中秋の名月と微笑み
中秋の名月だった土曜日。その日開催された「ものづくりセッション」が午後8時過ぎに終わって、片付けも終わり、家に帰って中庭からふと空を見上げる。SNS上に中秋の名月の写真がアップされていたからなんだけど、中庭の開口部の隙間から満月が光りを放っていた。ちょっとした疲労感が、充実感の光りに転換され満たされた感じになって微笑みがこぼれた。満月を眺める日本の風習があって良かったなとおもう。
「ものづくりセッション」というのは、行政マンのタケダさんがお声がけをする生野区のものづくり企業の面々が中心となって、デザイナーやコンサルタントや中小企業支援機関、学校関係者や行政の方々などなど、ものづくりに興味がある多種多様な人々が集まって、自ら手を挙げてプレゼンターとなり共有された話題に、選出されたコメンテーターが口火を切りながらも、皆で共感したり、違和感となえたり、あーだこーだとコメントしながら楽しむ会合で、なんだかんだいいながら午後4時から4時間ほど続くが、案外退屈もせず飽きない。今回は3人のプレゼンターだった。
製造業でもクリエーターでもないフツウの女性が、生野区のものづくりの技術とデザインを繋げたいという。娘さんが服飾デザイナーを目指す専門学校に通いものづくりを学んでいるそうで、そのクリエイティブな姿に触発されているのだろうか。アルマイトの技術に魅せられて、それを何かのデザインに結びつけたいというプレゼンだった。まずはやってみよう!という身軽な行動力。「やってみなはれ!」という大阪人の精神文化をこれから受け継ぐのは、大阪のおばちゃん的若い女性なのかもしれないとおもえた。
絵本作家の女性が、創作活動と社会貢献と収入との狭間で揺れ動く自分自身のメンタリティーを、自らデザインしたキャラクターを登場させながら物語化し、その語り部として、プレゼンターとして自分のコトを客観的に参加者に伝えようとしたその姿が、いかにも絵本作家的な魅力にあふれ楽しかったが、これひょっとしてある種のセラピーのような時間だったような気もする。プレゼンのひとつにあった閉じられた店舗のシャッターに描かれたキャラクターが、その店のことや店主のことやまちのことを物語っている。そんなシャッターがあるまちも確かに楽しそうだ。
紙芝居屋のガンちゃんという方のプレゼンには独特の魅力があった。それはオトナの紙芝居だった。SDGsを意識する内容もあったし、オトナ的にモノを大切にしようという気分にさせられる内容もあり、常に笑いを誘うシーンがあった。ある企業の商品を販売員の方に知ってもらう販促のための紙芝居や企業研修や教育、社会問題の啓発を促す紙芝居など、可能性を秘めていた。パワポで説明するセミナー講師と一線を画する魅力があり、それはひとつの話芸としての職人技術を修練しているからだとおもえた。紙芝居の内容をお客さんに繋ぐ役目が「紙芝居の人」の大切な役目だと公言する姿勢に、紙芝居の新鮮な魅力を感じた。
お客さんに木村工務店の家づくりを知ってもらうための紙芝居とか。うちの社員や職人さんや協力会社に工務店としての建築というものづくりの姿勢を共有するための紙芝居とか。そんなのをガンちゃんに笑いも交えて語ってもらうことで、伝わり共有できるのなら、何時か依頼したいなという気分にさせられる、落語のようなプレゼンテーションだった。
そんなこんなで、その夜の中秋の満月に微笑みがこぼれたのは、3人の魅力的なプレゼンテーションの余韻と会場の参加者の暖かい眼差しの余韻があったからだとおもう。あっそれと、この加工場で、この催しを開催できるように早朝から片付けや設営に協力してくれた社員や手伝いさんのお陰があってこその微笑みでもあった。