社会関係資本

サヤカリーと「まちのえんがわ」忘年会を催した日曜日。

2011年は、東北の震災があった年で、その年の12月に「まちのえんがわ」をオープンした。スタッフの青木さんと私の二人で運営を始めて、月1回のワークショップを開催することを目標に、二人で運営を続けてきた。2012年4月から2023年までのその間に、延べ3217名の方々が、ワークショップに参加頂いた。改めて振り返ってみると、沢山の方々の参加に、感謝の念が湧いてくる。

コロナ禍があって、ワークショップの開催は、ままならず、徐々にワークショップが開催できにくくなり、それに10年が経過すると、ワークショップの内容と講師もマンネリ化し、講師の方々のモチベーションも低下ぎみだったとおもう。「まちに根ざす、まちのえんがわ」っていうのは、10周年を迎えて、これからが本番のような気がしてくるが、運営をする二人が高齢化し、どうも若い世代のニーズをくみ取れていないように感じ、若い世代の講師との出会いも減って、ワークショップの新鮮さがどんどん低下してきたようにおもう。

そんなこんなで、スタッフの青木さんと私は、「まちのえんがわ」の運営から退くことにして、来年からその運営を木村工務店の専務とサヤカリーのサヤちゃんに引き継いでもらうことになった。といっても「ワタシ」は、木村工務店の代表で、「まちのえんがわ」をバックグランドで支援をする立場でもあって、完全に「退く」わけにもいかない…..。そんな訳で、本日の「まちのえんがわ」忘年会は、スタッフの青木さんの、この11年間の貢献を労う会で、青木さんを知る多くの方々が集まって賑やかな夜を過ごした。

うちの現場監督のシノダくんが、この夜に顔をだしてくれて、云うのには…。入社の切っ掛けは、当時、小路に住んでいた、シノダくんの友人のヨネクラくんが、「まちのえんがわ」に出入りしていて、ワタシも一緒に自転車に乗ったりして遊んでいたが、ある日、ヨネクラファミリーは「compi」という雑貨屋さんをオープンするために、和歌山の那智勝浦に引っ越すことになった。そのオープン予定のお店を、アドバイスがてら、車で大阪から遊びに行くことになって、その同乗者にヨネクラくんの友人ということで、シノダくんが、紛れ込んで来た。それが「縁」となって、その後、木村工務店に転職することになった。シノダくんにとっては、「まちのえんがわ」のアオキさんが、その縁を繋いでくれた恩人なので、お礼の言葉を述べに来ました…..と云う。

「まちのえんがわ」オープン当初には、全く知らなかった、「ソーシャルキャピタル(社会関係性資本)」という言葉を知るようになった。これまで、「まちのえんがわ」と「ワークショップ」を通じて、さまざまな人との「縁」が生まれて、そういう縁のお陰さまで、ちょっとしたものづくりの楽しい想い出や、ちょっとした仕事と出会えたように感じる…..。これからの10年を若い二人に託して、「まちのえんがわ」が「木村工務店」にとっての、ちゃんとした「社会関係資本」となればエエなとおもうし、なによりもアオキさん、ご苦労さまでした。

ちなみに 「ソーシャルキャピタル 社会関係資本」をChaatGPTで調べると…..

ソーシャルキャピタル(社会関係資本)は、社会的なネットワークや人間関係において生まれる信頼、協力、情報の共有などの価値のことを指します。この概念は、社会学者ピエール・ブルデューが初めて提唱し、その後、さまざまな研究者や学者によって発展させられました。

ソーシャルキャピタルは、個人やグループが相互に信頼を築き、協力し、共同作業を行う能力を表します。これは、個人や組織が社会的ネットワークを通じて得ることができるリソースやサポートの価値を指します。ソーシャルキャピタルは、ビジネス、教育、健康など、さまざまな領域で影響を与える重要な概念とされています。

ソーシャルキャピタルは大きく、以下の2つの主要な形態に分けられます:

  1. 結びつき型ソーシャルキャピタル(ボンディングソーシャルキャピタル): 同じ社会的な背景や属性を持つ人々の間で形成されるソーシャルキャピタル。この形態では、共通の利益や価値観に基づいた強いつながりが形成されます。
  2. 橋渡し型ソーシャルキャピタル(ブリッジングソーシャルキャピタル): 異なる社会的なグループや背景を持つ人々とのつながりやネットワークを指します。異なるコミュニティ間での情報やリソースの流れを可能にし、社会全体の結束を促進します。

ソーシャルキャピタルは、個人の成功や組織の効果的な機能に寄与するだけでなく、社会全体の発展にも寄与すると考えられています。

 

あっ、そうそう、来年1月20土曜日は、4年ぶりに「お餅つき」ワークショップを開催予定です。

「そうだ京都に行こう!」的。

紅葉の季節。っといっても、うちの庭は、桜は紅葉もせず既に散って、ヤマボウシの紅葉も葉が焼けて縮こまった紅葉で、いまいち微妙な今年の紅葉。

今週の23日勤労感謝の日の祝日は、新嘗祭という穀物の収穫に感謝する儀式の日が、勤労感謝というコトバと意味に取って替わって、祝日になったらしい。いまや、祝日は休日であるコト、仕事をしなくて休めるコト、それだけで嬉しいのは、都市生活型のストレス社会になって、そのストレスを癒やす日が休日の楽しみで、祝日を「感謝」する。なんていう感覚とリンクしにくい世の中の状況になっているのだろう…..。

それはそれとして、最近、秋の庭を掃除すると、上の写真のこういう木の実が落ちている光景に出会う。今まで、全く興味がなかったのに、先日のブログ「土偶」で書いた…..

「土偶は植物の精霊をかたどったフィギュアである」
日本という国家の「大嘗祭」は天皇の即位儀礼と収穫儀礼の新嘗祭が融合したもので、「植物を成長させる精霊」という観念と「それを祭祀する儀礼」という「植物霊祭祀」の慣習と心性が古くからあって、縄文時代の「土偶」は、そういう「植物霊祭祀」の痕跡なのだという

木の実に遭遇すると、このフレーズが想い出されて、この木の実のデザインと、みみずく土偶などのさまざまな土偶デザインの類似性を想起し、植物に霊祭しながら、ひとりほくそ笑んで、庭を箒で掃いているワタシ。

かつては植物霊祭祀であったそうな、その23日の勤労感謝の祝日。いわゆるストレスを癒やそうと、朝からサウナに行った。で、朝食を食べず、昼メシというかサメシというか、奥方とコメダ珈琲で味噌カツサンドを食べて、まったりしていると、天気もエエし、「そうだ京都へ行こう!」ということになった。車は混むし駐車場も大変やし京阪電車のプレミアシートが快適だったので、それかな。いや布施駅から京都駅への直通バスがあるから、それかな。なんて相談しているうちに、今日は暖かいし、それに最近、自転車に乗っていないので、それなら京都でサイクリンでしょ!

もう既に午後1時30分を回った時刻。試しに奥方の電動ママチャリを無理矢理、車の後部座席に詰め込んでみると、二人がかりならなんとか押し込めた。私の折りたたみ自転車ブロンプトンと2台を車に積んで、第二京阪道路経由で50分ほど、鴨川西ランプを降りて直ぐの円形ランプ道路の中にあるタイムズに駐車する。一日880円也。トランクから自転車を降ろし10分ほどペダル漕いで東福寺へ。「方丈」と「通天橋」を初めて見た。今年はやっぱり鮮やかな紅葉という感じではなく、暖かい日が続いて葉が焼けてくしゃくしゃとした葉っぱが紅葉しているような感じ。それにしても多くの人。3分の1はインバウンドの方々じゃないかな。

東福寺境内にある渡り廊下、通天橋も含めて、木組みがシンプルでエエね。と眺めるが、人が多すぎて、ゆっくり鑑賞するのは別の時期だと早々に退散した。ぼちぼち自転車漕いで、三十三間堂の横を通過し、清水寺三年坂下の交差点まで来たが、人の多さと、もし見るとしてもライトアップだよね。と、六波羅蜜寺や建仁寺や祇園の裏道ばかり、あっ、こんなところにこんなお店があるの…とたらたら走る。河原町も人で溢れ歩道を走れるような状況でないので車道を走るが、バス待ちの人の行列とバスが何台か停車する横をすり抜けるのは安全ではないよね。

人で溢れかえる錦市場を横切るのに、すんませんと頭を下げて通過し、イノダ珈琲本店で、ひと息つこうと自転車停めて中に入ったら満員で待つ状況だった。今日は行列を我慢することにした。初めて奥の洋館のところで珈琲飲んだが、漕ぎ疲れを癒やしながら、ゆっくり休んで会話していると、新京極の「sousou足袋」で足袋を買うのだという。ここでしか買えないし、京都に来たらついでに買って帰ろか。みたいな感覚にさせられるコトと、路地裏を村というか集落のように多店舗で商売するやり方がカコエエな。とおもう。

唐突な京都だったので、夕食の予約がなかった。それなら洋食屋さんで食べようと2、3軒回るが、やっぱりどこもいっぱいだった。ここでようやく気付いたんですけど、この自転車ブラブラ京都、とっても楽しいけど、アルコール飲むことでけへんし、仮に飲んで、自転車押しても、最後は、電車輪行でなく、自家用車で帰るので、夜のアルコールダメがちょっとした問題点。なので大阪に帰ることになった。京都タワーと京都駅の横を通過する。こんな角度から京都駅を見たのは初めて。案外エエ夜景やな。っと残像を想い出しながら、裏道をゆっくり自転車漕いでるうちに午後6時30分に駐車場に到着した。11㎞走行也。午後7時30分には自宅に着いて、ママチャリをよいしょっと降ろし、アルコール付き夕食にありつけた。

勤労感謝の日のそんなこんなの「紅葉京都散輪」だった。

 

持続可能な社会

木村工務店の協力会社の米田建材店さん100周年記念祝賀会があった土曜日。

うちの協力会社さんには、100年を超える、材木屋さんの岡房商店さん、鉄筋屋さんの浅田鉄筋さん、瓦屋さんの瓦寅工業さんがあって、皆さん大正時代に創業している。そんななかにあっては、弊社は、昭和に創業で、まだまだ87年ほどで、100年まで、まだ13年もあるのだと感じるし、それより、そういう100年を超える4社もの老舗の協力会社さんに支えられて建築を造っていることに、ちょっとした気概のようなものを感じる。

関係各社を代表しての挨拶を拝命され、ま、結婚式のような緊張感が漂う祝宴でないので、そんなに緊張することもないが、舞台から眺めてみると、関係各社だけでなく、親族のような方々も多く、日本の現在に於いて、100年続く企業というのは「家」という伝統と文化のようなものがあって、今回であれば、米田家というようなその代々続く「家」があって、その仲の良い親子関係のようなものがあって、そのような企業が「持続」しているのだなとあらためて感じた。

引出物の中にSB食品さんのカレーがあり、奥方が、なんでこんな商品が入っているの!と聞くので、今年同じように100年を迎える大企業にSB食品さんとかサントリーさんがあり、引出物や景品の中にその商品を入れたそうやわ。と答えたが、「株式会社」というような仕組みが主流になってくると、同族を主流としない、これからの100年企業は、同族会社の家族愛でなく、会社愛のようなものがあって、ようやく持続可能な企業となっていく100年なのだろうか…..と疑問形で考えてみた。

関西大学の木造設計製図の講評会と懇親会があった火曜日。今年から、受講する生徒の数が急に増えて、世の中の木造建築への関心度は、若い学生にとっては当たり前のコト。そんな時代感覚になってきた今学期だった。人数が増えるとレベルが低下するのかとおもいきや、通年以上に高いレベルになってきて、3〜4人のグループで設計するという課題は、私達の学生時代では一般的ではなかったが、いまや会社という組織で設計する現代建築の在り様も含めて、サッカーやラグビーのチームのように個々人の能力を活かしながら、チーム力で作る建築を学ぶ機会にもなって、木造建築とコミュニケーション能力という同時代性のようなものをあらためて感じる今年度だった。

生野区のものづくり企業の方のお誘いで、上六でミュシュラン一つ星のお鮨を食べた金曜日。緊張しながら食べる鮨はちょっと…..とおもっていたら、常連のその方と一緒だったので、気さくにあれやこれや会話しながら、コース料理の江戸前鮨を美味しく食べた。インバウンドのアジア人カップルが3組ほどいて、ご主人自ら英語で対応する姿に、今の鮨職人を感じるし、英語で対応していたアルバイトの男子は、医学部の学生だという。そういう人を雇い入れるコトも含めて現代的だし、そのインバウンドの若いカップルの女性に、小さなバースデーケーキをだして、カウンターに座りながら皆でハッピーバースデーを合唱しお祝いをして、そのお裾分けのケーキを美味しく頂戴した。寿司屋さんでバースデーケーキは初めてだが、案外悪くないね…..。

家とか。会社とか。組織とか。チームとか。学生とか。職人とか。インバウンドとか。持続可能な社会とか。現代的な在り様を垣間見た今週だった。

ふるさと納税

どんよりした天候で小雨降る日曜日。ようやく冬の気配を感じる日曜日。そして家に閉じこもった日曜日。だった。奥方から、なんで自転車に乗れへんのぉ!と聞かれたが、さしたる気の利いた答えが見つからなかった。十三峠から朝護孫子寺までヒルクライムして、富田林でモーニングし、河内長野まで自転車を乗るイメージを抱いてみたが、前日の土曜日に自転車の整備とか、乗る準備が出来なかったし、天候がいまいちな予報だった。なので、一日中、テラスで薪ストーブ焚いて過ごす。

そうそう、今週、初めて「ふるさと納税」とやらをやってみた。納税するのなら、ワタシは、やっぱり、地元の生野区に!っとおもっていたが、先日、奥方が、ふるさと納税で、鹿児島のうなぎを手に入れた。実は、今年のゴールデンウィークの旅で、フェリーで志布志に上陸し、早朝、車で走り出したら、「うなぎの駅」という珍しい施設の前を通過した。ワタシ鰻好きなので、おもわずその駐車場に入ったら、営業は11時からだという…..。先を急ぐので、仕方なく断念したが、なんと、ふるさと納税で、その鰻が手に入るらしい…..と、ネットで知った奥方は、なんの躊躇もせず、ふるさと納税の返礼品でそれをゲットした。鰻が高級品になってしまったこの現状には、前々からなんとも納得できないが、それはそれとして、どうせ納税するのだから、そのついでに鰻も食べられるなんて、とってもお得やん!なんで!ふるさと納税をやらへんのぉ!と奥方が云う。

家でアウトドアー感覚で食事出来たら楽しいよね!と、リフォームをした時に、アウトドア薪ストーブを置く計画で、写真のようなテラスを作った。3年後に、協力会社の横井金物さんで、スチールのローテーブルを製作してもらって、ゴロゴロしながらそれなりに楽しんで使っているが、どうにも収納がエエ感じにならなかった。コンテナを買って、あれやこれやと試してみたが、どうにもしっくりこなかった。

スノーピークのシェルフコンテナ25というのがあって、大きさもベンチの下に丁度収まる大きさで、デザインも良いのだが、14,520円もして、高いなぁ…..と躊躇し続けていたが、今年になって試しに一個買ってみた。案外フィットし、なによりもシェルコン25だと薪の置き場所がちょっとカッコエエ。それで、買い足し買い足しで、3個も同じデザインの収納になってくると、雰囲気も良くなって、奥方が、ようやく、デッキにまとまり感が出てきてエエよぉ!という。ついでに、いつか2個買いたそうと考えているけど…..と奥方にいうと、すかさず、燕三条に48,000円をふるさと納税するとシエルコン25が返礼品であるらしいよぉ!。

そんなこんなで、テラスで、ちょっと得したような気分で、シエルコン25を眺めて、ゴロゴロする日曜日のワタシ。燕三条市にスノーピークさんという有名企業があるからだが、我が町生野区の名産品とか名企業ってなんなのだろうか。ロート製薬さんの本社があるので、生野区のふるさと納税の返礼品なら、エイジングケアーのような商品と目薬の詰め合わなどの特別セットとか…..。リゲッタさんのサンダルがエエかも….。ノーベル製菓さんとかフルタチョコレートさんとか鳴門屋パンさんとかダイヤパンさんとか生野区の有名店の特別詰め合わせセットとはどうかな…..。

なんて、ふるさと納税って、案外楽しめて、お得感があるものなんだ。

「社員大工」

社員大工の平星くんの結婚式があった土曜日。結婚式って数年に一度の体験だけれど、あらためて新郎新婦の幸せそうな姿を眺めるって、エエなぁ…..とおもうし、人生で、人前で、喜びを素直に表現出来る機会ってそんなにないよね。とおもう。ワタシ、挨拶と乾杯を拝命され、最近、新郎側だけに挨拶があり、新婦側の挨拶がないのが通常のようで、なので、なんというか、披露宴のムードを左右するような挨拶として、流石にキンチョウした。

大工さんというのは、ほとんどが「ひとり親方」として、さまざまな工務店の専属大工的な立ち位置で大工仕事をする外注の大工さんがほとんどだが、木村工務店には社員大工が3名いる。創業者で私の祖父にあたる木村精一は大工の棟梁として木村工務店を創業し87年ほどになるが、それゆえ伝統的な大工の技術を継承していく社風が残っていて、年に1度は「手加工」で新築をするよう大工に推奨している。また徒弟制度的な仕組みも残っているので、中学校を卒業後、社員大工になって31年になるベッショ棟梁の弟子としてヒラボシ大工は入社した。

木村工務店では、今まで何人もが、社員大工として入社したが、2,3年ほど経つと「ひとり親方」として独立していく大工がほとんどで、社員大工としてのモチベーションってムツカシイコトだなとおもう。大工技能を高めながら、よりスピードを追求し、より稼ごうとするのがひとり親方としての大工のモチベーションだとおもうが、社員大工は稼ごうというより、技能とスピードを高めながら、それぞれのライフスタイルを楽しんで生きようとするのがモチベーションのようにおもう。

新郎新婦の姿を眺めていると、シャイで朴訥として無口だが淡々と誠実に大工仕事をする新郎と、天真爛漫で陽気な雰囲気と感謝の涙とで披露宴全体に暖かいムードを醸し出した新婦のオーラとの組み合わせが絶妙で、これからの現代的な大工のライフスタイルを垣間見たおもいだった。

このブログを書く横のテレビでは、阪神対オリックスの熱戦が中継されている。普段、野球中継を見ないし、ましてや日本シリーズを見た記憶が、何時だったか全く想い出せない。第6戦は結婚式の最中で視聴できなかったが、それ以外は緊張感が伝わる面白い試合の連続だったので視聴した。うちの奥方は、当初、オリックスファンだと豪語していたのに、第四戦の阪神のサヨナラシーンを見て、阪神ファンに変えたわ!というテキトウぶりで、それぐらい若いエネルギーのエエゲームが続いていたとおもう。

いま阪神日本一の瞬間を視聴した。創業者の祖父木村精一は超阪神ファンで、阪神が負け出すと家のなかをウロチョロしていたものだ。まだ健在だった38年前に日本一になった阪神に歓喜していた姿を想い出す。胴上のバンザイコールとオカダコールが会場に響き渡る光景は凄いね。ヒラボシくんの結婚式は阪神が38年ぶりに日本一になった年だな。と記憶に残るのだろうし、38年前の1985年の5月に私達は結婚したのだな。38年経つのだな。なんて振り返った。

社員大工の結婚式と阪神タイガース日本一と私達の結婚式に関係性が生まれた日曜日だった。

「伴走」

秋だな。ちょっと寒いと感じた日曜日。ようやく紅葉と落ち葉の季節感になってきたが、そうそう、レクリエーションデーのゴルフで、庭の手入れをしてくれている海平造園の職人さんのササダくんに会った。うちの桜が9月の終わりから落葉したコトを尋ねると、早々に桜が落葉する現象があちらこちらで起こっているらしく、毛虫も大量に発生していたらしい。狂い咲きをした桜もあるという。イスラエルの問題とか。物価高とか。株価とか。不安定な世の中の象徴のような現象におもえてきた。

ものづくりセッション」があった土曜日。コロナ禍が終わったことで、ここ3回ほどセッション終了後に懇親会を催している。プレゼンの後に、そのことを話題にしながら、あれやこれやウダウダ語り合えるのは楽しい。今回は、ほたる食堂からのプレートと専務奥方とワタシ奥方のおでんと餃子とビールという簡単なものだが、その段取りをするために2週間ほど前からちょっとした緊張感を抱えながら食事を提供してくれている、お3方のお陰に、この場を借りて感謝申し上げたい。

今回のプレゼンターお二人のうちのひとり、ソワップという会社のシオミさんは、女性で、クリエイティブディレクターで、企業の販促、おもに化粧品のお仕事を手かげているらしい。それで、さまざまな業種の社内でやっている販促会議に参加し、客観的な意見で貢献できるかどうか自分達の実力を試してみたいという。工務店の私には「販促」というコトバはピンとこないが、それでも自社の施工例を紹介し、お客様に木村工務店の建築と家づくりに興味をもってもらい、木村工務店に頼んでみたいという気持ちになってもられるようなホームページは、確かに販促なわけで、そんな会社の販促ミーティングに参加してもらって客観的意見を伺いたい…。そんなことを想っている、うちのような小さな会社の需要は沢山あるとおもう。

プレゼンに対する4人のコメンテーターのひとりとして参加の経営学が専門のハットリさんのコメントに、そういうのが、いわゆるコンサルの仕事だが、コンサル業界もいま、変化してきて、上から目線の「指導」という立ち位置から、企業の「伴走」としての立ち位置に変化しているらしい。コンサルタントが、クライアントの話を聞いて「見立て」をし、持っている知識と経験から「見解」を述べるという「指導的」な手法から、質問をし疑問形で終わり、クライアント自らが考え新たな答えを導きだせるような「伴走的」手法への変化。と、ワタシは解釈したが…。

木村工務店の立ち位置で考えてみると、今までの施工例を元にした、工務店が持つひとつの型のようなものから、その家の周辺環境と家族構成とライフスタイルを「見立て」たたき台のようなプランを提案し、それは疑問形のようなもので、それをお客さん自らの「好み」を反映できるように「伴走」して、自分のライフスタイルにあった家づくりを完成させていく、お客さんと一緒に「伴走」しながら「お客さん好み」の設計と施工をするのが、木村工務店の仕事。と、解釈してみた…..。

コミュニケーションとその手法というのは、「ものづくり」において、ますます重要になっているとおもうし、お客さんに喜んでもらえるというのは、ムツカシイコトだなと、つくづくおもう、今週だった。

レクリエーションデー

レクリエーションデーというのが、昔から木村工務店にあって、10月の土曜日に、社員のそれぞれが「好き」なスポーツを一緒に楽しもうという行事で、きっかけはゴルフ好きだった先代と先々代が、社員と一緒にゴルフを楽しもうというイベントだった。ゴルフをしない人は「釣組」として魚釣りを楽しむということで、当時は二組に分かれて、一緒に遊んだ。レクリエーションを辞書で調べると『仕事や勉強などの精神的・肉体的な疲れを、休養や娯楽によって癒やすこと。また、そのために行う休養や娯楽。』とあって、今流な言い方では、ワークバランスを取るために、レクリエーションというひとつの機会やきっかけを提供することで、社員がより良く働ける環境を願う、会社としてのひとつ行事であり仕組みのようなものだとおもう。

昨今はレクリエーションも多様化し、ゴルフ組、魚釣組、キャンプ組、観光組、サーフィン組とそれぞれの多様な「好き」に応じて楽しむことになった。ちなみにワタシはゴルフ組で、ゴルフが「好き」かと問われれば、口がもぐもぐして躊躇してしまうのだけれど、今回は協力業者も参加しての第100回記念ゴルフ大会だったこともあり、それに代々受け継いでいる精親会ゴルフコンペを絶やす訳にもいかず、年に2回のこのコンペだけ、ゴルフをすることにしている。

レクリエーションデーは土曜日なのだが、魚釣組は船の予約の都合で今日の日曜日の早朝に実施しているし、ゴルフ組も予約が上手く取れずこの木曜日の平日に実施した。それで土曜日は会社も現場も休みで予定が空いた。なので午前中は奥方とともにサウナレクリエーションデーとしたが、SNSを通じて、吉野で「よしのウッドフェス2023」が開催されていると知って、昼すぎ、唐突に吉野まで出掛けることにした。偶然にも会社の前で現場監督のオオウエくんに会った。彼はゴルフ組だったので、現場が誰もいないこの土曜日のチャンスを狙って、午前中は現場のシロアリ駆除を施工したらしい。そのオオウエくんを誘うと、行きます!というので、奥方と3人で吉野までドライブすることになった。

「吉野」には縁が多い。親戚に山師さんや銘木屋さんや饅頭屋さんがあって、吉野の空気感が肌に馴染んでいるし、坂本林業さんや阪口製材さんや丸岡材木店さんとはそれなりの取引がある。レクリエーションデーの延長のような気分で出掛けたが、多くの知り合いと出会うことになった。先ほどのサカモトさん、サカグチさん、ゲストハウス空を営んでいる建築家のサワキさん、手刻み同好会で手刻みの小屋の建て方をしていた羽根建築工房のハネさんとか、その広報のシノダさんとか、それに先日まちのえんがわGallery&Barを開催したカクさんとか…。

おもいのほかのんびりしたエエ雰囲気があって、駐車場の横にある芝生広場と点在したイベント会場の木材団地周辺を歩くと、それぞれの製材所が道に開いて仕事をしているので、今までにない程良い工場感覚のまちあるきが楽しい。そうそう、こういうフェスのような場所にいくと、座る場所が少ないような気がする。参加者と一緒に相席できるようなイスやテーブルやベンチや芝生でゴロリとできるような居場所が欲しいな…なんておもった。

今日は生野祭りが開催された日曜日。「まちのえんがわ」が生野区持続可能なまちづくり活動支援事業の第一回に選定されて以降、行政の方々とも顔見知りの方々が増え、多くの方々と挨拶を交わす。生野区業界団体の方々。生野区のものづくり企業の方々。地車関係の方々。今年は久しぶりに生野区の地車が一同に会する地車フェスのような雰囲気があって、鐘や太鼓のリズムと威勢の良い掛け声や舞いが心躍るし、若い女性が半被着て掛け声とともに踊る姿や地車に乗る女性の姿も新鮮でエエな…とおもう。大阪のおばちゃんの若い時はな…みたいな若い女性が、積極的に楽しんで踊っている、そんな女性に開かれた地車でエエようにおもう。今年は想像以上に多くの参加者がいて、飲食店は長い行列ができていた。

「吉野」も「生野」もフェスのようなものを通じて、まちに住む若い人が、まちに愛着を持ち、まちに住むまわりの人と、ゆるやかな関係性が大切に保たれる…とエエよね。そんな若いエネルギーを感じた、木村工務店レクリエーションデーの一週間だった。

「学生」

秋祭りの季節。地元の清見原神社には4台の「地車」があって、コロナの間、自粛していた「地車」が復活し、街を練り歩く。岸和田や泉州の「地車」のように槍まわしのような派手なパフォーマンスはないが、通りから「地車」の囃子が聞こえて近づいてくると、家から通りに出て、勇ましい掛け声で地車を引く引き手とワクワクするリズム感の囃子で街の邪気を払いながら通り過ぎる「地車」を見守る。ご祝儀を渡すと、家の前で「地車」が停止し、皆で一緒に大阪締めをする。

が、最近、家から通りに出てくる人がめっきり減った。街の人は、地域との愛着が薄れ、もはや街を練り歩く「地車」に価値を感じなくなっているのだろう。祝儀を渡す価値やありがたさが消滅したのだとおもう。神社におわします神様を「地車」に乗せて街の邪気を払い幸をもたらす。家から通りに出て「地車」を見守ることで、荒ぶる神のエネルギーを受けて地車を勢いよく引く若者達の元気をもらい、囃子の音色で神々しい気分になって、大阪締めで祝う。そんな地車として、ポジショニングし、イノベーションをして欲しいな…なんておもった。

今週は多くの「学生」と出会った週だった。

火曜日のお昼から関西大学の建築学科の木造設計製図の授業に参加し30人ちょっとの学生と接した。ここ10年ちょっと続いている3ヶ月間ほどの秋のルーティン。授業に参加する学生が3人しかいない年もあったが、最近は木造の人気が高まってきたのだろう。人数が徐々に増えてきた。意匠設計の米谷さんと構造設計の下山さんと工務店の私。私の担当は、木造建築という「ものづくり」を伝えるポジション。男女3、4人のグループ設計だが、女子だけのチーム、男子だけのチーム、男女混合のチーム、とばらばらで、それぞれのチーム内のコミュニケーションの質が、それぞれのプレゼンに反映されるのが、面白いし、「ものづくり」のスキルのひとつとして、コミュニケーション能力は、大切の要素のひとつだとおもう。

木曜日の夕方から近畿大学の総合社会学部の環境まちづくり系専攻の田中先生が指導する10人ちょっとの学生のインターシップに参加した。木村工務店と繋がりがある持ち主の方が所有する、俊徳道にある空き家の文化住宅を活用するプロジェクトがあって、建築家の北村さんと企画が進むなか、田中先生にお声がけすると、俊徳道空き家活用プロジェクトとして、「文化住宅をインキュベーションハウスとして活用する」そのためのインターシップとして学生を募集することになった。昨年から授業が始まり、今年はフェーズ2として昨年とは別の学生とそのプロジェクトを進めている。

関大で建築学科の学生と接すると建築物というハードの部分に焦点があり、近大の環境まちづくり系の学生とは、建築物のなかのソフトの部分に焦点があって、まちとの新たな関係性を構築しながら、空き家の文化住宅を使って、ビジネスとして機能する新しい組織の仕組みを考えるのは、なかなか面白い作業だとおもうが、フェーズ1で、それなりのアイデアが出てきても、それを実現するというフェーズ2は、かなりハードな作業だなとおもう。まちとのコミュニケーションとメンバー内のコミュニケーション。そんなこともあって、授業後は学生3人と先生3人でお好み焼きを食べた。時として学生と食を共にするのはエエね。


金曜日の午前中、地元の東小路小学校2年生の生徒が「町たんけん」という授業で、「児童が地域に愛着を持ち、回りの人とのかかわりを大切にしようとする心を育成するために、お力添えをいただけましたら幸いです。」と書かれた案内文とともに、5班に分かれた沢山の小学生が木村工務店を見学に来られた。生憎、加工場では大工の作業をやっていなかったので、事務所を見学してもらい、設計の作業や図面や模型を見てもらって、「まちのえんがわ」に腰掛けながら、学生からの質問に、同じ小学2年生の子供を持つ専務が答えることになった。

「回りの人とのかかわりを大切にする心を育成する」って、奇しくも今週の沢山の学生と接したなかの、共通のテーマだったような気がする…そんな一週間だった。

「土偶」

昼から、しとしと雨降る日曜日。ちょっと寒い。ようやく秋を感じる季節になったが、今年、うちの庭の桜は、暑い日が続いた9月に、紅葉もせず落葉した。よっぽど暑かったのだろう。来年に花が咲くのかちょっと心配だ。そうそう朝から家族それぞれに用事があって、なぜか mago2 と二人だけで、その庭のテラスに出て、モーニングを食べた。二人でパンを食べながら mago2 が、「食べられないパンはな〜んだ」となぞなぞを問いかけてくる。で、ワタシ「アンパンマン!」と答えると、パン食べながら「それ人やし!」「食べられるし!」という…..。そんな、なんてことない日曜日の朝。写真は、先週の「まちのえんがわGallery&Bar」の「カクカクしかじか」で展示された、カクさん製作の組み立て式の椅子。余ったチークのフローリングをセノウ大工にキッチリとした大きさに切ってもらったアウトドアーテーブル。そしてもう葉っぱが散ってしまった桜の枝。

この連休、久しぶりに本を読むことにした。買って、本棚で、読んでいなかった本たち。「土偶を読む」はサントリー学芸賞やみうらじゅん賞をダブル受賞したベストセラーで、ワタシ、ちょっとした縄文土偶ファンなんだけど、敢えて読まないでいた。そしたら「土偶を読むを読む」というアンチな本が出て、Amazonで「土偶を読む図鑑」を含めた3冊を同時に買って、パラパラ目を通し、本棚で横たわっていた。

「土偶を読む」は従来の「土偶は女性や妊婦をかたどっている」とする通説に対して、土偶とは「植物の精霊をかたどったフィギュアである」という説を唱えた人類学者の竹倉さんの本で、土偶が「植物の人体化」だというのは、ま、食物としてのアンパンが人体化した「アンパンマン」と似た話なのかと読み進んでみると、ハート型土偶は「オニグルミ」を見た目の類似として制作され、合掌土偶中空土偶は「クリ」をモチーフとし、椎塚土偶は「ハマグリ」をかたどった土偶で、みみずく土偶は「イタボガキ」をかたどったフィギアで、縄文ビーナスは「トチノミ」の精霊の妊婦像だとし、結髪土偶は「イネ」の精霊像で、刺突文土偶は「ヒエ」をかたどったフィギアで、遮光器土偶は「サトイモ」の精霊像だという。

日本という国家の「大嘗祭」は天皇の即位儀礼と収穫儀礼の新嘗祭が融合したもので、「植物を成長させる精霊」という観念と「それを祭祀する儀礼」という「植物霊祭祀」の慣習と心性が古くからあって、縄文時代の「土偶」は、そういう「植物霊祭祀」の痕跡なのだという。なるほどな。とおもう。2021年4月初版。

それに対して「土偶を読むを読む」は、考古学の専門家からほとんど評価されていない「土偶を読む」を、さまざまな角度からその理由を明らかにした、縄文時代をテーマにした雑誌『縄文ZINE』の編集長を務める望月さんと研究者・専門家9名の著書で、土偶は植物の精霊をかたどったフィギアーであると、単純に信じないで欲しい…竹倉氏の自由な「発想」は批判されるものではないが、「検証」があまりに杜撰で、本書を読んでなぜ学問として認められないかを考えてもらえたら嬉しい。というような内容。へぇーそうなのか…..。2023年4月初版。

今まで土偶に感じてきた、なんとなくの「祈り」みたいな感覚が「土偶を読む」を読んだ後は、それは「食物」に対する感謝や祈りなのか…..とターゲットが絞られた感覚になるし「土偶を読むを読む」は、そういう感覚に陥る「認知バイアス」に警鐘を鳴らしている。さて、これからどんな議論になっていくのか、楽しみだな…。

「録音芸術のリズム&グルーブ」の表紙の写真は、ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオの写真で、建築家フランク・ロイド・ライトの弟子の建築家が設計した、天井高11mもある木造の垂木で板張り天井が印象的なスタジオ。壁は5面あるらしい。いつかこのブログのどこかにエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーのことを書いたのだけれど、2021年4月初版で、こんな本が出ていたことをSNSで知って、買ったばかり。「RVG」という刻印があるレコードや、「Rudy Van Gelder Edition」と書いてあるCDとかには、好きな名盤がいっぱい。独特の音の雰囲気があって、そういうスタジオは、居心地も良いのでは…なんていうのが建築的興味。関連するいろいろな音楽聴きながら、たまにこの本を開いて、あちらこちらランダムに読むのだとおもう。

ま、そんなこんなの10月の連休なのだ。

「まちのえんがわGallery&Bar」

「まちのえんがわGallery&Bar」として「カクカクしかじか」と「サヤカリー&koufukubook&bake」を開催した土曜日と日曜日。

「まちのえんがわ」をオープンして、10年間ほどワークショップを開催してきたが、そろそろネタも尽き、次の展開を模索したところ、ひょんなことからサッチー展というGalleryを開催することになった。それで、そのギャラリー用の設えを本格的に製作し、それを再利用できる仕組みに設計施工することにして、土曜日のお昼から日曜日の夕方にかけての二日間、クリエイターが主催するGalleryを中心にして、トークイベントやワークショップを開催し、そういう趣味嗜好が「好き」な人と一緒に食べたり飲んだりしながら、繋がり、弱いネットワークを作っていこうとするのが「まちのえんがわGallery&Bar」なんだとおもう。その第一回として、こんな感じで開催した。

【 木工家 賀來寿史「カクカクしかじか」】
木工家 賀來寿史はなぜ杉でなんてことない椅子をつくり続けるのか
森と木と木材そして都市 season1 都市と森をつなぐ工務店として

【木工家の椅子展情報】
大阪市生野区にある「まちのえんがわ」で近年プロトタイピングしている椅子を展示します…このイベントは「勝手に大阪デザインウィーク」と木村工務店が掲げる「森と木と木材そして都市」という「森と隔絶してしまったように感じる都市が、森を破壊する都市でなく、森を育む都市として機能していくために「国産材を使う」ということを、いっしょに考えてみる」というテーマで木村工務店とのコラボレーションにもなっています…久しぶりに KAKU BAR もやるので、ぜひぜひ遊びにきてください

2023年9月30日(土) 13:00-22:00~10月1日(日) 10:00-17:00
観覧料 500円(ドリンク付き)

<タイムスケジュール>
□9月30日(土)
13:00 OPEN
   サヤカリー+kofukubook&bake
15:30 賀來さんの「椅子レクチャー」
17:00 賀來さんBAR
22:00 CLOSE

□10月1日(日)
10:00 OPEN
賀來さんの「屋台製作デモンストレーション&トーク」
11:00 サヤカリー+kofukubook&bake
14:00 賀來さんの「椅子製作デモンストレーション&トーク」
17:00 CLOSE

賀來寿史 HISASHI KAKU
木工家。
1999年より、木の工房KAKUとして活動開始。
オーダー家具の制作を通じて身につけた木工の技術や知識をもって、人と木、モノとコト、山とまちをつなぐ、伝える活動をしている。

自己紹介
「木工というコトを伝える木工家」です…木工、家具に関する技術、知識、経験をもって、いろいろな人、もの、コトとの関わりの中で、木工家として生き残ることができるのか、ということ自体を試み活動しています。

開催日の9月30日の夕方より、木工家として、さまざまな椅子を作ってきたその変遷をカクカクしかじかと語る賀来さんと、その製作した椅子に座りながらレクチャーを聴く参加者の皆さん。という写真なんだけど、ま、2時間近く蕩々した語り口で、今までの想いを語り尽くし、そのレクチャーを聴いたあと、参加者の皆さんと一緒に飲んだり食べたりと「Gallery&Bar」が始まった。

クリエーターのカクさんが「好き」だ。とおもう方々と一緒に飲み食いするのは楽しい。そのなかのあるワンシーンでは、ワタシの左隣に、大阪の専門学校の先生をする男性が座っていて、その方は、うちで今、現場監督をしている社員を、木村工務店に面接に行けばどうかと奨めてくれた方で、全く今日まで、面識がなかったのに、ホームページやフェースブックなど、「まちのえんがわ」の活動や木村工務店の施工実績を通じて、弊社を推奨してくれたという。その方がカクさんと繋がっていて、この日、初めてお会いし、お礼とともに一緒に歓談する機会を得た。

ワタシの右隣には。大学の建築学科の教授をされておられる方で、カクさんを通じて本日お会いし、リートフェルトの研究をしているという話をあれやこれやと楽しく拝聴した。ワタシの真向かいの左には、建築家のヤベさんが座っていて、いつものように飲んだくれながらも、オモロイ話をしていた。ワタシの真向かい右側には、近所に在住するアメリカ人の男性で奥さんは日本人のご夫妻が座っていて、何度かサヤカリーを食べに来られていた。そんなメンバーで、テーブルを挟んでコミュニケーションしているうちに、ワタシの両隣のお二人とアメリカ人の男性の3人が、それぞれが翻訳の仕事をしているということが判明した。

その翻訳という共通性を通じて、何気に、ワタシは、村上春樹の翻訳が、とってもエエ感じだとおう…..というそんな話をすると、日本語と英語の違い、日本文化と日本という表現方法、アメリカ文化や西欧の文化とその表現方法など、話題が延々と尽きなかった。それぞれの「好き」なコトを語り、聴くという時間はとっても面白い。

本日10月1日の日曜日は、朝から屋台を製作するデモンストレーションを開催しながらワークショップとして、カクさんが参加者と一緒に即興で屋台を製作した。以前よりカクさんが製作していた屋台があって、それは国産のヒノキ材で出来ていて、地産地消も含めて林業に貢献し、ひいては日本の山や森に貢献することになるのだという。多くのマルシェでは、あのキャンプのテントのようなものが沢山たち並んでいるが、杉や桧やで出来た木製の屋台が並んでいる方が良さそうにおもうし、ただそれを普及しようとすると、1本の材料の長さが車で積載できる180cm以下で、誰でも簡単に製作出来ることが大切で、国産材に拘らなければ、ホームセンターのどこでもある木を使って製作できたら良さそうにおもう…..その試行錯誤とモデルを試作するためのワークショップでもあった。ま、それなりの成果を得て、来年の春には、木村工務店で施工している地元の清見原神社のマルシェで、国産の杉材で、皆で一緒に製作した屋台が、境内に並べば楽しそうだな…..と模索することになった。

午後3時すぎからは、スケジュールを急遽変更して、月一回のサヤカリーを食べに来られる常連さんや、賀来さんの製作した椅子のGalleryを見学に来たお客など一緒に交じってレクチャーを開催することになり、二日間の日程を無事終えることになった。参加頂いた皆さま、ありがとうございました。

そんなこんなで、一年間に何度開催できるかわかりませんが、「まちのえんがわGallery&Bar」を通じて、ゆるやかな繋がりが継続できる、加工場としてのスペースを、皆さんと共有できればとおもう。

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