その日その朝その昼その夜その深夜。

日曜日。早朝に目が覚めて、久しぶりに自転車に乗って、十三峠からフラワーラインを抜けて、信貴山の朝護孫子寺の境内に立つと、大和盆地の屋根屋根が朝日に照らされて、キラキラして、とっても美しく、暫し見とれる朝だった。葡萄畑を通過し、三郷の方に降りて、モーニングが食べられるカフェに立ち寄ると、生憎の休業で、スマホからホームページを調べると、家族との時間をとるために、日曜日を休業にするという。そりゃ仕方ないね。なんておもえたりするのが、最近の働き方改革の影響なのだろう。誰もが、どんなライフタイルで、どんな働き方で、仕事と家族と遊びをバランス良く両立させて生きていくのかを悩む時代で、二兎を追う者は一兎をも得ず、なんていう諺が常識のように機能し、躊躇していたことが、大谷選手のように、二刀流として活躍できる可能性を模索するような時代で、さて、このカフェの家族は、どんなライフスタイルになっていくのだろうかね…..。

昨夜はとっても寒く、布団にくるまるようにして寝たので、今朝も少々肌寒く感じながら自転車に乗ったが、お昼からは、半袖で過ごせる心地良いエエ気候になって、そんな陽気のなかで、造園のイエタニさんによる、プランター台を製作するワークショップがあり、そのデザインを大手のインテリア設計施工会社で、デザイナーをしている、「まちのえんがわ」の隣に住む、通称サッチーが担当した。こぢんまりしたワークショップだったが、出来上がった作品に、参加者の誰もが笑顔になる姿を見て、少人数故のアットホームなワークショップの良さを再発見した心地良いお昼だった。

夕方からは、加工BARで、ワークショップ後の懇親会を開いたが、イエタニさんの呼びかけで、ワークショップとは関係なく、80人ほどの多くの人が集まって、あれやこれやと懇親を深め、リラックスして楽しめる夜となった。それにしても、ほとんどが、ものづくりをしている人達で、また、頑張ろう!っという、そういう集まりになるのには、何が影響するのだろうかね。集まるきっかけ、呼びかける人、手伝う人、楽しむ人、場、気候、天候、それぞれの事情のタイミング。それらが、バランス良く組み合わさった、「いまとここ」だったからだろうな…..。参加頂いた、皆さん、ありがとう!

そうそう、こうして、その後のブログを書き出してみると、ある瞬間に眠っている「私」がいて、そんな、その日その朝その昼その夜その深夜だった…..。

 

セッション

 

生野区のものづくり百景を担当している行政のタケダさんが、生野区で、ものづくりをしている若い人達に呼びかけて、私もパートナーとして、お手伝いしながら、「ものづくりセッション」という「遊び」を、木村工務店の加工場で催すことになって、その3回目のセッションが、昨日の土曜日だった。実際に工場を持って、ものづくりをしている人達だけでなく、デザイナーとか、デザイン学校の先生、建築家、コンサルタント、ファイナンシャルプランナー、写真家、大学教授、生野区のコミュニティーの方々、などなど、ものづくりに関わるいろんなひと30人ほどが、一緒にテーブルを囲む。

毎回3人ほどの、ものづくりをしているひとたちが、自分たちの技術をパワポイントでプレゼンし、皆さんに、どうおもいますか!この技術、この製品、どこかで使えませんか!っていう問いかけに対して、あれやこれやと、意見を言ったり、アイデアを提供したりしながら、縁側的で、曖昧で、雑な、コミュニケーションを繰り広げるのだけれど、その場で、激しく意見を戦わせるわけでもなく、結論のようなものを導き出すわけでもないが、何度か続けてみると、なんとなくのコミュニケーションが潤滑油になって、その後に、ものづくりをする人と人が結びつき、それが、それぞれにとっての、新たな、ものづくりへの挑戦のきっかけになったりし、この人とこの人が結びついて、こんなのが出来ました!なんていう報告も生まれてきて、そんなのが、ちょっと、ワクワクして、楽しい。

なんとなく、技術と技術が結びつくのだ。と考えていたが、こんなセッションというかワークショップをやってみると、小さなものづくりでは、まず、人と人が好意的な感情で結びつくことで、その人に寄り添っている技術とある人が携えている技術とが、融合しはじめたりするわけで、技術と技術を融合させるエネルギーが人と人との愛なのだ。なんていうのは、ちょっと大げさすぎるのだろうが、なんとなく、人と人とのものづくりに対する愛情関係が必要だな…..と、そんな気分にさせてくれるのが、この、ものづくりセッションの面白さなんだろう。

確かに、建築でも、設計士と、現場監督と、職人さんと、それぞれが、建築というものづくりに対する好意的な愛情関係がないと、エエ建築にはならないのと同じだな。と、それなりに、反省する。

そんなわけで、それぞれの参加者が、その後の懇親会を楽しみにしていて、うちの加工場BARで、総務のとんちゃんが中心となって、お総菜を用意して、セッション終了後、2時間ほどウダウダガヤガヤと話が続き、それが、それぞれが、ものづくりをするための好意的な気持ちを育む「場」となっているのだろう。30代の2代目3代目の若い人達も多く、その後、3次会4次会と続くようで、私も、そんな勢いに引っ張られながら、いつものように、ものづくりの工場を廃業し、BARとしてリノベーションして、営業している秘密基地ソケットで、延々と話が続くのが、いつものことになってしまい、4次会組と再び合流したりしながら、深夜明け方近くまで、話題が続いた。

 

激しい雨が降った今日の日曜日は、相談会の日だったが、久しぶりに、参加者がなく、前日の「ものづくりセッション」の3次会が明け方まであったので、それはそれで、良かったような、寂しいような。ただ、土曜日に、建築予定の二組の方の、ファイナンシャル相談が、集中し、生野区の「空き家カフェ」や「ものづくりセッション」にも参加してくれている、ファイナンシャルプランナーの和田さんが、長期優良住宅やフラット35Sなど、銀行ローンの説明を含めた、個人相談を催した土曜日だった。それで、これからもファイナンシャルプランナーの和田さんによる、住宅資金に関する個人相談を、定期的に実施する予定で、住宅を建てるための資金計画で、躊躇されている方は、よろしければ、ご参加下さい。

住宅のプランニングの打ち合わせや、ファイナンシャルの相談も、いわば「セッション」とも呼べるわけで、ミュージシャンが、セッションを繰り返す中から、技術やアイデアを育むように、そんなさまざまな、「ものづくりセッション」が、いろいろな形態で、続けて行ければとおもう。

「ゴールデンウィーク」と「まち」

ゴー ルデンウィーク前半。しまなみ海道に小学校の同級生と自転車で島々を巡る。29日はとびしま海道へ。信号がほとんどなく、左手に海と島々と橋を眺め、小さな岬を何十回も回り込み、向かい風に抵抗されながら、淡々と走る。島々を8の字を描いて一周ぐるっと回り、御手洗の町で、穴子飯を食べ、珈琲飲んで、ゆっくり過ごす。かつて、潮待ちをする船乗りが、待機しながら遊んだ港町は、伝統建築と洋風建築が入り交じり独特の文化があって魅力的。これで3回目で、洋風な板張りの外壁をブルーに塗った散髪屋さんの前で記念写真を撮るのが定番になってしまったが、それにしても「まち」の文化とういものが、何の影響で生み出され、衰退していくのか、いつも考えさせられる「まち」

   

30日は、日帰り参加の同級生二人と合流し、4人で、生口島からたたら大橋を渡って大三島の多々羅しまなみ公園へ。橋を戻って、生口島を自転車で巡る。耕三寺の拝観料が1400円で驚く。京都のお寺でもそんなにしない。門から見える五重塔が、本堂の前の正面にあって、建物と建物の余白が少なく、凝縮してお寺が建っていて、ちょっと異質な配置計画と、ちょっと派手な色彩。個人で建てたそうな。門だけくぐって暫く休憩し、ドルチェにアイス食べに向かう。相変わらず流行っていて凄いな。生口島から橋を渡って因島へ。大出たばこ店で因島お好み焼き「いんおこ」を食べる。お店に入って、座ったその時、テレビから、向島に逃げていた脱走犯が、広島で捕まりました!という報道が流れる。同級生4人と囲む鉄板の上のお好み焼きと事件報道。こんなシチュエーションが記憶に残るのだろう。それから、フェリーで弓削島に渡って、ゆめしま海道へ。とってもエエ天気で、のんびりした空気感が漂う島。時間の流れが違う感じ。大阪に帰りたくない気分やわ!と同級生が呟く。定年を控えて、それぞれが、それなりに、悩んでいる。自転車に乗りながら、流れていく景色。島々、海、港、集落、橋、人、青空、雲、太陽、景色の流れと共に、時折、人生を考えさせる、思考も一緒に流れる。そうそう、新名神が開通し、宝塚付近で、全く渋滞がなく、それが、なによりもの驚きだった。

   

5月3日の夕方。同居する長男家族と奥方とで一緒に、神戸港からサンフラワーのフェリーに乗って大分へ向かう。長男が、連休中に講習会を受講するらしく、長男の奥さんと孫二人は、ゴールデンウィークをどう過ごすかと迷っていた。私たち夫婦は、リフォーム中の家が、連休までには、完成予定で、引っ越しと片付けの予定だったが、他の現場で作業をする大工さんの予定が終わらず、当然ながら、うちの家は、後回しになり、連休の予定がまったく空白になってしまった。それで、長男抜きの長男家族とうちの夫婦とで、有田の陶器市に、食器を買う弾丸ツアーをしようという事になった。今まで二回、有田陶器市に行ったが、どれも良い想い出だった。5月2日に、インターネットでフェリーの予約サイトを調べると、大人3人と幼児2人が泊まれる4人部屋が一つ偶然空いていた。

九州にフェリーで行くのは初体験だったが、乗船してすぐに食堂に行くと、順番待ちの長蛇の行列で驚いた。30分近く並んでようやく着席する。意外と、この年になっても、バイキングになると、食べ過ぎてしまう、その心のありようが、情けなくもある。お風呂もいっぱいで、早々に寝る事にして、2歳の孫イッケイと、2段ベットの上で一緒に寝るが、すぐに女性二人の寝息はしてきたが、コウフンするイッケイは寝付くはずもなく、仕方ないので、探検と称して、フェリーのなかをウロウロする。デッキは風が強く、真っ暗で、鉄扉を開けた途端、お化け屋敷に連れ込まれるかの形相で、手をぐぃーっと引っ張って立ち止まて、怖い!と呟やいた、その姿が印象的だった。4人部屋の二段ベットの高さの寸法とか、ベットとベットの間隔とか、ステンレスの大きなRのついた窓とか、船のディテールはよくできているよな…..。

朝風呂に入り朝食のバイキングを食べて、大分港から車を出発したのが、午前6時30分頃だったので、有田には午前9時前に到着でき、渋滞も少なく、駐車場はまだ空いていた。有田駅近くの商工会議所の駐車場に駐めて、上有田まで、歩くことにしたが、晴天、5月の陽気、歩行者天国、何十万人もの人出、賑わいがあっても、道幅もあり、心斎橋より空いていてプレッシャーが少ないのがエエ感じ。集落の間から山も見え、電車も平行して走り、どちらかといえば、ヨーロッパの街歩きに近い感覚で、なんとなく好きだな。カートとかリュックとか、3度目なので、準備万端で、なんだかんだ買うが、途中、キリムの店をみつけ、アフガニスタンのキリムを3万5千円で手に入れる。というのは、新しく造ったデッキに、キリムを敷いて、ロースタイルで、ゴロッと寛ぐのが、最近のお気に入りのスタイルで、いろいろ物色している最中だった。なので、陶器に費やす予定のお金がキリムになってしまい、何点かの珈琲カップを諦めた。そうそう深川製磁の新作のコーヒーカップなどは、モダンだったりし、先日の歌舞伎のごとく、伝統ある組織の努力を垣間見た感じ。

夫婦二人ならそのまま大阪に帰るかもしれないが、幼児の孫二人がいるので、フェリーの予約後、博多のホテルイルパラッツオを予約した。とりかわ宝屋で、鳥の皮を食べ、屋台で豚骨ラーメンを食べる。ビルと川の狭間の道に屋台という建築が挿入される夜の博多のまちの雰囲気は確かにエエよな…..。そうそう、ホテルは、アルトロッシの設計らしい。レストランの天井の黒い仕上げが格好良かったが、それより、朝食が、おもいのほか美味しかったのに、意外な満足感があった。

        

5日の大阪への帰り道。下関の唐子市場でお昼でも食べて帰ろうかと相談してると、高速道路の降り口からビッシリ渋滞していた。それで、即興的に、広島で、原爆ドームに「参拝」し、お好み焼きでも食べて帰ろうということになり、渋滞の行列から逃れ、山陽道で広島に向う。広島の原爆ドームと平和記念公園周辺の雰囲気は、独特の空気感で素晴らしい。ちょっとベルリンを想い出した。丹下健三の平和記念資料館の本館が改装中で、あの素晴らしいピロティーに工事中のバリケードがあったのが、とっても残念だったので、話題の折り鶴タワーに向かう。カフェでアイスクリームと珈琲を飲み、休憩がてら、屋上展望台が、大人1700円もして、そんなお金出して、展望台上がるん!と、奥方も長男の奥さんも躊躇ったので、いや、もちろん、建築をやってなかったら、登ってないのかもしれないが、そこは、ちょっと、男気だして、俺、出すよぉ!っと、エエ格好してみた。

展望するのに、大人3人分5100円、幼児二人タダ。というのは、ビックリする価格だが、建築的には、体験をしてみる価値は充分にある「広場」だった。皆が、人工芝の上に寝っ転がり、寛いでいた。なんとなく、だれもが、幸せそうな雰囲気だったので、イタリアの広場を想い出した。広島のまち、川、原爆ドーム、平和記念資料館を俯瞰して見下ろす広場。戦争と平和のことを俯瞰する広場でもあるのだろう。デンマークの公園の地下で見た、設計の三分一さんのインスタレーションは、日本人として誇らしく思えるような素敵な空間だったが、この屋上展望台のひろしまの丘も素敵だなぁ…..。

 

大阪に帰る前に、折り鶴タワーのカフェで、しまなみ海道での定宿LINKの女将に連絡をとって、お兄さんが営むお好み焼き屋さん「もみじ」を紹介してもらう。パリパリの焦げがついた麺が香ばしい広島風のお好み焼き。大阪のお好み焼きに慣れ親しんでいるが、これはこれで、とっても美味しい。ひょんなことから福岡と広島のそれぞれのまちの、中州の文化と味を垣間見た一日になった。

それにしても、ブラタモリのごとく、それぞれの「まち」が持つ魅力と文化の、根源が、面白いのだろうな…..。

歌舞伎。

今週の火曜日。歌舞伎のワンピースを見る。ある日、奥方が、同級生のクンメから連絡があって、歌舞伎の最前列と4列目の席が手に入るらしいので、一緒に見に行くぅ。と聞いてきた。スケジュールが空いてるなら行ってもエエけど…..と、どうしても行きたい訳ではないが、でもチャンスがあるのなら、一度は体験してみたい…..ぐらいのニュアンスで返事をすると、サイボーズで共有されているスケジュールを見て、4列15番の席が取れる日に、券を手に入れたから、その日、打ち合わせを入れたらアカンで。と念をおされた。

午後3時すぎ、家に戻り、着替えをする。どんな服を着ていくのか。男性のドレスコードがあるのか。歌舞伎初体験なので、まったく判らず、ネット調べると、なんでもエエような事が書いてあったが、女性は着物を着たり、ちょっとお洒落をするらしく、それなら無難に、ちょっと遊び着ぽい紺の薄いストライプのスーツにノーネクタイのシャツで行くことにした。相変わらず、女性は、出かける前に、バタバタして、服を着替え、これで似合っているかどうなん?!と聞いてくるので、それでバッチリエエよ!と決まり文句として応えると、ほんとに真剣に見てるん!と怒られながら、別の服に着替えたりして、それやったら、聞くなよぉ!的、ルーティーンを繰り返し、いつもギリギリかちょい遅刻が定番。

午後4時すぎ、雨の松竹座前に着くと、傘越しの人の群れの向こうに「ワンピース」の看板があり、そうか、えっ、今日見るのはワンピースなん?一瞬、初の歌舞伎がワンピースなのかと違和感を感じたが、そんな戸惑いに間髪を入れず、それより、弁当何がエエ?と聞かれたので、お任せするわ。と応える。休憩の合間に弁当を食べるらしく、弁当を注文したあと、最前列の席が取れた日は、サプライズに「ゆず」が来て歌ったらしいで、残念やったね。という。歌舞伎にワンピースだけでも驚きだが、歌舞伎にゆずが、全くピントこず、母親に連れて行かれる子供のような感じで、エスカレータに乗って、会場に入った。髪を結い着物を着た若い女性二人を連れたレオン風のスーツ姿のオジサンがいて、へぇー、そうか、こんな遊び方もあるのか。とちょっと憧れてみたりした。

4列15番の席に着くと、袋に入った雨合羽が、席に置かれてあった。全く意味不明で、歌舞伎鑑賞に合羽がなぜ必要なのか判らなかったが、着席し、奥方から歌舞伎のレクチャーを受けて、だんだん、今日の起こる出来事を少しずつ把握してきた。回りはほとんど女性ばかりで、根っからの歌舞伎ファンな雰囲気がぷんぷん漂い、というよりコンサートぽい雰囲気だった。椅子に静かに座って、開演を待つと、最前列に、先ほど見た若い着物女性とレオン風スーツのオジサンが座った。

4時30分から8時30分の4時間、休憩を3回挟みながら、圧倒的なエンターテイメントな歌舞伎に魅了された。オーソドックスな歌舞伎を見た経験がなく、いきなりキワモノの歌舞伎を見たことになるのだろうが、その歌舞伎の所作と服装に魅了された。

「歌舞伎」という芸能名の由来は、「傾く(かぶく)」という動詞にあります。この動詞には、並外れている、常軌を逸しているという意味があります。
安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、当時の流行の最先端を行く奇抜な服装や髪型をし、世間の秩序に反して行動する人々は、「かぶき者」とよばれました。歌舞伎の歴史は、出雲の阿国(いずものおくに)の「かぶき踊り」にまでさかのぼることができますが、このよび名は当時を象徴する最先端の「かぶき者」の扮装を舞台上でまねたことによります。ここから、「かぶき」とよばれるようになったのです。

どの服装も斬新で格好良かった。こんなん考えるの楽しいやろうな…..悩むやろうな…..と製作者になりたい気分になる。舞台で見た、歌舞伎の所作の特徴的な表現は、引き抜き、宙乗り、立ち回り、六方、見得、というらしく、いま知ったが、ワンピースというモダンな内容とオーソドックスな歌舞伎の表現の融合が、面白いのだろう。あるシーンでは、宙づりになった役者と一緒に、皆が立ち上がって、タンバリンを叩いて、コンサートのいように踊った。孫のためにタンバリン買ってあげるわ!というのは口実で、奥方も、立って、そのタンバリンを叩いて、踊っていた。その曲が、ゆずなんだ。この時、サプライズで登場したら、確かに、皆、コウフンするだろうな。

2回目の休憩の合間に、合羽を着ることを促された。舞台に滝と池が表れ、役者が踊りながら、水をいっぱい飛び散らせて、会場にばらまかれた。前の席のおばさんは、合羽を着ず、水を浴びるのを欲して、水が掛かるたびに喜びの歓声をあげていた。あるシーンでは、沢山の紙吹雪が天井から舞い散って頭が白くなった。笑いもあり、泣きもあり、伝統的な表現とモダンな表現が合わさって、あらゆるエンターテイメントが含有されていて、こんな伝統的でモダンでエンターテイメントな「建築」を造ってみたいものだとおもった。

私の初歌舞伎は、マイルスディビスを知らないひとが、初めて聴いたアルバムが、クッキンやカインド・オブ・ブルーやフォー&モアーなどのジャズらしいレコードではなく、イン・ア・サイレント・ウェイとかビッチャズブリューも通り越し、オンザコーナーだとか、パンゲアだとか、そんな感じなのか。いや、ウィ・ウォント・マイルスやTUTUなのかもしれない。と途中の休憩の時間にお弁当を食べながら、そんなことをおもった。今度はオーソドックな歌舞伎を見たいものだと、素直にそうおもえた、歌舞伎な夜を過ごした。

さてさて、木村工務店のゴールデンウィークは4月29日30日の連休のあと、5月1日2日は通常営業をし、3日4日5日6日と連休です。皆さん、素敵なゴールデンウィークを!

ゴルフコンペ

先週。空き家カフェがある4月19日に、協力会社とのゴルフコンペをダブルブッキングをしてしまい、空き家カフェのファシリテーター役を代わってもらうという失態で、そういえば、ゴルフコンペの日程調整の時、なんとなく気候の良いエエ日取りだと、OKした記憶があり、19日という生野の日に、毎月開催している、空き家カフェの事をすっかり失念していた。

今回の協力会社との精親会ゴルフコンペは95回目になり、祖父の代から続くこのコンペに、伝統があるというのも、エエのかどうか、微妙な気持ちもあるが、それでも、協力会社のゴルフ好きのメンバーが楽しみにしている会であり、私もここ10年ほどは、年に2回のこのゴルフコンペ以外にプライベートでゴルフすることもない状況なので、平日開催の今回は、開催する前は微妙な気持ちになるのだが、終わった後は、ゴルフの成績は惨憺たる結果にもかかわらず、開催して良かったと、毎回感じるのも不思議と言えば不思議な心情で、そういうのが、協力会社とのゴルフコンペの魅力なのだろう。

今回は、協力会社の会長職に就いている、グランドシニアになる、83歳の方が二人と76歳の方が二人の4人のひと組が、私が回る組の、前の組として、参加してもらった。そういう、30代から80代までの人が、同じスポーツを通して、親睦でき、なかなか会う機会がない方々と、久しぶりに、一緒に会食を共にできるのが、ちょっとした魅力でもあるのだろう。

そういえば、昼からのロングホールで、ドライバーが、そこそこフツウに飛び、2打目をスプーンで、ダフってしまい、3打目はグリーンまで残り230ヤードもあり、前のグランドシニアーの組みは、グリーンでパターを始めるぐらいの状況だった。一緒の組で回っているシングルハンディーの香山土木のカヤマさんが、シャチョウ、右の肩がツッコミすぎていて、右手を使いすぎやから、70パーセントぐらいの力で、軽く打ったらどう!っとアドバイスしてくれた。

ボールはラフにあり、スタンスがカート道に立つ状況だったが、なんとなく、ボールの高さが、ティーアップしたぐらいの良い感じだったので、そのスタンスのままスプーンで打つことにした。キャディーさんも、私も、皆も、今日のいままでの私のゴルフからして、200ヤード飛べばエエ方だろうとお互いに感じていたに違いない。それが、ショットをすると、アドバイスのお陰で、体がスーと回り、クラブが綺麗に降り抜けて、ナイスショットの掛け声とともに、まっしぐらにグリーンに飛んでいった。ちょと心地良い感覚と嬉しい感覚が体に込み上げてきたが、それが、そのままグリーンに直接3オンで乗って、パターをしているグランドシニアー組の間を抜け、グリーンの奥まで、打ち込んでしまった。

危ないぞ!打ち込むな!みたいなジェスチャーで、グリーンでパターを見守っているグランドシニアーが、こちらに向けて手を挙げて、たしなめた。私は、エっ、スプーンで240も飛んだん!、グリーンに乗ったん!というショットの嬉しさより、打ち込んでしまったという、申し訳ない気持ちで、そのまま、駆け足で、グリーンまで駆け寄り、皆に謝罪した。幸いにも、誰かにボールが当たることもなく、同じコンペのメンバーでもあり、私の立ち位置という事に対する配慮もあり、寛容な態度で接して頂いたが、ドキッとする出来事だった。ゴルフ終了後の懇親会では、その事がエピソードとして話題にもなり、グランドシニアーの方々の笑顔に助けられるという出来事とともに、そんなこんなが、ゴルフコンペの持つ魅力でもあるのだろう。

さて、夏日のような、とっても気持ちの良い天候の本日の日曜日は、絵本作家の谷口智則さんによるワークショップがあり、これで6回目になる谷口さんのワークショップだったが、ここ最近は、参加者が描いた絵に、谷口さんが、絵を書き足す。というシリーズが、数回続いており、それが、参加者と谷口さんの、いわゆるコラボレーション的な作品になって、毎回、おもいのほかエエ出来映えになり、参加者と一緒に笑顔でワークショップを終える。

今回も、谷口さんは、22組みのそれぞれの参加者の個性に応じて、即興で、1人ずつに対して、丁寧に絵を描き、4時間ほど、座ったまま、集中して、皆のために絵を描き続けている、その姿は、大喜利で即興で回答を生み出す落語家のようでもあり、音楽のセッショで、参加者とコミュニケーションをとりながら、即興演奏を延々と続けるミュージシャンのようでもあって、ものづくりに対する、その真摯な姿に、毎回、エネルギーをもらう、ワークショップでもある。

 

  

それぞれが、自分の作品を作るために、集まって、一緒に作業をするワークショップの姿は、ゴルフコンペのようでもある。と思えたのは、たまたま同じ週に重なったからなのだろうが、それにしても、同じ体験を共有するというコトに、さまざまなエピソードがうまれ、笑顔がうまれた、そんな週だった。

貢献。

雨の日曜日の朝。リーガロイヤルホテルで催された、ある方の偲ぶ会に奥方と共に参列する。故人の娘さんを通じて、工務店として、家のリフォームやメンテナンスとしてのお付き合いだったので、お別れの言葉で語られる故人のその功績の大きさをあらためて知り感心する。社会的「貢献をする」という行為は、大切なコトだな。そんなエネルギーを頂戴した偲ぶ会だった。

とっても久しぶりにリーガロイヤルホテルに行った感じがし、昼食を食べて帰ろうとすると、どこもいっぱいで、1時間近く待つ状況だった。大阪の名だたる老舗の料理屋さんの前をぐるっと一周まわって、フリッツハンセンのショップで、陳列に、素敵なダイニングチェアーがあったので、値段を聞いてみると、ポールケアホルムの椅子で、45万円し、あー、なるほど、そーですか…..。ついでに、目の前に、ヤコブセンのエッグチェアーのベージュ色のレザー貼りがあり、とっても上品だったなので、やっぱり値段を聞いてみると、180万円とか…..。うー。っと、ちょっと唸りながら、流石に、やっぱり、それぐらいするのですね。っと、店を出て、大阪弁で、あっー、こんなん、ぽぉーんと、買える身分になってみたいものやわ!という、大阪人あるある的会話が奥方から飛び出しつつ、再び、うどんの今井の前を通ると、5分待ちで、食事にありつけた。甘い出汁、ニョロニョロのこしのないうどん。大阪のうどんらしく、これはこれで好き。

ついでに、メインラウンジで、コーヒーとケーキを食べる。それにしても、このラウンジは、エエ空間やな~。とあらためておもう。雨が降って尚一層緑が映えるとってもエエ雰囲気の滝のある庭。それも自然のままのような作られた二つの滝。林立する柱。天井の照明器具。深々と沈み込む椅子と丸テーブル。川が流れるフロアー。キャンチレバーで浮く上階のバルコニー。竣工当時のまま、年月を積み重ねて、そのまま残っているのが、エエのだろう。

ここに来ると、いつも想い出すことがあり、ロイヤルホテルと呼ばれて完成して暫くしてからの事なのだろう。私は小学生の時だった。親父が、夕食の時に、ロイヤルホテルというところでな、1000円もするコーヒーと1000円を超すカレーを食べてな…..。という、金額は少々曖昧だが、そんな断片的な会話が印象深く残っていて、その時の夕食を想い出す。

丁度、今日が、奥方の母の誕生日で、ホテルで、イチゴのホールケーキを買った。奥方の父も昨年亡くなり、うちの父も母も他界しているので、うちの家に奥方の母を招いて、同居する曾孫二人と共に祝う、ささやかな誕生日会を催した。まだ使って4回目のアウトドアー薪ストーブで、ピザと焼き鳥を焼きながら、うちの長男が小学生の頃に、奥方の母を伴って、一緒にキャンプに行った、そんな想い出話が蘇った。そのあと、ハッピバースデーを歌い、ホールケーキのローソクを消すという、こういう一連の流れを、2歳半になる孫が、面白がるっというのが、オモシロイ出来事でもある。

きっと、故人が、こういう一日を、私たちに、貢献してくれたのだろうな…..。

人が集まる

花冷え。昨日は芦屋で地鎮祭があって、冬に逆戻りしたかとおもうほど、とっても冷たい風が吹く土曜日の地鎮祭だった。今日も昨日に引き続き寒い日曜日だったが、自転車メーカーのウィリエールのキタムラくんのお誘いで、琵琶湖の守山市にある自転車店キヨシ商会さんのアテンドにより、近江八幡周辺を6人でライドする。地元のひとが愛用するコースは、ローカル色が豊かで趣があって楽しい。それにしても自転車に乗っている時は運動エネルギーの発熱で寒くないが、自転車を降りてからは、寒い寒いというコトバを何回呟いたことか…..それほど、琵琶湖周辺は寒かった。周辺の山の頂きに何カ所か白い積雪を見たし、高速道路でも北陸方面では、雪のため走行規制の表示が出ていた。

自転車で、ラコリーナ近江八幡に立ち寄る。超満員。バームクーヘンを買うのにも、カステラを買うのにも、カフェに入るのも、長蛇の列。もともとの「味」があってのことなのだろうが、それにしても、建築が人を惹きつけ、あれだけ沢山の「人が集まる」のだから、「建築の力」というものをあらためて考えさせられる。70歳のオジサンの建築家藤森照信さんの感性が、多くの女性にカワイイといわしめるのだから、凄いなぁ…..とおもう。地元のキヨシ商会の方が、ラコリーナに観光バスで来る人が増えて、人がいっぺんに増えましたよ!という。すぐ近くの近江八幡の城下町に寄ると、寒さの影響か人は閑散としていた。レトロな街並とモダンな建築。ラコリーナはレトロ感のあるモダンな建築なのか。日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)の境内にある山上でお漬け物を買って、リュックに背負って自転車で守山まで戻る。午後3時をまわって日が陰ると、ますます寒い。走っていても寒い。寒の戻りってやつだな。

   

そうそう木曜日の夜。大阪ガスさんのお誘いで、京セラドームのビスタルームでオリックス対ロッテの野球を観戦する。球場で野球を見たのは、これで何回目なのか、数えるほどで、確か、甲子園の阪神戦を次男と奥方とで見たのが10年ほど前のことだったのか。ここ何年も1回から9回まで野球をテレビで見た記憶もない。そんな、感覚なのに、球場に行くと、ちょっと独特の雰囲気があって、エエなぁ…..とおもう。観客は閑散としていたが、あのライトアップされたなかで、バッターボックスに立ってみたし、マウンドに立って投球してみたいものだとおもう。きっと、その日ホームランを打って活躍していた大リーグの大谷くんのニュースが、心の片隅のどこかにあったのだろう。大リーグのベースボールの雰囲気は、もっと独特で、エエのだろうなぁ…..。そういやぁ、太鼓の音をずーっと鳴らさなくてもエエような気もするし。はじめて7回の裏に風船を飛ばしてみたり。ひとつの空間で、観客が集まって、野球の雰囲気を楽しんでいるムードが、きっとエエのだろう。

イタリアを旅した時にシエナで体験した人が集まりそれぞれが楽しむ広場を想い出た。
「人が集まるオープンスペースな空間」というのが、オモシロイのだな….。

花見な週。

花見の季節。庭で催す恒例のしだれ桜の宴は、例年より1週間早めて、28日の夜に花見をする。久しぶりに天候に恵まれた、社員と大工と手伝いさんの木村工務店の身内で開く花見だった。リフォーム中の母屋は、外部とデッキ部分は完成したが、キッチンなどの家具はまだで、来年こそは2次会を母屋で開きたいものだと、桜を眺めながら願う夜で、親父が生前に、苗から買って、育て、大きくなるにつれ花が咲き、社員と始めた花見だが、その父も母もここ数年の間に亡くなった。ところが、その後、長男夫婦と同居するようになり、今年は、新たに誕生した孫二人が花見に参加するようになって、その孫と一緒に焼き肉を食べながら、桜を見て、「唯一の真実は全てが変化することである」なんていう、どこかで聞いたコトバが、ふと浮かんできた月夜の花見だった。

土曜日の夜。その孫ひとりを預かることになり、それなら、奥方と3人で、電動ママチャリで、大阪城と大川の夜桜でも見に行こうということになったが、その孫が、朝からハイテンションで、昼寝をすることもなく、テンションが高いまま、遊び続け、ついには、夕食を食べながら寝落ちしてしまうという、きっと孫あるあるな出来事で、結局、孫との夜桜散歩は実現出来ず、中途半端な土曜日の夜になり、それで、なんとなく、Netflixのオリジナル作品を見ているうちに、私も寝落ちしてしまうという、そんな花見が出来なかった土曜日の夜だった。

住宅相談会のある日曜日の朝。前日の寝落ちで、ぐっすり寝たこともあり、早朝に目が覚めた。十三峠を往復し、途中で花見をし、仕事に臨むことにして、ビューポイントで自転車を留めると、アマチュアカメラマンのオジサンが、写真撮影を終えて、軽自動車に機材を片付けている最中で、桜とサンシュウ、綺麗ですね!。とこちらから話しかけると、もう何十年もここで撮影してるねん。と、撮影したデジタルカメラの映像を嬉しそうに見せてくれた。ここで撮影している時が、阿呆になれて、なにより気分エエねん!来年もまた会いましょう!気を付けて降りてや!という掛け声に送られた朝の花見だった。

住宅相談会の午前中のAさんご家族は、いろいろと迷いながら、門付き、庭付き、ガレージ付き、純和風の大きな中古住宅を購入されて、若い夫婦が、こういう和風住宅を好み、受け継いで残していこうというのが、なんとなく嬉しい出来事で、それにしても、外観の純和風と座敷は残し、リビングダイニングキッチンと洗面浴室トイレを「モダン」にするのは、当然のことなのだろうが、何よりも耐震と、特に温熱環境を改善することが、部品交換型ではない、本質改善型の暮らし向上リフォームなのだろう。

午後からのBさんご家族は、銀行融資の関連で、現在お住まいの家のリフォーム計画から、新築計画に変更予定だが、リフォームのプランは、理想的なプランだったが、新築になると面積が小さくなり、それに伴い収納も少なくなって、プランの迷いが沸々と湧いてきたとのこと。それを解消するために、アーダコーダとその場で図面を編集しながら、お互いが合意するプランに落ち着いたのは、打ち合わせ途中に、会社の真向かいにある母屋の、一部完成した寝室のクローゼットを実際に見てもらいながら、収納の問題が、なんとなく解決されたからだろう。

午後からのCさんは、アフリカ人のご主人を持つ4人家族の奥さんが、実家を建て替えて、母親と2世帯同居の新築の計画でお見えになった。うちでリフォーム工事をして頂いた男性が、その奥さんと同級生だというご紹介で、打ち合わせの四方山話として、アフリカ人のご主人は、東京より大阪の方が、人柄が面白く、住みやすいという。町で、うゎー、真っ黒ですね!と、フツウに声を掛けてくれる人がいて、日本語で、黒いでしょ!と応えるとビックリされて、そんなコミュニケーションが楽しいと、真っ白な歯が印象的なくったくのない笑顔で話す。銭湯が好きで、よく行くと、じろじろ見られながら、あれこれと声を掛けてくれるのが、嬉しいという…..。

相談会が終わり、その夜、アウトドアー薪ストーブで、ピザと肉と野菜を料理しながら家族だけの花見をする。土曜日のリベンジというべきか。それにしても、もう葉桜になってきて、今年の桜は、あっっという間に終わりそうだな。

サードウェーブ的

心準備が曖昧なうちに唐突に桜が咲いたような感じ。いつもより1~2週間、開花が早くなぃ?!。今朝は、自転車で、葡萄坂から、のどか村と朝護孫子寺を経由し、フラワーロードを走り、奈良側から裏十三峠を登って、十三峠を大阪側に下る。その途中のサンシュウの黄色の群落の上に、ちょっとだけ見える桜の上品なピンクが、最近の私の桜の定点観測所。その花々を背景に谷間に木霊するウグイスが鳴く詩をしばし聴いた日曜日の朝。


午後からは、喫茶ルプラの西峯さんによる珈琲ワークショップが開催された日曜日で、22組で40人近い参加者にお越し頂き、ここ最近では、大変多くの参加者に恵まれたワークショップだった。それぞれが手作業で、真鍮の棒を金魚すくいの輪っかのように曲げて、その輪にネルを入れ込んで、それぞれで珈琲を煎れる。その珈琲をお互いにシェアーしあうのがとっても楽しい。

ネルドリップで、同じ珈琲豆でも、抽出する時間によって、味が変わるといわれているが、ほんとうなのかどうか、それぞれの珈琲を、少しずつシェアーしてもらって、体験すると、なるほどっ!本当だ!と舌でハッキリ体感できる。なによりも印象的だったのは、同じ珈琲豆で、同じ抽出時間でも、珈琲豆へのお湯の注ぎ方が、ドバドバっと注ぐ煎れ方と、チョロチョロチョロチョロと細く煎れる方法とでは、味に違いが出るのが面白い。チョロチョロの方がコクがあるような気がした。確かにポットの注ぎ口の形状が重要になってくるのも理解出来たりする。

最近、いわゆる、珈琲ブームなのだろう。サードウェーブ珈琲なんていう、呼び方が、なんとなくカッコエエとおもえてくる昨今。サードウエーブコーヒーをウィキペディアで調べてみると。

19世紀後半から1960年代における、インスタントコーヒーなどの普及により急速に家庭に広まったファーストウェーブ、1960年代から2000年頃にかけてのスターバックスなどのシアトル系コーヒーに代表されるコーヒーの風味を重視するセカンドウェーブに次ぐ、コーヒー本来の価値を重視する第3のコーヒーの流行を指す[1]。コーヒーを単なる生活必需品として捉えるのではなく、ワインのような芸術性を兼ね備えた高品質な食品として提供することを特徴とし、コーヒーの栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理に至る全ての工程において品質管理が適正に行われており、欠点豆の混入が非常に少ない。個性を持った商品に人気が集まるといった点で、地ビールと類似した特色を持つ。

サードウェーブ工務店。なんていう呼び方もオモシロそう。大工さんと左官屋さんが、施工の中心となり、木や土を産地から管理し、手間暇を掛けて仕事をする。施主と設計と現場監督と職人さんが高品質な家を提供するために、生産地から気遣う努力を惜しまない。そんなイメージなのだろうか。

そうそう、今週の19日月曜日にあった「空き家カフェ」で、面白い考え方を聴いた。生野区の一条通商店街にある空き家を買った女性のAさんは、定年退職のお金を使って空き家を買い取り、そこをコミュニティースペースとしてリフォームしている。第二の人生を楽しみながら社会貢献をする予定なのだが、その、「お金」を、どのように考えるかが、とってもサードウェーブ的。

ここ数年は、お金を銀行に預けたままでは、利息も良くなく、そんなのを資産価値と呼ぶのかどうか。そのお金を、例えば、空き家に「預ける」。それが、「投資」というコトバでなく、「預ける」というコトバの使い方と、その感覚が、とってもユニークで、コミュニティーなスペースとして再生利用する空き家に「預ける」と、いろいろな繋がりと楽しみと苦労が生まれて、それが、面白いし、エエねん!と。利息もほとんど生まない、繋がりなど全く生まない、銀行にあるお金。さまざまな社会貢献と楽しみと苦労を生む、空き家に預けたお金。この話を奥方にすると、私もそうおもう!その方と同じ性格やわ!という。預金から投資へ投資からシェアーへ。なのか?

いまさらながら、ようやく私の中で、「サードウェーブ的」というコトバが開花した週だった。

テキスタイルと時間感覚

ミナペルホネンの京都のお店に行く。テキスタイルに興味があるわけではないが、リフォーム中の家のソファーを、うちの家具屋さんのメローウッドワークスのイケダくんに造ってもらう予定で、そのクッションに使う、生地をどうしようかと迷った。家具の設計を白坂悟デザイン事務所に頼んでいて、それで、シラサカくんが、ミナペルホネンの名前を出してきた。

久しぶりに一日丸々仕事の予定がない日曜日だったが、土曜日の夜、LINEに、小学校の同級生からのメッセージが来て、柏原のリビエラホールに午前9時30分に集合し、自転車で富田林までランチを食べに行こうというお誘いだった。先週に引き続き、午前7時過ぎ、十三峠廻で、信貴フラワーロードから、のどか村を通り抜けて、坂を下って、柏原のリビエラホールの前に到着する。あちらこちらで、梅がとっても美しく微笑みを与えてくれた。小学校の同級生のおっさん4人で、石川から富田林の米夢に向かったが、生憎のお休みで、そのままワールド牧場の坂を上がって、キッチンハートという住宅街のお店で、おっさんランチをする。こんなところにある住宅のようなお店が、日曜日に、とっても繁盛しているのに驚いた。安くて美味しく見栄えの良いランチを食べで、皆のテンションが上がったからだろう、持尾展望台を目指して、坂を上がり、南河内グリーンロードを経由し、日本最古の街道、竹之内街道を下って、石川から大和川の出合いで、皆と別れた。大和川経由で家に帰りついたのが午後2時前だった。

  

疲れているはずだったが、お風呂で汗を流し、小学校の放課後の遊びの延長線上のような、同級生のおっさんたちに癒やされたのだろう、なんとなく活力が残っていた。それで、唐突に、奥方と、京都のミナペルホネンまで、生地を見に行くことになった。今日を逃すと、3週間先でないと、二人の予定が合わなかった。ところが、いつぞやの、東京の安藤忠雄展のごとく、服飾好きの長男の奥さんと、孫二人が一緒に付いてくることになった。孫と一緒は、嬉しいと言えば嬉しいが、面倒といえばとっても面倒。でも、いつも、全てが旅的になり、時間感覚に、大きな抑揚を与えてくれる。午後3時過ぎ、車で四条河原町に向かう。車の中で片言の日本語で語りかけてくる孫。道路はガラ空きで、パーキングも空いていて、1時間ちょっとで、店舗の中に立っていた。高速道路の充実で、京都がとっても近くなった印象。

ミナペルホネンの店舗の内装の心地良さに魅了されて、レトロな建物を品良く使い、床の大谷石の目地に木を目地棒として廻しているのが、とっても印象的だった。店員の方に、造り付けのソファーに、生地を使いたいことを告げると、奥から生地のサンプルを出してきてくれて、入り口のすぐ近くにある生地置き場のカウンターで、あれやこれやと丁寧な説明を受けた。お店のインテリアデザインとカウンター越しでの生地選びのシチュエーションが、気分を盛り上げてくれたのだろう。タンバリンという生地を座面に使い、そのベース生地と同じ無地を背もたれに使うという案に落ち着いたが、在庫とか金額とか実現できるレベルになるのかどうか…..。

とっても面白かったことは、表生地が磨り減るコトを想定し、裏生地に黄色や青などさまざまな裏生地が組み合わせられていて、経年変化を楽しむ椅子生地だという。無垢の床材や左官の壁材と同じ感覚なのだろう。家の無垢材の経年変化と同じ時間感覚で経年変化をする椅子やソファーの生地。さて、テキスタイルがどんな時間感覚を与えてくれるのだろうか。

そうそう、お店を出て、夕食でも食べて帰ることになり、孫二人連れでも入れる食事処を探すと、四条の鴨川の北東角にあるレトロなレストラン菊水に入った。何度も前を通っていたが、勿論初めて。というか、こんな切っ掛けでもないと、入るコトはなかっただろう。洋食屋さんの中から眺める四条通りを行き交うひとびと。一緒に食事をする、奥方と長男の奥さんと孫二人。朝から自転車での富田林のランチを想い出しながら、なんとなく不思議なシチュエーションの、いまここの京都。

孫はいつもちょっと妙な時間感覚を私に与えてくれる。

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