住宅相談会と空き家カフェな日曜日

「住宅相談会」と「空き家カフェ」が重なった日曜日。朝10時から「住宅相談会」が始まるが、とってもエエ天気の朝だったので、早朝から自転車に乗ってみようかとおもったものの、朝一の、起きて着替えるタイミングを、ダラッとして、逃してしまい、それで、気持ちを切り替えて、奥方と朝風呂に出かけてみたら、男湯はいっぱいだった。

中高年のオトコの楽しみ日曜日の朝風呂。なんていうキャッチフレーズが頭の中で舞っていたが、サウナに入ったあと、水風呂入って、暫くすると、体の周りに、体温と水温の中間温度の膜が出来て、ちょうどエエ感じになってきた時に、誰かがドボ~ンと水風呂に入って、水をかき乱し、そのエエ感じの膜も掻き乱れて、体に冷たい水温が押し寄せてきた時、お願い!静かにそっと入ってぇ!と心の中で訴えている水風呂でのワタシが居て、そういう反応を心のどこかで笑っているワタシも居てる。という構図を、何度か繰り返し体験するのが、オモシロいが、温熱環境における空気の移動による熱の移動。隙間風による熱の散逸と同じやなぁ。なんて心の中で呟いて、この状況を楽しんでみようと、どうでもエエような努力をする朝風呂のワタシ。

午前中のAさん親子は、東成区で長屋住まいで、同じ東成区で新居を考えておられて、日住サービスのホシさんにも参加してもらいながら、グーグル上で、土地探しをやってみたが、予算の中で、小さな土地に小さな新築にするのか、長屋を購入してリフォームするのか、中古の建て売り三階建てを購入してリフォームにするのか、どれかにターゲットを絞るのが、とっても悩ましい状況で、それなら、縁があった案件に依存して、その案件に最適なプランとコストのバランスを提案することが、私たちの任務のようなもので、密集市街地の人気のある地域で、住まいを探すのは、とってもムツカシイが、それなりのオモシロさもある。

お昼からのBさんとCさんとの「住宅相談会」は、設計のタナカくんとタカノリに任せて、「生野区空き家カフェ」に参加する。本日は、生野まち歩きを主催する、同じ名字の木村さん、通称キムラーさんが、午後1時より、JR寺田町駅から生野区の空き家を巡るまち歩きで、最終目的地の生野区中川東にある、荒岡長屋にて、空き家カフェのミーティングをする。という予定だったが、40人もの参加者に恵まれて、ワイワイガヤガヤ、ちょっとした団体が生野のまちを練り歩いた。

日曜日だったこともあり、参加者には、東成区長と生野区長が、プライベート参加してくださり、ミーティングでは、コメントも頂戴して、まちの抱える高齢化問題。子育て世代が参入しにくい長屋という密集市街地のまちのイメージ。耐震という建築的重要性の問題提起による長屋の空き家率の上昇。近隣の音の問題。などなどネガティブな問題も多いが。顔見知りと一緒に住むコミュニティーとしての良さもあるわけで、建築として良いまちだけでなく、住人というヒトがオモシロイまちとして、「人が集まるまち」になる余地もあって、生野区空き家カフェは、そんな可能性を模索しているのだろうし、「空き家」という、ある種の「オープンスペース」が、興味の対象となっている参加者それぞれの意見をシェア-することで、コミュニティーのようなものが発生しているところに、空き家カフェのオモシロさがあるのかもしれない。

朝のお風呂屋さん、会社応接間、生野のまち、空き家、長屋、それぞれの居場所で、それぞれのいまとここを楽しむ、多様でユニークな人達と、一緒に過ごした、とっても気候の良い天気の日曜日だった。

 

5月12日日曜日母の日

とっても長いゴールデンウイークが終わり、いきなりトップスピードで走り出すのが工務店流なのだろう。今日は、社員の現場監督ナンバくんの結婚式があった日曜日で、なんと1985年5月12日日曜日母の日が、ワタクシたち夫婦の結婚記念日で、2019年と1985年の違い、令和と昭和の違いがあるものの、偶然、全く同じ日を、結婚記念日として共有することになった。そうそう、大安と先勝という六曜の違いもあるけどね。とってもフランクで現代的な結婚式と披露宴で良かったが、ワタシにとっては、34年の歳月を振り返ってみる機会にもなった。

昭和な時代は、結婚式を挙げ、新婚旅行に行き、入籍する。なんていう流れだったが、最近は、うちの長男も含めて、まず、入籍し、一緒に暮らし、結婚式や披露宴を挙げ、新婚旅行に行く。なんていうのがオーソドックスになってきたようだ。儀式としての結婚式や披露宴からフランクでエンターテイメントな結婚式になってきたし、それなりにクオリティーが高いビデオ映像を、自分達で製作し、会場に流し、列席者を映像で楽しませてくれるのは、新郎新婦の人となりや、家族や、友達の様子が解かって、楽しい。映像を誰もが簡単に作れる技術が、プレゼンテーションに革命をもたらしたのだろうし、それと、写真撮影タイムが、どんどん増えて、それが、披露宴のなかで、違和感なく、エンターテイメントされているのが、いま。なんだろう。

主賓の挨拶を頼まれるのは、嬉しい気持ちもあるが、ちょっと辛くもあり、会社の社員や協力会社のひとたちの前で喋るのとは、全く違う、結婚式独特の緊張感があって、一週間ぐらい前から、微妙に緊張が始まり、仕事の合間の時々に、どんな挨拶にするのがエエか…と、ふと浮かんできて、式の2,3日前は、今の時代、結婚披露宴は、なかってもエエんとちゃう…。みたいな、至極個人的なプレッシャーで、ネガティブ掛かってくる始末で、当日の、結婚式場でも、なんとなく落ち着かなく、ましてや自分の挨拶までは、お酒を飲んでリラックスする気分になれないわけで、披露宴開始直後の挨拶で、結婚披露宴の雰囲気をだいなしにしてしまうかも…なんていう、今日の日曜日の朝から、挨拶直前までの、ワタシの心模様のオモロイコトオモロイコト。

挨拶を頼まれると、どの披露宴でも、前日までの、なんとなく、億劫な気分が、披露宴に参加し、挨拶が終わると、新郎新婦やご家族や友人たちの、幸せのエネルギーをいっぱい浴びて、列席して良かったなぁ…という気分になり、それが、結婚披露宴がもつ、独特の緊張と解放の連続性による、ちょっとした「ハイ」なんだろう。

昭和な時代は、男性社会で、妻が夫をたて、妻が一歩引いて夫を支えるのが、夫婦円満な時代だったのだろうが、平成から令和になって、より女性が活躍する社会になっていくだろうし、夫が妻をたて、夫が一歩引いて、ゴメンっと云って生きていくのが、令和な時代の、夫婦円満のための、夫の在り様なのかもしれないと、ワタクシの、34年間の、オクガタとの関係性を翻ってみて、そんなコトを感じ、挨拶に織り込んでみた。

5月12日日曜日母の日の結婚式と披露宴という偶然の共有のお陰で、あの日の、ワタシとオクガタの、祖父母の喜んだ姿や、両親の思いを再体験する機会に恵まれた、そんな社員ナンバくんの結婚式と披露宴だった。おめでとう!

 

平成と令和

とっても特異なゴールデンウィークだった。いや、まだ、今晩の5月5日こどもの日の日曜日の夜と、明日6日月曜日の振替休日を残しているのだけれど、東京、高田馬場の、次男が下宿する部屋に、夫婦二人で転がり込んで、このブログを書くワタシ。昼前に東京に到着し、上野の国立西洋美術館のコルビジェ展を見て、次男と3人で、神楽坂で、食事をし、それがぁ、神楽坂など、勿論、行ったコトないが、平成だった昨年に、しまなみ海道の宿、輪空Linkで、自転車トモダチになり、大阪のうちの家まで遊びに来てくれた神楽坂在住の方に、フレンチのお店を紹介してもらって、次男の様子伺い的な食事会をした。

その、しまなみ海道の宿、輪空Linkへは、4月28日宿泊し、29日と、小学校からの同級生5人で、還暦ライドを楽しんだが、4月30日の夜は、偶然にも、その輪空Linkで、知り合った、湘南在住のご夫妻が、大阪観光がてら、うちの家に遊びに来てくれて、鶴橋の一龍で、焼き肉を食べ、生野区の秘密基地ソケットで、スコッチな夜を共にした。それが、平成最後の夜となったが、なんというか、平成最後とか令和最初とか、そんなコトバ使いが、流行な感じすぎて、気恥ずかしいが、とにかく、大阪の自宅の布団のなかで、「平成」という元号が、終わった夜だった。

5月1日の朝、10時すぎ、新潟県長岡市の馬高縄文館で、「火焔土器」たちと遭遇したのが、「令和」最初の出来事だった。その馬高・三十稲場遺跡で、縄文の恵まれた風土を体感し、その駐車場の車の中で、新天皇のお言葉を拝聴した。おそらく、誰もが、なんとなく、潜在意識のどこかで、象徴天皇とは….と、考えさせられた、特異なGWではなかったのだろうか….。

なんの巡り合わせか、火焔土器に逢いに行く旅だったのに、奥方の父方の祖母の出身地で、ことあるごとに、義父は、長岡を慕い、長岡出身の山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」というコトバを慕い、死ぬ前に、孫達に、そのコトバを送っていた。その父を慕う奥方は、義父の好きな長岡の地で、「令和」の時代を始められたコトを、ひっそりと喜んでいた。縁とは不思議。その長岡駅前のビジネスホテルのベットが令和最初の寝床となった。

5月2日は、十日町の大地の芸術祭を車で巡礼し、松之山温泉の熱い薬湯で湯治した。温泉宿として、フツウの畳の和室に泊まりながら、フレンチのフルコースと、その料理に合う日本酒を提供する。そんな、ありそうでない組み合わせを考えて、頑張る、若き4代目の姿が、とっても印象的だった。

5月3日4日と、長男家族と軽井沢で合流し、孫たちと一緒に過ごした。4日の朝、3時間ほど、ひとりで、自転車に乗って、碓氷峠と軽井沢、追分周辺を巡り、別荘地とベンツの組み合わせ率の高さに感嘆しながらライドした。長男に教えてもらった、吉村順三の別荘建築のカフェ、エロイズカフェに立ち寄ったが、超満員で、入るのを諦めた。そんなことを、フェースブック上の話題にしてみると、建築家の秋山東一さんと、こんなやりとりになった。

そんなこんなで、5月5日東京の夜。木村工務店は、5月7日から「令和」としての通常営業が始まります。社員職人共々、新鮮な気分で、建築という、ものづくりに励んでいければとおもいます!

全国の工務店のひとたちと過ごした二日間

木村家のリフォーム工事で、天井材として、吉野檜の柾目板を、坂本林業のサカモトさんが、納材してくれて、そのご縁で、その吉野檜材を皆に見てもらおうと、サカモトさんが、さまざまなひとを連れだって、木村家を訪問してくれた。そのひとくみに、京都のツキデ工務店の息子さんツキデくんが、建築家の秋山東一さんと共に訪問してくれて、その時のご縁が、ちょっと広がり、名古屋のコスモホームの鈴木さんが主催する、「秋山東一設計道場」というのがあって、ひょんなコトからそれを木村工務店で開催するコトになり、それが今週の23日24日の二日間の出来事だった。

道場終了後、秋山東一さんから、フェースブック上で、こんな表現を頂戴した。

 

 

加工場では、3時間、ひと言も喋らず、シーンとした雰囲気の緊張感のなかで、設計道場が繰り広げられた。後日、ワタシは、秋山さんのフェースブックに、こんなコメントで、表現した。

ゴールデンウィーク前の、とっても印象に残る、二日間だったが、さて、木村工務店では、4月28日から5月6日までの9日間、ゴールデンウィーク休暇を頂戴します。皆さん、素敵な、GWを!。

春エナジー

とっても気持ちの良い春らしい気候。ちょっと暑いぐらいの日曜日だった。本日は、絵本作家、谷口智則さんのワークショップがあって、靴に絵を描くワークショップだったが、ワタシには、靴に絵を描く。なんていう発想と感覚を全く持ち合わせていなかったので、最初は、どういうコト?っと、不安げにおもったが、「まちのえんがわ」スタッフのアオキさんの試作をみると、案外カワイくて、これいけそう!と感じると、20人の予約は瞬く間に満席になった。

 
 

たくさんの子供さんたちが参加するワークショップは、独特の活気感があって、ワタシのような年齢になると、こういうエネルギーに触れながら、子供達のために、何か印象に残るような、ものづくりの体験を共有できる、そんな機会を作るコトが、ワタシの楽しみにもなる、そんなワークショップを開催せんとアカンなぁ…って、考えたりする。

ま、それにしても、何よりもタイヘンなのは、タニグチさんで、参加者全員の片方の靴に、即興で絵を描くわけで、ちょっとした修行のような様相もあり、その一生懸命に絵を描く姿を眺めていると、あっ、オレも、一生懸命、ものづくりせんとアカンなぁ…と。子供達のエナジーとは別の種類のエナジーを受け取るのが、毎回、このワークショップの楽しみでもある。

そうそう、タニグチさんお住まいの古民家を木村工務店でリフォーム工事し、この6月頃に、テレビ番組の「十人十色」で、放映予定だそうで、よろしければ、皆さん、ご覧下さい。

4月のこの時期になると、いろいろな会合が重なるのだけれど、月曜日。お昼から生野区のオオツカさんとキムラーさんの3人で、5月19日日曜日の「空き家カフェ」の開催方法を話し合った。話が盛りあがり、うちの家に移って、庭を眺めながら、四方山話が続いた。火曜日。氏神さまの「清見原神社」の春祭があり、氏子総代会の数十人で参拝し、玉串を奉った。水曜日。野池さんが代表を務める暮らし向上リフォーム研究会は、「コアリノベーション研究会」と名称をあらためて、定例の研究会を木村工務店の3階会議室で開催し、温熱環境をシミュレーションできるリフォーム工事の見積書を討議した。その夜、「鰻の日」と名付けた、鰻丼を研究する3名だけの集まりが、堺の老舗、「鰻竹うち」であった。定期的に集まり、鰻を食べると、いろいろなコトに気付いてオモシロい。この話は、また別の機会にでも。木曜日。協力会社との「精親会第97回ゴルフコンペ」があった。ここ十年以上、年に2回しかゴルフをすることがないので、練習もまったくせず、成績は不甲斐ないが、それにしてもゴルフって、メンタルなスポーツだな。とあらためておもう。金曜日。「生野消防署の防火協力会」の会合が朝からあり、祖父の代からの引き継ぎなので、粘り強く出席を積み重ねることにしている。午前中早々に会合が終わったので、生野区の「食と農のプロジェクト」に参加した。お昼からは毎月19日に、木村工務店で、開催している「空き家カフェ」が、生野区民センターで開催し、想定以上に多くの方々に参加頂き、プロモーション活動に関して、あれやこれやとコミュニケーションした。この日の夜。毎月開催している、「大工ミーティング」があり、その後の「とんちゃん食堂」は、とんちゃんの還暦を祝う、「ひろみ食堂」と名付けて、うちの奥方が料理を作って、皆で、とんちゃんの還暦を祝いながら、あーだこーだと食べて飲んだ。

こんな一連の流れが、「春のエナジー」なんだろうな。

スーパーウイングスとアトム

日曜日。同級生4人で、自転車に乗る予定だったが、朝の10時から雨の天気予報だったので、中止にすると、孫たちも、天気予報に従って、外出しない様子で、きっと、退屈だったのだろうか、朝の7時から、私のベットに、スーパーウィングスのジェット機のおもちゃを持って、なだれ込んできた。

このスーパーウイングスとうのは、ジェット機が変身ロボットになる仲間たちがいて、世界中の子供達に、心待ちにしているパッケージを、宅配のように玄関先に届けながら、世界各国の先々で起こるトラブルを、皆の力で解決していくストーリーなのだけれど、ガンダムのようだが、戦士ではないので、戦いシーンがなく、武器も持たず、平和的でほのぼのした感じで、デザインも「ずんぐりむっくり」で、カコイイ系というより、ちょっとカワイイ系。それが、韓国と中国とアメリカの共同製作というのが、かなり以外な感じがしたが、マゴたちは、Netflixの映像を見て、小さな変身ロボットになるジェット機のおもちゃを買ってもらい、毎日のように、遊んでいる。

ジェット、ジェローム、ミラ、ディジー、ポール、ドニー、ベロ、なんていう名前が、日曜日の早朝から枕元で、語られるのだ。寝間着のまま、片手にドニーを持たされて、飛べ!という。ジェロームとジェットはマゴが持って離さないので、マゴ好みだな。ベロが、見当たらずどこかにいってしまったと嘆いていたが、そのシマウマのようなストライプデザインのベロとグランドアルバートはプロペラ機で、ちょっとワタシ好み。世界の国々に宅配するという設定がオモシロく、子供の心を世界に向けていく。

ワタシは1959年生まれで、1963年に鉄腕アトムの放送が始まったらしい。うちのマゴと同じような時に、ワタシは、鉄腕アトムに夢中になっていたのだな。21世紀、人間と同じ感情を持ち、10万馬力で、正義の味方として悪を退治し、地球を守るロボット。ロボットゆえに差別もされる。そんな設定だった。その21世紀になった今、うちにアトムはいないが、irobotのルンバが居る。毎日、スケジュールを組んで、床掃除をしてくれて、それが、どんな場所をどんな面積で何時間働いたか、スマホに報告される。時々,ルンバの片輪が脱線しています。とか、エラー報告もあり、家では、ルンバちゃんと呼んで、頑張ってるなぁ!と褒めてあげたりして…。

家電製品の進化はオモシロイが、パナソニックのスイッチプレートのアドバンスシリーズも、リンクモデルというのができて、スマートホンや音声で、照明器具を多彩に操作出来るらしい。自動車税が、13年超えると値上がりされるのは、企業と政府の妙な関係性に納得しにくいが、14年ぶりに自動車を乗り換えてみると、ハイブリットとか電気自動車とかエンジンもののテクノロジーの進化もあるが、自動ブレーキやレーンキープや追従機能や交通標識認識システムなどなど、この10年のドライバーを支援するテクノロジーの進化に驚く。

マゴたちの今のアニメが、2050年頃の指標となるのなら、どんな世界観の時代になているのだろうか…。

しだれ桜と。

とっても気持ちの良い天気の日曜日。大阪の桜は、ようやく、満開か。いや、9.5分咲きか。なんだか、今年の桜は、ぱっ! と咲いて、満開にならない感じ。じっくり時間をかけるより、勢いで開花したほうが、桜は、綺麗なのかもしれない。建築工事でも、確かに、時間を掛けすぎるより、ある程度の勢いで、作った方が、出来映えが良い時があって、昨今の職人不足な建築現場では、勢い不足な感が否めず、今年の桜は、建築現場の昨今を反映しているのだろう。

「まちのえんがわ」の珈琲ワークショップで、ドリップ珈琲の入れ方を学んだが、じっくり時間を掛けてドリップしすぎると、雑味がいっぱいでて、勢いが良すぎると薄味で、ちょうど良いスピードで頃合いの量の湯をじわーっと注ぎ続けるのが良いようだが、桜も、温度変化が激しいより、適切な気温が、徐々に徐々に上がって、一気に気持ち良く開花するのが、綺麗な桜になるのかもしれない…。

うちの家のしだれ桜は、決して美形ではなく、日本全国に点在する、スター桜たちとは、ほど遠い存在で、自宅の庭にあるが故に、ごく少数のヒト達から褒められ、花見されているのだろうし、たまたま立ち寄った園芸店で売っていた膝丈ぐらいの桜の苗木が、こんなに大切に育てられて、こんなに成長し、ちらほらだった桜も、そこそこの満開の桜になってきて、まだまだ垂れる姿が美しいというほどの枝振りではないのだけれど、庭の象徴的な一本になって、きっとこのしだれ桜本人が、もっとも驚いているのだろう。

ヒトの想いとは不思議なもので、しだれ桜に誰よりも強い思いを抱いていたのが、うちの親父で、最初は庭の片隅に植えていたのを、20年ほど前に、リビングから眺められる中心において、毎年の成長を楽しみにしていたようで、リビングにゴロンとなりながら、夫婦仲良く桜を眺めている姿を目撃したし、社員や大工さんとの花見の宴を、何よりも楽しみにしていた。

もちろん、というのも恥ずかしい話だが、親の気持ち子不知というように、父の生前は、そんな想いを汲み取ろうとする気配すらなかった「私」で、亡くなってから、その想いを聴こうとする気持ちが芽生えてきて、リフォームの時に、「庭の桜とゴロンとできるリビング」だったビフォーの関係性を「庭の桜と大きなダイニングテーブル」というアフターな関係に変えて、朝食・昼食・夕食と、より多くの時間を、しだれ桜の木と関係性をもてるようにしてみた。

4月29日の金曜日は、ちらほら開花した程度の桜だったが、社員と大工さん手伝いさんとで、恒例の花見の宴を催した。4月3日は、請負契約のあと、建築家のヤベさんと建築写真家のササクラ夫妻と、短時間だったが、お花見ランチをした。4月4日は、建築家の秋山東一さんと名古屋のコスモホームの鈴木さんと、うちのタカノリの4人で、お花見ティータイムミーティイングをし、建築のコトを語り合った。4月5日は「まちのえんがわ 橋爪事務所」のハシヅメくんとその友人二人の、暇人三人組と呼ぶらしいが、オトコ4人のお花見ランチ会をし、30台の若いひとたちと、生き方について考えてみた。4月6日は、桜の季節に合わせて、祖父、祖母、父、母の法要を木村家兄弟家族が集まって催した。リフォーム工事が長引いたために、木村家で、仏壇をお参りする習慣から遠のいていたので、父のしだれ桜への想いをきっかけにして、兄弟家族が集まることになった。4月6日土曜日の夜は、いろいろな偶然が重なって、なぜか、孫のイッケイと二人だけで、ビールと冷たいお茶とおかきの夜桜の宴を楽しんだ。今日の、4月7日日曜日は、お昼からの住宅相談会が終わった後、夫婦2人で、縁側焼き肉お花見を、楽しんだが、早々に、孫二人が乱入してきて、とっても嬉しいような。ちょっと嬉しくないような。

今年の桜は、まだ、暫くもちそう。なので、しだれ桜の、縁を、もうちょっと、繋げていければ…とおもう。

還暦同窓会と新元号

庭の桜が5分咲きになった3月31日の日曜日。明日4月1日は、新元号が発表されるらしいが、そんな区切りに合わせるかのように、還暦同窓会があった日曜日で、住吉高校29期生百数十人が、昼の12時に、ミナミのホテルで集合し、久しぶりの懇親を深めた。高校卒業以来のひとも沢山いるわけで、誰だか、想い出せないひともいて、自分の高校時代の、在り様を、なんとなく、振り返りながら、仲間と一緒に過ごしているうちに、青春時代を再体験し、いや、おそらく、そんな再体験をすることによって、これからの人生をよりよく生きるエネルギーとなるのだろうが、2次会、3次会、4次会、5次会。最後は、一年に一度二度会う、親友三人で過ごしながら、この場に一緒にいるはずだった物故者を弔い、気付いたら深夜になっていた。いま、家に帰りついて、4月1日午前3時。寝て起きると、新元号と共に、あらゆることが、リセットされ、リフレッシュされるコトを祈って、これまでで、もっとも短いブログとして、眠りについて、再スタートを切ろうと思う。

  

ピザとイチロー

21日春分の日。朝は生憎の雨だったので、家で過ごす。本とか。音楽とか。なんていうイメージだったが、モーニング珈琲でも飲みながら、雨だし、夜は、孫たちと、薪ストーブで、ピザを焼くのもエエなぁ…と何気なく考えていたら、「まちのえんがわ」ワークショップで、生地造りからビザのワークショップを何度かやっていて、どんな配合で、どうやって生地を作るのかと、想い出そうとしてみたが、料理が苦手な私の記憶は曖昧で、全く想い出せず、そういえば、最近は、テレビ画面で、YouTubeを見るようになって、美味しいピザの作り方。と検索してみると、さまざまな生地造りの映像が次から次に流れて、視聴しているうちに、料理ベタな私でも、なんとなく出来そうな気分になってきた。「映像の力」ってすごい。

奥方もその気になって、材料を買ってくるわ!と家を飛び出していった。私は家に残って、そのあとも、ひたすらYouTubeから流れるピザ生地の作り方の映像を見続けたが、そういえば、映像のひとつに世界一のピザ職人が日本人にいることを知って、その方が修行したナポリのピザ屋さんがあり、そのナポリの親方の職人さんが、元いたお店が、アメリカ大統領ビル・クリントンが、訪れた店らしく、そういえば、ピザ好きの長男と、イタリア山岳都市旅行をした時に、そのナポリのピザ屋さんで、マルゲリータを食べたことを想い出した。そうそう、先週、Netflixに、Jazzのジョン・コルトレーンのドキュメンタリーな映像があって、その中で、ビル・クリントンが登場し、コルトレーンを語っていた。意外なところで、意外なひとと遭遇する。ピザとジャズに関わっていたクリントンか…。

テレビ画面を見ながら、分量を計り、小麦粉をふるい、ドライイーストや、水や、塩や、オリーブオイルや、混ぜて、こねる。こねるのタイヘン。前掛け姿がまったく似合わない私。夜に孫たちが、帰ってきて、発酵の時間が短く、中途半端なうえ、生地を上手く伸ばすことも上手くできず、ま、そんなこんなで、焼いて食べるものの、美味い!という声にならない味だったが、それでも、それなりのディナーとなった。なんというか、そういう、静かに、趣味的に、ものを作ったりする時間が、楽しいし、ある種、瞑想的な時間なんだろう。

   

  で、その夜。作り疲れで、眠りにつこうかと、おもったら、イチローの引退会見が、始まった。あらためて、凄いなー。球場の雰囲気の独特な感じ。選手交代を告げられ、ダグアウト前で、選手ひとりずつとハグをするシーン。まるでロックスターのようなアンコールに応えてイチローが登場するシーン。インタビューでのアナウンサーとの受け答え。間。あれだけ簡単にヒットを打っていたイチローが、最後の最後、簡単にヒットを打てなかった。そのことそのものが、素敵だとおもわせる、生身な感じがエエのだろうう。修行僧の万行と満行だなぁ…。

引退翌日の夜は、イチロー現役引退記者会見ノーカット版をYouTubeで見た。「努力」するエネルギーを皆に与えるよね。

黄・赤・緑

めまぐるしく変化する日曜日の天気。朝、曇っていたが、雨は降りそうになく、天気予報も曇りだったので、久しぶりに自転車に乗って、十三峠に向かう。司馬遼太郎記念館の前を通ると、菜の花の鉢植えが、街路に並べられて、美しい。2月12日が司馬遼太郎の命日で、菜の花忌として、好きだった菜の花を記念館に飾っていたのが、街に菜の花を咲かせよう!と周辺のまちまで、広がったらしい。ひとりの小説家の「好み」が、まちの人にも愛されて、まちが黄色く彩られる美しい光景が、シンプルな「まちづくり」の見本のようなもので、きっと、この黄色い景色を見たいという気持ちが強かったから、うっとしい天気にも関わらず、早朝から自転車に乗ったのだろうな…。

久しぶりに十三峠を登ると、やっぱりしんどい。体重が2kg増えたのも徐々に堪える。心拍数が170前後で、ハッハッいわない程度のスピードで、ゆっくり登った。駐車場に着くと、パラパラしてきて、天気予報は曇りだったのに….とおもいながら、家まで戻ることにし、同じ峠道を下る。桜は、まだまだだが、サンシュウの群落が黄色く咲き誇る谷筋のガードレールに自転車を駐めて、暫く眺めた。数羽のウグイスの鳴き声が、遠くで、こだまして、ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、…、ホー….。まだまだこれからだな。どんどん上手くなっていくのだろうな….と聴いているうちに10分ほど経過した。

家に戻って、お風呂に入って、ワークショップでルプラ珈琲のニシミネさんから教わったように、ドリップで珈琲を入れて、モーニングを食べていると、勢いよく雨が降ってきて、天気予報がハズレたぁ…自転車に乗り続けなくて良かったぁ…とおもいながら、庇から雨が落ちる様子を何気なく眺めて過ごす。日本映画に、軒から雨滴が、したたり落ちるシーンがあるが、最近の住宅は、樋を取り付けるので、家の中から、ポトポト雨が落ちる姿を見ることは、ほとんどなく、それで、うちの家の、リフォーム前からあった中庭に、樋のない小さな庇を取り付けると、壁を伝う雨が、庇からポタポタと、落ちるシーンが生まれて、「中庭」というプランが持つ性質からしても、「眺める」という納まりを優先する部分もあるので、偶然性も含めて、リビングのソファーから、雨を眺める中庭となった。

そうそう、今週、還暦の誕生日を迎えて、庭を隔てて同居する、長男家族の孫と一緒に、ケーキのローソクの灯火を吹き消したが、流石に、50歳の響きと60歳の響きは、かなり違う気分で、還暦誕生日の一日前は、ほんのちょっとセンチメンタルになりながら、今までのコト、これからのコトを、それとなく考えてみたが、誕生日当日は、あたりまえにフツウなわけで、「赤いちゃんちゃんこ」と「赤い帽子」を身にまとい、2人のマゴと両手を握って、ハッピーbirthdayを歌ったのが、確かに、記憶に残る誕生日となったが、生まれ変わって、リセットボタンを押して、リスタートをきれたら嬉しいと、願う気持ちもあるわけだが、数日たち、淡々と粛々と日々が過ぎていき、いま、雨滴が落ちる様子を眺めながら、ありきたりに「いまとここ」をしっかりと生ききるしか….なんていう気分。

帰省していた次男は、設計事務所のアルバイトが、提出期限が迫って忙しく、戻ってきて欲しいとお呼びがかかったようで、還暦誕生日を振り切って、東京に戻っていったが、誕生日に、建築の本を私にプレゼントしてくれて、まさか、息子から、建築の本をもらうなど、想定外だったので、この雨があがるまで、その本を読んで過ごした。

 

    

昼過ぎて、雨が上がった頃を見計らって、造園の家谷さんが花宇さんと主催する植物の展示即売会に、奥方と味園ユニバースにいく。とっても雰囲気のエエ、気持ちの良い空間。元気の良い植物の力って凄いね。手頃な価格で欲しいのは売約済みだった。これっっとおもうやつは、高価すぎて、すぐに買う決心がつかなかった。奥方が、手頃でフツウな植物を3つほどゲットして、法善寺横町近くのインデアンカレーを食べて、地下鉄小路駅の階段を上がると、夕立のように激しい雨が降っていた。

雨上がり、夕日に照らされて、テーブルの上で、ゆらぐ、木々の葉っぱを眺め。めまぐるしく変化した天気を可笑しくおもい。さまざまな色を見た日曜日に感謝した。もうすぐ春分だな…。

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