水田と橋と街

緊急事態宣言が延長された大阪。なので友人や家族で一緒に出掛けるという予定が消滅し、ワークショップも中止しているので、日曜日の過ごし方のバリエーションが限定されてきた。梅雨に入って、平日に雨が降り、日曜に天気が良くなる、を繰り返すここ2週間。先週日曜日に自転車で走って、気になることが2つあって、確かめるために2週連続自転車に乗ることにした。水田と橋。そうそう、今日はランナーやローディーが少なかったような気がする。奥方はコストコに買い物に行くと、人がいっぱいで入場制限が出ていたとか。緊急事態宣言下の給料日明けの休日で、美味しいものでも買って家で食事する日曜日と違ぅっと奥方が呟いた。

自転車で農道を走ると水田の季節だと気づく。この光景を眺めると、日本的を感じる。何でなのだろう。先週は水が張られていたが、今週は苗が植っていた。ワタシ、農業に関しては、全く無知なので、家に帰ってからネットで調べると、「田んぼに水をはる」「前もって稲の苗を作る」というのが、かつての技術革新だったと、改めて知る。そういうのに近い技術って、建築では何になるのだろうか。前もって苗を作るは、木造で、家を建てる時に、構造材を作業場で前もって手加工しておいて、現場に運んで、家を建てる、いわゆる上棟式がこの水田に苗が植った状態に近いのか。

田んぼに水を張ることで、土の品質が良くなるらしい。建築での似通ったコトは何なのか?「下地」をきっちり丁寧に作るということが、美しい仕上げに繋がる。そんな、ものづくりの心のようなものに受け継がれているのだろうか。木村工務店では、伝統的に、プラスターボードの下地に、「胴縁」というのを使って、下地にひと手間かけてPBを貼る。無駄を省くために、最近は、間柱に直打ちになっている現場がほとんどだが、それによって、クロスの波うちや珪藻土の割れを防ぐことができる。

信貴山のリベット打ちでカンチレバーの赤い橋が、開運橋と呼ばれていて、それが重要文化財になっている素晴らしい橋であるということを、自転車に乗り出して、何十回もその橋を渡っているのに知らなかった。先週、下から写真を撮って家で検索して知った。そこにバンジー台が持ち出しで設置されていて、どうやっているのか、前から気になっていたので、もう一度下から視てみることにした。

説明は省くとして、橋の幅の端から端まで部材が渡っているので、橋の上のそこに部材の段差があって、それを跨ぐように緩やかな斜路が取り付いている。文化財的オールドな橋の作り方だからこそ、上手く取り付けることが出来たのだろう。それにしても、設計者も施工者も勇気あるチャレンジだな。行政もOK出したのは凄いよね。それより、当時の現場で、このリベットを打っている光景を想像するだけでワクワクする。東京タワーも同じ格好良さだし、細い部材が組み合わさって強度を保っている繊細なプロポーションがエエのだろう。数寄屋の大工だった昨年亡くなった沖棟梁が、ある日ワタシに、木を太い部材でしっかり組み合わせるのは、誰でもできる、細い部材を使って繊細にしっかり木組みするのがカッコエエのや。とワタシに呟いたことを思い出した。

そうそう、今週の夜は、ジロ・デ・イタリアのライブ中継の街並みが面白いので、ついつい視てしまった。その第20ステージが山岳ステージで、イタリアから国境を超えてスイスの山岳に入りイタリアに戻るのだが、イタリアの国境を超えてスイスに入った途端に街並みが劇的に変化するのが面白い。応援する住民の服装も違うしね。これを「文化」の違いっていうのだろうか。国によって趣味嗜好や建築技術や工法や材料が違うからだろう。日本の街並はどうなっていくのだろうか。

↓ イタリアの街並
↓ スイスの街並み

自転車に乗りながら何となく「日本的」光景を探しているのだと気づく。

陽気。

雨が降り続いた週。かなりの量の雨が降った翌朝は、雨漏りの調査依頼の電話がかかってくるのは工務店にとってのあるある的光景なんだろう。もう梅雨入りらしい。鬱陶しい天気が続いた後の梅雨の晴れ間の今日の日曜日は、アウトドアーに出たい気持ちが満々だった。

朝から自転車に乗るとランニングする人やサイクリストが多かった。緊急事態宣言下なので近場にする。十三峠から朝護孫子寺へ。初めて赤い橋を下から眺めるとリベット打ちだった。この橋でバンジージャンプをやっていて、一度やってみたいような。そんな気持ちもあるが、怖いような。歳も歳やしな。みたいな心の中の会話のようなコトバがバンジージャンプの飛び込み台の横を通るたびに行き交う。今朝もしばし準備中のバンジージャンプスタッフを眺めていた。長男がやりたいって言っていたなぁ…なんて心を過った。そしたら、昼過ぎ、午後2時から長男タカノリが、バンジー飛びます。今自転車どこに居てますか。みたいな家族ラインが送られてきたが、すでに家に帰り着いた後だった。みられなくて残念。

竜田古道里山公園横の丘から国分方面に下って竹内峠の道の駅に着くと、2人の人が話しかけてくれた。陽気が良いからだろう。ひとりは同じメーカーの自転車に乗っておられる方で、ワタシの自転車を褒めてくれて、疲れていたが何だか気分が上げ上げになった。もうひと方は70代の方で、ヤマハの電動自転車に乗っておられた。時速24kmでアシストが切れるので、平坦な道はしんどいが、坂道のアシストの魅力には勝てないらしい。持尾展望台まで後を追ったが、坂道なんて全く追い付かない。自力で坂道を越えた満足感もエエが、歳いっても電動でいろいろな峠を気軽に越えられる姿が楽しそうだった。ワタシもきっといつか電動にするだろうな。

帰り道、八尾空港に寄り道していつものベンチに座ると隣のおじさんが声をかけてくれた。何と、飛行機を持っておられて、友人がその飛行機で白浜往復しているので、ここで休憩し、待って、帰ってきたら、その飛行機に乗ってタッチアンドゴーで楽しむらしい。ワタシ、飛行機を持っておられる方と人生初めての接触でした。タッチアンドゴーは飛行機の全ての技術が詰まって楽しいらしい。乳酸菌の健康食品を製造販売されていて、団子のような食べ物をひとつ頂戴し食べた。自転車の携行食として良さそうだな。30分ほどあれやこれや。コロナと梅雨の間の陽気は皆を陽気にするよね。

そうそう、ジロ・デ・イタリアというロードレースが開催されていて、ものすごく興味があるわけでもないのだが、第12ステージがシエナからのスタートだと聞いて、jsportsで視聴した。ダイジェストはレースが主体だが、スタートからフィニッシュまでの動画は、街の紹介が入る。「イタリアの山岳都市」という本を教えてくれたのは、小さなマンションを建てさせて頂いた女性のお施主さんだが、その本に刺激されて、長男とレンタカーでイタリアの山岳都市を巡った。

その旅の中でも宿泊したフィレンツェからサンジミニアーノへシエナへそしてアッシジで宿泊した行程は深く記憶に残る。後日イタリアからスピードオーバーの罰金が来たのも今となってはエエ想い出だ。そのシエナのカンポ広場の雰囲気の良さとその広場に座った時の感覚が体験として身体に残る。また行ってみたい。シエナに宿泊してみたい。なんて。シエナで「広場」っていうものの良さを知った。こんな広場は日本にはないもんね。そのカンポ広場がレースのスタートだったが、自転車の友人が、ジロ・デ・イタリアを視て、なんで、イタリアの街ってエエのかね。広告ないからかね。なんて言っていた。それもそうなのかも。山岳都市は高低差があって統一された集合住宅的雰囲気と道幅とそのうねる街路の建物の高さがその良さのひとつかもしれない。

先日、町の工務店ネットで、日本は「住宅集合」になってバラバラだ。みたいな話題があったが、確かに日本の街並みにも「集合住宅」がもつ、緑を共有するとか、駐車場を共有するとか、屋根や壁の素材感を共有するとか、そんな要素が少し混在した方が良さそうだと思えてくる。ジロ・デ・イタリアを視聴しながら街並みを眺めるのが楽しい。そうそう山岳道路にキャンピングカー泊めて応援する光景も一度やってみたいな。

コロナ禍の雨の日曜日をどう過すのか。

cloudyな日曜日。曇りそして雨そして曇り。そして外出が制限される緊急事態宣言のコロナ禍。こんな日曜日をどう過ごそうかとおもう。皆同じように悩むのだろう。アウトドアーに出ることができない。街にも繰り出せない。そんな状況下を家で過ごすのに、建築的にどのようにサポートするのかっていうテーマに関して、今週、町の工務店ネットの秋山設計道場で、コロナ禍を反映する課題があった。ま、木村工務店の設計スタッフは、そんなことより、フツウの家を造ることに短時間のエネルギーを注いで、全くコロナ禍的を社内で議論しなかった。

25歳から45歳ぐらいの20年間、家族と共に、ハイエースの小さなキャンピングカーで毎週のように車中泊やキャンプをして過ごしたが、晴れは晴れとして、雨の日の楽しみは、しとしと降る雨と、眼前のどんよりした山や川や海や緑を眺め、タープの下で、珈琲を飲んだり、持参した本を読んだり、静かに瞑想的に過ごしたりするのが、案外楽しいし、印象に残る雨のキャンプシーンが数々ある。

そんなのを家づくりに反映しようとして、かつて住んでいて、今、長男家族が住む家では、木組みにポリカボネードの屋根をかけた半屋外空間を造ったが、数年前に母屋をリフォームした家では、ちゃんとした屋根のある庇の長い半屋外空間を造ってアウトドアー薪ストーブを置いた。縁側的な1mぐらいの庇は、パッシブ的で日差しを調整するには快適だが、雨や日差しの中での「居場所」という感覚とはちょっと違う。2m以上のタープ的な庇がないと、楽しく雨の日を過すスタイルにはなれないとおもう。

以前の家のリビングには薪ストーブが唯一の暖房源で、その快適さに心和んだが、薪を準備する面倒くささとか、あと、大阪では、12月1月2月の3ヶ月がメインで、稼働率がそんなに多くないし、調理に使うのも限られてくる。そんなこんなで、アウトドアーの薪ストーブは、半屋外で、3月4月5月9月10月11月と6ヶ月ぐらい稼働できて、半屋外なので調理にも活用できる。今までの炭火で焼肉と違って、薪で厚鉄板で厚ステーキっていうのがスタイルで、薪ストーブの「火」が心も和ませてくれる。って言ったって、単にワタシ好みのスタイルの居場所だし、そういう個人的嗜好がいま的数寄屋なのかね。奥方は、家の中で、居場所を変えながら家事したりゴロゴロしたりするのが楽しそうだ。

以前の半屋外空間は、高さ700mmのテーブルと椅子だったが、今回の半屋外空間は、今風に、ロースタイルの高さ350mmのテーブルに低い椅子か無印のクッションにラグを敷き詰めて、ゴロゴロしながら過すスタイル。ここ数年のキャンプスタイルの変化が、家の屋外空間にも影響を与えたのだおもう。ま、そんな長く過ごせる半屋外の居場所のスタイルより、「緑」「空」「雲」「雨」「風」「太陽」「月」を眺められる居場所であることの方が大切なのかもしれない。特にコロナ禍で内省的な気分にバランスをとるためには、いつも以上に「緑」を眺めたくなるような気がする。「まちのえんがわ」が「まちのえんげい店」になってから、想定以上に多くのお客さんが、訪れるようになったのも「緑」の力なんだろう。

cloudyで雨降る日曜日の半屋外空間で一日中過ごしゴロゴロしながら本を読んだ。と言いたいが、iPadのKindleとか楽天ブックスとかの雑誌みたり、YouTubeみたり、SNS眺めたり、Amazonで購入考えたり、なんていうのが、今のスタイルなんだろうし、キャンプでも小型のバッテリーを持参するのが、必須のスタイルになってきて…。いやいやそんな話の方向ではなかった、コロナ禍故に必要とされる建築とは何なのだろうか…っていうテーマだった。土間があれば、ワタシは自転車の整備に使いたい。アウトドアーの道具も並べたい。小屋があれば男の秘密基地的に「モノ」に囲まれたい。なんていうのはワタクシ的男性的趣味嗜好のような気もするし、なんだかんだ。コロナによって家を楽しもうという人が増えてきて、家を居心地良くしようという人増えてきて、家に自分のライフスタイルを反映して、ちょっとお金をかけても良いかなっと思う人が増えてきたってことが、一番のコトなのかもしれない。ほんとそうなんかな半信半疑。

 

「ウッドショック」らしい。

コロナ禍のゴールデンウィークが終わり、木村工務店では通常通りの仕事が始まった。問い合わせや新規打ち合わせは通常通りにあるが、何だか、現場のムードが微妙。猛烈な職人不足だった大工さん達も余り気味だ。何より「ウッドショック」と叫ばれている、外国製の木材の供給が滞っているのだ。プレカット工場は稼働をストップしているという。それで、木村工務店では、この状況に応じて、新築木造住宅の構造材加工を大工さんによる手加工で、2棟続けて行うことにした。

ウッドショックが発生した原因は一般に、米国内での新築住宅需要の増加や木材相場の変動、中国の経済回復などに伴う木材需要増、コンテナ不足といった国外の事情で、日本向けの輸入材と原木の供給量が大きく減ったことにあると説明されている。

木造住宅の木材加工を昔のようなやり方で、棟梁が、柱や梁に、墨付けという木材に印を付ける作業をし、その指示に基づいて、大工さんが一本づつ鑿(のみ)鋸(のこぎり)金槌(かなづち)鉋(かんな)を使って手作業で加工することを手加工と呼んで、若い大工さんの中にはその作業に憧れて入社してくる職人さんもいる。プレカット加工という大型機械による加工が主流になったいま、手間と金額が余計にかかる手加工をわざわざすることが、ほとんどなくなった。それに職人不足だったここ数年は、手加工に何週間も時間を取られるより、現場が進む事を優先せざる負えないのが現状だった。

このコロナ禍によるウッドショックによって、徐々に徐々に材料不足の影響が表面化してきているが、それとは裏腹に、米松材にその供給量も価格の安さもその主役を奪われていた国産木材の杉や檜材に再び脚光が浴びるようになってきて、それがなんとなく嬉しい。大工さん達も久しぶりに手加工をして嬉しそうだった。木材を加工する心地良い「音」が加工場に流れているのが、会社に活気も与えてくれた。さて、この「ウッドショック」はどうなっていくのだろうか…。

本日は、住宅相談会があった日曜日だった。土地を購入して新築を考えている若い世代のAさんご家族は、土地の値段が想定以上に高い事にひるみ気味だが、その場で一緒にプランニングをし、それでもなんとか希望を繋ぎながら、新築住宅を計画していこうとなった。中年世代のBさん家族は、親から受け継いだ今住んでいる3階建住宅を全面改修する計画で、冬寒い夏暑い湿気る間取りが古い居心地良くない子供達が大きくなってますます住みづらいなどなど。家を快適にしてライフスタイルを楽しみたいという気持ちが伝わってきた。断熱気密も重視しながら、コスパの良いリフォームができればと即興で計画してみた。大阪都心のシニア世代のCさんご夫妻は、今のビルを壊して、木造2階建の終の住処の計画だった。大手ハウスメーカーの賃貸住宅+最上階に住む。っていうプランも残っているらしい。こんな時期だからこそ、ビルではなく、緑があり縁側があり国産材の木組みがある木造2階建住宅の街角があっても良さそうだ。

そうそう、ワタシたちもこのゴールデンウィークは、家を楽しむコトをいろいろ工夫した。昨年同様、半屋外に設置した薪ストーブにピザオーブンを乗せて、カプート社の生地から練ったピザを焼いた。今年は長男奥方がホームベーカリー機でこねてくれたので楽ちんだった。薪ストーブの上に厚鉄板を乗せて、極厚ステーキ肉も焼いた。ユーチューブを視聴するとさまざまな焼き方があることを知って、試してみたが、ワタシは、頻繁に裏返すパターンが好みだな。4日の晴天の日にテントサウナも試みた。今年は、大きいプールを設置し、快適さが向上し気分爽快になったが、水を入れるのに2時間ほどかかり、5日が雨予報で、夕方にはプールを撤収し、水を抜くにも2時間。テントも撤収し、薪の準備もそれなりにタイヘンだし、とにかく楽しむためには、面倒くさいを乗り越えんとアキマヘンな。

それにしてもあちらこちらで勃発する「面倒くさい」問題をいろいろ乗り越えなアカン世の中ですね。

コロナ禍2度目のゴールデンウィーク

大阪は緊急事態宣言下のゴールデンウィーク休暇に入り、木村工務店では、5月1日土曜日から5月5日水曜日までを休日としたが、この週は、平日や祝日に雨が降り続いたりし、おもうように現場が捗らず、土曜日は現場によっては、大工さんや職人さん達が仕事をし、それに伴う現場監督も出勤したりで、これは建築という現場仕事故の宿命なんだろう。

「まちのえんがわ」では、5月1日と2日をオープンすると、「植物」を買いに来るお客さんが、想定以上に多くいて、上から吊るしていた雰囲気のエエ植物はほとんど売れてしまった。コロナ禍故に「植物」を求める人が多いのかもしれない。ステイホームに「緑」があると、なぜかしら心和むのだろうし。都会的な生活においては、植物が心のバランスをとるために貢献してくれるのだろう。そんな意味では、都会の中の街角にも「緑」がある家がもう少し増えても良さそうに思えてくる。緑の街角、里山的な都会の街角が増えても良さそうだ。

そうそう、最近のYジェネレーションやZジェネレーションの家づくりを目指す方々と接すると、「土地」の値段がおもいのほか高く、家造りに費やす費用が抑えられて、それぞれ的に拘る家づくりができそうもない悩みで、家づくりを躊躇している人が多いようにおもう。総予算は変わらずとするなら、土地に費やす価格より家に費やす価格が多い方が、これからの街づくりのためにも、家づくりのためにも良さそうなのは共通の認識なんだろう。土地に対する価値や税制から家に対する価値にパラダイムシフトする方が良いように思えてくる。土地に関わる就業者数より家づくりに関わる就業者数の方が多いようにおもうし、土地の価格が抑えられて、家づくりが倍ほど増える方が、街並みも面白くなるし、経済も潤うような気がしてくるのだが、どうなんだろう…。

29日祝日は一日中雨が降り続いた。家にじっとしていると、コロナ禍的気分の落ち込み度もあって、庭の緑を見てバランスをとったり、音楽でも聴いて心のバランスを保とうとしていたのだと、いま振り返るとそうおもう。晴れた日はロック的だが雨降りはジャズ的になるのがワタシのメンタリティーで、Spotifyのマイライブラリーから何気なくチョイスしたのが、マイルスの「サムディ・マイプリンス・ウィルカム」だった。もはやこの歳になると男性的にマイプリンセスの出現を望む気持ちなど薄らいでしまったが、コロナ禍的にマイプリンスのような出現を求めたい気分だったのかもしれない。

その曲でのサックスを吹くコルトレーンがエエので、クレセントの「ワイズワン」が聴きたくなった。コルトレーンのスピリチュアルな感覚と賢者というコトバにちょっと憧れたりする気分の雨だったのか。しとしと、というより、そこそこ激しく降る雨を見ていたのが、そういう気分を助長したのだろう。連想的に、久しぶりにミンガスが聴きたくなって、レアだけれどミンガスプレイズピアノの「Myself When I Am Real」を聴く。もの寂しいピアノソロが、コロナ禍の降りしきる雨の祭日にフィットして、タイトルの意味深なコトバにも惹かれる昼下がりだった。その後も延々と連鎖反応が続いて、祭日の雨の午後をひたすら音楽を聴いて過ごした。

  

5月1日と2日は微妙な天気だった。風も強く庭の木々がゆさゆさと揺れて落ち葉を沢山落とした。肌寒い両日だったが、冒頭のように、「まちのえんがわ」に「植物」を求めにやってきた人たちと触れ合う事で、お互いに癒されたのだろう。5月1日の夜は、夫婦2人で、アウトドアー薪ストーブの鉄板で牛肉を焼いて過ごす。2日の今日の夜は、長男家族が孫ともどもやってきて、長細い七輪の炭火で焼き鳥を焼いて食事を共にした。できるだけ外食しない夜を過ごす予定。そうそう明日3日は「晴れ」の良い天気だそうだ。自転車に乗って体を動かし太陽と自然を味わって気分爽快になれればとおもう。

2度目のコロナ禍ゴールデンウィークですが、それぞれなりに、それなりの素敵な休暇を!

 

「大地から切り離された植物は旅をする」

3度目の緊急事態宣言が発動された大阪。感染者数が急増しているのに、去年ほどの緊張感が薄れているので、感染力が強いとか重症化率が高いとかいう報道で、意識的に自分自身に注意を喚起しようとしているのが、今の大阪府民のメンタリティーなんだろう。

その初日の日曜日の朝。「屋外での運動や散歩など、生活や健康の維持のために必要なものについては対象外です。」なんていう指標を頼りに、朝3時間ほど運動がてら、ひとりで自転車に乗ると、朝からランニングや自転車に乗る人が意外に多い。いつも休憩がてら眺める柏原の立田古道里山公園近くの丘の階段に座っていると、軽自動車に乗った若いカップルが車を止め、外に出て、景色に向かって、大声で、ヤッホーとかお〜ぃとか叫んで大声で笑っていた。目に見えないストレスから解放されるために、ソトに出向いて、密集を避けながら、体を動かし声を張り上げたいのだろう。なんとなくその気持ちわかるわかる。

「まちのえんがわ」が「まちのえんげい店」という植木のある場にリニューアルすると、うちの孫たちが、毎日遊びに寄るようになった。「緑の力」の不思議を感じる。確かに古本にはある種の気取りもあるので、近寄り難さもあるのだろうが、このコロナ禍ゆえに、「緑の存在」がよりストレスを癒すのだろうか。古本も30冊共存して、その本も手に取って眺めたりしている。古本ばかりの時は一度も手に取らなかったのに。まちのえんがわの縁台に切り込みを入れて仮設的にテーブルを設えた。そうするとテーブルを中心に会話や作業が起こるようになった。なんで、こんな事、最初から思いつかなかったのかと嘆いてみる。

この1年「町の工務店ネット」に参加し「里山のある町角」を生もうというプロジェクトに参画することになった。町の中に緑を自分達の手で育て維持管理する取り組みでもあるとおもう。里山的であれば、より大地と繋がる感覚が蘇るのだろう。先日のこの「まちのえんげい店」のワークショップで、皆で、土を触って植木鉢に土を入れる作業をしていると、誰もが笑顔で気持ち良さそうだった。そんなことを語ると、手伝いに来てくれた花屋のカマシタさんが、オールドロックをDJしながら、それは大地と繋がるからちゃうか。と呟いたコトバが印象的だった。なるほど。

このワークショップを企画した植景研究所の家谷さんは「大地から切り離された植物は旅をする」というテーマを掲げた。鉢植えされた緑が、「植木屋」さんから「まちのえんがわ」へ、そしてどこかの家に旅をし、その家でその人とその場と共生しながら、面倒も増えるが喜びも増えるのだとおもう。

木村工務店のこのゴールデンウィークは4月29日休み、30日通常営業、5月1日土曜日から5日水曜日まで休みとしました。「まちのえんがわ」は、「緑」が、生活や健康の維持のため、どうしても必要なものかどうか微妙な判断ですが、「5月1日と2日」はオープンし、オープンエアーの店舗で、コロナ対策しながら、「大地から切り離された植物」を販売する予定です。

火と箱から場と緑

4月15日朝。ルーティンとしての会社の掃除を終え、家の庭の掃除をし始めた時。外でざわめきが。えぇっ。何かヘンなコトが起こってるノォ?!。そそくさと庭の木戸から外に出て、会社の方を見ると。会社のシャッター前の道路隔てた長屋の屋根から煙が…。火事だぁ!。走ってその家の前まで行く。火災建物の隣の人が、バケツから水をかけていた。駆けつけたきた木村工務店の社員に消火器持ってきてっ!と叫ぶワタシ。近くに住むとんちゃんが会社のホースを引っ張って水をかける。コジマさんが消火器を持ってきてくれたが、ワタシ実際に消火器のレバーを引いたことがない。ちょっと躊躇しながらレバーを引くと、ホースから白い消火液が噴出した。ホースを持って火が立ちのぼる2階に向けて消火する。家庭用のホースの水では消火しなかった火が、消火器で一瞬静まる。が、また、火柱が。会社から計5台の消火器を持ち出して社員の何人かで消火するが、消防車が来るまでの時間稼ぎに過ぎなかった。

家の中に人がまだ残っている!という誰かの悲鳴のような叫び声に反応し、ヤマモトくんとタカノリが会社の倉庫から梯子を持って消火するワタシの横を駆けつけて行った。通りかかった職人さん風の2人の男性が火災建物の横の空き地になっている所から平屋部分の屋根に登って高齢の女性を助け出したらしい。その女性を梯子に登ったヤマモトくんが抱えて下ろしたという。ワタシの前をススで真っ黒な顔の女性が抱えられながら通過した。

消防車は通報から10分ほどで到着したらしいが、めちゃくちゃ消防車の到着が遅く感じた。火は恐怖を呼ぶが、アドレナリンも噴出する。延焼して火柱が立つ隣の建物にも高齢の女性が残っているらしい。おばちゃん早く出ておいでぇ!と叫ぶと、2階の燃えているその窓から顔を出す。下に降りや!と叫ぶが、暫く時間が経過する。玄関のアルミサッシュの硝子扉を破るための道具を持ってきてぇと叫んで二呼吸ぐらいした時に玄関からその女性が脱出してきた。消防車が何台も到着し、本格的な消火が始まって、1時間ほどで延焼を食い止める消防隊員。ほんまカッコエエわ!とその様子を見ていた奥方が後で呟いた。火柱が立っていたのに2時間ほどで鎮火した。

午前8時前からの出来事だったが、その日。午前9時30分から、「町の工務店ネット」による「A2プロジェクト」の開会式がオンラインで始まることになっていた。アドレナリンで興奮している状況だったが、なんとかオンライン座談会に間にあった。午前9時30分から午後5時30分に及ぶ超長丁場のオンライン会議で、午前中は小池さんと田瀬さんと秋山さんの3人によるオンラインの講義と、昼からは田瀬さんと秋山さんによる設計道場だった。その間に、生野消防署の署長さんをはじめ消防署の方々や新聞社など出入りが頻繁にあり、昼からは、ワタシも関係するお施主さんの打ち合わせもあって、火事とオンライン会議と来訪者と打ち合わせが、混沌とした状況で展開した。とっても記憶に残る1日となった。そうそう、木村工務店は、この1年「町の工務店ネット」に参加し、「箱から場へ」という「A2プロジェクト」を通じて、会社の成長を目指そうとおもう。

で、4月18日日曜日の今日。濃厚接触者にならないコロナ対策を工夫しながら、「まちのえんがわ」のワークショップとして、植景研究所の家谷さんによる、「古本屋さん的まちのえんがわ」を「まちのえんげい店」に作り変えるワークショップを開催した。10人限定だったので、以前から参加頂いている常連さんがおもで、落ち着ついた雰囲気の中、朝の10時から始め、お昼はサヤちゃんが作る絶品のキューバサンドと川田くんのおいしい珈琲で寛ぎ、花屋のカマシタさんがDJするオールドロックが流れる中、午後4時頃にお店が完成した。お店造りに手伝って頂いた皆さんに感謝です。

10年目の「まちのえんがわ」は、「古本」がコミュニケーションを誘発する場から、「大地から切り離された旅する植物」がコミュニケーションを誘発する場へと、変化していくことになりました。みなさん、遊びにお越しください。

新緑と自転車と建築

新緑の春だ。最高の天気。とっても気持ち良い気候の日曜日。

なので、久しぶりに自転車に乗ってみる。家から十三峠を登り、駐車場で休憩すると鶯の鳴き声の季節になっていた。今年は自転車で桜を見ることができなかったが、時折ぽっつんと咲く山桜に癒される。フラワーロードを通って信貴山朝護孫子寺へ参拝。「おんべいしらまんだやそわか」という呪文のようなマントラを唱えて拝むように書いてあるのが、不思議で面白い。陳列に飾ってある生花がなんとなく好きだなぁ。

 

柏原に下る立田古道里山公園手前の丘の階段に座って、コンビニで買ったおにぎりでモーニング。青空と大和ののどかな光景と鶯の鳴き声と葡萄畑とコンクリートの階段がお気に入り。国分へ下り南河内グリーンロードを通って竹内街道手前の道の駅近つ飛鳥太子で小休止。そうそう、久しぶりに乗って、坂を漕げなくて、中学生ぐらいの自転車に追い越された。心のなかで、俺も62やしもうすでに十三峠も登ってるし。と言い訳しているワタシに笑える。

さらに富田林方面へ。南河内グリーンロードを通って、南河内のパン屋さん米夢でお昼にしようと思ったら休みだった。ショックで疲れが倍増したが、気を取り直して道の駅かなんに行くと、今度は人が多過ぎてクラクラし退散した。近くのコンビニでパンとコーヒーで我慢。

そこから石川へ下ると新緑!だった。堰堤沿いの桜は散っていたが新芽が芽吹いてショワショワっとした感じがとっても気持ち良い。サイクリングロードから広場に降りて小休止。向こうに見える石のベンチで寝転がると、日焼けしそうな太陽と鳥の鳴き声と川のせせらぎと二上山のパワーに時が静止した感覚になった。建築をやっていると、こういう居心地の良さや気持ち良さを家造りに表現したいなと思う時があるがムツカシイ…。

大和川沿いのサイクリングロードからの帰り道に八尾空港へ。最近このルートの時は、ちょくちょく寄り道し、小さな飛行機の離発着を眺める。町の中に緑の芝生がある広大なオープンスペース的で気持ち良い。前回のブログの冒頭はJALのE190のウイングレットの写真。可愛らしいデザインで、主翼にこれを付けると燃費が向上するらしい。最近大型機にも後から取り付けているという。小型飛行機には付いていないなと思っていたら、最新のホンダの小型ジェット機には付いていた。

家も設備機器で燃費を良くするだけでなく、建築的な工夫で燃費を良くするには、断熱気密なんだろうが、ウィングレット的なのは、太陽光発電とかOMソーラーとか何なのかね。

そうそう、大阪のコロナ感染者数が爆発的に増加し、まんえん防止等重点措置が発動されたので、5月の連休に予定していた同級生との恒例のしまなみ海道自転車旅はキャンセルし延期することになった。また暫く忍耐が続く春だな。

桜と共に特異な一週間

桜が咲いて、散って、さまざまな出来事に遭遇した、特異な春の一週間だった。

月曜日。朝から着工案件の近隣との合意事項に関わる。建築工事と近隣との関係性は永遠のテーマで、真摯に向き合うことの必要性を振り返りながら毎回精進することが重要だと、改めて感じさせられる朝だった。昼から古民家のリノベーションの打ち合わせに参加する。設計者のBIMを映像化したカッコ良いプレゼンを見て、皆で感覚を調整し、基本的な合意形成をしたが、お施主さんの都合により計画が2年間延期になって、ものごとを「為す」ことに対する神の悪戯のような出来事が、あるある的に起こる不思議を感じた月曜日の夕刻だった。

火曜日。朝は月曜日の例の合意事項の再確認。夜の定例会議は社内面談の報告とチャレンジする会社が持続可能な会社となるのだろうか。と社員皆で、なんとなくの合意形成をした。

水曜日。弔事があって、福島県喜多方に、伊丹から新潟まで飛行機E190で向かい、レンタカーを借りて喜多方まで移動する。お昼を過ぎていたので、喜多方名物のラーメンを坂内食堂で食す。スープが透明だ。大阪の高井田系醤油ラーメンの濃い色とは全く違う、あっさりしていて美味しい。奥方が食べるラーメンの後ろにポスターが貼ってあり、その言葉が良かった。なるほどね。

喜多方流おもてなし。
一杯のラーメンに託す
喜多方のおもてなしのこころ。
気取らないからあたたかい。
さり気ないから、うれしい。
今も昔も変わらない。
それが喜多方流。

喜多方のお通夜の一部を経験する。村の多くの人たちが家にひっきりなしにお悔やみに訪れて、翌日葬儀場に出棺され、お通夜は午後にごく近親の村人と親族だけで執り行われ涙ながら御詠歌が詠まれた。最近の夜の大阪のお通夜と全く違って、死を送り出す日本の原型のようなスタイルを側で見守った。

木曜日。前日から熱塩温泉山形屋に宿泊する。「一流の田舎」「二流の上を頑張ってます」なんていうキャッチフレーズが面白かった。600年続くお湯だが行政の指導で塩素を混入せざるおえないことを嘆いておられた。葬儀場までの道中に廃線になった日中鉄道の熱塩駅にちょっとだけ立ち寄る。盆地で残雪の白い雪山に囲まれてゆったりとしてのどかな雰囲気。桜の開花前がちょっと残念だったが、この光景に癒された。葬儀は僧侶の素晴らしいコンサートのような読経とともに粛々と進行するが、今風に故人のスライドが上映された。なんか田舎の方が進んでいるかも。出棺の時の献花は親族だけだった。なるほど、既に弔問客は故人の家でご尊顔しているのだからね。簡略化するのが都会の葬儀のあり方なのだろう。

夕方の5時30分から協力業者の精親会のオンラインミーティングの時間だった。新潟空港の駐車場のレンタカーの中で、iPad Proを使って、開催する。こういうコミュニケーションが違和感なくできる時代になったのが、コロナ禍による社会変化の兆しなんだろう。19時新潟発伊丹行きの飛行機で帰阪。

金曜日。町の工務店ネットの小池さんに木村工務店を訪問して頂いた。「OMソーラー」とか「ちるちんびと」とか「住む」などの代表的な方だ。うちの家も見てもらった。いろいろな話題で話が弾む。生野区に関わる同姓のキムラーさんが生野区を「懐かしい未来」というキャッチフレーズで表現していて、そのことに共感している話をすると、後日、メールで。

懐かしくもあり、
生野の
新しい町角。

確かにそんな建築と街角を時間がかかっても造れたら良いよなぁ…と思わさせられたところが、小池マジックなんだろう…。小池さん75歳と深く関わる建築家の秋山東一さん79歳だそうだ。そうそう、先週、コーポラティブハウスを創設した都住創の安原さんと「まちのえんがわ」でコミュニケーションした82歳だそうだ。その御三方とも行動力が軽やかで凄い!木村さんこれからもっとチャレンジせなアカンで!と叱咤激励されているようだった。

金曜日4月2日は会社の創立記念日で法人組織になって73期、創業して85年になる。うちの庭の枝垂れ桜で社員と大工と手伝いの職人さんとで花見焼肉をするのが慣わしだったが昨年は中止した。今年はそれぞれの帰宅時間に合わせて缶ビール一本だけを縁側に座って飲んで紅白饅頭を持ち帰って解散するというコロナ禍的花見を小1時間だけ粛々とおこなった。

土曜日。建築家案件の打ち合わせを建築家とお施主さんと工事部長のトミマスくんとワタシでコミュニケーションする。午後から孫セイゴの幼稚園入園式の昼食会をおこなった。なんというか、こういうことが、社員やこのブログで呟いて、そんな家庭内の行事に参加することが、とっても大切なことだと、皆で合意できる世論になってきたのが、オモシロイと思う。その食事終了後、遅れて、会社で新築案件のオンライン打ち合わせに参加する。一度顔合わせがあると、次からのオンライン打ち合わせは、それなりにスムーズに進む。小さなお子さんがいらっしゃるご家庭とはオンライン打ち合わせはお互いに有益でもある。夕方には、造園の家谷さんがきて、次回のワークショップの打ち合わせをする。「まちのえんがわ」は古本が商品棚に並んでいたが、10年目として、園芸店的な中に古本も共存している「まちのえんげい店」としてワークショップを通じて衣替えをしようと思う。下はサッチーが描いたイラスト。

日曜日。住宅相談会がある。午前中のAさんは木村工務店の設計施工で家をリフォームさせて頂いた家の息子さんご夫妻で、お母さんともどもお越しいただいた。ワークショップに何度も参加頂いているお子さんもご一緒だった。土地探し中古住宅探しの案件。午後のBさんご夫妻は、建築家で家を新築させていただいた家の娘さんで、やはり土地探しからの案件。お父さんが孫娘の子守がてら参加頂いて、土地探しのノウハウのようなものを共有した。午後からのCさんは土地が見つかったので新築の相談としてお越しになった。丁度その前に、「まちのえんがわ」ゾロ目ミーティングというのを、前出のキムラーさんと行っていて、4月4日、生野区のアンさんや、大阪大学のAくんの4人で、縁側談義を繰り広げていた。生野区の廃校になる御幸森小学校がテーマになった。そんなこんなで、Cさんの打ち合わせはタナカ部長にお任せしてしまった。

いま、このブログを書く、日曜日の夜。枝垂れ桜は春雨と共に散り、庭が花吹雪で覆われている。美しいので、明日の朝は、庭を掃除するなっと奥方に申しつけられた。ま、そんなこんなで、こんな変化に富んだ桜の一週間は初体験だ。

コロナ禍の春らしい週

2週連続雨の日曜日。桜は各地で満開のようだ。久しぶりに「まちのえんがわ」ワークショプを開催した日曜日だった。

コロナ禍の中、どんなワークショップを、どんなふうに開催しようかと悩む。建築関係の職人さんたちが登壇するワークショプを開催するには、どーも職人さんのムードと盛り上がりに欠けていて、なので、木工作家の矢倉さんにお声がけしてみた。暫く悩んで、「スライドホイッスル」を製作するのはどうか。という。「楽器」という道具を作ってみるのは面白いし、過去には、建築家の林敬一さんによるカホンを製作するワークショプを開催したこともあり、割と簡単に製作できるので、それはそれで良さそうだった。

 

 

何より、丸いプラスチックや木でなく、アルミで角パイプだというのが、ちょっと建築ぽくって良かった。ウィンドウェイの穴を切り込み、斜めに削り出して、木のリードを吹き口に仕込んで、竹棒で音階を調整する。ヒューヒョロヒョロと音が出て、皆で「メリさんの羊」を大合奏した。

そうそう、今週の土曜日にお引き渡ししたマンションのリフォーム工事は、夫婦でスーパゼネコンの設計部に勤める方の自邸だが、キッチンの壁にアルマイトを使って、それが簡素だがどことなく奥行きがあってとっても良かった。アルミというとサッシュだが、サッシュ以外にアルミが面材として室内に存在するのがモダンかも。矢倉さんのスライドホイッスルは、アルミが線材の楽器として、室内にさりげなく置かれているのがモダンかも。

金曜日のお昼。お花見のお誘い。桜の木の下で宴会するには躊躇するコロナ禍のこの状況。昨年、生野区のK邸の蔵を改装工事したが、大きな大きなお庭とお屋敷があって、それをどうやって維持管理していくかと模索中のお施主さんが、まず、この蔵を潰すことは、なんとなく縁起も良くないし、再利用できるかどうかと問われて、大丈夫ですと答えたものの、ジャッキアップして土台から上を持ち上げて水平を調整し直したりで、かなりの時間が掛かって完成した。その庭に桜の木が数本あって、それを眺めて外でお弁当でも食べるのかと思っていたら、その蔵の大きな木組みの登り梁が鎮座するリビングダイニングで、出張シェフを招いてのイタリアンのフルコースだった。

お施主さん家族と、初めてお会いした、ガモヨンのワダさん。出張シェフを手配する「お届けリストランテ」のトウジョウさん。大阪特化の民泊運営会社「グレートステイ」のオオサキさん。地窓を開け放ち天窓へ空気が抜けるコロナ対策をとりながら、食べて飲んでマスクしてという、ちょっと刺激的なメンバーとの食事会だった。モダンダンスを習う娘さんが即興でダンスを披露し、その姿にホロリとするお母さんの姿にも出会い。今まで経験したことのないお花見スタイルだった。

土曜日。「まちのえんがわ」に造園のイエタニさんがワークショップの相談にやってきた。久しぶりに温泉ソムリエグッチも来て、「純温泉」についてのレクチャーをしてくれて、大いに盛り上がった。一気にリアルな出会いが増えてエネルギッシュになってきたら、大阪のコロナの感染状況がまた活性化してきたようだ。春らしい週だったがコロナ対応がまだまだ続く春だな。

1 2 3 4 5 23