巡り合わせというのは不思議だとおもう。数年前の全く違う時期から、二つの店舗の新築プロジェクトを、設計段階からご依頼を頂戴し、片方が2年、片方が1年半と、それぞれの設計と施工の期間を経て、それぞれの竣工式が、この金曜日と土曜日の連続した二日間に催された。
ひとつはこの15年間ほど、工場と事務所のリノベーション、それに社長と専務の家の設計と施工に携わっている、大阪環状線寺田町駅すぐ近くにある富士灯器株式会社さんで、おもに釣り具のライトなど製造販売しながら、最近はアウトドアー用のヘッドライトをマイルストーンといブランド名で製造販売している。そのコンセプトストア「milestone TERADACHO」店新築工事の竣工レセプションパーティーが催されたのが金曜日の夕刻だった。トランスジャパンアルプスレース2022の覇者の土井さんがアンバサダーを務めていることもあり、またマイルストーンの専務自らもトレランをするアスリートで、土井さんをはじめ小顔でムダな筋肉のないスリムな若い人達が沢山集まる活気に溢れたレセプションだった。
木村工務店設計スタッフにより建築の基本設計と実施設計が進められたが、店舗の設計は、施主のデザイナーの川崎さんと、施主である富士灯器の専務自らがプロダクトデザイナーで、木村工務店の社内に何十回も集まり、ひとつの設計チームとして、全体的な設計から部分のデザインまで一緒に進められた。それぞれのイメージや感覚を調整する作業に、BIMを活用し、オープンスペースと吹き抜けを設けるコト、ウチとソトを繋ぐ開口部は木製建具を使うコトなど、法規的な規制を考慮しながら竣工に至った、鉄骨造による新築プロジェクトだった。
レセプションパーティーに、SpinnaB-ILLさんというミュージシャンの方が、ギターを手に熱唱するパフォーマンスがあった。ワタシ、最近の音楽のひと、ぜんぜん知らないのだけれど、「every little thing gonna be all right.」と歌って、皆で合唱していた。その様子を後ろから眺め、ワタシの頭のなかには、その歌声に反応しながら、ボブ・マーリーのエクソダスにあるタイトル「three little bird」の 「Don’t worry about a thing、Cause every little thing gonna be all right.」の歌声が響いていた。「心配しなくていいんだよ。どんな些細なことでもすべてうまくいくからさ。」なんて。そうゆうふうに生きたいものだな。と皆で一緒に口ずさむことになった、エネルギッシュで素敵な竣工のレセプションパーティーだった。
「心斎橋商店街の中に国産材による木組みの木造建築を造る」というご依頼があったのが1年半ほど前のコト。コロナ禍のなか、施主の株式会社岩橋さんと、アドバイザーでデザイナーでもある設計士のナカジマさんと、zoomでミーティングを繰り返しながらの打ち合わせが始まったが、当初は心斎橋商店街の4mの狭小間口で建築をするということに、かなりの躊躇をしていたワタシだが、施主の真摯な想いに突き動かされ、なによりも構造事務所の下山設計室の下山さんが木組みの構造設計を担当して頂けるということになって、プロジェクトが前向きに進み出した。商店街のアーケードがある狭小間口で、木組みの木造を建て方できるように、構造設計者と大工と現場監督と見積者が、設計段階から打ち合わせをすることが、今回のプロジェクトの最大の要だった。
設計の途中段階から下山さんと長年の付き合いがあり、まるで師弟関係のようにも感じる、AR設計事務所の下川さんの参加もかなって、防火地域で木造建築を造るというさまざまな法的な問題をクリアーしながら、木村工務店専務のタカノリも設計チームに参画し、このプロジェクトが進められた。この木組みの構造材としての国産の桧材は、日本の森で育まれたものであり、その森を育て、製材し、プレカットと手加工まで一貫した作業と製作ができる和歌山県田辺市にある山長商店さんは、構造家の下山さんと、かねてから強い結びつきがあり、そのお互いの信頼関係による「力」なくしては成立し得ないプロジェクトでもあった。心斎橋商店街に国産材の木組みの木造建築が建つということは、日本の木組みの文化を伝える場であると同時に、都市と森とが繋がる場でもあるとおもう。
その心斎橋岩橋ビルの竣工式が土曜日の午前に執り行われ、神主さんによる祝詞奏上など竣工の儀式が終了し、御神酒で乾杯をしたあと、その心斎橋商店街の雑踏の音が伝わり漏れるなか、竣工したばかりの店舗のなかで「能」が舞われた。独特のトーンの声で「高砂や…..。…..。」と謡われ、響きわたり、空間がピーンとした緊張感に包まれた。全ての参加者の背筋がピーンとし、身が引き締まる感覚を味わった。それは空間が清められる素晴らしい体験でもあった。
その後の祝宴の席で、能のシテの方より、この高砂の謡いの内容が語られた。「兵庫県の高砂神社にある松とその遙か対岸にある大阪の住吉大社にある松は遠く離れていても夫婦のような松で、高砂から長い旅をして住吉に到着し、それぞれ遠く離ればなれになっていた人達が、この場で心を通わせ、ひとつになることを祝う」みたいな内容だったとおもう。今回のプロジェクトは、さまざまな立ち位置のプロフェッショナルが集まり、それぞれが竣工に向けて尽力し、ひとつのチームとして機能したからこそ、無事竣工に至った、その施主の想いを代弁するかのような「能」でもあったようにおもうし、そのコトを象徴するかのようなクリスタルの記念品を施主から贈呈され、感謝とともに厳粛な気持ちが湧いてくる竣工式だった。
竣工式の中締めの最後の挨拶に設計の下川さんが立ち、お祝いの言葉を述べたあと、サプライズとして、構造の下山さんが、漫才コンビの相方のような雰囲気で舞台に登場した。今回の関係者のエピソードを盛り込んだ、ミルクボーイ風の即興漫才を披露し、大きな笑いを誘って、この祝宴を閉めた。「能と狂言を合わせて「能楽」と呼んでいます。狂言が笑いの面を受持つ、セリフ劇であるのに対して、能は歌と舞で人間の哀しみや怒り、恋慕の想いなどを描きます。」と書かれてあって、それは偶然だったのか必然だったのか、まさしく「能楽」な竣工式を体験することになったのは、狂言力を含めた、設計と構造のこのお二人の「力」によるところであり、あらためて感謝申し上げたい。