新緑と自転車と建築

新緑の春だ。最高の天気。とっても気持ち良い気候の日曜日。

なので、久しぶりに自転車に乗ってみる。家から十三峠を登り、駐車場で休憩すると鶯の鳴き声の季節になっていた。今年は自転車で桜を見ることができなかったが、時折ぽっつんと咲く山桜に癒される。フラワーロードを通って信貴山朝護孫子寺へ参拝。「おんべいしらまんだやそわか」という呪文のようなマントラを唱えて拝むように書いてあるのが、不思議で面白い。陳列に飾ってある生花がなんとなく好きだなぁ。

 

柏原に下る立田古道里山公園手前の丘の階段に座って、コンビニで買ったおにぎりでモーニング。青空と大和ののどかな光景と鶯の鳴き声と葡萄畑とコンクリートの階段がお気に入り。国分へ下り南河内グリーンロードを通って竹内街道手前の道の駅近つ飛鳥太子で小休止。そうそう、久しぶりに乗って、坂を漕げなくて、中学生ぐらいの自転車に追い越された。心のなかで、俺も62やしもうすでに十三峠も登ってるし。と言い訳しているワタシに笑える。

さらに富田林方面へ。南河内グリーンロードを通って、南河内のパン屋さん米夢でお昼にしようと思ったら休みだった。ショックで疲れが倍増したが、気を取り直して道の駅かなんに行くと、今度は人が多過ぎてクラクラし退散した。近くのコンビニでパンとコーヒーで我慢。

そこから石川へ下ると新緑!だった。堰堤沿いの桜は散っていたが新芽が芽吹いてショワショワっとした感じがとっても気持ち良い。サイクリングロードから広場に降りて小休止。向こうに見える石のベンチで寝転がると、日焼けしそうな太陽と鳥の鳴き声と川のせせらぎと二上山のパワーに時が静止した感覚になった。建築をやっていると、こういう居心地の良さや気持ち良さを家造りに表現したいなと思う時があるがムツカシイ…。

大和川沿いのサイクリングロードからの帰り道に八尾空港へ。最近このルートの時は、ちょくちょく寄り道し、小さな飛行機の離発着を眺める。町の中に緑の芝生がある広大なオープンスペース的で気持ち良い。前回のブログの冒頭はJALのE190のウイングレットの写真。可愛らしいデザインで、主翼にこれを付けると燃費が向上するらしい。最近大型機にも後から取り付けているという。小型飛行機には付いていないなと思っていたら、最新のホンダの小型ジェット機には付いていた。

家も設備機器で燃費を良くするだけでなく、建築的な工夫で燃費を良くするには、断熱気密なんだろうが、ウィングレット的なのは、太陽光発電とかOMソーラーとか何なのかね。

そうそう、大阪のコロナ感染者数が爆発的に増加し、まんえん防止等重点措置が発動されたので、5月の連休に予定していた同級生との恒例のしまなみ海道自転車旅はキャンセルし延期することになった。また暫く忍耐が続く春だな。

桜と共に特異な一週間

桜が咲いて、散って、さまざまな出来事に遭遇した、特異な春の一週間だった。

月曜日。朝から着工案件の近隣との合意事項に関わる。建築工事と近隣との関係性は永遠のテーマで、真摯に向き合うことの必要性を振り返りながら毎回精進することが重要だと、改めて感じさせられる朝だった。昼から古民家のリノベーションの打ち合わせに参加する。設計者のBIMを映像化したカッコ良いプレゼンを見て、皆で感覚を調整し、基本的な合意形成をしたが、お施主さんの都合により計画が2年間延期になって、ものごとを「為す」ことに対する神の悪戯のような出来事が、あるある的に起こる不思議を感じた月曜日の夕刻だった。

火曜日。朝は月曜日の例の合意事項の再確認。夜の定例会議は社内面談の報告とチャレンジする会社が持続可能な会社となるのだろうか。と社員皆で、なんとなくの合意形成をした。

水曜日。弔事があって、福島県喜多方に、伊丹から新潟まで飛行機E190で向かい、レンタカーを借りて喜多方まで移動する。お昼を過ぎていたので、喜多方名物のラーメンを坂内食堂で食す。スープが透明だ。大阪の高井田系醤油ラーメンの濃い色とは全く違う、あっさりしていて美味しい。奥方が食べるラーメンの後ろにポスターが貼ってあり、その言葉が良かった。なるほどね。

喜多方流おもてなし。
一杯のラーメンに託す
喜多方のおもてなしのこころ。
気取らないからあたたかい。
さり気ないから、うれしい。
今も昔も変わらない。
それが喜多方流。

喜多方のお通夜の一部を経験する。村の多くの人たちが家にひっきりなしにお悔やみに訪れて、翌日葬儀場に出棺され、お通夜は午後にごく近親の村人と親族だけで執り行われ涙ながら御詠歌が詠まれた。最近の夜の大阪のお通夜と全く違って、死を送り出す日本の原型のようなスタイルを側で見守った。

木曜日。前日から熱塩温泉山形屋に宿泊する。「一流の田舎」「二流の上を頑張ってます」なんていうキャッチフレーズが面白かった。600年続くお湯だが行政の指導で塩素を混入せざるおえないことを嘆いておられた。葬儀場までの道中に廃線になった日中鉄道の熱塩駅にちょっとだけ立ち寄る。盆地で残雪の白い雪山に囲まれてゆったりとしてのどかな雰囲気。桜の開花前がちょっと残念だったが、この光景に癒された。葬儀は僧侶の素晴らしいコンサートのような読経とともに粛々と進行するが、今風に故人のスライドが上映された。なんか田舎の方が進んでいるかも。出棺の時の献花は親族だけだった。なるほど、既に弔問客は故人の家でご尊顔しているのだからね。簡略化するのが都会の葬儀のあり方なのだろう。

夕方の5時30分から協力業者の精親会のオンラインミーティングの時間だった。新潟空港の駐車場のレンタカーの中で、iPad Proを使って、開催する。こういうコミュニケーションが違和感なくできる時代になったのが、コロナ禍による社会変化の兆しなんだろう。19時新潟発伊丹行きの飛行機で帰阪。

金曜日。町の工務店ネットの小池さんに木村工務店を訪問して頂いた。「OMソーラー」とか「ちるちんびと」とか「住む」などの代表的な方だ。うちの家も見てもらった。いろいろな話題で話が弾む。生野区に関わる同姓のキムラーさんが生野区を「懐かしい未来」というキャッチフレーズで表現していて、そのことに共感している話をすると、後日、メールで。

懐かしくもあり、
生野の
新しい町角。

確かにそんな建築と街角を時間がかかっても造れたら良いよなぁ…と思わさせられたところが、小池マジックなんだろう…。小池さん75歳と深く関わる建築家の秋山東一さん79歳だそうだ。そうそう、先週、コーポラティブハウスを創設した都住創の安原さんと「まちのえんがわ」でコミュニケーションした82歳だそうだ。その御三方とも行動力が軽やかで凄い!木村さんこれからもっとチャレンジせなアカンで!と叱咤激励されているようだった。

金曜日4月2日は会社の創立記念日で法人組織になって73期、創業して85年になる。うちの庭の枝垂れ桜で社員と大工と手伝いの職人さんとで花見焼肉をするのが慣わしだったが昨年は中止した。今年はそれぞれの帰宅時間に合わせて缶ビール一本だけを縁側に座って飲んで紅白饅頭を持ち帰って解散するというコロナ禍的花見を小1時間だけ粛々とおこなった。

土曜日。建築家案件の打ち合わせを建築家とお施主さんと工事部長のトミマスくんとワタシでコミュニケーションする。午後から孫セイゴの幼稚園入園式の昼食会をおこなった。なんというか、こういうことが、社員やこのブログで呟いて、そんな家庭内の行事に参加することが、とっても大切なことだと、皆で合意できる世論になってきたのが、オモシロイと思う。その食事終了後、遅れて、会社で新築案件のオンライン打ち合わせに参加する。一度顔合わせがあると、次からのオンライン打ち合わせは、それなりにスムーズに進む。小さなお子さんがいらっしゃるご家庭とはオンライン打ち合わせはお互いに有益でもある。夕方には、造園の家谷さんがきて、次回のワークショップの打ち合わせをする。「まちのえんがわ」は古本が商品棚に並んでいたが、10年目として、園芸店的な中に古本も共存している「まちのえんげい店」としてワークショップを通じて衣替えをしようと思う。下はサッチーが描いたイラスト。

日曜日。住宅相談会がある。午前中のAさんは木村工務店の設計施工で家をリフォームさせて頂いた家の息子さんご夫妻で、お母さんともどもお越しいただいた。ワークショップに何度も参加頂いているお子さんもご一緒だった。土地探し中古住宅探しの案件。午後のBさんご夫妻は、建築家で家を新築させていただいた家の娘さんで、やはり土地探しからの案件。お父さんが孫娘の子守がてら参加頂いて、土地探しのノウハウのようなものを共有した。午後からのCさんは土地が見つかったので新築の相談としてお越しになった。丁度その前に、「まちのえんがわ」ゾロ目ミーティングというのを、前出のキムラーさんと行っていて、4月4日、生野区のアンさんや、大阪大学のAくんの4人で、縁側談義を繰り広げていた。生野区の廃校になる御幸森小学校がテーマになった。そんなこんなで、Cさんの打ち合わせはタナカ部長にお任せしてしまった。

いま、このブログを書く、日曜日の夜。枝垂れ桜は春雨と共に散り、庭が花吹雪で覆われている。美しいので、明日の朝は、庭を掃除するなっと奥方に申しつけられた。ま、そんなこんなで、こんな変化に富んだ桜の一週間は初体験だ。

コロナ禍の春らしい週

2週連続雨の日曜日。桜は各地で満開のようだ。久しぶりに「まちのえんがわ」ワークショプを開催した日曜日だった。

コロナ禍の中、どんなワークショップを、どんなふうに開催しようかと悩む。建築関係の職人さんたちが登壇するワークショプを開催するには、どーも職人さんのムードと盛り上がりに欠けていて、なので、木工作家の矢倉さんにお声がけしてみた。暫く悩んで、「スライドホイッスル」を製作するのはどうか。という。「楽器」という道具を作ってみるのは面白いし、過去には、建築家の林敬一さんによるカホンを製作するワークショプを開催したこともあり、割と簡単に製作できるので、それはそれで良さそうだった。

 

 

何より、丸いプラスチックや木でなく、アルミで角パイプだというのが、ちょっと建築ぽくって良かった。ウィンドウェイの穴を切り込み、斜めに削り出して、木のリードを吹き口に仕込んで、竹棒で音階を調整する。ヒューヒョロヒョロと音が出て、皆で「メリさんの羊」を大合奏した。

そうそう、今週の土曜日にお引き渡ししたマンションのリフォーム工事は、夫婦でスーパゼネコンの設計部に勤める方の自邸だが、キッチンの壁にアルマイトを使って、それが簡素だがどことなく奥行きがあってとっても良かった。アルミというとサッシュだが、サッシュ以外にアルミが面材として室内に存在するのがモダンかも。矢倉さんのスライドホイッスルは、アルミが線材の楽器として、室内にさりげなく置かれているのがモダンかも。

金曜日のお昼。お花見のお誘い。桜の木の下で宴会するには躊躇するコロナ禍のこの状況。昨年、生野区のK邸の蔵を改装工事したが、大きな大きなお庭とお屋敷があって、それをどうやって維持管理していくかと模索中のお施主さんが、まず、この蔵を潰すことは、なんとなく縁起も良くないし、再利用できるかどうかと問われて、大丈夫ですと答えたものの、ジャッキアップして土台から上を持ち上げて水平を調整し直したりで、かなりの時間が掛かって完成した。その庭に桜の木が数本あって、それを眺めて外でお弁当でも食べるのかと思っていたら、その蔵の大きな木組みの登り梁が鎮座するリビングダイニングで、出張シェフを招いてのイタリアンのフルコースだった。

お施主さん家族と、初めてお会いした、ガモヨンのワダさん。出張シェフを手配する「お届けリストランテ」のトウジョウさん。大阪特化の民泊運営会社「グレートステイ」のオオサキさん。地窓を開け放ち天窓へ空気が抜けるコロナ対策をとりながら、食べて飲んでマスクしてという、ちょっと刺激的なメンバーとの食事会だった。モダンダンスを習う娘さんが即興でダンスを披露し、その姿にホロリとするお母さんの姿にも出会い。今まで経験したことのないお花見スタイルだった。

土曜日。「まちのえんがわ」に造園のイエタニさんがワークショップの相談にやってきた。久しぶりに温泉ソムリエグッチも来て、「純温泉」についてのレクチャーをしてくれて、大いに盛り上がった。一気にリアルな出会いが増えてエネルギッシュになってきたら、大阪のコロナの感染状況がまた活性化してきたようだ。春らしい週だったがコロナ対応がまだまだ続く春だな。

スケール

 

しっかりと一日中降り続く春雨の日曜日。あっという間に近くの公園の桜が開花した。うちの庭の枝垂れ桜も枝に蕾が並び夕方には一輪が可愛らしく開花した。例年より早く、一気に春にシフトチェンジさせる連休だった。この春雨を家で眺めていると、どことなく憂鬱感も押し寄せる。コロナ禍の影響もあるのだろう。時としてそういう感じがエエ時があって、雨降りだから本でも読もう。音楽でも聴こう。そんな気分にさせてくれる春雨で、本棚に買ったままで全く読んでいなかった本を手に取ってみた。

年末の12月30日にお墓参りに家族で行って、その帰りにお墓近くのスタンダードブックストアーに立ち寄って購入したが、本棚に横積みに置いたままだった。「スケール」(生命、都市、経済をめぐる普遍的法則)とサブタイトルがついていて、読みにくそうなので、本棚の飾りになりそうだったのに、この雨が、この本に手を差し伸べるきっかけを作ってくれた。そうそう今年初めスタンダードブックストアに手加工の自転車ラックを寄贈した。

「スケール=大きさの程度」というコトを時々考える。家の大きさとか会社の大きさとか町の大きさとか。いま住んでいる家は、祖父が造った長屋が手狭になり親父が新築で立て直しそれをワタシがリフォームした。2階建てで50坪近くあった家を受け継ぐにあたって、2階を減築し平家の30坪ほどの住宅にリノベーションした。スケールを縮めて維持管理しやすくしたかったが新築に近い費用が掛かって効率が良かったのかどうか。ただ新築ではできない何かが引き継がれたとおもうが、こういう家の、スケールを大きくしたり小さくしたりする持続的な編集作業のような行為が、持続可能な家として繋がっていくのかどうか。

先週、同じように両親から受け継いだ古民家の改修工事をしようという打ち合わせがあって、初めて現地を観る。お施主さんと設計事務所の松元くんと私の3人で計画段階から打ち合わせを繰り返している変則的スタイルだ。そこそこ大きい庭と土壁の納屋があり、当初は、隣家を購入して道路からのアクセスを良くする計画で、スケールオーバーな感じもしていたが、購入を中止してから打ち合わせがスムーズに動き出した。息子さんの代に引き継げるようなリフォームと運営をしたいと仰っる。持続可能な維持管理をしていくスケールはどれぐらいが最適なのかと一緒に悩む。

工務店の規模もあるクオリティーの建築を造るためにはどれぐらいのスケール=規模がエエのか…とおもうし、生野区の空き家問題に携わっていると、小学校の統廃合が始まって町が更新されていく現状に直面すると、どれくらいのスケールの町が良いのだろうか…とおもう。先週19日久しぶりに空き家カフェを対面で開くことになったら、その廃校になる生野区の御幸森小学校とその地域を題材に卒業設計を製作した大阪大学の建築学科の女生徒が、最優秀賞を受賞したと、報告がてら「みゆきもりくんモノガタリ 小学校の終焉と懐かしい未来」というそのプレゼンをしてくれた。こういう若い人の考え方や気持ちが、古くから住む地元の年長者に勇気を与えることになればとおもう。

先週、生野区の空き家繋がりのハシヅメくんが、嵐山でカフェとゲストハウスをやりたいので、現地を見て欲しいと、タカノリとハヤカワくんの3人で赴く。「ゲストハウスによくあるチープじゃない、洗練されて厚みのある、でもなじみのある空間を創りたいです!」というメッセージ付きだったが、建物のスケールが丁度エエ小ささなので、そういうことが実現出来そうに、なんとなく想えた。あんなふうに、こんなふうに、考える若い世代の人たちと一緒に、仕事を共有していけたらとおもう。

梅と集落

春かも。雨降る土曜日。昼過ぎに奥方と奈良公園近くに行く所要があり、大阪から直接行くのを躊躇って、梅を見るために月ヶ瀬経由で大回りして行く事にした。梅を見るためにドライブしたことがない。梅の花見なんて、なんとなく年寄りくさいって思っていたら、もうすっかりそういう年齢になってしまった。奥方の友達の勧めに従って、雨の中をドライブして目的地の駐車場へ。

公園みたいな所で、梅を観るぐらいの気分でいたら、集落沿いの道を歩いて登りながら、梅が咲き乱れ、その下に月ヶ瀬の川が見えて、絶景。こんなにエエとは知らなかった。丁度雨が止んで、傘をささずにすんで、お客さんも少なく、なんか得した気分。桜のウキウキ感とは違う梅のしっとり感。春間近だなぁ…っていうしみじみ感の梅と、春を皆で祝いたい祝祭的な桜。梅と集落と周辺の景色と季節感と生活感が混在する雰囲気に魅力を感じたのだろう。

ワタシ、梅を観ると、なぜか、必ず想い出す映像があって、特に段々畑のような所に咲く梅を観ると、黒澤明の映画「夢」の、桃畑でのワンシーンがフラッシュバックする。不思議だ。ただ、ずーっとその映像の花を梅だと思っていたが桃らしい。桃と梅と桜は近づくとなんとなく判別するが、遠目には、時々、これ、梅?それとも桜?なんて、何度が奥方と呟きあったりする。そういえば、杉と檜の違いを知るために、親父との車の中で、何度か、この木、杉?それとも檜?なんて聞いて、それは檜。葉っぱの先よく見てみぃ!なんていう車の中の会話を、杉と檜が混在する道沿いをドライブした時々に想い出す。

午後2時から関西大学でお世話になっている江川教授の最終講義があって、現地とズームの二刀流だったので、所用の都合でズームを選択し、猿沢池前のスタバでスマホにイヤホンをして視聴する。その間奥方は目の前で珈琲飲みながらスマホで時間を付き合ってくれた。徒歩移動中もイヤホンで聴き続けた。コロナ禍があったからこそ、成立した、オンライン視聴というスタイルなんだろうが、こういうのは凄く有り難いし、これからもいろんなところで継続してほしいスタイルだな。

江川教授の講義と教え子たち3人の発表があって、そういうバランス感覚が良かったが、「集落」というキーワードが頻繁に登場した。月ヶ瀬の集落を歩いた直後だったので、思い返しながら聞いていたが、確かに、日本のこれからの集落が、観光地的であっても生活感を失わない集落として存続していけるがどうか。若い人たちのエネルギーとともに環境やデザインに対する文化度にも委ねられていくのだろう。そうそう、夜BSで養老孟司さんのテレビを見たら、文化は解毒剤と言っていた。人が、都市が、バランスを取るために、文化が、アートが、解毒剤の役目として必要だそうだ。

リアル対面力

住宅相談会の日曜日。緊急事態宣言が解除されたからといって、その日から劇的に生活が変化がするはずもないが、なんとなく「フツウ」な感じになってきた。問い合わせや住宅の相談にお越しになる方々が増えてきて、っというより、この1年間がフツウでなく、相談会に参加する気分が制限されていたその事実にあらためて気付かされた。徐々にフツウな数の問い合わせに戻ってきた。朝10時から夕方の6時まで、「生身のヒト」と一日中喋り続けた、この一年間では珍しい日曜日だった。

午前中お越しになった若いAさん親子は、以前に新築工事をさせて頂いた家の娘さん夫妻だった。会社でお会いしてその事を聞いてビックリ。建築家の設計で木村工務店で施工した住宅だが、結婚して世帯を持ってからその家の良さに気づいたという。奥さんのご両親の近くで土地を探して新築したい。中古住宅でリフォームでも。っと探しているが、良い物件が出てこないという。自分のこだわりを反映した家に住みたいという若い世代が増えてきているが、想定している以上に土地の価格が高くなって、家そのものの建築費に予算を費やす事が出来ないと嘆く若い相談者が多い。政府が土地価格の上昇を土地の売買税緩和とかで土地価格を抑える方法とかないのかね。

お昼から植栽の家谷さんが「まちのえんがわ」にやってきて、ワークショップの相談を兼ねながら「まちのえんがわ」の商品棚を本屋さん的から園芸店的にバージョンアップし植栽をいっぱい置く計画で、あーだこーだと議論する。ついでに会社前にある、丁度いま桃の木が満開の長屋も園芸店的やカフェ的や飲食店的やギャラリー的やものづくりセッション的に改装し、新たな「縁」が生まれる新たな場がコロナ後に求められるのかどうか。そんなのを語り合うノンストップの2時間だった。

午後からの若いBさん親子も、大阪北部で土地を探しているが、どれも高くて、建築費に費やす予算が出てこないと、Aさんと同じように土地価格の問題で躊躇を繰り返しているようだった。あらためて中古住宅を購入してのリフォームの可能性を説明する。少なくとも1階はスケルトンリフォームをお勧めするのは、床や壁の健全性を確認し耐震性能や断熱性能を高めるためには必要な作業で、そんな意味ではキレイな改装工事がされていない中古住宅の方が今のニーズに合っているのだが、未だに改装工事済み直ぐ入居可。みたいな物件も多い。スーモによる物件の見方というか物件の見立てをレクチャーし、次回は、オンラインでの土地探し相談をすることになった。

夕方5時過ぎ、「摘み菜」の平谷さんが無農薬のお米を生産する女性を連れ立って「まちのえんがわ」にお越しになる。町のそこらへんの雑草は食べられるのだそうだ。妙齢の女性だが、コトバに洒落が混じって面白お可笑しく雑草をレクチャーしてくださった。近くの居酒屋「遊び菜」さんの紹介でお越しになった初めての方だが、話が弾んで、それに長男の奥さんが興味を示して打ち合わせに参加し、あーだこーだと縁側談義しているうちに、雑草を持ち寄りレクチャーをして食するワークショップを5月に開催することになった。

人とリアルな対面で会い。リアルな対面で会話をする。久しぶりにリアルな対面力をあらためて体感した日曜日だった。

令和コロナ禍天皇誕生日スキー

梅は咲いたか桜はまだかいな。みたいな気分になってきた。うちの会社の前にある長屋の梅の蕾が開花間近だ。2月28日日曜日。大阪では明日から緊急事態宣言が解除されるらしい。だからと言って急に開放的な気分になって騒ぐわけにもいかず。今年も社員と職人さんとのお花見の宴は自粛せざる負えないだろう。

協力会社の精親会では、総会や旅行やゴルフ会は、昨年は一度も実施出来ず、今年も危うい状況。なので、全員参加によるzoomミーティングを、なんとか開催しようと提案し、最初は役員だけのミーティングでスタートしたが、今週は参加可能な協力会社によるお試しzoomミーティングを開催したところ、約三分の一の10社が集まった。これが多いのか少ないのか。現場からそれぞれの事務所に戻ってこられる時間帯の夕方5時半から30分ほど、短時間だったが、最低限必要な情報交換はできて、ひょっとして、コロナ禍が過ぎてからようやく活性化されるのが、建築関係の協力会社とのzoomミーティングかもしれない。設計者が職人さん達とzoomでミーティングできるのは案外便利だとおもう。

令和になって2月23日は天皇誕生日になった。確か平成は12月23日だった。23に縁があるのだな。平成は、年末の押し迫った時期でクリスマスも絡み、建築の仕事に携わる立場では、年末の引渡しとも絡んでくるので、祝日として現場を稼働させることができない時もあって、祝福しつつも微妙にブツクサ呟いていたものだった。令和になっても、2月が28日までしかなく、月末の職人さんへの支払いやその他月末仕事に追われるので、この2月23日の祝日は微妙に仕事の邪魔をするのだが、今年のように雪のある年は、スキーをするには絶好な祝日だと気づいた。

その天皇誕生日。マゴを連れて、スキーに行くことになった。親は付いて来ないという……。一瞬えっ!と思ったが、一週間ほど前に、マゴに軽くつぶやいた、スキーに行こかぁという一言に、想定外の喜びを表現され、前日からテンションマックスだった。2人っきりは不安なので奥方に同行を懇願する。日本で最も新しいスキー場だという峰山高原スキー場に向かう。2時間ほど。もちろん初めて。スキーデビューの初心者向けのスキー場らしい。シニアは6時間で2,500円だった。安い。5歳のマゴをスキースクールにほり込む。4,000円也。3つのコースの中のウエストコースだけをスクール終了待ちの間に滑る。あっっという間に平な斜面になるコースだが、最近のスキー板を使ったカービングターンの練習には手頃か。いやでも短すぎる。ま、そんなのはどうでも良くて、こんなスキー場が流行るのかどうかに興味があったが、ちょっとリフト待ちになるぐらい、家族連れで混雑していた。凄い。こんなところにビジネスチャンスを見つけるなんて、オモロイですな。

 

マゴのスクール終了後、一緒に食事をすると、家族連れか、ジィジィバァバァ連れ家族かで、和やかなムード。これはこれで良いのだとおもう。新しいスキー場だから、もう少し食事スペースが優雅になって欲しいが、食堂の域を脱しないのは致し方ないのかね。ムービングウォークなるものを使って、マゴとスキーの練習をする。こういうのが意外と楽しいのだ。我が息子の時より、丁寧に優しく我慢強くなれるのはなんでなんだろうかね…不思議だ。隣接する温泉に入って、家に帰り着いても夕方5時だった。また連れていって、ここを卒業したら、岐阜や信州や北海道へ一緒に行こう。なんていう気分になった。さて、こんな需要は増えるのだろうか…。

森と木と製材所

春だ。2月なのにそんな日曜日。家にじっとしていられない、外に出たくなる陽気だったので、午前中自転車に乗って、昼から銭湯に行って、夜は家のアウトドア薪ストーブで肉を焼いてソトメシで過ごす。頭をまったく使いたくない、体を動かしたい気分の日曜日だった。こんなに春が迫ってくると、あっという間に2月が逃げていきそうだな。

今週木曜日。寒波到来のなか、久しぶりに吉野へ行くと屋根には雪が薄っすら残っていた。昔は大阪から吉野まで車で2時間以上かかっていたが、今や木村工務店から吉野の阪口製材所まで1時間15分ほどで行けるようになって、吉野材がより身近な存在になってきた。S邸新築工事の構造材で化粧になる梁を阪口製材所の吉野杉で取り揃えることになって、その材料の検品と木取りのためにお伺いする。お施主さんも現地で待ち合わせをした。木村工務店の若い設計者や現場監督も吉野未体験なので、私を含めた6人で見学を兼ねてお伺いすることになった。

木造のダイナミズムのひとつに、「森」の「木」が伐採されて製材所に運ばれ、「木」が製材されて「木材」という材料になり、その「木材」を「大工」が加工し、家を支える「構造材」として、建築の中に組み込まれ、家族の安全や居心地の良さを育む。そういう国産材の家が街並みを形成することで、お客さんの支払ったお金が、製材所に還元され、山師に還元され、木を育てることに、森を育てることに還元される。森を育てることが、美しい川を育て美しい海を育てることにもつながる。そういう「自然」と「人間」と「暮らし」のダイナミズムのような図式を15年ほど前に教わった。吉野の製材所に行く体験が、そういうダイナミズムを感じる機会になれば嬉しい。というのが今回の最大の目的であったようにおもう。

現実は、価格の問題で、国産材だけを使う機会がとっても少ないのが現状でもあるが、コロナ禍で家づくりの流れが一旦静止させられ、見直す機会がやってきた感もあり、いまこそ再び、若い人たちが、そういう国産材の家づくりが持つ、自然と人間と暮らしの良き関係性を目指しても良さそうにおもえた。

吉野の阪口製材見学のあと、すぐ近くの坂本林業さんに見学に行く。阪口さんはスギの構造材が得意で坂本さんはヒノキが得意な製材所だ。モダンなスギの家も魅力的だが、モダンなヒノキの家も魅力的だとおもう。お昼をまわり、吉野山に柿の葉寿司の昼食に行くと、ほとんどのお店が閉まっていた。テークアウトしか出来ず、それを買って、金峯山寺をサッと見学し、吉野川のほとりで皆で食べた。その後、坂本さんのご好意で、長谷川豪さん設計による吉野杉の家を見学した。写真で見る以上に素敵な空間だった。そういえば一階がスギによる空間で二階はヒノキによる空間だった。

 

 

こうなったらついでに、大阪に帰る前に、杉の床材を仕入れている吉野の丸岡木材さんにも立ち寄ることになった。MC機械も導入され、どんどん加工が多彩になってきた感じ。杉や桧という植林された木々が、山と川に囲まれた製材所で、どのようにして加工され、木材として家づくりの構造材や床材になっていくのか。その過程を見ると、何回見ても、なんだか嬉しい気分になる。暫く忘れていた感覚だと気づいた。「すでに起こった未来」なんていうコトバがあるが、家づくりもいま一度、いろいろなコトを見直していく時期なんだろう。

いのちを生き生きと生きる。

もはや春なのか。そんな穏やかな2月の祝日と日曜日。11日の建国記念日祝日の朝。2ヶ月ぶりに運動がてら自転車に乗る。十三峠をヒルクライムしフラワーロードから朝護孫子寺に行くと、2月は寅祭りだった。黄色い虎がびっしりと飾られている姿が、カワイイ。コロナで行事は中止だとか。寅の年寅の月寅の刻に聖徳太子が信貴山で戦勝祈願し毘沙門天が現れ秘法を授けられたとか。寅がキーワードで独特な空気感。

2月10日夕方。初午祭をささやかに催す。木村工務店では、毎年、初午祭として、会社にお祭りしているお稲荷さんに祝詞を捧げ、商売繁盛と安全祈願をした後、職人さんを交えた協力会社の方々と共に宴会を催すのが伝統的行事だった。昨年は、緊急事態宣言前で滞りなく催せたが、流石に今年は無理なので中止する予定だった。ところが社員の中から、宮司さんに来て頂いて、祈る神事だけはやろう!という意見が出て、社員と協力会社の精親会の役員4名だけが参加しての初午祭となった。2月最初の午の日に稲荷大神が稲荷山に鎮座した日らしい。午がキーワードで狐が鎮座するやっぱり独特の空気感。

 

お正月の神社参拝では、コロナ感染を危惧して神酒拝戴を躊躇したが、今回は、お神酒による乾杯だけは執行った。慎重をきしながら、宮司さんからお神酒を注いでもらって、乾杯(イヤサカ)と皆で唱和しお神酒を飲み干した。なんでこんなちょっとくだらないような話を書くかと言うと、「乾杯」という所作が、あるのとないのとでは、エネルギーの発露が全く違うコトに気づくのだった。祈って内面化されたエネルギーが、乾杯(イヤサカ)という発声と共にお神酒を飲み干す所作によって、そのエネルギーが外へ向かうのだな。なんて感じたニュアンスを皆でつぶやきあった。

清見原神社の宮司さんが、「祈り」とは、「イ」=「生きる」で、「ノリ」=宣りで、いのちの宣言であり、いのちを生き生きと生きる宣言である。なんて仰って。コロナ禍の印象に残るコトバと初午祭となった。お供物として稲荷寿司を奉納するのがうちの決まりで、それをお下がりとして、11日祝日に美味しく食べて、うららかな春のような祝日のお昼を過ごした。

今日、2月14日日曜日は、バレンタインデーで、いつもの好きなチョコレートを奥方から貰って食べる時、包装紙の裏のクレジットを何気なくみると、生野区巽北で製造されていると知って、ちょっとビックリ。何年も食べ続けていても、味とかデザインだけ気になって、誰が何処でどのようにして作っているのか、そんなの気にしていないのだな。その誰がどのようにしてもの造りをするのか。というより、大工は木という材料をどのように道具を使って木組みするのかを教えてくれた、沖棟梁のお通夜が、今晩あった。90歳の大往生だった。自ら造った自宅で亡くなり自宅での神式のお通夜だった。入院を拒否したらしい。亡くなる前まで図面を書いていたらしい。85歳でも時折現場で作業をしていたらしい。うちの初午祭にも何度か参加してくれて遅くまで語り合った。新年会に参加してくれた時は、大工の皆が、棟梁の周りを取り囲んで正座しながらその話しを聞いていた姿が印象的だった。ウクライナに茶室を造りに行く時はベレボーに法被を着てサスペンダーに雪駄で飛行機に乗って日本人の大工として外国に出向かうのだと言い放ったそうだ。エピソードには事欠かない。

沖棟梁は、清見原神社の増築工事の時、うちの加工場で、1年かけて手加工をし、1年かけて現場で造り上げた。その加工場での一年間でうちの大工も社員も多くのコトを学んだ。何よりも、大工は道具から作るのだと、時には鍛冶屋のように溶接をしていた。6角形の柱を丸太に加工するための道具造りを加工場で始めた時の姿は鮮烈な印象として残る。昨年自転車で門前ライドをした時は、唐招提寺の丸太を見ながら、沖棟梁がうちの加工場で丸太を手加工していた姿が蘇った。古の大工さんたちも、その当時の道具を使いながら手作業で木を削っていたのだ。吉兆の事件で女将がつぶやく姿をテレビで見た翌日は、吉兆の座敷を造作した時のエピソードを面白おかしくかつ哲学的に語ってくれた。

ありし日の動画が残る。その日時間が空いていたらしい。81歳。運動がてらフツウの家のフツウのテラスのフツウのパーゴラを手加工してくれた。その佇まいと静けさに心うたれた。合掌。

 

 

月明かりと照明器具

春のような陽気だった今週の夜。居間の電気を消して、寝るために寝室に向かおうとすると、床にほのかな明かりがあって、不思議におもう。電灯消したはずなのに。振り返って、中庭の窓越しに空を見上げると、お月さん。久しぶりにお月さん見たかも。お月さんの光ってなぜ気分を独特な静けさにさせるのだろうか。なんとなく月明かりに照らされた自撮り写真を撮影した。稲垣足穂的に、月が屋根をコロコロ転がって、うちの家に飛び込んできたような気分だった。お月さまに背中を押されているワタシ。

 

土曜日午後。大阪市立デザイン教育研究所。通称デ研の学生さん男女8名が2人の先生に引率されて「まちのえんがわ」へお越しになった。3日ほど前に、唐突に、生徒さん連れて遊びに行きますわ。っていうメッセージを頂戴し、丁度、予定が空いていたので、気軽にエエですよ!とお答えしたものの。当日、照明デザインを学ぶ授業で、「まちのえんがわ」のコトや「工務店」のコトも生徒さんに説明してやって下さいと、無茶振りされて、全く準備してなかったので戸惑う。即興的に、うちの家の照明器具でも見てもらって間を持たそうと思いついた。

それに、うちの奥方が、VUITTONやHERMESの鞄を買ったコトを自慢げに話しをするような感覚で、ルイスポールセンのアーティーチョークを自分のお金で買ったのよぉ!と、ちょっと自慢げに語る姿を見てもらいながら、実物の照明器具を見るシチュエーションが面白そうなので、やってみるとその通りの盛りあがりになって、まずはヨカッタヨカッタ。

それよりも、もっと盛りあがったシチュエーションがあって、うちのダイニングテーブルの椅子は、ハンスウェグナーがデザインした別々の種類を8脚置いているのだけれど、それも、奥方が、30年ぐらいかけながら、ちょっとずつ集めたのよぉ!っというブランド自慢的要素で、ひとつのネタ話的に語るくだりが必ずあって、それでちょっと盛りあがった。同伴していた先生の薦めで、生徒さんがその椅子に座る姿を見ているうちに、思いついた。偶然、8人の生徒に、8脚の椅子。椅子取りゲーム的に、一脚座っては右に移動して、8個の椅子の座り比べをしてみよう!なんていう、学生っぽい遊びをすることになった。はい次移動。はい次移動。なんて8回左回りを繰り返して座り心地の感想を語り合った。全部座り終わってどの椅子が心地良いか聞くと、「ザ・チェアー」が一番人気だった。やっぱりなっとおもう感覚とともに、へぇー若い子でもこの椅子がエエのかぁ。みたいな少々の驚きもあって、なんだか楽しかった。

 

その後木村工務店の3階の会議室で、「まちのえんがわ」と「木村工務店」と「木村家」の説明をし、生徒さんひとりずつの「照明」に関するプレゼンを聞いた。インターネットによる画像取得とパソコンを使いこなす能力が18歳にしてもはや充分出来ている世代なので、なるほどねぇと感心させられたりして。そうそう、いま、これを書いていて、ふとおもったが、照明って、焚き火から生まれた。松明みたいに。っと書かれてあるが、「月明かり」を「家の中に閉じ込めたい」とか。「いつでも月明かりを家の中でオンオフしたい」みたいな感覚もありそうで。ローソクなんて、松明の延長線上でもあるが、月明かりを家の中に閉じ込めたい延長線上でもあるような。そんな感覚。

こんなふうに考えてみたくなるのは、その日の春っぽい陽気と、18歳の若いエネルギーのプレゼンを浴びたからだな。

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