ロート製薬さんを訪問した日。

生野区にある、ロート製薬さんの本社を見学した今週。生野区の会合などで、ロート製薬のヤグラさんとお会いすることが度々あり、その時に訪問のお誘いを何度か頂戴していたこともあって、ようやく木曜日に実現するはこびとなった。ロート製薬の現会長さんとは、年に一度、生野納税協会の会合でお会いする時があって、懇親会の席で、その歴史などを度々おうかがいする機会があったが、この写真は、かつてのコマーシャルで鳩が飛ぶシーンがあって、だいたいこの位置ぐらいから鳩が飛んでいったのですね!っとヤグラさんとナイトウさんに庭を案内してもらった。

上の写真は、ロート製薬さんのホームページから切り取って貼り付けたものだけれど「1959年に社員の健康を願って、芝生やプールを備えるロートピアとして大阪本社を設立」とあって、心底、凄いなぁ…..とおもう。ワタシ、「オープンスペース」というコトバが案外好きで、最近では、大阪北ヤードにできた、ウメキタ公園がエエなぁ…..とおもうし、会社の中にこんな広大なオープンスペースがあるのが、飛び抜けた感覚だな。とおもう。社員の喜びや苦悩、会社の想いや歴史など、あらゆるものを包括できるのが、このオープンスペースなのだろう。

ちなみに1959年は私が誕生した年で、その時、既に、こんな考え方の会社が生野区に存在し、そのうえいまも持続的に発展しているのが、なおのこと凄いとおもう。とっても唐突ですが、iTunesに「ジャズベスト:1959年」というのがあって「ジャズ史全体を見渡しても、1959年ほど後世に影響を及ぼした年はない。ジャズのコレクションの中でも重要とされるアルバムの相当数が、この年に誕生している。マイルス・デイヴィス「Kind of Blue」やデイヴ・ブルーベック「Time Out」などを通して、1959年の最高に洗練されたサウンドに浸ろう。」で、たまに聴くし、いま、このブログを書く、backMusicにしてみた。そういう物事がハプニングする年ってあるのだろう。

今、池は埋め立てられ、プールはもうすぐ取り壊されるという。プールに隣接する製造工場の窓から50mプールが見えるって、カッコエエですわ。案内してくれたお二人が、子供達が小さい頃は、よくこのプールで泳がせましたわっ!という。青空だったこともあり、その子供達の歓声と水飛沫の音が聞こえてきたような気がした。それで「2004年、大阪本社に、福利厚生施設「スマートキャンプ」開設」とあり、そこで、一緒に昼食を頂くことになった。

社員の健康増進を考え、お品書きまであり、とっても健康に配慮した美味しい食事だった。別に社員食堂はあるらしい。食事をしながら、あれやこれやとお話しをお伺いしたが、社員旅行の話になって、木村さんとこ、社員旅行に行きはりますか…..といわれ、年に一度、協力会社さんもいれて50人ほどで、伝統的な旅行をしてます…..って話をすると、ロートさんは、5年に一度、1000人で社員旅行をしているという…..驚くのっなんのぉ!その担当をヤグラさんがしているそうで、2年をかけて計画するという。あらゆる面での、その規模とクオリティーの違いを感じた昼食だった。

そうそう、プールがなくなるの残念ですね。ワタシ、このプール付属の建物好きですけどね…..というと、そうなんですけど、それより、オリンピック選手を育てるために、プールの側面から泳ぐ選手のフォームをビデオ撮影出来る施設があって、スポーツ選手のフォームを科学した先駆けなんです。それも今はないのですけれど。と。ホームページを見ると、そこに「サイエンスの力で、肌の限界点を考える。」なんてあり、そういう伝統が息づいているのだろう。

「サイエンスの力」を考える工務店でありたいな。「社員の健康」を考える工務店でありたいな。なんていう気付きをもらう会社訪問だった。お二方、ありがとうございました。