「キムラ」

花川の家(ほたる食堂)のオープンハウスがあった日曜日。建築家の矢部さん設計で、コロナ前に木村工務店で施工した花川の家は、コロナ禍故に、オープンハウスが出来なかったが、今日の2月2日日曜日、唐突感もありつつオープンハウス開催となった。雨降る日曜日の予定だったが、昼前から時折晴れ間も出る曇り空で、生野区小路から淀川区花川まで自転車で出掛けた。往復24km也。昨年から今年に掛けてロードバイクに乗る回数がめっきり減って、折りたたみ自転車のブロンプトンで出掛けたが、心拍数かなり高めだった。やっぱりコンスタントにペダルを廻す機会がないと、アカンよね。

そうそう、北海道のキムラさんという建材商社の木村社長さんが、木村工務店を表敬訪問してくださった火曜日。キムラと木村工務店と木村社長でややこしいが、14年ほど前に、そのキムラさんが、大阪営業所をだして、その時の所長の佐藤さんが、熱心に断熱気密の布教活動のようなものをやってくれた。当時、最も断熱気密の先進地域は北海道で。北海道の工務店の断熱気密の施工トライがあってこそ、いまの全国的な断熱気密の施工技術が発展しているわけで、一年に一回は社員と一緒に、冬の北海道に行って、断熱気密の施工技術を学んだものだ。そこで北海道キムラさんの幹部社員の方々も懇意にしてくださって、北海道すすきのの冬の夜の楽しさも学んだ。
で、キムラの社長さんから「白い恋人」とこの「SMASH」という本をお土産として頂戴した。案外今まで工務店に関するビジネス書を読んだことがないと気付いたし、なるほど、こういうふうに工務店経営を考えている人がいて…..と共感もしながら一気に読了した。

ものづくりセッションを一緒に運営している行政マンのタケダさんが、今年度、区役所の配置換えなどもあって、そんなことを話題にしながら、ものづくりセッションメンバー十数人と、桃谷のカサディエッロのピザを食べながら、あれやこれやと楽しく新年会を催した木曜日の夜。ちょっとした「生野愛」と「ものづくり愛」みたいなものを共有しながら一緒にワイワイいえる若いメンバーと飲食できるのは楽しい。こういうコミュニケーションの土壌のようなものが、何かしらそれぞれのエネルギー源になれば、なお楽し。

生野納税協会で懇意になった、同年代のメンバー夫婦3組で、生野区の居酒屋の淡路屋さんで新年会をした金曜日の夜。とっても美味しい和洋の食材をアテにして、あのフジテレビの中居くん問題とか、トランプ問題とか、それぞれが旦那として如何にアカンか問題とか、「アテ」になるような同年代に共通する夫婦間の話題があれやこれやとあって、話題が尽きず、最後は3組で、生野区のBarソケットに行って、グタグタ言いながら楽しい夜を過ごした1月31日の夜だった。
生野区行政の委託業務に携わるキムラーさんという方がいて、生野区の木村工務店のキムラさん、それはワタシのことなんですけど、その二人で「キムラーキムラ」の「ゾロ目ミーティング」というのを催して数年になる。今日は、日曜日なんですけど、2月2日で、そのゾロ目ミーティングの日になって、15時30分から「まちのえんがわ」で、生野区のまちづくりを話題にして、あーだこーだ。っといっても、1月1日は元旦なので流石にやらないし、5月5日もGWの旅行にでかけたりして、やらないし、なんだかんだやらない日もあるけど、1年に8回ほどは開催している感じ。
それで、日程を決めるって、案外ムツカシイなっとおもう。日曜日。なんていう日が、どなたか知らんけど、決めてくれて、それがグローバルスタンダードになっているので、助かるよね。建築関係では、大安。なんていう日に上棟をするのが、決め事だったが、なぜか不思議にプレカットの台頭とともにその習慣が薄れてきた。きっと上棟の夜に直会をするのが慣わしで、それぐらい家を建てるという行為は、祝宴であり祝祭であったのだとおもう。生野の日=19日だと、生野区のどなたかが決めて、それに乗っかって「空き家カフェ」の開催日は、毎月19日と決まった。そんな感じで、名前がキムラキムラのぞろ目的で、ゾロ目の日をミーティングにしたらっ!とキムラーさんが提案してくれた。確かに毎月第一金曜日なんていう決め方よりも、曜日がいろいろ変化し、それによって話す内容も影響を受けたりして、オモロイ。

ここ数回はヒライさんも参加してくれて、今日は2月2日日曜日だし、どっかで飲みながら話をしましょっ!ということになって、近くの角打ちの西口商店に行くと、偶然、休みだった。それで、ぼちぼち歩いて布施までいって、角打ちの小西商店にいったら満員で断られて…..なんて、15時代に空いている酒場は案外少ない。酒場難民になっているうちに午後4時になって、偶然隣の居酒屋が空いて、ようやくちょい飲み。アテは、行政の委託活動もタイヘンだなっ。ていう話だったようにおもう。そうそう、家族以外と初めて、恵方巻きを西南西を向いて、一緒に食べた2月2日の夜でした。