テラスハウス と 編集

2017年9月3日日曜日

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風に、秋の気配を感じる日曜日。

住宅相談会のある日曜日で、午前中のAさんご夫妻は、生野区で新築予定だが、大手ハウスメーカーと弊社で、迷っておられて、平面計画は、うちのプランが基本になっているものの、でも、奥さんは、ハウスメーカーの外観デザインが好きだそうで、それで、うちの計画案の外観を、ハウスメーカに似せたデザインにするために、あらためて、最近のハウスメーカーのデザインを勉強し、外観をリメイクして、提案した。

午後からのBさんご家族は、住吉区でリフォーム予定で、4軒長屋の真ん中の1軒に住んでおられたが、最近、隣の家を購入し、それで、その2軒をリフォームして住みたいというご相談。1歳ちょっとのお子さんと犬と猫がいる住まいで、いまの住まいの、古い床のフローリングの上に、自分たちで、コーナンで買ったツーバイフォー材を釘打ちして貼って、住んでいるという。そういうDIY好きなひとが増えているのは、確かで、そういう方々と家づくりを考えるのは、それはそれで、とっても楽しい打ち合わせでもある。

午後からのCさんは、茨木市で、現在お母さまが住む、コンクリート造3階建ての一戸建て住宅に、ご夫妻で引っ越してきて、2世帯住宅として、住もうとする計画で、木の家を設計と施工が出来る工務店をお探しとのコト。よく考えて練られた手書きの、平面計画を持参されて、ご自宅をグーグルのストリートビューで見ながら、打ち合わせを始めてみると、あれやこれやと気付く事があって、それで、その場で、修正液とペンを使って、設計のタナカくんと一緒に、そのお客さんの平面計画を「編集作業」し、キッチンの位置関係とか、収納の寸法とか、開口部とかの、微調整を繰り返しつつ、お客さんの意見を聞きながら、即興で、プランを作成した。そんな「セッション」のような打ち合わせが楽しかったりする。

ところで、ここ最近、夜の時間に、Netflixのドラマを見ていて、お恥ずかしながら、テラスハウスのハワイ編を見始めると、それはそれで、年甲斐もなく、面白いとおもう「私」がいて、スポンサーがなく、視聴率がないのが、製作者や出演者に、良い環境を与えているのだろうか…..?。筋書きがないドラマを、視聴してもらえるドラマとして成立させるために、「ものづくり」する人たちは、さまざまなコトを考えているのだろうね。

まず、良い環境を提供するコトの大切さがあるのだろう。海とダイヤモンドヘッドが眺められる場所の選定が重要なのだろうし、なによりも、この家は、このドラマのために、少々のリフォームは、しているのだろう…..?。居心地の良いダイニングとキッチンがあり、リビングやプレールームやお洒落な2段ベットの男女寝室、それにプールまであって、それとエエ車。そんな、さまざまな、「居心地の良い場所」が、ドラマを産む土壌になるのだろうな…..。

リングに放り込まれた格闘家のごとく、もしくは、JAZZのセッションのごとく、選び抜かれたメンバーが、アドリブで、ドラマを生み出してるのを視ていると、製作者は、その人選と、その組み合わせに、あれやこれや、悩みながら、決定するのだろうし、なによりも、好意をもって視られるドラマとして、成立させるために、映像の撮り方とともに、ストーリー性を持たせる、編集作業が、何よりも大切なんだろうなぁ….と考えてみたりして。今となっては、むかしむかし、マイルスが、イン・ア・サイレントウエイで、アドリブのセッションを繰り返し、それを、プロデューサーのテオマセロが、音を繋ぎ合わせて、編集し、レコードアルバムとして発表した、当時としては画期的な、レコード製作の話を、おもいだしたりした。

観客のようでもあり、解説者のようでもある、芸能人のトークが、このドラマの中に組み込まれているのが、感じ方や考え方の、共感や反感を助長させて、面白く、音楽のライブ版の観客の声援のようなものだろうし、かつて、出演した、ビフォーアフターの製作現場や、その撮影過程から、編集作業を経て、出来上がった映像と、その映像を視て観客のごとくトークする所さんがいて、それらが、ひとつになって、番組として成立していたことを想いだし、その恋愛版のごとき、製作手法なのかと、おもいながら、そんな「ものづくり」の立ち位置としても、楽しんだ。

建築の計画も、機能性やデザイン性や居心地などなどを、パッションと共感と違和感を、アドリブとして、コミュニケートしながら、その場で、その編集作業をアドリブとして、繰り返し、計画していく時代なのかもしれず…..。なんてことを、きっと、この微妙に、秋を感じる風が、脳に刺激をあたえて、考えさせたのかも。

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コペンハーゲンで観た、公園の地下にある、かつての貯水池を、建築家の三分一さんが、インスターレションした場所があって、それが、素晴らしく。すでに、価値を失った、デンマークのモノに、日本的な建築手法を駆使して、あらたな価値を与え、表現された、闇と光が、とっても美しく、少し誇らしく感じた時間であり、価値を失った古いモノに、さまざまな編集作業を通じて、新しい価値を与えるコトの大切さと、その時代性を感じた時間でもあった。

投稿者 木村貴一 :23:26