歌舞伎。

今週の火曜日。歌舞伎のワンピースを見る。ある日、奥方が、同級生のクンメから連絡があって、歌舞伎の最前列と4列目の席が手に入るらしいので、一緒に見に行くぅ。と聞いてきた。スケジュールが空いてるなら行ってもエエけど…..と、どうしても行きたい訳ではないが、でもチャンスがあるのなら、一度は体験してみたい…..ぐらいのニュアンスで返事をすると、サイボーズで共有されているスケジュールを見て、4列15番の席が取れる日に、券を手に入れたから、その日、打ち合わせを入れたらアカンで。と念をおされた。

午後3時すぎ、家に戻り、着替えをする。どんな服を着ていくのか。男性のドレスコードがあるのか。歌舞伎初体験なので、まったく判らず、ネット調べると、なんでもエエような事が書いてあったが、女性は着物を着たり、ちょっとお洒落をするらしく、それなら無難に、ちょっと遊び着ぽい紺の薄いストライプのスーツにノーネクタイのシャツで行くことにした。相変わらず、女性は、出かける前に、バタバタして、服を着替え、これで似合っているかどうなん?!と聞いてくるので、それでバッチリエエよ!と決まり文句として応えると、ほんとに真剣に見てるん!と怒られながら、別の服に着替えたりして、それやったら、聞くなよぉ!的、ルーティーンを繰り返し、いつもギリギリかちょい遅刻が定番。

午後4時すぎ、雨の松竹座前に着くと、傘越しの人の群れの向こうに「ワンピース」の看板があり、そうか、えっ、今日見るのはワンピースなん?一瞬、初の歌舞伎がワンピースなのかと違和感を感じたが、そんな戸惑いに間髪を入れず、それより、弁当何がエエ?と聞かれたので、お任せするわ。と応える。休憩の合間に弁当を食べるらしく、弁当を注文したあと、最前列の席が取れた日は、サプライズに「ゆず」が来て歌ったらしいで、残念やったね。という。歌舞伎にワンピースだけでも驚きだが、歌舞伎にゆずが、全くピントこず、母親に連れて行かれる子供のような感じで、エスカレータに乗って、会場に入った。髪を結い着物を着た若い女性二人を連れたレオン風のスーツ姿のオジサンがいて、へぇー、そうか、こんな遊び方もあるのか。とちょっと憧れてみたりした。

4列15番の席に着くと、袋に入った雨合羽が、席に置かれてあった。全く意味不明で、歌舞伎鑑賞に合羽がなぜ必要なのか判らなかったが、着席し、奥方から歌舞伎のレクチャーを受けて、だんだん、今日の起こる出来事を少しずつ把握してきた。回りはほとんど女性ばかりで、根っからの歌舞伎ファンな雰囲気がぷんぷん漂い、というよりコンサートぽい雰囲気だった。椅子に静かに座って、開演を待つと、最前列に、先ほど見た若い着物女性とレオン風スーツのオジサンが座った。

4時30分から8時30分の4時間、休憩を3回挟みながら、圧倒的なエンターテイメントな歌舞伎に魅了された。オーソドックスな歌舞伎を見た経験がなく、いきなりキワモノの歌舞伎を見たことになるのだろうが、その歌舞伎の所作と服装に魅了された。

「歌舞伎」という芸能名の由来は、「傾く(かぶく)」という動詞にあります。この動詞には、並外れている、常軌を逸しているという意味があります。
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、当時の流行の最先端を行く奇抜な服装や髪型をし、世間の秩序に反して行動する人々は、「かぶき者」とよばれました。歌舞伎の歴史は、出雲の阿国(いずものおくに)の「かぶき踊り」にまでさかのぼることができますが、このよび名は当時を象徴する最先端の「かぶき者」の扮装を舞台上でまねたことによります。ここから、「かぶき」とよばれるようになったのです。

どの服装も斬新で格好良かった。こんなん考えるの楽しいやろうな…..悩むやろうな…..と製作者になりたい気分になる。舞台で見た、歌舞伎の所作の特徴的な表現は、引き抜き、宙乗り、立ち回り、六方、見得、というらしく、いま知ったが、ワンピースというモダンな内容とオーソドックスな歌舞伎の表現の融合が、面白いのだろう。あるシーンでは、宙づりになった役者と一緒に、皆が立ち上がって、タンバリンを叩いて、コンサートのいように踊った。孫のためにタンバリン買ってあげるわ!というのは口実で、奥方も、立って、そのタンバリンを叩いて、踊っていた。その曲が、ゆずなんだ。この時、サプライズで登場したら、確かに、皆、コウフンするだろうな。

2回目の休憩の合間に、合羽を着ることを促された。舞台に滝と池が表れ、役者が踊りながら、水をいっぱい飛び散らせて、会場にばらまかれた。前の席のおばさんは、合羽を着ず、水を浴びるのを欲して、水が掛かるたびに喜びの歓声をあげていた。あるシーンでは、沢山の紙吹雪が天井から舞い散って頭が白くなった。笑いもあり、泣きもあり、伝統的な表現とモダンな表現が合わさって、あらゆるエンターテイメントが含有されていて、こんな伝統的でモダンでエンターテイメントな「建築」を造ってみたいものだとおもった。

私の初歌舞伎は、マイルスディビスを知らないひとが、初めて聴いたアルバムが、クッキンやカインド・オブ・ブルーやフォー&モアーなどのジャズらしいレコードではなく、イン・ア・サイレント・ウェイとかビッチャズブリューも通り越し、オンザコーナーだとか、パンゲアだとか、そんな感じなのか。いや、ウィ・ウォント・マイルスやTUTUなのかもしれない。と途中の休憩の時間にお弁当を食べながら、そんなことをおもった。今度はオーソドックな歌舞伎を見たいものだと、素直にそうおもえた、歌舞伎な夜を過ごした。

さてさて、木村工務店のゴールデンウィークは4月29日30日の連休のあと、5月1日2日は通常営業をし、3日4日5日6日と連休です。皆さん、素敵なゴールデンウィークを!

ゴルフコンペ

先週。空き家カフェがある4月19日に、協力会社とのゴルフコンペをダブルブッキングをしてしまい、空き家カフェのファシリテーター役を代わってもらうという失態で、そういえば、ゴルフコンペの日程調整の時、なんとなく気候の良いエエ日取りだと、OKした記憶があり、19日という生野の日に、毎月開催している、空き家カフェの事をすっかり失念していた。

今回の協力会社との精親会ゴルフコンペは95回目になり、祖父の代から続くこのコンペに、伝統があるというのも、エエのかどうか、微妙な気持ちもあるが、それでも、協力会社のゴルフ好きのメンバーが楽しみにしている会であり、私もここ10年ほどは、年に2回のこのゴルフコンペ以外にプライベートでゴルフすることもない状況なので、平日開催の今回は、開催する前は微妙な気持ちになるのだが、終わった後は、ゴルフの成績は惨憺たる結果にもかかわらず、開催して良かったと、毎回感じるのも不思議と言えば不思議な心情で、そういうのが、協力会社とのゴルフコンペの魅力なのだろう。

今回は、協力会社の会長職に就いている、グランドシニアになる、83歳の方が二人と76歳の方が二人の4人のひと組が、私が回る組の、前の組として、参加してもらった。そういう、30代から80代までの人が、同じスポーツを通して、親睦でき、なかなか会う機会がない方々と、久しぶりに、一緒に会食を共にできるのが、ちょっとした魅力でもあるのだろう。

そういえば、昼からのロングホールで、ドライバーが、そこそこフツウに飛び、2打目をスプーンで、ダフってしまい、3打目はグリーンまで残り230ヤードもあり、前のグランドシニアーの組みは、グリーンでパターを始めるぐらいの状況だった。一緒の組で回っているシングルハンディーの香山土木のカヤマさんが、シャチョウ、右の肩がツッコミすぎていて、右手を使いすぎやから、70パーセントぐらいの力で、軽く打ったらどう!っとアドバイスしてくれた。

ボールはラフにあり、スタンスがカート道に立つ状況だったが、なんとなく、ボールの高さが、ティーアップしたぐらいの良い感じだったので、そのスタンスのままスプーンで打つことにした。キャディーさんも、私も、皆も、今日のいままでの私のゴルフからして、200ヤード飛べばエエ方だろうとお互いに感じていたに違いない。それが、ショットをすると、アドバイスのお陰で、体がスーと回り、クラブが綺麗に降り抜けて、ナイスショットの掛け声とともに、まっしぐらにグリーンに飛んでいった。ちょと心地良い感覚と嬉しい感覚が体に込み上げてきたが、それが、そのままグリーンに直接3オンで乗って、パターをしているグランドシニアー組の間を抜け、グリーンの奥まで、打ち込んでしまった。

危ないぞ!打ち込むな!みたいなジェスチャーで、グリーンでパターを見守っているグランドシニアーが、こちらに向けて手を挙げて、たしなめた。私は、エっ、スプーンで240も飛んだん!、グリーンに乗ったん!というショットの嬉しさより、打ち込んでしまったという、申し訳ない気持ちで、そのまま、駆け足で、グリーンまで駆け寄り、皆に謝罪した。幸いにも、誰かにボールが当たることもなく、同じコンペのメンバーでもあり、私の立ち位置という事に対する配慮もあり、寛容な態度で接して頂いたが、ドキッとする出来事だった。ゴルフ終了後の懇親会では、その事がエピソードとして話題にもなり、グランドシニアーの方々の笑顔に助けられるという出来事とともに、そんなこんなが、ゴルフコンペの持つ魅力でもあるのだろう。

さて、夏日のような、とっても気持ちの良い天候の本日の日曜日は、絵本作家の谷口智則さんによるワークショップがあり、これで6回目になる谷口さんのワークショップだったが、ここ最近は、参加者が描いた絵に、谷口さんが、絵を書き足す。というシリーズが、数回続いており、それが、参加者と谷口さんの、いわゆるコラボレーション的な作品になって、毎回、おもいのほかエエ出来映えになり、参加者と一緒に笑顔でワークショップを終える。

今回も、谷口さんは、22組みのそれぞれの参加者の個性に応じて、即興で、1人ずつに対して、丁寧に絵を描き、4時間ほど、座ったまま、集中して、皆のために絵を描き続けている、その姿は、大喜利で即興で回答を生み出す落語家のようでもあり、音楽のセッショで、参加者とコミュニケーションをとりながら、即興演奏を延々と続けるミュージシャンのようでもあって、ものづくりに対する、その真摯な姿に、毎回、エネルギーをもらう、ワークショップでもある。

 

  

それぞれが、自分の作品を作るために、集まって、一緒に作業をするワークショップの姿は、ゴルフコンペのようでもある。と思えたのは、たまたま同じ週に重なったからなのだろうが、それにしても、同じ体験を共有するというコトに、さまざまなエピソードがうまれ、笑顔がうまれた、そんな週だった。

貢献。

雨の日曜日の朝。リーガロイヤルホテルで催された、ある方の偲ぶ会に奥方と共に参列する。故人の娘さんを通じて、工務店として、家のリフォームやメンテナンスとしてのお付き合いだったので、お別れの言葉で語られる故人のその功績の大きさをあらためて知り感心する。社会的「貢献をする」という行為は、大切なコトだな。そんなエネルギーを頂戴した偲ぶ会だった。

とっても久しぶりにリーガロイヤルホテルに行った感じがし、昼食を食べて帰ろうとすると、どこもいっぱいで、1時間近く待つ状況だった。大阪の名だたる老舗の料理屋さんの前をぐるっと一周まわって、フリッツハンセンのショップで、陳列に、素敵なダイニングチェアーがあったので、値段を聞いてみると、ポールケアホルムの椅子で、45万円し、あー、なるほど、そーですか…..。ついでに、目の前に、ヤコブセンのエッグチェアーのベージュ色のレザー貼りがあり、とっても上品だったなので、やっぱり値段を聞いてみると、180万円とか…..。うー。っと、ちょっと唸りながら、流石に、やっぱり、それぐらいするのですね。っと、店を出て、大阪弁で、あっー、こんなん、ぽぉーんと、買える身分になってみたいものやわ!という、大阪人あるある的会話が奥方から飛び出しつつ、再び、うどんの今井の前を通ると、5分待ちで、食事にありつけた。甘い出汁、ニョロニョロのこしのないうどん。大阪のうどんらしく、これはこれで好き。

ついでに、メインラウンジで、コーヒーとケーキを食べる。それにしても、このラウンジは、エエ空間やな~。とあらためておもう。雨が降って尚一層緑が映えるとってもエエ雰囲気の滝のある庭。それも自然のままのような作られた二つの滝。林立する柱。天井の照明器具。深々と沈み込む椅子と丸テーブル。川が流れるフロアー。キャンチレバーで浮く上階のバルコニー。竣工当時のまま、年月を積み重ねて、そのまま残っているのが、エエのだろう。

ここに来ると、いつも想い出すことがあり、ロイヤルホテルと呼ばれて完成して暫くしてからの事なのだろう。私は小学生の時だった。親父が、夕食の時に、ロイヤルホテルというところでな、1000円もするコーヒーと1000円を超すカレーを食べてな…..。という、金額は少々曖昧だが、そんな断片的な会話が印象深く残っていて、その時の夕食を想い出す。

丁度、今日が、奥方の母の誕生日で、ホテルで、イチゴのホールケーキを買った。奥方の父も昨年亡くなり、うちの父も母も他界しているので、うちの家に奥方の母を招いて、同居する曾孫二人と共に祝う、ささやかな誕生日会を催した。まだ使って4回目のアウトドアー薪ストーブで、ピザと焼き鳥を焼きながら、うちの長男が小学生の頃に、奥方の母を伴って、一緒にキャンプに行った、そんな想い出話が蘇った。そのあと、ハッピバースデーを歌い、ホールケーキのローソクを消すという、こういう一連の流れを、2歳半になる孫が、面白がるっというのが、オモシロイ出来事でもある。

きっと、故人が、こういう一日を、私たちに、貢献してくれたのだろうな…..。

人が集まる

花冷え。昨日は芦屋で地鎮祭があって、冬に逆戻りしたかとおもうほど、とっても冷たい風が吹く土曜日の地鎮祭だった。今日も昨日に引き続き寒い日曜日だったが、自転車メーカーのウィリエールのキタムラくんのお誘いで、琵琶湖の守山市にある自転車店キヨシ商会さんのアテンドにより、近江八幡周辺を6人でライドする。地元のひとが愛用するコースは、ローカル色が豊かで趣があって楽しい。それにしても自転車に乗っている時は運動エネルギーの発熱で寒くないが、自転車を降りてからは、寒い寒いというコトバを何回呟いたことか…..それほど、琵琶湖周辺は寒かった。周辺の山の頂きに何カ所か白い積雪を見たし、高速道路でも北陸方面では、雪のため走行規制の表示が出ていた。

自転車で、ラコリーナ近江八幡に立ち寄る。超満員。バームクーヘンを買うのにも、カステラを買うのにも、カフェに入るのも、長蛇の列。もともとの「味」があってのことなのだろうが、それにしても、建築が人を惹きつけ、あれだけ沢山の「人が集まる」のだから、「建築の力」というものをあらためて考えさせられる。70歳のオジサンの建築家藤森照信さんの感性が、多くの女性にカワイイといわしめるのだから、凄いなぁ…..とおもう。地元のキヨシ商会の方が、ラコリーナに観光バスで来る人が増えて、人がいっぺんに増えましたよ!という。すぐ近くの近江八幡の城下町に寄ると、寒さの影響か人は閑散としていた。レトロな街並とモダンな建築。ラコリーナはレトロ感のあるモダンな建築なのか。日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)の境内にある山上でお漬け物を買って、リュックに背負って自転車で守山まで戻る。午後3時をまわって日が陰ると、ますます寒い。走っていても寒い。寒の戻りってやつだな。

   

そうそう木曜日の夜。大阪ガスさんのお誘いで、京セラドームのビスタルームでオリックス対ロッテの野球を観戦する。球場で野球を見たのは、これで何回目なのか、数えるほどで、確か、甲子園の阪神戦を次男と奥方とで見たのが10年ほど前のことだったのか。ここ何年も1回から9回まで野球をテレビで見た記憶もない。そんな、感覚なのに、球場に行くと、ちょっと独特の雰囲気があって、エエなぁ…..とおもう。観客は閑散としていたが、あのライトアップされたなかで、バッターボックスに立ってみたし、マウンドに立って投球してみたいものだとおもう。きっと、その日ホームランを打って活躍していた大リーグの大谷くんのニュースが、心の片隅のどこかにあったのだろう。大リーグのベースボールの雰囲気は、もっと独特で、エエのだろうなぁ…..。そういやぁ、太鼓の音をずーっと鳴らさなくてもエエような気もするし。はじめて7回の裏に風船を飛ばしてみたり。ひとつの空間で、観客が集まって、野球の雰囲気を楽しんでいるムードが、きっとエエのだろう。

イタリアを旅した時にシエナで体験した人が集まりそれぞれが楽しむ広場を想い出た。
「人が集まるオープンスペースな空間」というのが、オモシロイのだな….。

花見な週。

花見の季節。庭で催す恒例のしだれ桜の宴は、例年より1週間早めて、28日の夜に花見をする。久しぶりに天候に恵まれた、社員と大工と手伝いさんの木村工務店の身内で開く花見だった。リフォーム中の母屋は、外部とデッキ部分は完成したが、キッチンなどの家具はまだで、来年こそは2次会を母屋で開きたいものだと、桜を眺めながら願う夜で、親父が生前に、苗から買って、育て、大きくなるにつれ花が咲き、社員と始めた花見だが、その父も母もここ数年の間に亡くなった。ところが、その後、長男夫婦と同居するようになり、今年は、新たに誕生した孫二人が花見に参加するようになって、その孫と一緒に焼き肉を食べながら、桜を見て、「唯一の真実は全てが変化することである」なんていう、どこかで聞いたコトバが、ふと浮かんできた月夜の花見だった。

土曜日の夜。その孫ひとりを預かることになり、それなら、奥方と3人で、電動ママチャリで、大阪城と大川の夜桜でも見に行こうということになったが、その孫が、朝からハイテンションで、昼寝をすることもなく、テンションが高いまま、遊び続け、ついには、夕食を食べながら寝落ちしてしまうという、きっと孫あるあるな出来事で、結局、孫との夜桜散歩は実現出来ず、中途半端な土曜日の夜になり、それで、なんとなく、Netflixのオリジナル作品を見ているうちに、私も寝落ちしてしまうという、そんな花見が出来なかった土曜日の夜だった。

住宅相談会のある日曜日の朝。前日の寝落ちで、ぐっすり寝たこともあり、早朝に目が覚めた。十三峠を往復し、途中で花見をし、仕事に臨むことにして、ビューポイントで自転車を留めると、アマチュアカメラマンのオジサンが、写真撮影を終えて、軽自動車に機材を片付けている最中で、桜とサンシュウ、綺麗ですね!。とこちらから話しかけると、もう何十年もここで撮影してるねん。と、撮影したデジタルカメラの映像を嬉しそうに見せてくれた。ここで撮影している時が、阿呆になれて、なにより気分エエねん!来年もまた会いましょう!気を付けて降りてや!という掛け声に送られた朝の花見だった。

住宅相談会の午前中のAさんご家族は、いろいろと迷いながら、門付き、庭付き、ガレージ付き、純和風の大きな中古住宅を購入されて、若い夫婦が、こういう和風住宅を好み、受け継いで残していこうというのが、なんとなく嬉しい出来事で、それにしても、外観の純和風と座敷は残し、リビングダイニングキッチンと洗面浴室トイレを「モダン」にするのは、当然のことなのだろうが、何よりも耐震と、特に温熱環境を改善することが、部品交換型ではない、本質改善型の暮らし向上リフォームなのだろう。

午後からのBさんご家族は、銀行融資の関連で、現在お住まいの家のリフォーム計画から、新築計画に変更予定だが、リフォームのプランは、理想的なプランだったが、新築になると面積が小さくなり、それに伴い収納も少なくなって、プランの迷いが沸々と湧いてきたとのこと。それを解消するために、アーダコーダとその場で図面を編集しながら、お互いが合意するプランに落ち着いたのは、打ち合わせ途中に、会社の真向かいにある母屋の、一部完成した寝室のクローゼットを実際に見てもらいながら、収納の問題が、なんとなく解決されたからだろう。

午後からのCさんは、アフリカ人のご主人を持つ4人家族の奥さんが、実家を建て替えて、母親と2世帯同居の新築の計画でお見えになった。うちでリフォーム工事をして頂いた男性が、その奥さんと同級生だというご紹介で、打ち合わせの四方山話として、アフリカ人のご主人は、東京より大阪の方が、人柄が面白く、住みやすいという。町で、うゎー、真っ黒ですね!と、フツウに声を掛けてくれる人がいて、日本語で、黒いでしょ!と応えるとビックリされて、そんなコミュニケーションが楽しいと、真っ白な歯が印象的なくったくのない笑顔で話す。銭湯が好きで、よく行くと、じろじろ見られながら、あれこれと声を掛けてくれるのが、嬉しいという…..。

相談会が終わり、その夜、アウトドアー薪ストーブで、ピザと肉と野菜を料理しながら家族だけの花見をする。土曜日のリベンジというべきか。それにしても、もう葉桜になってきて、今年の桜は、あっっという間に終わりそうだな。

サードウェーブ的

心準備が曖昧なうちに唐突に桜が咲いたような感じ。いつもより1~2週間、開花が早くなぃ?!。今朝は、自転車で、葡萄坂から、のどか村と朝護孫子寺を経由し、フラワーロードを走り、奈良側から裏十三峠を登って、十三峠を大阪側に下る。その途中のサンシュウの黄色の群落の上に、ちょっとだけ見える桜の上品なピンクが、最近の私の桜の定点観測所。その花々を背景に谷間に木霊するウグイスが鳴く詩をしばし聴いた日曜日の朝。


午後からは、喫茶ルプラの西峯さんによる珈琲ワークショップが開催された日曜日で、22組で40人近い参加者にお越し頂き、ここ最近では、大変多くの参加者に恵まれたワークショップだった。それぞれが手作業で、真鍮の棒を金魚すくいの輪っかのように曲げて、その輪にネルを入れ込んで、それぞれで珈琲を煎れる。その珈琲をお互いにシェアーしあうのがとっても楽しい。

ネルドリップで、同じ珈琲豆でも、抽出する時間によって、味が変わるといわれているが、ほんとうなのかどうか、それぞれの珈琲を、少しずつシェアーしてもらって、体験すると、なるほどっ!本当だ!と舌でハッキリ体感できる。なによりも印象的だったのは、同じ珈琲豆で、同じ抽出時間でも、珈琲豆へのお湯の注ぎ方が、ドバドバっと注ぐ煎れ方と、チョロチョロチョロチョロと細く煎れる方法とでは、味に違いが出るのが面白い。チョロチョロの方がコクがあるような気がした。確かにポットの注ぎ口の形状が重要になってくるのも理解出来たりする。

最近、いわゆる、珈琲ブームなのだろう。サードウェーブ珈琲なんていう、呼び方が、なんとなくカッコエエとおもえてくる昨今。サードウエーブコーヒーをウィキペディアで調べてみると。

19世紀後半から1960年代における、インスタントコーヒーなどの普及により急速に家庭に広まったファーストウェーブ、1960年代から2000年頃にかけてのスターバックスなどのシアトル系コーヒーに代表されるコーヒーの風味を重視するセカンドウェーブに次ぐ、コーヒー本来の価値を重視する第3のコーヒーの流行を指す[1]。コーヒーを単なる生活必需品として捉えるのではなく、ワインのような芸術性を兼ね備えた高品質な食品として提供することを特徴とし、コーヒーの栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理に至る全ての工程において品質管理が適正に行われており、欠点豆の混入が非常に少ない。個性を持った商品に人気が集まるといった点で、地ビールと類似した特色を持つ。

サードウェーブ工務店。なんていう呼び方もオモシロそう。大工さんと左官屋さんが、施工の中心となり、木や土を産地から管理し、手間暇を掛けて仕事をする。施主と設計と現場監督と職人さんが高品質な家を提供するために、生産地から気遣う努力を惜しまない。そんなイメージなのだろうか。

そうそう、今週の19日月曜日にあった「空き家カフェ」で、面白い考え方を聴いた。生野区の一条通商店街にある空き家を買った女性のAさんは、定年退職のお金を使って空き家を買い取り、そこをコミュニティースペースとしてリフォームしている。第二の人生を楽しみながら社会貢献をする予定なのだが、その、「お金」を、どのように考えるかが、とってもサードウェーブ的。

ここ数年は、お金を銀行に預けたままでは、利息も良くなく、そんなのを資産価値と呼ぶのかどうか。そのお金を、例えば、空き家に「預ける」。それが、「投資」というコトバでなく、「預ける」というコトバの使い方と、その感覚が、とってもユニークで、コミュニティーなスペースとして再生利用する空き家に「預ける」と、いろいろな繋がりと楽しみと苦労が生まれて、それが、面白いし、エエねん!と。利息もほとんど生まない、繋がりなど全く生まない、銀行にあるお金。さまざまな社会貢献と楽しみと苦労を生む、空き家に預けたお金。この話を奥方にすると、私もそうおもう!その方と同じ性格やわ!という。預金から投資へ投資からシェアーへ。なのか?

いまさらながら、ようやく私の中で、「サードウェーブ的」というコトバが開花した週だった。

テキスタイルと時間感覚

ミナペルホネンの京都のお店に行く。テキスタイルに興味があるわけではないが、リフォーム中の家のソファーを、うちの家具屋さんのメローウッドワークスのイケダくんに造ってもらう予定で、そのクッションに使う、生地をどうしようかと迷った。家具の設計を白坂悟デザイン事務所に頼んでいて、それで、シラサカくんが、ミナペルホネンの名前を出してきた。

久しぶりに一日丸々仕事の予定がない日曜日だったが、土曜日の夜、LINEに、小学校の同級生からのメッセージが来て、柏原のリビエラホールに午前9時30分に集合し、自転車で富田林までランチを食べに行こうというお誘いだった。先週に引き続き、午前7時過ぎ、十三峠廻で、信貴フラワーロードから、のどか村を通り抜けて、坂を下って、柏原のリビエラホールの前に到着する。あちらこちらで、梅がとっても美しく微笑みを与えてくれた。小学校の同級生のおっさん4人で、石川から富田林の米夢に向かったが、生憎のお休みで、そのままワールド牧場の坂を上がって、キッチンハートという住宅街のお店で、おっさんランチをする。こんなところにある住宅のようなお店が、日曜日に、とっても繁盛しているのに驚いた。安くて美味しく見栄えの良いランチを食べで、皆のテンションが上がったからだろう、持尾展望台を目指して、坂を上がり、南河内グリーンロードを経由し、日本最古の街道、竹之内街道を下って、石川から大和川の出合いで、皆と別れた。大和川経由で家に帰りついたのが午後2時前だった。

  

疲れているはずだったが、お風呂で汗を流し、小学校の放課後の遊びの延長線上のような、同級生のおっさんたちに癒やされたのだろう、なんとなく活力が残っていた。それで、唐突に、奥方と、京都のミナペルホネンまで、生地を見に行くことになった。今日を逃すと、3週間先でないと、二人の予定が合わなかった。ところが、いつぞやの、東京の安藤忠雄展のごとく、服飾好きの長男の奥さんと、孫二人が一緒に付いてくることになった。孫と一緒は、嬉しいと言えば嬉しいが、面倒といえばとっても面倒。でも、いつも、全てが旅的になり、時間感覚に、大きな抑揚を与えてくれる。午後3時過ぎ、車で四条河原町に向かう。車の中で片言の日本語で語りかけてくる孫。道路はガラ空きで、パーキングも空いていて、1時間ちょっとで、店舗の中に立っていた。高速道路の充実で、京都がとっても近くなった印象。

ミナペルホネンの店舗の内装の心地良さに魅了されて、レトロな建物を品良く使い、床の大谷石の目地に木を目地棒として廻しているのが、とっても印象的だった。店員の方に、造り付けのソファーに、生地を使いたいことを告げると、奥から生地のサンプルを出してきてくれて、入り口のすぐ近くにある生地置き場のカウンターで、あれやこれやと丁寧な説明を受けた。お店のインテリアデザインとカウンター越しでの生地選びのシチュエーションが、気分を盛り上げてくれたのだろう。タンバリンという生地を座面に使い、そのベース生地と同じ無地を背もたれに使うという案に落ち着いたが、在庫とか金額とか実現できるレベルになるのかどうか…..。

とっても面白かったことは、表生地が磨り減るコトを想定し、裏生地に黄色や青などさまざまな裏生地が組み合わせられていて、経年変化を楽しむ椅子生地だという。無垢の床材や左官の壁材と同じ感覚なのだろう。家の無垢材の経年変化と同じ時間感覚で経年変化をする椅子やソファーの生地。さて、テキスタイルがどんな時間感覚を与えてくれるのだろうか。

そうそう、お店を出て、夕食でも食べて帰ることになり、孫二人連れでも入れる食事処を探すと、四条の鴨川の北東角にあるレトロなレストラン菊水に入った。何度も前を通っていたが、勿論初めて。というか、こんな切っ掛けでもないと、入るコトはなかっただろう。洋食屋さんの中から眺める四条通りを行き交うひとびと。一緒に食事をする、奥方と長男の奥さんと孫二人。朝から自転車での富田林のランチを想い出しながら、なんとなく不思議なシチュエーションの、いまここの京都。

孫はいつもちょっと妙な時間感覚を私に与えてくれる。

春場所

早朝、司馬遼太郎記念館の前を通ると、道路に面して、黄色く咲く、菜の花の鉢植えがいっぱい。ここ数年、この光景を見て、春の到来を感じている。うちの会社の前にも菜の花の鉢植えを置きたい気分。自転車で、十三峠を越えると、ウグイスの鳴き声を聞いて、また春を感じた。途中のサンシュウの群落が黄色く咲き誇る姿を見て、またまた春を感じる。信貴フラワーロードを走り、信貴山の朝護孫子寺の境内に立って、霞たつ大和を眺めると、「霞たつ春の山辺は遠けれど吹きくる風は花の香ぞする」なんていう気分。山並みに沿って、霞が水平に広がる大和の光景が「日本的」を感じさせるDNAとして、日本人に埋め込まれているのだろうか。

  

今日の日曜日の午後からは、板金ワークショップがあり、銅板のレリーフを製作した。参加者の3名の方がリフォーム工事をさせて頂いた方で、そのうちの2名の方は、まちのえんがわワークショップの講師でもある。一名の方は、造園家で、リフォーム工事と新築工事をさせて頂いたお施主さんの弟さん。そのお兄さんの庭を施工もして頂いた。参加者の一名の方は、うちの保険の営業担当の女性。参加者の一名の女性は、まったくの偶然だが、うちの旅行会社の営業のひとの奥さんのお母さんだったと判明したのが一年前のコト。何度もリピート参加して頂いている。で、参加者の一名の女性は、なんと、私と全く同じ生年月日で、流石に、産まれた時刻は違うが、そんなこんなで、なんだか、とっても不思議なご縁で結ばれたひとが集まったワークショップだった。

   
   

夕方、未だに完成しない我が家の減築リフォーム工事だが、庭に面したデッキの一部に、アウトドアー薪ストーブを設置した。暖をとるというより、火と薪ストーブ料理を囲んで、さまざまなひとと共に、一期一会を楽しんでみたいという想い。数年前にネットで知った北海道にある新保製作所の薪ストーブだが、一昨年ぐらいに、硝子面積が大きなストーブが発売されて、それをみて、家の中でなく、デッキに設置したいと思った。夏前に注文し、半年ぐらい待って3月に到着、板金屋さんに、煙突工事をやってもらうために、仕事が空くまで2週間ほど待って、ようやく設置が完了した。ワークショップが終わったあと、火を入れて、付属のピザストーンを使って、ピザを試し焼きしてみた。さてさて、どんなライフスタイルとコミュニケーションに展開されていくのだろうか…..。

昨日の土曜日は生野区シティープロモーションという集まりがあり、そこで、生野区持続可能なまちづくり支援事業所としての「まちのえんがわ」をプレゼンする機会を仰せつかった。ところで、シティープロモーションというのは聞き慣れないコトバで、ネット出調べてみると…..。

シティ・プロモーションは地域再生、観光振興、住民協働など様々な概念が含まれています。シティ・プロモーションの捉え方は多々ありますが、その一つは、そこに住む地域住民の愛着度の形成と考えます。その先には、地域の売り込みや自治体名の知名度の向上と捉えることも可能です。

「地域の売り込みや自治体名の知名度の向上」というより、「そこに住む地域住民の愛着度の形成」というのが、キーワードだと捉えれば、なんとか納得できる。

そうそう、月曜日の夕刻。長年のお付き合いの協力会社イナバの営業のアガくんが、武蔵川部屋の食事会に、招待してくれた。間近で接する、武蔵川親方は、意外とカワイイ。沢山の若手相撲取りが周囲を取り囲むなかで、長男夫婦と孫と奥方と一緒に食べるちゃんこ。そういえば、春場所は大阪場所。まちでたまに見かける相撲取りの姿に、春を感じるのが、大阪人なのだろう。

春の兆し

春がやってきたかのような暖かい日曜日。庭のワビスケは、蕾を開花させたあと、土の上に、そのピンクの花を、何個も落とし、その姿がいかにも侘しい。サンシュユの黄色い花の蕾も大きくなってきて、黄色い花の開花が気になると、やっぱり、なんといっても、桜の蕾が、もっとも気になる季節になってきた。

住宅相談会があった日曜日で、午前中のAさんご夫妻は、今お住まいの家の長屋続きの隣の家を以前に取得し、この2軒を一つにするリフォーム工事の予定だったが、銀行の担保価値は、土地だけしか評価されず、リフォーム後の家に資産価値を評価しないのが今の銀行の価値基準で、おもうようなリフォーム資金の融資を得られず、それで、更地にして、新築にすると、銀行ローンが組めそうだということになって、既に、プランと概算見積は出来ている状況で、住宅取得に特化したファイナンシャルプランナーの和田さんに、打ち合わせに参加頂いて「住宅ローン」についてのレクチャーを2時間たっぷりお話を伺った。

フラット35Sで融資を受け、長期優良住宅で税制優遇をはかる住宅が、いかにメリットが高いかの解説や、固定金利による繰り上げ返済のメリットなど、頭金の一部を残しておいて、出来るだけ早い時期に、繰り上げ返済に回した場合、利子返済を含めた返済総額が、少なくなるという試算などなど、パワーポイントによる、じつに判りやすい解説で、できれば、近いうちに、多くの皆さんに提供できるように、和田さんによる「住宅ローン」セミナーを開催したいとおもう。

午後からのBさんご夫妻は、ご主人の実家のある和泉市で、中古住宅を探して、リフォーム工事をする予定で、候補にしている土地を紙の情報とプロジェクターに映し出されるグーグル地図とを一緒に見ながら、あれやこれやと、好みの住宅のスタイルや、土地と周辺環境についての希望をお聞きしながら、お互いに感覚を調整をする打ち合わせだった。

駅より少し離れても、住宅地のど真ん中で、小さな庭で、家だけしか見えない周辺環境より、田園風景の見える土地を購入希望で、里山の古民家というのも候補だが、購入費用は安くても、リフォーム費用に想定以上の金額がかかるので、二の足を踏む状況だった。開発された住宅地でも、その最外周部にある住宅敷地は、周辺の山や川や畑や公園と接している場合も多く、そういう中古住宅をターゲットとしてみるのもひとつの選択肢かもしれない。と四方山話を含めながらの会話となった。

土地探しについての打ち合わせが終わろうとした時に、ご主人の実家の延床面積が33坪の2階建て住宅を二世帯住宅としてリフォームし、一緒に住んでみることは出来ますか。とコピーした図面を見せて頂いて、建築的なことや親子世帯のコミュニケーションの問題点など、あれやこれやと2世帯住宅の可能性を打ち合わせした。

「夫婦共働きと子育てと介護」という社会的問題は、昨今の働き方改革に、間接的に関わる問題でもあるのだろうが、二世帯住居という、「3世代が一緒に暮らす」というスタイルによって、その問題解決へのひとつのアプローチもあるわけで、その時に発生する各世代による好みとプライバシーとコミュニケーションの問題を、建築的な機能と手法によって、解決できる部分もあり、それに「まち」にある公園や広場やカフェやレストランやスーパー銭湯などの充実が、小さな面積の現代的2世帯住居の窮屈さを、「まち」が補う可能性もあるのではないのかとおもう。

「私」たちも、進行中の2世帯住居として、私の祖父との生活から私の孫との生活へと、3世代や4世代が一緒に暮らす家として、現在進行形で、自分自身が祖父という立場になって初めて孫という存在と暮らす喜びと問題点も経験し、2世帯住宅のコミュニケーションと建築的問題点を抱えこんだり克服したりしながら、「何世代も長きにわたり一緒に暮らす」という住宅の実験場のような気もしてくるわけで、そんな経験を少しでも皆さんにフィードバックができれば。という気持ちも少々芽生えてきた。

昨日の土曜日の午後3時からは、第二回「生野ものづくりセッション」が、木村工務店の加工場であり、行政のタケダさんのお声がけのお陰で、ものづくりに関わる、さまざまな業種のひとたち30名ほどが集まり、それぞれがさまざま材料と個性的な技術を使った、ものづくりについての、プレゼンとコミュニケーションを、「セッション」と称して楽しむわけで、その後の加工場での懇親会での盛り上がりは、そのセッションの密度に比例することになり、3次会も布施組とBARソケット組に別れたりしながら深夜まで及んだ。5月に第三回を開催予定。

そうそう、水曜日は、「暮らし向上リフォーム研究会」という温熱環境の野池さんをリーダーとする会合が木村工務店の3階会議室であった。

私たちは「部品交換型」ではない「本質改善型」のリフォームをみなさんに知っていただくために集まった工務店や設計事務所の任意団体です。
キッチンやお風呂を入れ替える、壁紙を張り替える、床をフローリングにする、といった「部品交換型」のリフォームにとどまらず、耐震性、明るさ、風通し、暖かさ、涼しさ、暮らしの機能性、劣化への強さなどの”住まいの質”を向上させ、暮らしを豊かで快適にする「本質改善型」のリフォームに取り組んでいます。

かれこれ2010年の3月に設立されて以来、8年も経過しているわけで、なかでもリフォーム工事の見積に関しては、工事内容によって温熱環境の改善を数値として評価できる見積書の可能性を、ここ4年ほどかけて、議論を繰り返しており、大詰めの作業が継続中で、そんな状況もあり、そろそろ、「本質改善型の暮らし向上リフォーム」を社会的に問いかけてみようということになった。

春の兆しとともに、さまざまな活動が、芽吹けば、嬉しい。

そだね。うん。

始まる前は、そんなに興味があるわけでもないのに、いざ始まってみると、それなりにテレビを見てしまうのがオリンピックで、「そだね。うん。」なんていうのは、もはや流行語大賞もんで、あれが、大阪弁の女子の会話だったら、「そやな。わかった。」になって、ちょっと違和感あるような気がするが、ニコニコした笑顔で、あの北海道弁の会話が、白い氷の床の上をカーリングが滑る雰囲気と似合っていて、試合の結果にドキドキしながらも、「そだね」を聴いて、和やかな気分になりながら、ついつい見てしまうのが、日本女子のカーリングだった。そうそう、真剣な表情と目でカーリングを投げる女子の顔を、ぼぉーと眺めているオジサンたち。というのも、あるあるに違いないなく、銅メダルをとった姿にオジサンたちも微笑んだ土曜日の夜だった。

日曜日のお昼のテレビを見ることなどほとんどないが、朝、自転車に乗って、体を動かし、モーニングを食べて帰ってくると、なんとなくオリンピックを見てしまう日曜日の午後だった。自転車競技のスケート版のようなマススタートは、ドキドキ感もないまま見ているうちに、最後のコーナーのインからの抜きに、テレビ解説者の、いけ!というコトバに乗っかりながら、あっ金メダル!という、ちょっとポカーンとしながらも、気分がスカットする喜びをもらった。

男子アイスホッケーのドイツとOARの決勝の試合に見入った。ドイツとカナダの試合で勝ったドイツを応援したい気分で、それに昨年ベルリンに行って、なんとなくドイツに親近感を抱くようになっていることもあり、なんというかOARという名称に釈然としない気分も少々あり、ドイツ応援で見ていたが、勝負の世界というのは厳しいもので、最後の最後にロシアの個人技の凄さを見せつけられて、でも、こういう素晴らしい試合を見ると、オリンピックというのは特別な集中力が発揮される特別な大会なのだ。とオリンピックを楽しんだ日曜日の昼下がりだった。

今週は「イベント的」が4つほどあった週で、月曜日は19日で、お昼から、生野区の区民センターで、「空き家カフェ」を催した。「まちのえんがわ」で、生野区の行政の方々と共に、定期的に縁側ミーティングを開きながら、生野区持続可能なまちづくりを模索していたが、そのなかで、空き家問題に特化した縁側的ミーティングを「空き家カフェ」と名付けて、空き家に住みたい人、空き家を貸したい人、さまざまな専門分野で空き家問題に貢献したい人が、定期的に集いながら、繋がりをもち、資源としての空き家を実際に有効活用する取り組みで、実例が二つ、施工中が二つと、少々の成果も出来てきて、毎回30人ほどの参加者とともに、これからも19日に継続していく予定。

その「生野区持続可能なまちづくり支援事業所」としての活動報告会が、毎年1回、生野区役所であり、審査員2名の方の前で、プレゼンをしながら、批評とアドバイスを頂戴するのだけれど、それなりに少々の緊張感をもちながら発表する。その審査員の方が、別の団体に対して、「結んで開いて」というコトバを使った解説があって、久しぶりに聞いたコトバだが、「そだね。うん」的感覚で聞きながら、「結んで開いて手を打って結んでまた開いて手を打ってその手を上に」なんていう作法が、こういう持続可能なまちづくりには必要なのかもしれないと考えてみた火曜日の午前中だった。

その日の午後から、生野区納税協会が主催する「納税教室」というのがあって、生野区の小学校に派遣されて、税金のしくみや機能をビデオを交えながら小学生に教える取り組みで、かれこれ3年目になる。もちろん事前に教えるための講習会を受講し、テキストもあって、それに従って教えるのだけれど、実は、空き家カフェや持続可能なまちづくり支援事業者の発表より、微妙に緊張するというか、ちょっと厭やな的気分に襲われたりする。今回は小学校に行くと、運動場の一部に芝生が貼ってあって、それが素晴らしく、うちのマゴの小学校も芝生だったら喜ぶやろな。というマゴ的視点が芽生えだした私だったが、そうそう、最初に私の自己紹介をするのだけれど、30人ほどの生徒に、大工さんになりたい人いてますかっ!て聞くと、1人が手を挙げて、そんなのが、とっても印象的だった。

「キセラ川西せせらぎ公園管理棟セルフビルドプロジェクト」というのがあり、設計と施工の各段階で、市民ワークショップを実施しながら管理棟を建築する取り組みで、都市計画コンサルティング会社に勤める知り合いの方から、ワークショップいろいろやっているでしょ!的オファーがあって、施工のワークショップとして参加することになっていて、土曜日、その設計ワークショップが川西市役所であり参加した。20人ほどの参加者のパッションを肌で感じながら、市民の要望を聞いて設計をまとめるという作業は、なかなか大変なコトだな。と感じながら、とっても勉強になるワークショップだった。

このブログを書く背後で、オリンピックの閉会式がやっていて、今日でオリンピックの2週間も終わり、それはそれで、国民が喜びを感じるニュースがあった2週間だった。

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