黄・赤・緑

めまぐるしく変化する日曜日の天気。朝、曇っていたが、雨は降りそうになく、天気予報も曇りだったので、久しぶりに自転車に乗って、十三峠に向かう。司馬遼太郎記念館の前を通ると、菜の花の鉢植えが、街路に並べられて、美しい。2月12日が司馬遼太郎の命日で、菜の花忌として、好きだった菜の花を記念館に飾っていたのが、街に菜の花を咲かせよう!と周辺のまちまで、広がったらしい。ひとりの小説家の「好み」が、まちの人にも愛されて、まちが黄色く彩られる美しい光景が、シンプルな「まちづくり」の見本のようなもので、きっと、この黄色い景色を見たいという気持ちが強かったから、うっとしい天気にも関わらず、早朝から自転車に乗ったのだろうな…。

久しぶりに十三峠を登ると、やっぱりしんどい。体重が2kg増えたのも徐々に堪える。心拍数が170前後で、ハッハッいわない程度のスピードで、ゆっくり登った。駐車場に着くと、パラパラしてきて、天気予報は曇りだったのに….とおもいながら、家まで戻ることにし、同じ峠道を下る。桜は、まだまだだが、サンシュウの群落が黄色く咲き誇る谷筋のガードレールに自転車を駐めて、暫く眺めた。数羽のウグイスの鳴き声が、遠くで、こだまして、ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、…、ホー….。まだまだこれからだな。どんどん上手くなっていくのだろうな….と聴いているうちに10分ほど経過した。

家に戻って、お風呂に入って、ワークショップでルプラ珈琲のニシミネさんから教わったように、ドリップで珈琲を入れて、モーニングを食べていると、勢いよく雨が降ってきて、天気予報がハズレたぁ…自転車に乗り続けなくて良かったぁ…とおもいながら、庇から雨が落ちる様子を何気なく眺めて過ごす。日本映画に、軒から雨滴が、したたり落ちるシーンがあるが、最近の住宅は、樋を取り付けるので、家の中から、ポトポト雨が落ちる姿を見ることは、ほとんどなく、それで、うちの家の、リフォーム前からあった中庭に、樋のない小さな庇を取り付けると、壁を伝う雨が、庇からポタポタと、落ちるシーンが生まれて、「中庭」というプランが持つ性質からしても、「眺める」という納まりを優先する部分もあるので、偶然性も含めて、リビングのソファーから、雨を眺める中庭となった。

そうそう、今週、還暦の誕生日を迎えて、庭を隔てて同居する、長男家族の孫と一緒に、ケーキのローソクの灯火を吹き消したが、流石に、50歳の響きと60歳の響きは、かなり違う気分で、還暦誕生日の一日前は、ほんのちょっとセンチメンタルになりながら、今までのコト、これからのコトを、それとなく考えてみたが、誕生日当日は、あたりまえにフツウなわけで、「赤いちゃんちゃんこ」と「赤い帽子」を身にまとい、2人のマゴと両手を握って、ハッピーbirthdayを歌ったのが、確かに、記憶に残る誕生日となったが、生まれ変わって、リセットボタンを押して、リスタートをきれたら嬉しいと、願う気持ちもあるわけだが、数日たち、淡々と粛々と日々が過ぎていき、いま、雨滴が落ちる様子を眺めながら、ありきたりに「いまとここ」をしっかりと生ききるしか….なんていう気分。

帰省していた次男は、設計事務所のアルバイトが、提出期限が迫って忙しく、戻ってきて欲しいとお呼びがかかったようで、還暦誕生日を振り切って、東京に戻っていったが、誕生日に、建築の本を私にプレゼントしてくれて、まさか、息子から、建築の本をもらうなど、想定外だったので、この雨があがるまで、その本を読んで過ごした。

 

    

昼過ぎて、雨が上がった頃を見計らって、造園の家谷さんが花宇さんと主催する植物の展示即売会に、奥方と味園ユニバースにいく。とっても雰囲気のエエ、気持ちの良い空間。元気の良い植物の力って凄いね。手頃な価格で欲しいのは売約済みだった。これっっとおもうやつは、高価すぎて、すぐに買う決心がつかなかった。奥方が、手頃でフツウな植物を3つほどゲットして、法善寺横町近くのインデアンカレーを食べて、地下鉄小路駅の階段を上がると、夕立のように激しい雨が降っていた。

雨上がり、夕日に照らされて、テーブルの上で、ゆらぐ、木々の葉っぱを眺め。めまぐるしく変化した天気を可笑しくおもい。さまざまな色を見た日曜日に感謝した。もうすぐ春分だな…。

うつろい

春に一歩ずつ近づく日々。うちの庭では、ピンクの花を咲かすワビスケは、2月から、蕾を毎日、土の上に落とし、どことなく侘しげに、咲き続けている。サンシュウは、ようやく黄色い蕾をつけて、徐々に開花中で、サンシュウの黄色い花を見ると、そろそろ桜の、ピンクな季節を待ち望む日々になってきた。うちの家で稼働中の「PS HR-C」という除湿型放射冷暖房機器の温水の温度は、2月は、45度で運転していたが、いまは、40度を切って運転中で、一日2万WH近く使っていた暖房の電力は、1万WH近くになって、消費エネルギーで、季節を感じるようになった。

 

Forward to 1985 energy life というアクションプログラムがあって、1985アクションという、家庭でのエネルギー消費量を賢く減らして、1985年当時の電力消費のレベルにすると、原子力発電をなくせる電力消費になる可能性があり、断熱気密が高い住宅を造り、パッシブなエネルギーを利用することで、冷暖房費を削減し、家庭の電力消費を現在の半分に減らすと、1985年当時のエネルギーになって、省エネをしつつ、暖かい、涼しい、居心地の良い、温熱環境の住宅を造ろうという取り組みで、そのサイトにアクションナビというサイトがあり、全国の住宅の温熱環境の計測結果をシエアーしているコーナーがあって、そこに、うちの家の温熱環境を公開している→。部屋の温度変化と電力消費をデータとして集めて、まだ、半年ちょっとで、一年を経過してみないと、分析できないが、体重測定とおなじようなもので、ちょっと不安で、なんだか楽しい。

もともと、この1985アクションは、東日本大震災がきっかけで生まれたプログラムで、3.11が起こったあと、その直後の4月に、このアイデアを主催者の、野池さんが、居酒屋であれやこれやと話して、その時、私は、工務店の1階の駐車場に、路面店としての縁側のようなものをつくるアイデアを話し、そこで、ノイケさんから、「まちのえんがわ」というコトバがうまれた。そういえば、土曜日の夜、BSプレミアムを見ていると、全編4Kドローンで撮影された、「女川 いのちの坂道」という東日本大震災のドラマがやっていて、何気なくみたら、最後まで引き込まれて、グッときた。久しぶりに、震災の時のコト、地震のコト、津波のコト、そして、ドローンで高い位置から撮影される地盤を嵩上げして復興していくまちの景色によって、建築のコトを考え、そして「人生」というコトを考えさせられた。

土曜日の朝、うちの家を3Dカメラによる撮影があって、内部を歩き回れるリアルな映像として表現されるらしく、どんな仕上がりになるのか、楽しみだが、ドローンによるドラマ撮影とか、建築設計図のBIM化とか、建築を表現する手法が、どんどん進化しているのを肌で感じる一日だった。

土曜日のお昼からは、吉野檜のサカモトさんが、W大学建築学科のF教授を連れて、吉野檜の天井と床を使った、うちの家の見学にお越しになって、なんでも吉野材の需要拡大を目的とした奈良プロジェクトというのがその研究室と奈良県であるらしく、大阪での公演会のついでに、立ち寄って頂いたようだが、とっても奇遇だったのは、前日の夜、うちの次男が東京から帰省し、家に居たが、次男は、その建築学科に在学中の3回生であり、唐突に、自宅の、テーブルを挟んで、目の前に、教授が座っているという、世の中の縁と偶然性は、とっても、不思議なものだなぁ…。

住宅相談会があった日曜日。午前中のAさんは、ひとり住まいのシニアな女性で、マンションの水回りはそのままで、収納と内装を改善して、居心地の良い住まいにし、快適な老後を過ごしたいという、ご要望で、若い世代のリフォームもいろいろあるが、シニアな世代が、快適な老後をすごすための住まいを模索している案件も数件あって、何れもが、素材と収納と温熱環境に対する関心度が高い。

午後からのBさんは、奥さまと1歳半のお子さんを連れ立ってご相談に来られた。生野区のある地域で、予算2500万円で土地を購入して新築をお望みで、建て売り住宅でも、ムツカシイ購入価格なのだろうが、建売住宅とは違う雰囲気の家を所望しておられて、それなら、建売住宅として建てにくいような、2間間口を切る小さな土地を低価格で購入し、車の駐車を諦めて、小さな木造2階建てを目指してみれば、個性的で小さな良い家が出来る可能性があるかもしれない….と、そんなコミュニケーションになった。

「うつろう」なんていうコトバが、ふと浮かんできた、そんな今週末だった。

花粉症と珈琲

日曜日の朝、起きて、声を出すと、かすれてかすれてガラガラ声。季節の変わり目の、きっと花粉症なんだろうが、鼻水がズルズルし、喉がイガイガして、そんななか、昨日の土曜日は、「生野ものづくりセッション」あって、そこで、司会進行の役割を担っていたので、喉が弱っている時に、きっと声を使いすぎたのも原因なんだろうが、誰もが、えっっ!というような顔をする、そんな声しか発声できず、なのに、今日の日曜日は、今年最初の「まちのえんがわ」ワークショップで、ほんとうに聞きづらい声のまま、ファシリテーターの役割を担って、三分の一ほどしか語れず、流石に、動作でサポートするしか出来なかった。

「まちのえんがわ」で、珈琲ワークショップを開催することになったのは、上本町の喫茶ルプラのニシミネさんが、ある日「まちのえんがわ」ワークショップに参加頂いて、そのご縁が繋がって、喫茶の上階にある自宅と焙煎所をリフォーム工事させて頂くことになった。

そんなこんなの縁で、珈琲のワークショップを開催するようになって、「建築」とは、全く繋がりがない、「珈琲」なんだけれど、「まちのえんがわ」ワークショップでは、「職人さんに触れる」「道具を使って材料とコミュケーションをする」「親切丁寧にものをつくる」というテーマがあって、ニシミネさんは、焙煎の職人さんであり、バリスタという職人さんでもあって、そういうホンマモンの職人さんと一緒にワークショップをする面白さがあるわけで、それに、ドリップで珈琲を入れるためには、さまざまな道具が必要で、前回は、ネルドリップを製作し、珈琲を入れたのだけれど、今回は、3種類の豆を使って、それぞれがドリップした味をもとに、その豆をブレンドして、オリジナルブレンドを作るワークショップで、まさしく、「道具を使って材料とコミュニケーションをする」遊びでもある。

毎回、この珈琲ワークショップが面白いのは、同じ道具、同じ豆の分量、同じ豆の挽き方なのに、参加者の、それぞれの入れ方で、味が替わる体験がオモシロく、ドリップする丁寧さや、ドリップ時間の長短など、ものづくりに潜む心のあり方、メンタリティーそのもので、味が替わる体験を楽しみ、シェアーするコトが、ものづくりに潜む面白さに触れるコトそのもので、そんなのが、ワークショップの持つ魅力なんだろう。

ニシミネさんと知り合ったお陰で、会社にドリップコーナーを設けるコトになって、ルプラさんに珈琲豆を定期的に注文し、メール便で届くようになり、社内で、豆を挽き、ドリップする所作が、リラックスタイムとして、機能するようになった。なによりも、私自身が、それまで、ドリップで珈琲をいれるのは、アウトドアーの時だけだったが、家をリフォームした時に、ドリップコーナーを設けて、珈琲を入れるのが、ライフスタイルの一部となり、振り返ってみれば、「まちのえんがわ」ワークショップの縁で、ロードバイクやドリップコーヒーを楽しむコトになって、参加者の皆さんや講師の方々に感謝申し上げると共に、皆さん、今年も「まちのえんがわ」ワークショップをご愛顧賜りますよう、よろしくお願いします。

 

さて、明日の朝は、声が回復しているのだろうか…。花粉症の季節。春だな。

 

節目

冬から春に移り変わろうとする、穏やかな日曜日。暫くぶりに体重計に乗ると、2kgほど増えていて、運動を怠って、食べ過ぎると、てきめんに太る。なので、日曜日の朝だけは、自転車に乗ろうかと一瞬おもったが、服に着替える気もせず、そのまま布団の中で眠ってしまった。そうそう、土曜日の昨晩は、吉野檜のサカモトさんの縁で、うちの家で集まるようになった、T工務店関連の若い設計者の方々7人と、夜遅くまで飲んで食べて「建築読書会」を催した。予想外に楽しくて、きっと、朝まで、その余韻が残っていたのだな。

運動の代わりにサウナで汗かいて痩せようと、スーパー銭湯の朝風呂に行くと、男湯はいっぱいだった。日曜日の朝に、ストレスを、お風呂で解消しようという、同じようなメンタリティーのオトコ達が多いのだろう。ま、そんなサウナで、抜本的に体重が減るはずがないことを、あらためて再確認したようなもので、やっぱり運動が必要な「年頃」なんだ。コメダ珈琲でモーニングを食べて、コーナンでちょっとしたもの買って、家に帰って、ソファーに座ると、唐突にJazzが聴きたくなった。日曜日の予定がな~にもなく、それゆえに、そんな空白な瞬間に、ふとシゴトのコトが気になって、シゴトが上手くいっている現場と、おもうように行かない現場と、そんなのが交錯している時に、こんなJazzyなメンタリティーになるのだろうか…。

コルトレーンな気分になって、iphoneのSpotifyから、アルバム「クレッセント」をチョイスし、Spotify Connect で、リビングのソニーのテレビに接続して音を出す。リビングのテレビには、真空管アンプとコンパクトなスピーカーを設置し、そこから音が出るようにセッティングしているので、微妙な音のニュアンスが判別できる、最低限なオーディオ装置で、「クレッセント」は、コルトレーンが、アルバム上で、神を目指すような音楽を演奏する前の、ある「節目」のようなアルバムで、よく聴くアルバムのひとつ。このアルバムを聴くと、エルビンジョーンズの微妙なシンバルのニュアンスが聴きわけられるオーディオ装置でありたいとおもうが…とりあえずこれぐらいで我慢しておこうとおもう。

次は、なんとなく「節目」というニュアンスで、マイルスの「ネフェルティティ」をSpotifyからチョイスした。レコードに針を落とす作法も、トレイにCDを置いてトレイが機械に吸い込まれていく感覚も、どれも捨てがたいが、最近はもっぱらiphoneでスクロールしながら、Spotifyのアルバムをチョイスして「次に再生に追加」をクリックする所作になって、時代の移り変わりを感じながら、これはこれで楽しい。「ネフェルティティ」も時代の移り変わりの節目にあるようなアルバムで、若い頃は、全く理解出来なかったが、年齢と共に聴く回数が増えて、エレクトリックなマイルスになる前のアコースティックな節目としてのマイルスで、テーマだけをウェインショーターとユニゾンで吹いて、それが真ん中に定位し、左側のハービーハンコックのピアノと右側のトニーウィリアムスのドラムがアドリブでしのぎを削るさまを、オモシロイとおもえるようになるまで時間がかかったし、マイルスが、オーラのようなもので、アルバム全体をコントロールしていく姿勢を楽しめるようになるのに、人生の経験と年齢が必要だった。

そうそう、土曜日の夜のコト。昨年の11月に、檜な縁で、うちで10人ほどの宴会を催し、そこで、建築話で、とっても盛り上がり、どんなきっかけだったか、とにかく、ケネス・フランプトン著「テクトニック・カルチャー」という分厚い本があって、というより、そういう本があると、その時教えてもらって、それを皆で読んで、語り合うコトになった。4000円ぐらいのその本は既に廃版で、中古で2万円以上する本になっていて、想像通り難解なわけで、3章だけを読んで集合!といわれても、20歳近く離れた若い設計者に比して、経験力は増え続けるものの、読解力は低下するいっぽうで、ま、なんとかひととおり目を通す程度で臨んだが、参加者全員が同じように難解だと感じているさまを見て、誰もが安堵感に包まれながら、穏やかな読書会になった。だれかれとなく気になっている文章を読んで、それを聞き、それにツッコんだり共感や違和感を口走ったりしながら、誰もが声を発しているうちに2時間があっという間に過ぎた。鍋を囲み、お酒を飲みながら、建築話が終電前まで続いて、想定以上に楽しかったので、次回も続くコトになった。

で、日曜日の今朝、モーニングを食べながら、SNSを見ていると、松岡正剛のこんなメッセージが、昨晩の読書会のタイムリーな出来事とシンクロして、目に止まった。

◆ぼくがなぜこんなにも本と交際してきたかということを、春を迎える前に述べておく。まずなによりも、本を読むことは思索を深め、自身の構想を多重立体的にしていくにはきわめて有効なのである。
◆われわれの思索というもの、なかなか充実しにくくなっていて、たえずワインディングや拡散をおこす。理由がある。第1に脳は自活できない、第2に内言語はぐるぐるまわる、第3に確信と連想の区別がつかなくなる。このせいだ。
◆そこで本を読むと、本が手摺りになってくれるのである。
◆本にはいろいろな著者たちの言葉と流れがすでに示されている。これは、未知の町には通りがあり、通りには歩道や信号があり、進むにつれて周囲にさまざまな店や看板が並んで待ってくれているようなもので、われわれはこれらを通過しながら何かを考えることができるようになる。本を読むとは、その流れを手摺りにして、自分の考え方の筋道と脇道を見極めたり、勝手な連想や妄想を広げているようなものなのだ。ぼくは本を思索のストリートガイドのようにしてきたのである。
◆もちろん、・・・・・

確かに、「本を読むとは、その流れを手摺りにして、自分の考え方の筋道と脇道を見極めたり、勝手な連想や妄想を広げているようなものなのだ。」昨晩の読書会は、その本によって、新しい手摺が提供され、その手摺を、ちょっとだけ握った気分で、その本が、遠くにさまざまな看板や店がある情景を垣間見せてくれたなぁ…とおもえるわけで、それを、ひとりでなく、皆で一緒に、「テクトニック・カルチャー」なストリートを歩いた夜だった。そういえば、音楽のアルバムも、本を読むように聴いている感じがするわけで、本を読むことが思索を深めるのなら、音楽を聴くことは、感情を深めてくれる手摺なのだろうか…。

季節も、仕事も、節目を超える、そんなパワーが必要なんだな….。

 

YouTube的

 

久しぶりにスキーに行くと、斜面やコブなどを滑った身体的感覚が残像のように残っていて、そんな感覚のまま、何気なく、YouTubeを見ると、スキーを滑るビデオ映像が沢山あるコトに今さらながらに知って、それに、新しく購入したたテレビは、YouTubeをフツウに見ることができるので、もはやソファーにゴロンとなりながら、テレビ感覚で、大画面のスキーを滑る映像を眺め続けていると、コブはこう滑る…..みたいな山ほどあるビデオが次から次へと流れて、それに身体の足首や膝や腹筋や腕が微妙に反応し、今週も行きたいなぁ…..、なんていう身体的感覚として欲してくるわけで、シニアな世代が滑っている映像も沢山流れて、気が付いたら深夜になっていた。

車の走行距離が22万キロを突破し、エンジンもしんどそうで、そろそろ買い換える時がやってきて、そうすると、YouTubeには、車の試乗映像が、メチャクチャいっぱいあるわけで、プロのレポートより、ユーチューバーのレポートの方が圧倒的に面白く、参考になるので、すっかり試乗した気分になって、こうなったら、実際に試乗することなしに、購入してみようかとおもうのだけれど、そんなので、エエのかどうか(笑)そうそう、そういう車の試乗レポートに関連付けられて、車中泊みたいな映像が、次の映像として流れて、それに紐付いて、さまざまなリアルな車中泊の映像が、見れたりするのが面白く、ワタクシタチ家族も、子供達が小さい頃は、何十泊と、いや百泊を超えているかもしれないが、車で寝たりしながら、スキーやキャンプや旅を楽しんだのだけれど、ここ5年以上遠ざかると、あっ、いま、こんな道具あるのか…、こんなやり方があるのか…、みたいなコトに感心させられて、気が付いたらまた深夜になっていた。

気軽にビデオが撮影出来、気軽にSNSでアップ出来、気軽にその映像を視ることが出来る時代なんだと、今頃、あらためて認識して、こんな映像に刺激を受けて、その欲求の満たし方が、今までとは、微妙に違うスタイルに変化していくのだろし、昔は、雑誌や映画に刺激を受けていたのだろうが、YouTubeの映像には、リアリティーというか、生身の人間性があって、より個人的な趣味の分野で、それぞれの共感を得て、道具を買ったり、その場所に出向いたりするのだろう…。

今日は住宅相談会があった日曜日で、午前中のAさんは、奈良で、ちょっと特殊な状況の土地を購入するか検討中で、前回から1ヶ月後の今日、たたき台案としてプレゼンをしたのだけれど、最近は、若いスタッフが、BIMといわれる、建築系のソフト、アーキキャドの3D画像で、ウォークスルーをしながら表現できるようになって、土地と周辺建物との関係性も含めて、ヒトの目線として、中からも外からも、それなりにリアルな感覚で、眺めたりし、部屋に入った気分で、イメージを確認しあっていると、あらためて、シゴトの分野でも、映像で、感覚を共有しながら、打ち合わせをする時代になってきたなぁ…と感じた。

3Dな表現が出来る道具を、気軽に上手く使えるようになるのが、これから求められているスキルなんだろうが、人気のある映像を見ると、技術より「センス」が良いヤツなんだと、いまさらながらにおもうわけで、「センスを磨く」なんていうことが、教育としても求められているのかも…と、沢山の映像を見て、このブログを書きながら気付いた、日曜日の夜だった。

マゴを誘ってスキーに行こう!

スキー場で過ごす連休の日曜日。2年ほどスキーから遠ざかると、あの白銀の世界のなかで、斜面の凹凸に身を任せながら、斜面を降下した時の、あの身体感覚と気分を、思い起こしたい衝動にかられる時があって、さりとて、スキー場まで行くのがとっても面倒だし、なんといってもスキー靴を履くまでが、また面倒な準備で、連休や日曜日のリフト待ちの混雑も面倒だし、食べるところも、ざわざわして落ち着かないし、なんといっても息子達が成人すると、一緒にスキーで遊ぶ友達を失った気分で、お正月の家族スキー旅行以外は、スキー場に行くことから、かなり遠ざかっていた。

長男家族との完全同居から、庭を隔てた同居に移行して半年が過ぎ、マゴとの関係性も、毎日のように遊びにやってくる、ちいさな小さなオトモダチが、二人できた気分になってきて、このお正月に、長男の奥方の実家がある福島県にマゴ達が帰省し、スキー場で、雪と戯れるマゴのビデオを見ると、そうそう、マゴを誘ってスキーに行こう!という衝動が持ち上がってきた。

この2月の連休を逃すと、スキーに行けそうなスケジュールを都合できそうにもなく、それで、日帰りを予定してみたが、駐車場が混雑し、ゲレンデまで遠くなるのは、マゴ達のコトを考慮しても、この私の歳を考慮しても、最悪な状況に陥りそうで、当然、マゴ家族4人と夫婦2人の6人が前日夜出発の車中泊など問答無用なわけで、そこで、駐車場がすぐ近くでファミリーが遊べるゲレンデとして、ハチ高原スキー場を想い出し、ゲレンデ前のホテルをインターネットで調べると、残り一個にギリギリ滑り込めたのが10日前の出来事だった。

そうそう、昨日は、木村工務店で、初午祭という、豊作を祈る伝統行事があって、おもに90人ほどの職人さんが集まって、会社にある、お稲荷さんを神事したあと、私が30分ほど話をし、そのあと飲んだり食べたりするのだけれど、良いものづくりができるようになるためには、コミュニケーションを円滑にする必要性に迫られるわけで、言わば、スムーズなコミュニケーションをするために必要な「潤滑油」を作くりだし補充するのが、この職人さんと催す初午祭なんだろう。

土曜日の夜遅く初午祭が終了し、翌朝の日曜日は、流石に、起きる時間が遅くなり、出発は午前8時をすっかり回っていたので、連休のスキー駐車場渋滞もあって、6人と荷物と大騒ぎでギュウギュウ詰めの車が、スキー場に着いたのは、お昼になっていた。リフト待ちも20分近くあり、若い頃なら、ほとんど滑れない一日を、もったいなくおもって、イライラしていたのだろうが、歳を重ねると、そんなに本数も滑れないし、なによりも、いままだ3歳と2歳のマゴと、いつか一緒にスキーが滑れる日がくるための、準備期間のようなものなので、ゆったりと数本滑っただけで満足した。

学生が合宿に使うようなゲレンデ前の宿で、修学旅行のような雰囲気の食堂で鍋を食べ、14畳ほどの畳の部屋で、6人で布団を敷いて寝る雰囲気は、子供の心を興奮させる何かがるのだろう。布団に寝転がりながら、このブログを書く、両横に、マゴ2人に挟み撃ちにされ、想い出したように、興奮して走り回る2人に、ハハとバアバが、静かにしなさい!と、なんだか懐かし~い響きを発し、突然、ゼンマイのねじが切れたように、コトンと寝たかとおもうと、寝息と寝言が奏でられる、いまとここ。

それにしても、職人さんと、マゴに、新鮮なエネルギーをもらった土曜日と日曜日だった。thanks。

 

オニワソトフクハウチ

今日は節分なのだ。息子達が成長すると、豆まきを一緒に楽しんだのは、随分昔のことのようにおもえてきて、子供達と一緒に恵方を向いて、巻き寿司をかぶりついた恵方巻きを、1本まるまる食べるのが、とっても辛くなってきた年齢の私。そういえば、恵方巻きを大量破棄処分する試算が10億円ほどになるそうだ…と、朝のNHKラジオから流れていた。そんなのを聞くと、商売人の策略にまんまと乗っかっているよなぁ。という気分と、加齢と、子供達の成長の相乗効果で、今日の夕食は、普通の大きさの巻き寿司より少しだけ大きく切った恵方巻きを東北東に向いて、ひとくちだけ食べて、あとは、フツウに、巻き寿司とサンマを夫婦二人で楽しんだ。

そうこうしていたら、隣に住む孫の足音が、どんどんどんと近づいてきて、扉を開くと、豆と鬼の面を持った孫二人と長男の奥さんが現れて、誰もがハッピーになるような子供のあの甲高い声を発して、鬼のお面を手渡された。もちろん、素直にお面を被って、鬼になりきって、孫に、襲いかかる私。嬉し怖しの奇声を発しながら逃げ回る3歳の長男孫。2歳の次男孫は、怖くて泣き出した。カワイイ。豆を巻いて、「鬼は外。福は内。」鬼の面をとって、皆で一緒に笑い合った。そうそう、恵方巻きより、「オニワソトフクワウチ」と季節の変わり目に邪気を追い払う言霊と笑いの方が大切なんだ。きっと。

木村工務店では、こんな感じのホームページを製作し、現場監督を募集中で、この土曜日は、リクナビというネットを通じての、中途採用応募者の面接を4名ほど実施する機会に恵まれたが、そのうちの2名は、連絡もなく、会社にお見えにならなかった…。午後7時から中学校の同窓会がミナミであったので、午後5時の面接の約束時間から午後6時までお待ちしたが、仕方なく切り上げて、地下鉄に乗って、会場まで向う。当時の新生野中学校の同窓生は、よその中学校からの生徒は入らず、東小路小学校の同窓生がそのまま中学校に持ち上がったので、転校生以外は、9年間、ほぼ同じ仲間なので、男女共に、ほんとうにリラックスしたファミリー感覚で、それに、ここ数年は、毎年のように同窓会をやっているので、気軽に友達に会いにいくような気分だった。笑い合って、想い出を語り合いながら、想い出をソトに放り出して、なんとなく、フクワウチなスペースをウチに生みだせるのが、同窓会なんだろう。

深夜まで飲んだにも関わらず、同級生3名は、日曜日の朝から、モーニングを食べに自転車で、富田林まで出掛けたようだが、私は目が覚めなかった。朝、スパー銭湯にいくと、もはやランチの時間になっていて、コメダで珈琲とサンドを食べながら各社の新聞を読む。昨年、新聞をやめてみると、ニュースに不便を全く感じないが、広告欄や書評や論評など、そういうところで、世の中の流れのようなものを感じ取っていたようにおもうわけで、それに、回し読みできるのが面白いコトなのかもしれず、ネットで購読している日経新聞は、奥方と回し読みができないし。半年や1年ごとに、いろいろな新聞を取り替えながら、もう一度、新聞を定期購読してみようか…と、奥方もいう。紙媒体は必要なのか必要でないのか。

世の中の、さまざまな、物事の在り様も、節分のような変わり目なのだろう。子供の頃の、内面にある、オニとして例えられる恐怖心などを、豆まきのオニワソトフクワウチのような言霊を通じて、笑いを通じて、乗り越える術を学んできたのだろうか..。それに、子供たちが、いや私たちも、どんな種類のフクを招くのが良いのか…ともおもう。マゴに、気付かされる、節分の夜だった。

「お餅つき」と「住宅相談会」

「お餅つき」と「住宅相談会」が、土曜日、日曜日と連続した週末。土曜日のお昼からは、毎年恒例の「お餅つき」を開催し、沢山の方々に参加頂いて、この場をかりて、感謝の気持ちを伝えておきたいが、そうそう、日曜日の今朝、目が覚めて、お便所に行くための一歩を踏み出すと、足に身が入っていて、フニャフニャとなって、あれぇ、あっ、これぇ、昨日の、二三回、杵を振り上げて、二臼分ほど、お餅をついて、ソレだなぁ…っと気付くと、歳だなぁ…という、どちらかというと、使いたくないコトバが、脳裏から舌に振動してきて、ぐっとこらえて、声に出さずに呟いてみた日曜日の朝だった。

  

「お餅つき」の面白さは、チームで、力をあわせて、お餅を作るコトなんだろうが、特に、昔ながらのやり方で、お米を蒸すための竈と、お湯を沸かすための竈を使って、火を燃やし続けることが、音楽のドラムのリズムのごとく、ツインドラムとなって、エネルギーをたきつける役目をしてくれて、熱気を周囲に漂わせながら、徐々に気分が盛りあがってくるわけで、杵を振り上げて力強くお餅をつく人と、臼の中のお餅を返す役目の手際の良い所作の、二人の協働作業を通じて、ペッタンペッタンという力強い音と掛け声に刺激を受けながら、徐々に「覚醒」していくような気分。そのあと、アツアツのお餅が、台の上に置かれて、お餅を丸める、女性的な作業が、興奮した気分を鎮めてくれて、ちょっと瞑想的でもあるわけで、なんといっても、そんな、所作を通じて作られた、突きたてのお餅の美味しさは格別で、きっと、滋養強壮エナジーが、トッピングされているのだとおもう。

午後5時過ぎに、ワタシの役目として、最後のお餅を突き終わる儀式をし、参加者の皆さんを送り出し、皆で片付けを終えると、一本締めで、年始のお餅つきを終えるのだけれど、その後も数人が、囲炉裏を囲んで、2次会は続いていて、その様子を眺めながら、会社前の母屋に、ちょっと立ち寄ると、ちょうど、全豪オープン女子の決勝戦が行われている真っ最中で、しかも、第二セットのチャンピオンシップポイントを握ったところだったので、こちらも勝利した気分になってきて、囲炉裏で飲んでいる連中に、勝利の報告してあげようと、一瞬、脳裏をかすめたが、あれよあれよと、ポイントを取られて、第二セットを落とした。奥方は、もぉ、見てられへん!っと、別の番組にチャンネルを変更し、ドギマギしていた。それにしても、テニスって、とってもメンタルなスポーツだな…。

粘り強い勝利に歓喜したが、サタデーステーションでのキャスター石坂浩二が、大坂なおみさんには、沢山の、自分自信を見守るものが、ついたのですよね。みたいなコメントをしていて、そうか、自分自身を見守る沢山の存在を持つ事が、よりよく生きるコツなのか….と、大坂なおみの、場面ごとの仕草がフラッシュバックした。そういえば、今朝日曜日のインタビューでは、第二セットのチャンピオンシップポイントで、勝利する前に勝利した気分になって…。みたいなコメントをしていて、確かに、見ている人まで、そんな気分になったわけで、こういう曲面の、こんなメンタリティーって、小さな物事において、誰にでもある感覚だが、それにしてもこんなに、試合中に、自分のメンタリティーを、観客と共有しながら、気分の切り替えや、我慢強さも含めて、試合を魅せるプレーヤーって、希有だし、黒人の肉体美と日本人のメンタリティーの融合っていうのも、なんだか刺激的だなぁ…。

 

住宅相談会があった日曜日。午前中の、お子さん連れのご夫妻でお越しになったAさんは、生野区在住で、お子さんが幼稚園に通う前に、生駒で、新築を思い描いておられて、駅から近いところにある、ちょっと変則的な土地に興味をもって、持参頂いた資料と、グーグルのストリートビューを見ながらコミュニケーションが弾んだ。「平屋」をご希望で、それならっと、会社向かいの減築リフォームした平屋の母屋を参考にしてもらったが、昨今、平屋への憧れが、ますます増えているような気配。

お昼からのBさんは、男性ひとりでお越しになられて、昨年に、生野区で、建て替えの、狭小間口の3階建てプランと概算見積を提出していたが、その後、ハウスメーカーや工務店を回られたあと、かなりの時間が経過して、再びうちに来られて、弊社のプランが気に行っているので、こんな総予算で、出来ないでしょうか…というご相談で、後日、仕様を見つめ直して、提案し直す事になった。

夕方のCさんは、母と娘さんのお二人で来社されて、生野区の間口2軒の長屋の一階で、店舗を営業し、2階にお住まいで、家族のおひとりが足に負担ができて、店舗を通ってしか、住居にいけない間取りを、店舗を通らずに、道路から直接2階に行ける階段を取り付けることができないでしょうか…というご相談で、構造的変更の問題点が多く、費用対効果の問題点もお伝えし、後日、現地調査をし、一緒にプランを考えることになった。

 

土曜日のお餅つきでは、お引き渡しをした、たくさんのお施主さんにお越し頂いて、つきたてのお餅を食べながら、あれやこれやと、家の話を中心に、四方山話で盛りあがったが、日曜日の住宅相談会では、そのお餅つきでの皆さんのエネルギーのお陰を携えて、打ち合わせに臨めたので、エネルギッシュに対応出来て、「相談」というステップの楽しさを、あらためて共有できたが、実際の「ものをつくる」ステップになると、さまざまな実作業とともに、さまざまな「メンタリティー」が交錯してくるわけで、沢山の見守る存在をもつ事が、よりよいものづくりのコツなのかなぁ….なんて、もろ、テニスの影響。

「空き家カフェ」と「ものづくりセッション」

「空き家カフェ」と「ものづくりセッション」が、土曜日、日曜日と連続した週末。木村工務店的には、土曜日の「空き家カフェ」の準備を、そのまま流用し、日曜日の「ものづくりセッション」に使えたので、社員や職人さんの負担が少なく済んで、それはそれで、良かったが、なんというか、こういうイベント事をやり続けると、な~んとなく、会社としての、本業が、おろそかになるような感じがし、シャチョウとしての立ち位置を鑑みても、躊躇するところもあるのだが…

幸い、「手伝い」という、昔から、大工の手元として、大工仕事以外を手伝う、多能工としての職人さんが、何十年も存在しているのが、木村工務店の伝統で、毎朝7時前には、会社の加工場に出社してくれて、うちの社員よりも先に、「おはよう!」と、手伝いの職人さんや大工さんと挨拶しあうのが、日課というか、ルーティンで、その手伝いさんたちが、日曜日の、ワークショップやイベント事の、遊んだ雰囲気を、月曜日の朝7時頃に、綺麗に片付けて、まるで、何事もなかったように、「シゴト」の雰囲気に、スパッと、切り替えてくれる、そのお陰で、月曜日の朝は、「会社」が、シゴトモードになっているわけで、そうするコトが、会社として当然のコトなんだけれど、それでもやっぱり、この場をかりて、「手伝い」の皆さんに、感謝をしておきたい。

1月19日土曜日の「空き家カフェ」は、拡大版と名付けて、生野区の行政の呼びかけによって、参加者を募り、今まで完成した4件の実例に関わった関係者が、プレゼンターとして登壇し、動画を交えて、実例をプレゼンするトークイベントで、ケンチク系のプレゼンとの大きな違いは、空き家をリフォームした家に住む、「住人」4人自らが、プレゼンターとして、マイクを持って語ったコトで、それぞれが、「まち」と関わりを持ちながら生きていく「居場所」として、「空き家」をリノベーションしたことが、特徴的な出来事で、そんな体験を、参加者の方々とシェアーするイベントだった。

2016年の12月19日から毎月19日に継続して、この3年間ほどの間に25回開催し、実例が4件で、多いのか少ないのかは別にして、「空き家」という、「まち」のお荷物のような存在を、何か新しいものを受け入れる可能性がある「オープンスペース」として、まちの「資源」として、その活用方法を模索する取り組みが、空き家カフェという「コミュニティー」となったわけで、空き家のオーナーと、空き家を活用したい人と、様々な分野のプロフェッショナルのひとたちが、ひとつのテーブルを囲んで、コミュニケーションをすることの、その連続性と継続性が、コミュニティーの核となっているのだろうし、なによりも、空き家をリノベーションした住人が、まちと関わり、持続可能なまちづくりとして参加していこうという事例が生まれたコトが、とっても面白い出来事だったとおもう。

日曜日の「ものづくりセッション」は、おもに生野区に拠点を置く、ものづくりの企業が中心となり、学生も交えながら、それぞれの会社のコトをプレゼンするプレゼンターが、その日の主役で、それに対して、参加者皆で、あーだコーダとファッシリテートし、意見を述べ、学びあいながら、ゆるやかな関係性を築いていくわけで、それは、音楽のセッションのように、ものづくりを語るセッションであり、ちょっと遊びのような、ゆるーい雰囲気が特徴的で。こちらも、生野区の行政の方の関わりが、その扇の要になっていて、夜の懇親会も交えて、ものづくりの好きな、職人気質な人達と、一緒に過ごす時間が楽しい。

「空き家カフェ」と「ものづくりセッション」は、どちらも、生野区の行政の方々が、大きく関わっていて、行政と、いわゆる私たち民間が、補助金なしで、どんな関係性で、どんな協力関係を築いていくかを体験しながら、「空き家」や「ものづくり」を通じて、「良いまち」になっていく可能性を模索しているところが、オモシロイコトで、そんな、ちょっと、怒濤のような週末だった。

しんどたのし

今週から、新年としての仕事が、スタートし、1週間近く休んだ後でもあり、それに、年末には、大掃除をし、会社や倉庫や机回りが綺麗になっているので、なんとなく、会社全体に、心のリフレッシュ感が漂っていたりして、ゴールデンウィークやお盆休暇とは、休み前に、整理整頓と大掃除をすることが、大きな違いで、意外とそんなのが、心のリフレッシュに大きく影響しているのだな。と感じさせるような年始の雰囲気だった。

新春の心のリフレッシュ感はあるのだが、心身といわれる、心と体の一体感としての、体は、少々運動不足気味で、唯一の運動としてのロードバイクも、昨年の10月11月12月の3ヶ月間で、4度ほど、しかも短い距離しか乗っておらず、お正月に、何十年もやり続けていたスキーも、昨年と今年はやらずじまいで、いま思うと、新年の初めに、スキーで、体に負荷をかけることで、「心身」としてのリフレッシュを計っていたようにおもうわけで、3日宿泊した伊勢志摩のホテルにジムがあり、4日の早朝に、自転車を漕いでみたが、初体験だったので、運動になったような、なってなかったような。

そんなこんなで、正月前後の食べ過ぎと、運動不足で、なんとなく、体のフラストレーションがあり、かといって、寒いので、ひとりで、外に出て、自転車で走るメンタリティーの強さもなく、そこで、土曜日の夜に、同級生に、お誘いのLINEをしてみると、ワタシを含めた4人が、同じような心境だったようで、あっという間に話がまとまって、日曜日の朝からライドする。

家を出て、久宝寺緑地から八尾の寺内町を通り抜け、葡萄坂下のセブンで待ち合わせをし、葡萄坂から、のどか村を通って、信貴山朝護孫子寺に参拝する。正月明けで、意外と参拝客が多いのには驚いたが、霞立つ大和平野と山々の眺めが心地良い。自転車に乗るようになってから、一年に数度、信貴山朝護孫子寺をお参りするようになったが、虎の大きなオブジェが、印象的で、聖徳太子が物部守屋を討伐するための戦勝祈願をすると、寅の年の寅の日の寅の刻に、天空から毘沙門天があらわれて必勝の秘法を授かった。とあり、そういうのが、ちょっと不思議な気分にさせるお寺で、本堂に、オン・ベイ・シラマンダヤ・ソワカという、コトバを唱える張り紙があって、それも不思議でオモシロイ。

堅上の方へ下って、猪の檻がある葡萄屋さん横のビュースポットで休憩し、遠くに見えるPLの塔を眺めながら、国分の方へ下る。国分から竹之内街道を登る。日本最古の官道といわれるだけあって、独特の雰囲気があり、自転車を漕ぎながら、時折、古代にタイムスリップし、物資や文化を伝えた人達が行き交う姿が、見え隠れするような、そんな気分にさせてくれるのが、なんともいえず好き。道の駅で休憩したあと、太子カントリーの横を通り、南河内郡の河南町の方へ下って、いちご農家が造る米粉パンの米夢で、ようやく食事にありつけた。


この辺りを走ると、PLの塔が、あちらこちらで、出現し、眺められるのが、好きだが、それにしても、PLの塔の作者は凄いよな。太陽の塔も不思議だが、あのPLの塔ほど、不思議なものはなく、あんなのを、あの大きさのランドスケープとして、作れる勇気が凄いよな。石川と大和川を通り瓜破斎場の横を通り抜け平野から家に帰りついたが、それにしても、「しんどいけどたのしい」新春の初ライドだった。

1 2 3 9