都市と森
この土曜日夕方。
「ものづくりセッション」があって、そこで先日の心斎橋商店街で施工した木組みの木造建築を紹介することになり、「森と木と木材そして都市」というテーマでお話しをする機会を頂戴した。森と隔絶してしまったように感じる都市が、というか「まち」が、森を破壊する都市でなく、森を育む都市として機能していくために「国産材を使う」というのが、参加者の皆さんに受け入れられるのかどうか…..。「まぁ俺の話を聞いてくれ」的ビール片手に話をするトークだったようにおもう。
それが、その前のプレゼンターの商工会議所に勤める林さんが、3回目になる「デザイン経営」の話をプレゼンしてくれて、そのなかで、「新商品のアイデア」というのは「自社の強み」と「市場」との「新しい関係性」のことである。なんていう話があり、昔に製造した商品に現代的な新しい価値を見出し表現することで新商品として市場に支持され売れたこんな商品がある…..というプレゼンだった。
で。工務店業界的には、私達の一世代前の先輩方の尽力で、地域の山の木を使う地産地消を含めた自然素材を活かす家づくりが見直されたが、30年以上を経て、それを現代的な新しい関係性に再構築することで、古くて新しい価値観として表現し直すことが必要な時期に感じ、今回プレゼンしてみると、「木を使って持続可能な循環型社会を造る」なんていう林野庁にある表現が、あらためて、いまのフツウの人の心に、理解されそうな空気感があることを感じたし、「豊かな森が豊かな海を造る」だけでなく「豊かな森が豊かな都市も造る」そんな「木遣い」が共感をよぶ感じがした。
ま、それはそうと、その後の懇親会であれやこれやと話題が尽きなかったが、プレゼンの時に西表島のピナイサーラの滝を見に行ったアクティビティの話を織り込んだ。次の日の朝、ということは今日の朝なんだけど、お風呂屋さんで、前日の余韻をすっきり洗い流していると、それにしても「なぜ人は滝に魅力を感じるのか」とふとおもった。というのは今年のゴールデンウィークの九州の旅で、高千穂に行ってあの高千穂の川に落ち込む滝の光景に神秘性を感じたり、道中で偶然出くわした石橋の放水に、とっても多くの観光客と一緒に歓声をあげて、放水の気持ち良さを共有した。
滝に神秘性や心地良さを感じる理由をChatGPTに質問してみると、それが大した答えではなかった。なぁんだ。なんだか最近ChatGPTが退化しているのではないかとおもえたが。そもそも滝の水は、豊かな山と森のお陰で…..。ここ数週間、「森」という同じような思考と話題ばかりに傾いているワタシにワタシ自身が辟易するが。それにしても土曜日の「ものづくりセッション」を通じて、「都市と森」に、あらためての関係性を築ける工務店でありたいな…..。なんておもう日曜日の朝だった。