上の、向こうのほうに、近代的で端正な京都国立博物館の門があって、その向こうに、博物館の新館の姿が見え隠れして、なんだか格好良さそう…、一度行ってみたい…。そんな潜在意識のようなものがずっと潜んでいて、この台風の影響なのか、唐突に、衝動となって、吹き上げられた感じ。

午後3時過ぎに、車で、俵屋旅館に到着する。笑顔のおもてなしを受けて、いかにも京都的な、長屋門をくぐって、オープンエアーな前庭をクランク上に通過し、家のような、簡素で趣のある、玄関土間に入って、左向いて、靴脱ぎ石に上り、靴を脱いで、板と畳が敷き分けられた玄関の間に上がる。右手に向かって、中庭が見えて、風情のある京都の老舗旅館に泊まるのだ!という、気分が盛りあがってきて、右手に中庭を見ながら、左奥に進んでいくと、オーソドックスでエエ感じの階段があって、その向こうに穴蔵に入っていくような奥の廊下があり、その手前で、こちらです。っと左手方向を案内されて、扉を開けて入った部屋に、前室があった。その襖戸を開けると、目の前にデーンと掘り座卓があって、その前に坪庭がある光景が広がって、その右手の続き部屋の、数寄屋造りで、面皮柱の、シュッとした和室に通された。この、偶然空いていた部屋が、「竹泉の間」で、建築家の中村好文さんが本にスケッチしている部屋だった。

奥方が、備え付けの本、村松友視著の「俵屋の不思議」や、中村好文著の「意中の建築」のページをめくり、そのページのなかの、俵屋竹泉の間での中村好文さんの写真と同じポーズで、記念写真を撮っとこぉ!と宣う。お洒落な柄の浴衣に、ちゃんとした帯を、ぐっとハラに巻き付けて、掘りごたつに座ってポーズを取るワタシ。そうそう、本で読んだ憧れもあるが、ある日、堺の名家のお祖母さんが、俵屋旅館に宿泊し、その翌日にお会いする機会があって、建築とか料理とか、ま、それはそれで、エエんやけど、今まで、あんな、エエ布団で寝たことないわ。今まで泊まった旅館のなかで最高の布団やったわ!と、仰ったコトバが、深く印象に残っていた。そのちょっと固めで寝心地のエエ布団で寝られたことも、エエ体験だった。それより、なんといっても、吉村順三さんの本のなかで、内法が高く小壁が小さいプロポーションの和室の格好良さを語っているくだりがあって、立って、座って、寝て、そのプロポーションを体験できたのが、なによりもの建築的体験だった。

翌朝、朝食に出された、カワイくてカッコエエ木箱の湯豆腐セットを見て、この旅館の全てのモノに対する店主のコダワリとアイを感じながら、京都のあの薄味でコクのある湯豆腐で朝食を頂く。9時過ぎにチェックアウトして、歩いて、イノダ珈琲本店に向かう。コーヒー飲んで、大工さん達が休憩する10時過ぎを見計らって、ほんのちょっと歩いて、現場に着いた。丁度、近くの公園で、全員で休憩しているところだった。皆さん、暑い中、お盆の休みの中、ご苦労さまでした!

木村工務店では、8月19日月曜日から通常営業です。

気化熱

木村工務店では、本日8月11日日曜日から18日日曜日までが、お盆休暇で、昨年と全く同じスケジュールなのだと、いま、あらためて、気付いた。昨年、久しぶりに、家で過ごすお盆休暇を体験してみると、それはそれで、良かったわけで、おそらく、リフォーム工事の時に設置した、除湿型放射冷暖房 PS HR-C が、おもいのほか快適で、室温こそ、27℃28℃ぐらいだが、ラジエターの表面に湿った空気が結露水となって除湿するので、55%前後の丁度良い湿度が維持されて、ゴロゴロっとしながら部屋で過ごす日々だった。

そんなこんなで、今年も、大阪の自宅で過ごすお盆休暇なのだが、初日の今日は、日曜日だということで、早朝から、近所に住む、同級生のイトウくんと一緒に、自転車で、モーニングを食べに、富田林の米夢までライドした。この猛暑、確かに、暑いといえば、暑いのだが、朝の川沿いを走る道は、それなりに快適で、それに、自転車を漕ぐ風によって、服と体の間の汗が、気化されて、走っている間は、意外と涼しい。確かに、止まった途端に、猛烈に暑っ!暑っ!なんだけどね。

石川沿いのサイクリングロードは、この猛暑の影響で、流石に自転車で走る人が少なかったので、お互いの近況など、四方山話をしながら、ゆっくり走って、そんなのが、のんびりしたお盆にちょうど良かったが、走りながら、ウエアーの首元のチャックを少し空けて、そこから風が入り込んで、汗が気化される様子を感じながら、最近、現場で、着用する空調服を思い浮かべた。

 

ここ最近の猛暑で、うちの大工さんたちも、ベストになっている空調服を着るようになって、とっても快適だという。長袖のタイプだと、鋸やインパクトなど、作業がやりづらく、大工さん達は躊躇していたが、ベストのタイプが台頭し、ファンに木くずなどの埃の吸い込みもそんなに心配がいらないらしく、一気に多くの大工さんたちが着用するようになった。現場で、空調服のファンの音が響く中、若いモリ大工が、着用していないので、理由を聞くと、ほんの数日、購入が遅れて、欲しいメーカーのベストは、あまりの売れ行きで、売り切れになったらしい。

タンクにためた水にファンをあてるタイプの冷風機のような製品があって、使ったこともあるが、すぐ近くは涼しいが、部屋を冷やすほどではないので、全く使わなくなった。そんな原理を、服の汗を利用して、ファンを備えた空調服を考えたのだから、面白いアイデアだよなぁ。体と汗とファンの距離が近いので、冷風機と違って、快適なようだ。猛暑の街で、アンドロイドのように、ファンの音を、ブワーンブワーンと鳴らしながら、快適に歩く日本人の姿を想像すると、なんか、ちょっと、ヘンでオモロイ。

そうそう、そんな製品の様子を眺めているうちに、うちの家で使用中の、除湿型放射冷暖房 PS HR-Cも、夏は、ラジエターの表面に水滴がついて、それは、部屋の汗なわけで、そこにファンの風をあてると、気化熱とパネルの冷水によって、涼しいそよ風が、部屋に流れることを知って、今年は、扇風機を買い、積極的に、気化熱を利用している。いまや空調服的部屋とでもいうのかね。

打ち水こそ気化熱を利用した、古人の知恵だが、最近復活した、うちの庭の芝生も、土のままより、随分涼しいようにおもうが、水撒きという労働がタイヘン。今年のお盆休暇は、夕方に、芝生に打ち水をして、芝生の養生と大地の気化熱と体の気化熱を楽しんで過ごそうかとおもう。皆さん、素敵なお盆休暇を!

暑っ暑っの8月がやってきた。

ちょっと外にいるだけで、汗が流れる、暑っ暑っの日々。なぜか、庭の常緑樹の楠木が、ものすごく大量に落葉し、ウミヒラさんに見てもらうと、古い葉っぱが、一斉に落ち、新芽に変わる、何年かに一度のタイミングらしい。世の中も、木村工務店も、そんな時期なのか…。

一ヶ月半程前の6月中頃に参加したスイス・フランス建築視察旅行の報告会のような飲み会を開いたのが、今週の火曜日7月30日夜の出来事。フェースブックで、そんな事をシエアーしてみた。8月1日は、地元清見原神社のお祭りがあって、大友の地車が、会社の前で、停止し、その地車の引き手には、うちの山本塗装のヤマモトさんが、カッコエエ半被姿で挨拶してくれて、皆で、一緒に、大阪締めで、祝ったのが、暑さも吹っ飛ぶ、とっても気持ちの良い、夏の想い出になった。

そうそう、本日は、住宅相談会があった日曜日で、午前中のAさんは、女性で、祖父の鉄工所跡の建物をリノベーションして、米パンを作って販売するお店を開業したいということでお見えになった。そういえば、日曜日の朝に、自転車で、富田林の丘の上にある、米パンのお店、米夢に、モーニングを食べに行くことがあって、最近、麦アレルギーのひとが、多いらしいが、車でしか行けない、辺鄙な場所だけど、人気がある。植物を育てるサンルームをリノベーションした喫茶室は、丘の上の眺望も良く、なによりも、バラック的な素朴さが良いのだろう。そんな話をしながら、液晶テレビに映し出された、グーグルのストリートビューで敷地を眺め、鉄工所のバラック的な良さを活かし、隣接する公園の眺望を取り込む開口部を新設し…。なんていう、アイデアを、コミュニケーションしながら、現地調査の日程を決めた。

午後からのお見えになったBさんご夫妻は、以前に、大きな民家の、1階部分の、LDKと寝室をリフォーム工事させて頂いたが、その当時、まだ、小さかったお子さん達が、成長し、個室が必要になってきて、リフォームの時には、そのままだった2階部分を、今回、子供部屋を3つ、書斎のようなご主人の部屋を一つ、納戸とお便所を、新設しようと、計画中で、土壁の家なので、窓を新設したりするのは、コストパフォーマンスが悪く、なるべくそのまま利用する計画だが、それゆえに、中途半端な部屋割りの計画になっていた。

1階をリフォームした当時と比べて、BIMといわれる、3D画像を使って、リフォーム後の雰囲気を、共有出来るようになったのが、ちょっとした木村工務店の進化で、その中途半端な、部屋の大きさと窓の位置関係を3D画像で見てもらうと、やはり、なんとなく、納得がいかないご様子で、どの子供部屋も、同じような大きさの窓があり、不公平感がない部屋になって欲しいという、ご両親の思いが伝わってきた。それで、ご夫妻と、設計のタナカくんと、ワタシで、あれやこれやと、コミュニケーションしながら、間取りを、いじくっているうちに、お互いに、あっ、これぇ、エエね!なんていうプランが生まれて、そんなのが、嬉しい瞬間でもある。

帰りがけに、会社の前にある、うちのリフォームした家に立ち寄つて頂いて、ダイニングのテーブルに腰掛けながら、当時のリフォームの話も含めて、あれやこれやと、会話できたのが、心地良い時間でもあった。

午後からのCさんご夫妻は、奥さんの実家がある、生野区で、予算3000万円ちょっとで、新築をご希望で、最近、生野区でも、土地の値段は、上昇気味なので、1000万円ちょっとの土地と2000万円の新築で、購入できる土地をみつける事は、かなり難易度が高いといえる状況で、それに、平屋をご希望だとお聞きして、確かに、最近、平屋をご希望される方が、増えてきたが、購入出来る土地の大きさと建坪率の状況によっては、子供部屋だけが2階にあり、LDKと寝室と洗面浴室は1階にある、一部2階建てというのを、考慮に入れても良いのではないか…なんていうコミュニケーションになった。

そんな話をしながら、液晶大画面で、SUMOの土地情報から、生野区のある地域の情報をピックアップし、それを、グーグルのストリートビューで眺め、この土地にどんな建築ができるのか、あれやこれやと、シュミュレーションして、土地と建物と予算のバランスをどのようにとり、それに伴う、車やライフスタイルがどのようになっていくのか、皆で一緒に考えるのが、楽しい時間でもある。

住宅相談会が終わって、スーパー銭湯にある、ジムで、自転車とランニングを小一時間ほどして、お風呂で寛いだ。最近、暑っ過ぎるので、クーラーの効いたジムで、体を動かし、その後、お風呂とサウナと水風呂をさっと入って体をほぐす心地良さを知って、この夏は、こんな方法で、運動不足を解消してみようかとおもう…。

 

立ち居振る舞いというか所作というか

庭のクマゼミの、大合唱はじまって、ついに夏がやってきたムード。昨年の夏前に竣工した木村家のリフォーム工事では、庭はほとんど、そのままだったが、芝生だけは、工事中に痛んだので、新たに張り替えた。ところが、その芝生がうまく育たず、1年たって、10分の1程度しか残らなかた。なので、今度は、おもいきって、人工芝に張り替えてみようかと、思案していた。最近の人工芝はとっても良く出来ているらしい。それに、芝生の手入れから解放されるのも、なんとなくちょっと嬉しいし…。今年は、この状態で我慢して、来年には人工芝にしようっ!と、密かに企んでいたら、うちの庭園管理をしてくれている海平造園のウミヒラ親父が、もういちど、ほんまもんの芝生を挑戦しましょぉっ!と電話を掛けてきた。

70代になっても、植木の手入れに毎年来てくれる海平造園の親父さんは、イサムノグチアトリエの和泉さんと懇意なこともあって、20年以上前から、イサムノグチアトリエに連れていってくれて、いろいろなコトを学ぶきっかけを提供してくれた。当時のうちの家の楠木は、盆栽のような剪定のやり方だったので、ちょっと気味が悪い感じだったが、ウミヒラの親父さんが剪定してくれるようになって、とっても自然な樹形の楠木になって、家の神木のような風格さえ漂うようになった。何十年もかけてコツコツと手入れをすることで、自然な樹形になった。なんていう言い方は、不思議なコトバ使いだが、自然な感じにするためには、そのまま、ほっておいてもダメだし、外観だけ整えるような剪定、それは街路樹の剪定がそんな感じだが、それも不自然な感じになってしまうので、手間をかけて、一枚一枚コツコツ丁寧に剪定することが、自然な樹形のために、必要なのだ。と、ウミヒラさんから教わった。

確か、人工芝って言い出したのは、ウミヒラ親父だったはずだが、そのウミヒラさんが、ほんまもんの芝で、もう一度リベンジしましょぉっ!と言い出したのには、少々、驚いたが、ここは、経験豊かで、職人気質で、ちょっと頑固な、ウミヒラさんの、コトバに乗っかるのが、礼儀というもの。っというコトは、ワタシも、芝生を育てる日々の鍛錬のようなものが、また始まる訳で、いや、やっぱり、人工芝で!って、一瞬、喉元まで、コトバが込み上げてきたが、ま、なんというか、そういう職人気質なヒトの、流れに乗っかって、また新たな経験を積み重ねてみるのも、面白そうなので、素直に、ウミヒラさんにお任せしますわ!と電話で返事をした。

週末の3日間ほど、庭木の手入れもしながら、芝生を植える土の下地を丁寧に整える作業をするのだけれど、その時、庭の下草が、芝生に覆い被さっているところが何カ所かあって、芝生を貼るのに邪魔になるので、その草花を切らずに、うちの会社にあった、木杭とバラ板を使って、草が芝生側に垂れないように、養生的な作業をした。べつに、なんでもない作業だが、こんなコトにひと手間かけるのが、良い仕事をする、コツのようなもので、うちの若い現場監督や若い大工も学んで欲しい、職人としての所作でもある。

今日の日曜日の午後8時頃まで、「きり」のエエところまで、どうしてもやりきりたいので。ということで、ライトで照らしながらの最終作業となったが、うちのマゴたちが、ウミヒラさんの、植木を剪定する、その立ち居振る舞いが、ことのほか好きらしく、しばしば、その作業をじっと見つめたり、話しかけたりしていた。エエ職人さんが持つ、立ち居振る舞いというのか所作というのか、誰が見ても、魅力的なんだろうな…。

シンソウな土曜日とシンケンな日曜日

庭で、クマゼミが鳴きはじめた、今週。建築家のウエノくんから電話があり、仕事の話の後、JAZZピアニストのビル・エヴァンスの映画見ましたぁ…?! 夫婦で見たんですけど、良かったですよぉ!っていうので、へぇー、エヴァンスの映画を上映しているなんて、全く知らんかったわ…っと応えて、電話を切ったあと、ネットで検索してたら、偶然にも、土曜日の今日の夜から、大阪の九条のシネ・ヌーヴォで、19時から1回だけ、1週間の上映スケジュールとあった。オンラインチケット販売で夫婦50割を使えば、二人で2200円だったし、ちょうど、昼からと夜の予定がなかったので、今日の土曜日分を、ちょっとしたウエノくんの勢いに乗っかる「のり」で購入した。

ビル・エヴァンスのNYのビレッジバンガードで演奏された時の、あのトリオによるレコードは、愛聴盤のひとつで、マイルスとかコルトレーンより、家で聞く回数は、最も多いとおもうのだけれど、バックミュージックとしても聞けるが、対峙して聞くと、その当時の、ピアノのビル・エバンスとベースのスコット・ラファロとドラムのポール・モチアンの、楽器によるコミュニケーションのようなものが、なんともいえない良さがあって、カッコエエなぁ…とおもうわけで、なので、ウエノくんのコトバによって、ビル・エヴァンスの当時の私生活やエピソードのようなもの、その当時の真相みたいなものを知ってみたい気分に、唐突に襲われた。

そうそう、この土曜日の15時、芸人の宮迫がAbemaTVに出てるでぇ!っと奥方が教えてくれて、家に戻って、テレビを付けて、初めてAbemaTVとやらをテレビで視聴した。見応えのある記者会見で、最後の30分間は、会社に戻ったので、見逃したが、2時間近く見入ってしまった。その時の真相を知りたい…なんていう、多くの視聴者の気持ちを、ドキュメンタリー映画のような雰囲気で、生放送として、時間無制限で放映できる、こういうメディアの存在って、面白いし、うまく活用したものだなぁ…。

で、その2時間後のミニシアターで見た、ビル・エヴァンスのドキュメンタリーな映画も、その当時の真相が、淡々と語られる、どちらかといえば重苦しい映画だったので、「その心情に涙する土曜日の昼と夜」となった。映画終了後、九条駅近くで、お好み焼き食べて、満腹な気分で、地下鉄で帰宅すると、夜のタケシの生放送のテレビでは、あの記者会見の話題でもちきりだった。そんな、さまざまな真相と遭遇した土曜日になった。

日曜日の朝。建築家林敬一さんによる、組み立てシェルフのワークショップがある日曜日だったが、その助っ人に、元社員の大村くんが来てくれて、集合時間より、かなり早く着いたというので、うちの家で、一緒に珈琲を飲みながら、テレビを見たのが、ダウンタウン松本がやっているワイドナショーの特別番組としての生放送だった。それにしても、個人として、企業として、誠実さとか真摯な態度とか、そんなさまざまなコトを考えさせられる一連の出来事だ。

ワークショップでは、なかなか、個性的なシェルフができて、真剣なエエ雰囲気のワークショップだったが、幼稚園の年少に通う、マゴイッケイが、夏休みで、簡単な夏の工作の宿題のようなものがあるらしく、お昼からワタシと一緒にワークショップを見学していると、イッケイ母が、このシェルフを真似て、それに、このワークショップの勢いに乗っかって、なんとか夏休みの宿題を片付けたい気持ちがあったのだろう、会社の余った材料で、小さなミニカー置きのシェルフを製作しだした。真剣な親子二人の様子に、心動かされて、ちょっと手伝ったりしながら、棚の位置のデザインは、マゴの意見を反映し、こんなのができて、なんというか、一緒にものづくりができた、そんなコトが、ちょっと、嬉しかった日曜日の昼だった。そうそう、ワークショップの合間に選挙の投票に出掛けた日曜日でもあった。

こんな、シンソウな土曜日と、シンケンな日曜日だった。

ものつながり

梅雨のような梅雨でないような。そんな気候に影響されたのか、今週初め、風邪のような風邪でないような。アレルギーのようなアレルギーでないような。喉が腫れて、痰が流れ込んで咳き込む状況。微熱も出たりして。

土曜日に「ものづくりセッション」があり、海の記念日の連休は、7年連続の、しまなみ海道の宿、輪空で宿泊し、自転車に乗る、もはやコミュニティーのような内輪のイベントがあって、ま、山小屋で泊まって知り合うようなものだが、一年に一度そこで友達になった友人たちと、一緒に自転車に乗る楽しみ事があって。そんなこんなを考慮して、火曜日の武田会という飲み会を辞退して、体調を整えようとしたが、全く、回復せず、水曜も優れず。木曜も昼から調子が崩れ、夕方に、満を持して、近くの内科医院にいくと、注射も点滴もなく、薬だけを何種類か処方され、そのなかの「ジスロマックSR成人用ドライシロップ2g」とやらが、プロテインのような感じで、容器の中に水を入れてグッと飲み込む、ちょっと変わったタイプだけど、それを飲んだら、不思議に、回復してきて、な~んだ、もっと早く、病院に行っておけば良かった….なんて、ヒトのメンタリティーとは、相変わらず、勝手なもんだな。

土曜日の「ものづくりセッション」も10回目になって、毎回、30人以上の参加者があり、いつものメンバーが中心となりながら、ちょっとしたエネルギッシュさとリズム感のようなものが生まれてきて、毎回、司会進行役を担っているものの、こちらが参加して、元気をもらう感じ。そういえば、先々週のG20大阪サミットの時に、議論の場を「第1セッション」「第2セッション」「閉会セッション」などと呼んでいて、「セッション」という呼び方が、案外、今風なんだなぁ….なんて。そうそう、電子版の日経ビジネスを見ていたら、

日本勢とアップルの違いは、「ものづくり」と「ものつながり」の違いで、機器の開発「入れ物作り」のままと、「入れ物同士」の壁をいかに取り払いつなげていくかに移行するかの違いで、

これからのイノベーションでは「ものづくり」ではなく「ものつながり」が大事

というような記事の内容で、なので、「ものづくりセッション」も「ものつながりセッション」へ改名しようかな….なんて、ちょっと感化されてしまいそうな、なるほどな内容。

そうそう、先日の海外研修旅行で、ヴィトラキャンパスを見学したのだけれど、ヴィトラ社は、家具メーカーで、イームズとかジョージネルソンとか、パントンなんていう有名デザイナーの椅子など、家具を作っているメーカーなんだけど、そこの工場が、建築の博物館のようになっていて、ヘルツォーク&ド・ムーロンのヴイトラハウスをはじめ、安藤忠雄のセミナーハウスや、ザハの消防署や、アルヴァロ・シザの工場施設(連結通路の屋根)、ジャン・プルーヴェのガソリン・スタンド、バックミンスター・フラーのドームテントやゲーリーのデザインミュージアムや妹島和世の倉庫などなど、世界の建築家の建物博物館のようなもので、圧倒されるが、ただ、その日の午前中に、コルビジェのロンシャンの教会を見たあとだったので、その圧倒的存在感の余韻が残っていて、なんか、デパートで、買い物するぐらいのイメージで、ちょっと長し気味の見学になった。

で、そういう建築そのものより、ヴィトラ社の会社としての存在感が凄い。こういう建築を目当てに、世界各国から、大勢の、ほんとに沢山の見学者が、訪れていて、工場には、あまりお金を掛けないのがフツウなのに、お金をかけ、多くの人が集まる場にして、プロモーションに繋げている、その姿勢が凄いと感心した。これも「ものつながり」なんだろうな….。

 

そんなこんなで、「ものつながり」をより意識してみようかな…なんて気分の土曜日の夜だった。

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