GWの旅

ゴールデンウィーク最終日。旅から家に帰り着くと、激しく雨が降り続く大阪。
そうそう「GWの旅」で、こんな景色を見た…..。

↑ 南港からフェリーに乗船し、志布志に向けて出航。振り返ると大阪はこんな景色だった。

↑ フェリーから進行方向の西の空を眺めると、夕焼けのなかに本州と淡路島を繋ぐ明石海峡大橋が見えた。建築出身のワタシだが、土木工事って凄いなぁとおもう。この海峡の間を橋でつなごうと、考え、努力した、設計と施工に関わった人達のことが、ふと過った。

↑ 鹿児島県の知覧特攻平和会館に行くと、予想以上に沢山の人に驚いた。若い人達も多く、皆が神妙な眼差しだった。黒い服を着た年配の方々の姿に目をやると、追悼式典が催されていた。若くして特攻で亡くした、その家族親戚友人の方々は、今もなお現在進行形であることに、あらためて気付かされ、より厳粛な気分になった。イヤホン案内を借りる。この頃、アマゾンのオーディブック、オーディブルが流行っているらしいが、美術館などに行くと必ず借りることにしている。目の情報とともに耳からの情報が合わされると、若い特攻隊員とその兄弟家族友人恋人の物語に、より胸につまらされるものがあった。

↑ ついでに知覧伝統的建造物群保存地区の知覧武家屋敷通りを歩く。あれほど多くの人がいた知覧特攻平和会館すぐ近くなのに、閑散としている。若い人には興味が湧かない場所なんだろう。商人の町に慣れ親しんでいる大阪人のワタシからすると、御堂筋を歩くのも好きだが、こういう武家屋敷通りも、だた歩くだけで、楽しい。

↑ 槇文彦さん設計の岩崎美術館と工芸館を見学する。お客さんは誰もいなかった。建築を見るのと美術を見るのが3対1ぐらいの割合になりがちなのが、建築関係あるあるなんだろう。美術館としてはこぢんまりしていて、豪邸のようなスケール感で、慎ましく自然光が入る美術館ってエエなぁ…..と眺めた。

↑ 指宿の「村之湯」へ。友人の温泉ソムリエグッチのホームページに「こりゃ国宝級だ」と書いてあって、以前から機会があれば是非訪問したいと思っていた。朝風呂に入る。湯に浸かった瞬間に体に効くぅっっていうタイプではなく、柔らかくて優しい湯なのだ。なんてことない湯で、エエ建築のように、すぅーとしていた。写真奥の浴槽のぬるめの湯は何時間でも入れそうだ。お風呂上がり、移動のために車を3時間半ほど運転したが、その間、体がぽかぽかと優しく包まれた状態が続いた。料理でもそうだが後味が大事なのだな。とおもう。

そうそう、温泉マニアのような青年がひとり、地元のオジサンがひとり入浴していた。そのオジサンが話しかけてきた。大阪からフェリーでの旅の途中で、温泉ソムリエグッチのホームページで知って、入浴にきた話をする。源泉掛け流しの熱い湯を加水せずに冷ます工夫とその仕組みや、ヨードが含まれていて少し黄色くなって傷などにも効くことを説明してくれる。指宿は大阪に就職する人が多いし、定年し地元に帰ってきて大阪弁が残ったひともいて….などなどあれやこれや。帰りがけには車に乗る私達に、「気を付けて良い旅を!」と手を振ってくれた。

そんなこんなのゴールデンウィーク九州への旅だった。木村工務店では、5月8日より通常営業です。

場所性と創造性。

ゴールデンウィークが始まった29日と30日の連休。夜に大雨が降り、スカッとしない天気だったが、朝方から雨が止んで雲空。お昼から淀川の河川敷で凧揚げをする。凧名人の狹川さんと凧を製作し、絵本作家の谷口智則さんと、その凧に絵を描いたコラボ企画で製作した、その凧を揚げる日だった。

淀川超しに梅田スカイビルを眺めながら凧を上げれるのがちょっと嬉しい。エエ建築だなといつもおもう。それに、その凧と同じ高さだと錯覚するほどの低空で、伊丹空港に着陸体制に入った飛行機が通過し、その情景に、凧が飛行機にぶつかるぅ!と叫び声を上げながら楽しむ子供。そのはしゃぐ姿に微笑む大人。近くのバーベキュー広場で楽しむ若い人達のエネルギーも伝わってきて、凧と凧糸を通じて「風」を感じ、風の強さに驚く右手。わりと好きな場所だなぁ…..。

そうそう、うちの社員のお父さんのご配慮で、「国立京都国際会館」の見学の機会に恵まれた。こんなエエ建築だとは知らなかったし、心地良い建築空間体験にワクワクする時間だった。見学前にレストランで食事をし、事前の知識を得るためにググると、「設計上の特徴は、日本古来の合掌造り様式と現代的建築様式の融合」と書かれてあった。見学前にレクチャーがあって、その合掌造りというコトバに少々の違和感を持ったので、質問をしてみた。設計者の大谷幸夫研究室の元所員の方から「台形」をモチーフとして設計が進められた…..。というエピソードが語られ、台形の結果として合掌造りだということに、なるほどっ!と感じるのだった。

見学前にオーソドックスなカレーを味わいながら、レストランの天井を眺めると、台形の形状が珍しく、一緒に食事をしながらそのことを話題にしていた直後だったこともあって、「台形」というコトバに新鮮さを感じたし、それより、合掌造りの屋根は、三角形ではなく、台形なのだと、あらためて写真で確認し、再認識するのだった。

ホールの居心地が良く、会議場で会議をしたあと、こういうホールがあると、あちらこちらで、コミュニケーションが継続されるのだろうなぁとおもえたし、そういう居場所を大切にした設計意図の解説もあって、またこのホールを再訪したい気分になった。

メインホールの舞台に立ってみた。この舞台から、こんなふうに客席がみえるのかぁ。こんな大舞台から聴衆に向かって語りかける自分自身の姿を想像することなど、まったくできなかったが、舞台上からそんな気分を経験できたのは貴重だった。あれやこれや。建物だけでなく、なによりも、ランドスケープが素晴らしく、「森呼吸する、国際会議場。」というコピーライトに、なるほど。と頷ける建築だった。こんな良い機会を作って頂いた関係者の方々に感謝申し上げたい。

国立京都国際会館からの帰り道。ギャラリー「四条半」へ。うちの会社のローカル出身のフォトグラファー、徳山さんの作品を見るため立ち寄る。ギャラリーオープン時に案内を頂戴していたが、スケジュールの調整がうまくいかなかった。今日はこの京都という場所性の丁度良い巡り合わせを逃したくない。『「運慶800年大遠忌特別企画展」「四条半一周年記念」浄楽寺 x Munetaka Tokuyama x Kaz Oomori』という企画らしい。

長屋をリノベーションした素敵なギャラリーのなかに、運慶と対峙したフォトグラファーのトクヤマさんとイラストレーターのオオモリさんがいらっしゃって、この作品の「ものづくりの過程」をお聞きする。こういう話が好きだなぁ。それぞれが、どんなメンタリティーで運慶と向き合い。どんなスタイルでこの作品を製作したのか。そういう物語を聴くと、作品への理解度が深まる。

そんなこんな。

ゴールデンウィーク前の京都で、クリエイティブなエネルギーを浴び、連休の日曜日の今日は、風のエネルギーと遊んだ。場所性と創造性。なんとなく創造的に生きたいものだなぁ…..と感じるこの一週間だった。木村工務店では、5月3日より5月7日まで、ゴールデンウィーク休暇です。皆さん、素敵な休暇を!

春の陽気。

5月前の穏やかな気候。青空。こんな日に家に居て、アウトドアーに行かなくて、後悔したことが何度もあって、朝から自転車に乗って葡萄坂を登り、石川沿いを走って、富田林の米夢という米粉のパン屋さんで、ひとりモーニング。奥方はスーパー銭湯らしい。葛城山と金剛山の間の水越峠を眺める。青空のなか太陽が優しく輝き。飛行機雲が青空に白い一直線を引いた。年に数度の気持ち良い日和。別の場所から同じ山並みと峠を眺める。田植え前の里山の景観。もうすぐ水田の季節だな。

65Km走って午前中に帰宅すると、行政のタケダさんから「まちのえんがわ」で小路在住のMさんと打ち合わせしたいので使ってもエエですか。というメッセージがあって、もちろんOKと答える。そのミーティングに少し参加する。そのMさんという女性が、小路駅の裏にある一角に、学生や一度就職して辞めた人達のなかで、ものづくりが好きで、そういうプロフェッショナルになりたいという方々が集まる場所をつくりたいという。もはやワタシも含めた建築系とか都市計画系の方々より主婦の方々が行動的だなぁ。と関心し、三人でその小路の場所に行ってみた。

今週、四つ橋筋と堀江商店街が交わる角にある、キッチンメーカーのモーリーショップ。そのリニューアルオープン前の内覧会のお誘いを受けて、木村工務店設計部の社員数名と参加する。木村工務店のリフォーム時には、モーリーショップのキッチンを採用することが、そこそこ多い。20年ぐらいたっても満足しているお客さんが多く、かつてはミーレの食洗機を入れたいがためにモーリーショップをチョイスしたお客さんも多かった。モノとしての憧れのキッチンは、ヴィトンやエルメスの鞄を欲しいとおもうのと同じ感覚のような気がするし、愛着の持てるキッチンで料理を作る喜びを持ち続けたい。という気持ちは、それなりに共感できるし、もちろん、そんなちょっと高価なキッチンより、素朴なキッチンで素朴でオーガニックで美味しい料理を作りたい心情もエエなぁとおもう。

ネット上で、あのオオタニ選手の両親の記事があって、どうやって子育てしたのですか。っていう質問に、特別なことは何もしていないけど、兄弟一緒に食事を共にするようなことは大切にしていました。みたいなニュアンスのインタビュー記事があった。モーリーショップのキッチンを見学したあと、馴染みのモーリーショップの社員の方々と、道頓堀川沿いのテラスで食事を共にしながら、この話がふと浮かんだ。家族一緒に楽しく食事を共にするライフスタイルが、特別なことでなく、フツウのコトとして、モノとして愛着をもてるキッチンを使って、そんな食事を支援する、そんなキッチンであって欲しいような気がした。

 

 

 

「ものづくりセッション」「神社」「ゴルフ」

行政のタケダさんが主催する「ものづくりセッション」を開催した土曜日。

「ものづくり」をする小規模な企業の方々を中心に、そんなのに関わるデザイナーや学生や教授や行政の方々などなど、集まって、プレゼンを聴き、コメンテーターの役目を担う3人が感想や想いを語り、それをきっかけにして、参加者それぞれが自分の立ち位置でコメントする。ものづくりの想いや悩みやアイデアのエネルギーを交換しあう感じかな。そんな繋がりの仲間だとおもう。

デザイン研究所の学生のプレゼンで、オープンソースで作れる「ガチャ」の紹介があって、投入するコインが「ペットボトルのフタ」だった。意外。面白い。例えば…..。会社のゴミ箱に置いて、ペットボトルを捨てる時に、ラベルを剥がし、フタをとって、分別処理して捨てる。フタはこのガチャに投入し、景品は何がエエのだろう。当たりは、近くの食事割引券とか。各家庭のゴミ箱に、このガチャ置いて、子供がペットボトルの分別処理を楽しみにして、景品を両親が工夫する。子供の笑顔と記憶に残るのが面白そう。

コロナが開けた。というには5月5類まで待つ必要がありそうだけれど、マスク外してプレゼン終了後の懇親会を催した。3年ぶりなのか。うちの奥方が、おでんを作ってビールとのシンプルな組み合わせ。参加者の多くが長居してくれて、笑顔の会話と真剣な眼差しのコミュニケーションを、カウンター越しから眺めることができたのが、とっても嬉しい時間だった。一緒に食事をするっていうのは、繋がり感を強めるよね。

そんなこんなで最後は歩いて帰れる距離に住む4人で深夜まで飲んで、日曜日の朝はいつまでも布団から抜け出せず目覚めがすっきりしなかった。昼前から地元、清見原神社の氏子総代会のひとりとして、春の祭典に出席する必要があった。神殿の前に佇み、雅楽と舞いを眺め、神楽鈴がジャラジャラジャラと頭の周りを通過すると、昨日の出来事がすっかり飛んでいって、爽快さが戻ってきた。神社を通じて地域と繋がり神と繋がる。そんなのもエエもんだな。とおもう日曜日の朝だった。

↑ カワモトくんの写真を拝借。開会の挨拶をするワタシ。

そうそう金曜日。協力業者との精親会の第99回ゴルフコンペを開催した。いわゆるゴルフ好き、とは言いがたく、なので、今は精親会のコンペ以外でゴルフをすることがない。一年ぶり。82歳になる中村建機のナカムラ会長と一緒にラウンドすることになって、ワタシよりエエスコアーだった。トップスイングを作らずインパクトとフォロースルーだけで真っ直ぐよく飛ぶしエエゴルフなのだ。そのナカムラさんのゴルフスタイルの影響をうけて、ワタシもインパクトだけに集中し、なんとかゴルフになって、ホッとする程度のスコアーにまとまった。たまにはスポーツを通じて人との繋がりを深めていくのも楽しいな。とおもえる金曜日だった。

金土日「ゴルフ」「ものづくりセッション」「神社」と、さまざまなジャンルで人と繋がる3日間だった。

ギャラリー&コミュニティスペース

加工場で「(さちよの絵日記(サッチー展)」を開催した日曜日。

木村工務店のすぐご近所に在住し、大手N工芸でデザイナーとして活躍しながら、「まちのえんがわ」ワークショップをお手伝いしてくいれていたサッチーが、若くして亡くなって数年経過した。故郷の金沢ではイラスト展を開催したらしいが、大阪では開催する機会がなく、大阪に遊びに来られたサッチーのお母さんと会話をしているうちに、大阪のかつての同僚の方々や医療関係の方々のために木村工務店の加工場で開催しようということになった。

過去にはこの加工場で、木村家本舗というイベントとして写真展など幾度か開催した経験があったのだけれど、展示のための「壁」を作るのが大変だった。簡単に組み立て解体ができるギャラリースペースとしての「壁」を作れないものかと、日頃から模索していた。それで、このサッチー展の際、かつて健康だった頃のサッチーのものづくりに対するピュワーなエネルギーを浴びながら考えてみることにした。105角の柱と梁をホゾで組んで、展示用の壁をラワン合板で貼れば、壁は、なんとか成立しそうだったが、土台が105角だと転倒するので頬杖のような控え柱が随所に必要になり、そのためのスペースも必要になってくる。何かエエ方法がないものかと躊躇した状態が続いた。

兵庫県立美術館での石井修生誕100周年展覧会の会場に行くと、展示用の壁が、同じように柱材を使った考え方だったが、足元の土台として梁成240mmぐらいの梁材を横置きに使っていた。あっこれなら確かに安定するよね。とおもいそのアイデアを拝借することにした。材料は全てを国産の杉材を使うのがSDGs的にもコンセプチャルで、杉材の金額と在庫を調べる。杉柱材は金額的にも納期的にもまだフツウだったが、杉の梁材の金額は高く、入手も即納という在庫状況ではなかった。梁材の金額を調べると、杉、集成材、米松の順にコストが安い。それなら、杉より米松の方が比重も高く同じ大きさなら重たい方が安定するし、今回の土台に使用するには米松の方が圧倒的にコストパフォーマンスが高くしかも即納だった。適材適所が工務店的なのだ。

開催日の二日前からセノウ大工とヒラボシ大工に手加工をしてもらうことになった。ホゾなど木組みの技術を使う方が、組み立てや解体が容易で何度も繰り返すコトが出来る。シャチョウの無理な要求に、渋々ながらも、楽しんで加工をしてくれた大工と、組み立てを手伝ってくれた現場監督。夜遅く、ちょっとした上棟の祝宴を催すことになった。翌日その手加工で作った「壁」に、展示された作品が並び、お客さんが喜んでいる様子をみて、大工や現場監督の顔に笑みがこぼれ、ワタシはようやくほっとするのだった。

これをきっかけにして、土曜日日曜日の加工場でのワークショップ開催を、ギャラリー&コミュニケーションスペース&カレー&カフェ&バーに、少しシフトしていけたらとおもう。

花見がフツウにできる気分

3年ぶりに社員と職人とで花見をした金曜日。

木村工務店のイベントを全く経験したことがない社員が数名いて、コロナ禍の影響の大きさを改めて感じるのだけれど、コロナ禍を体験すると、確かに社内イベントなんて、必要なさそうにおもえてくる。組織というのは個々人の貢献と成果がなによりも大事なのは言わずもがな、なんだけど、でもやっぱり最終的には会社組織全体として成果を上げなければならず、そういういみでは、チームワークといのは、ないがしろに出来ない大切な要素だなとおもう。

WBCでは、選手皆で、鶴橋の明月館で焼肉を食べた集合写真がアップされていたが、一緒に食事をするっていうのは、個々人がチームを意識する楽しいイベントであると思うし、ちょっとした学びの場でもあるとおもう。先代が庭に植樹した枝垂れ桜は、ここ数年で木が大きくなりすぎて、この木のサイズにあった枝振りに一生懸命変化しようとしているようにみえる。なので花も小ぶりで、圧倒的な美しさを誇る桜。とは違う、しっとりとした桜な感じなのだ。その9分咲きの桜の下で、皆で焼肉を楽しんだが、誰も桜を眺めていなかったような気がする…..。ま、それでも、この枝垂れ桜の木が存在するお陰で、木村工務店の社員と職人が集えるのだから、とっても有り難い。

工務店としては、BBQコンロとテーブルと椅子の配置とか、照明の配置とか、炭の起こし方とか、それなりに拘るし、どこで肉を買うかとか、お酒の段取りとか、後片付けをどういうスタイルでするのか、まで、ちょっとした木村工務店スタイルがあって、そういうのが伝承と学びの場にも繋がっているのだろう。イタリア人のエンツォ・マーリの本を参考にして、15年ほど前、大工に製作してもらった折りたたみテーブルがあって、そのテーブルをカウンターテーブルとして使いたかったので、高さをあえて900mmで製作した。今年は中締めで一端解散した後、桜の下のBARカウンターとしてそのテーブルが活躍した。そんなこんなで久しぶりに人と人が楽しく触れ合いコミュニケーションをする姿に接することができたのが、なによりも嬉しい出来事だった。

そうそう、自転車で花見をする、その1。春休みになって体力を持てあましているマゴ小学1年生と二人でそれぞれ自転車に乗って大阪城で花見をする。お堀の桜をバックに自撮りで二人の記念撮影をしていたら、インバウンドのアジア系の女性が、その様子を眺めてたのだろう自ら撮影をかってでてくれた。地元民が他国民の旅行者に記念写真を撮られるちょっとした可笑しさ。そして笑顔のサンキュゥーという発音がぎこちないワタシ。往復13.9km走って帰ったらマゴは鼻血がドバドバでたらしい。

その2。朝からロードバイクに乗って花見ライドをする。家から十三峠を越えフラワーロードを走って朝護孫子寺へ。竜田古道、亀の瀬から桜満開のJR堅上駅、柏原を抜け、そうそう石川河川敷のマルシェで珈琲飲んで、大和川沿い、瓜破、平野を抜けて帰宅。天気も良く、桜吹雪が舞い散るロードを駆け抜けるのがなんともいえない気分の、47.9km也。これぐらいなら、その後も楽しめて、ちょうどエエ感じ。

その3。奥方の電動ママチャリとワタシは小径自転車に乗って、日曜日午後3時すぎの大阪城の桜を見に行く。というか、人出を眺めに行く散輪。多くのインバウンド、西洋人が目立ち、あちらこちらにブルーシートがぎっしり敷き詰められ、老若男女多国籍な人々が笑顔で触れ合う光景がエエし、花見の時は人出を眺めるだけでウキウキした気分になる、14.9km走行也。

とにもかくにも、多国籍な人々と仲良く花見がフツウに出来る世の中であってほしいなとおもう。

WBC漬け。

桜が咲いて、花見な気分なのに、一日中しとしと雨降る日曜日。

久しぶりに、まちのえんがわワークショップを開催する。絵本作家の谷口さんと、大阪で唯一の手造りこんにゃく職人さんで、和凧の達人、87歳になる狹川さんとコラボし、和凧を製作するワークショップを開催した。一年前の5月に木工作家矢倉さんのお誘いで、、淀川で凧揚げをし、そこで知り合ったのが狹川さんで、ワタシ、狹川さんが製作するシンプルなその和凧に魅せられた。その時、空に揚がる凧の絵が、谷口さんのモダンな絵だったら面白いなぁっておもい、ある日、谷口さんに打診し、快諾を得て今日のワークショップに至る。

凧の背面は、和紙に細い竹をボンドで貼り付けて背骨とし、最後に糸を結んでいくのだけれど、凧の絵柄は、谷口さんデザインのサンタの絵を基本デザインにしながら、好き勝手に絵を書き足し色を付けていくことになった。ただ単に自由にデザインしてもエエよぉっていわれると、案外ムツカシイし、数人のグループでワークショップする効果も薄くなるので、ある規則や様式の中で自由にやる方が個性が出たりする。その最低限の規則(コード)や様式(モード)を提供するのが、ワークショップ主催者側の「仕事」のようにおもう。それぞれが製作した和凧「サンタコ」で、4月末に淀川で凧揚げ大会をする予定。

そうそうWBCのテレビに釘付けになった一週間だったよね!

化けもの先週の土曜日の夜、生野区のBARソケットに数枚のレコードを持参し、早い時間に音楽を聴きに行く。そのうちの1枚に、先頃亡くなったデビット・リンドレー(DL)のアルバムがあって、40年ぶりぐらいに、アルテックのスピーカーとマッキンのアンプで聴くと、20代だった当時より演奏を鮮明に感じとれて、とっても良かった。というのは、今週の月曜日に、以前このブログに書いた「会食」の時の高校時代の同級生が、ジャクソン・ブラウン(JB)のコンサートに誘ってくれた。そんなのが潜在意識のどこかにあって、かつてJBのギタリストであったDLを無性に聴きたかったのだとおもう。

3月20日月曜日フェスティバルホールのJBのコンサートにおっさん4人で行く。フェスはこけら落としのキース・ジャレットのコンサート以来だ。3階の最前列の席だったが、そこまでのアプローチが案外好きだな。エスカレーターの長さと角度と天井との取り合いとか、赤カーペットの大階段とか、ホールの細長い吹き抜けと照明器具とか、バーカウンターとか、わくわく感を演出しようとするデザインの努力を感じたりする。全く期待せず行ったのに、JB74歳のハリのある声量とオトナな音質に魅了されたし、プロフェッショナルな生演奏のライブ感にも魅了された。DLのスライドギターはもはや聴けないけれど、こんなレトロなエエサウンドを聴く機会って少ないしね。何よりも黒人女性二人のソウルフルなバックコーラスにハートフルになった。久しぶりに「Live!」という心地良さに浸れるコンサートだった。

お決まりだけれど、やっぱりそのお決まりを聴きたい、stayとtake ite asyで終演すると、皆で新地のちょっとオシャレな町中華で会食する。あーだこーだ。エエコンサートの後は、餃子もお酒も美味しいく感じるし、皆が笑顔なのが嬉しい。ミナミまでタクシーで戻って、市内組と堺・富田林組に別れて解散する。市内組二人で法善寺のバーで飲んだら夜中の2時を回っていた。タクシーがまったく捕まらないミナミの深夜を久しぶりにあじわう。「Go」もまったくダメだった。御堂筋で30分以上並んで二人で相乗りして帰宅。

そんなこんなで、3月21日祝日の朝は、なかなか目覚めなかった。テレビを付けた時は、既に日本はメキシコに3対0で負けていた。そのまま布団の中でドキドキしているうちに同点の3ランがでて、ホットしたので布団から起きるが、2点入れられ1点返して迎えた最終回。とーっくに奥方は起きているのに、心配で心配でテレビなんか見てられへんわ!といって片付けのような、そうでもないような、どーでもエエような動きを繰り返しながらゴソゴソしていた。サヨナラの場面はワタシの叫び声で、テレビの前に駆けつけて勝利を知るのだった。ワイドショーや夜の再放送や報道ステーションなどWBC漬けの一日になった。

3月22日は仕事だったが、WBCが気になる朝だった。ツイッターの「#WBC決勝」で情報を得ることにしてたら、アメリカにホームランを打たれた!というツイートが流れ、暫くして覚醒の一発!のようなツイートで同点になったと知るうちに、「Amazonプライム」でライブ映像が視聴できると知って、慌ててアクセスする。ちなみにAmazonプライムは、給湯器を大阪ガスのエネファームに替え、電気代金を大阪ガスで支払うように変えてから、その特典でプライム会員になっているはずなのだ。

午前11時頃から社内会議があって、応接室のモニターに、資料とともにAmazonプライムのライブ映像が映し出され、会議してるのか、WBC視聴しているのか、とっても微妙な状況だった。オオタニのトラウトへの6球目の鮮やかなスライダーを4人で視聴し4人でヤッターと叫んでしまったら、社内の皆は、何事が起こったのかといぶかしく思ったらしい。そんなWBCチームジャパンの優勝シーンだった。お昼からは勝利後のライブ映像を延々と眺めた。そういえば60歳ちょい前のある社員はメキシコ戦のサヨナラで勝利した瞬間、家中を走り回ったらしい。確かにシニアな世代でもそんな気分のWBCだった。

そんなこんなで、ワイドショーのWBCのインタビューや解説に聞き耳を立てる一週間になった。

イノベーション

しとしと雨降る土曜日の朝。庭を掃除していると、サンシュウの黄色い花に滴がついて、とってもエエ感じ。かなり手ぶれでピンボケしてますけど、気軽にiphoneの中に、その時の気分を収めておけるのが凄いな。イノベーションだな。とおもう。日曜日になって、青空が広がって、気が付けば草木から一斉に新緑が芽吹いて、桜にも蕾がついてきた。今年は皆で花見をするぞっ!っていう気分なのだ。

その庭に、サンダルが何個か置いてあって、それがなぜか、片方のサンダルがなくなるのだ。マゴ達が遊んで、どこかに放り出しているのでは…..と疑ってみたりもしたが、片方だけっていうのが、どうにも不思議だった。この地域にはイタチが沢山いて、ひょっとしてイタチが…..と疑ってみたが、そんな大きな食べられないものを口にくわえて運ぶはずもなく。サンダルを箱のなかに入れて保管するようになって以降、片方のサンダルが無くなる怪奇現象はなくなって、暫く忘れていた。で、このブログを書きながらなんとなくNHKのダーウィンが来たを視聴していると、全国で同じ現象が発生して、それを隠しカメラとGPSで突き止めると、なんとその犯人がイタチだったという。へぇー、凄い。調査のやり方が現代的で判りやすかったなぁ。

今週、WBCの日本対イタリア戦を2回の表頃から観戦する。案外ドキドキするよね。オオタニが、セーフティーバントをした瞬間は、おもわず、凄い!と叫んだ。まさか。だった。超特大のホームランバッターなのに、この緊張感のある場面でセーフティーバントを決める、大きな雄叫びで164キロを投げる投手でもあるわ、3塁に盗塁をする試合があったし、チャーミングな仕草と笑顔でベンチで鼓舞している姿にも出会う。スポーツ界の「イノベーション=新しい満足を提供する」だな。とおもう。スポーツ界だけでなく現代社会の「プロフェッショナル」としての新しい在り様にさえおもえてくる。

そうそう、イノベーションなんていうコトバのついでに。「ものづくりセッション」という、生野区を中心に、ものづくり企業が集まって、あーだこーだとプレゼンしながら、それぞれの組織の在り様を内省し、マーケティングとイノベーションを考えていこうとする、そんな集まりが継続的に開催されていて、そこでワタシもプレゼンする機会があった。その発表の最後に、次回は「ものづくりとしてのマイルス」っていうのをやります!と軽口をたたいてしまった。それで、ここ数ヶ月、音楽を聴きながら自分がどのように感じてきたか、時間がある時に、少しづつパワポに書き足してみた。

マイルス・ディビスはジャズ界のレジェンドといわれているらしいが、マイルスバンドのリズム・セクションと常に対峙しながら、職人どおしが、しのぎを削り合うような演奏スタイルで、それはまるで大工の棟梁のような存在にも感じていたが、常に変化を求め、ある時から「マーケティング」と「イノベーション」をより意識し、リズム・セクションをより組織化し、電子楽器を受け入れ、カリスマ社長のようになっていくマイルス(しらんけど)と、そんなふうに感じていた。そういう新しい音楽としての面白さと同時に伝統的なジャズから遠ざかっていく面白なさもジャズファンにはあって…..。オオタニって、そういうのを両方とも満足させようとする感覚なんだろうかね….。

それはそれとして、赤い囲みの部分のアルバムに、つい先日亡くなったウェイン・ショーターがサックスで参加していた。マーケティングとイノベーションを目指すマイルス(しらんけど)の、ものづくりの過程が楽しめる期間として、その時期の音楽を愛聴していたが、ワタシ、20代の若い頃は、全くウェイン・ショーターのコトが理解出来なかった。マイルス自叙伝という本で、「ウェイン・ショーターはアイデアの源泉だ」「バンドの知的な音楽的触媒だった」なんていうマイルス自身のコトバに出合い、それも働くようになってかなりの時間が経過し、組織なんていう存在を意識し経験するようになって、徐々に理解するようになった。

なによりも、二十歳頃からスティーリー・ダンのajaを愛聴していたにも関わらず、そのサックス奏者が、あのウェイン・ショーターだと知ったのは、ずーと後で、それが、あのマイルスの、あの時期に、マイルスとユニゾンとして吹けるウェインで、アイデアの源泉で知的な音楽的触媒としてのウェインだと、理解出来るようになるのに、かなりの時間がかかった。

イノベーションが起こるための組織には、アイデアの源泉になる存在とか、触媒的な役目を果たす存在とか、大事なコトだなぁ。なんて、ウェインの訃報を聞いて、あらためてそうおもった。

 

チャーミング

「梅は咲いたか桜はまだかいな」なんていう小唄の歌詞が、おもわず口のなかでもぐもぐし、頭の中を駆け巡ぐった。会社前のレトロな長屋と梅の雰囲気がエエ感じで、道行く人がおもわず足を止める姿に出くわすと、なんだか嬉しい。今年最後のひとりスキーに行くと、道中の里山のほとんどの雪が溶けて、ほんの一部に残っている雪と、芽吹き出す大地と木々、さらさら流れる小川の雰囲気が、とっても心地良い雰囲気だった。積雪のある時は小川の水が流れる姿をみることがなかったが、雪解けとともに「春の小川はさらさらゆくよ」って小学生の頃に歌った歌詞が、いま、この歳になって、ようやく理解出来るようになった。ここ数年、最後の春スキーが冬から春への切り替えになって、いつものように昼頃に終わり、大阪でスーパー銭湯に入って、スキーの板と靴は来年まで物置にしまうことになった。

そうそう、先々週の2月最後の日曜日に、しまなみ海道の生口島の輪空というペンションのオーナーが、自転車で、今治から南港までフェリーで来て、うちの家まで自走でやって来た。なので、二人で大阪と奈良をサイクリングをする。家を出て、司馬遼太郎記念館から十三峠を越える。暗峠奈良街道の榁木峠を越え、薬師寺、唐招提寺へ。奈良町を通過し猿沢の池周辺で昼食。東大寺、転害門、奈良少年刑務所跡、平城京、大和郡山の城下町で珈琲飲んで、金魚を見て、法隆寺へ。大和川沿いから八尾空港を通って、長吉長原の真田幸村休息所跡を経て、生野区小路東のうちの家まで、94kmほど。ワタシ、今年はじめてロードバイクに乗って、それも3ヶ月ぶりぐらいなので、後半の法隆寺を通過してからはヘロヘロしてスピードが全く出ず、後から応援してもらいながらなんとか走りきった。

先々週の日曜日はとっても寒い奈良と大阪だったのに、今週になって一気に暖かくなった。毎年自転車で司馬遼太郎記念館前の鉢植の黄色い菜の花をみて、春がやってくる気分が盛りあがってくるが、今年の春に気分が盛りあがってくるのが、WBCの野球だな。オオタニとヌートバーの仕草がとってもチャーミングだ。マゴ達もオオタニオオタニと叫んでいる。幅広い年代の女性たちの会話に聞き耳をたてると、普段は野球をみないけど、今回は見ているらしい。面白いのは、オオタニの彼女になるのはプレッシャーがかかるけど、オオタニの母親にはなりたい!と何人かの女性から聞いた。老若男女に幅広い魅力を感じさせるのが凄い。近くの居酒屋に行くと、家で野球をみる人が増えて夜の飲食店の人出が減ってるわ!と笑顔だった。

「チャーミング」を辞書で引くと「魅力があるさま。人の心を引きつけるさま。魅惑的。」と書いてあった。オオタニも、ヌートバーも、春の梅も、春の里山の景色も、菜の花も、チャーミングなのだ。

女性力

春がやってきたような陽気の日曜日。住宅相談会の日曜日で、サヤカレー&kofukubook&bakeをオープンした日曜日。

住宅相談会の午前中のAさんご夫妻は、マンション住まいということなのですが、奥さんの想いが徐々に募り、新築の家に住みたくなって、土地探しをはじめているという。コロナ前に比べて、土地の値段が急上昇し、家の原価も超高止まりし、若い世代が新築住宅を建てるコトに躊躇せざるおえないムードが漂っている。タモリが発言した「新しい戦前」というコトバは面白いなとおもう。そんな独特のムードが漂う状況下で、奥さんのご両親が土地購入代金を助けてくれるらしい。確かに、そんなサポートというか、シェアがないと、若い世代が新築住宅を建てる気分になれないのが、今の実情だとおもう。

木村工務店の住宅相談会の土地探しでは、具体的な2、3の土地があれば、即興的に具体的なプランニングを想定しながら、あれやこれやとコミュニケーションするのは、それなりに楽しい打ち合わせなのだが、多くの土地探しの問題は、当事者のご本人自らが、候補を2、3に絞り込むまでの作業が、大変で、多大な時間を要し、なおかつ悩ましい。ということが大きな問題だと感じてきた。それで、そのご夫妻のライフスタイルを考慮した、土地の探し方をレクチャーし、自分で2、3の候補に絞れるようにサポートするのが、木村工務店流の住宅相談会なんだとおもう。

午後からのBさんは、相続で受け継いだ土地があり、そこに女性ひとり住まいの新築住宅を建てたいというご相談だった。弊社では女性ひとり住まいのリフォーム例がそこそこあって、どの方も自分の個性にあったライフスタイルを楽しんでいる様子が、ありありと伝わってきて、打ち合わせの第一歩に、自分自信で考えた間取りを持ってこられる方が多い。今回も間取りを楽しんで作られた様子がありありとうかがえるプランを持参してこられた。それをひとつの素材として受けいれて、私達は間取らず、あるひとつの建築のなかにその間取りをどううまくリミックスできるか、そんなのが問われているようにおもう。

住宅相談会の時間帯と並行して、「まちのえんがわ」では、女性二人による、サヤカレー&kofukubook&bakeをオープンした。6月ぐらいからは、毎週木曜日にkofukubook&bake。第一金曜土曜日曜日はサヤカレー&kofukubook&bakeという営業形態でオープン予定。女性二人がそれぞれの個性に応じたチャレンジをしていきたいという。これは大阪のおばちゃん的バイタリティーなのか。そうそう、ワタシ、大阪人男性は、知り合いでカレーを食べに来てくれたお客さん男子と縁側話をしていると、「商売どうでっか」「ぼちぼちでんな」みたいなニュアンスの会話を、現代的なコトバでやりとりするのが、やっぱり楽しいのだ。大阪のおっちゃんは古くさいままなのか。

そんなこんなで「女性力」を感じた日曜日だった。

1 7 8 9 10 11 39