ハマユウ

梅雨が終わり、夏の始まりを宣言するかのように、木村家の玄関前のハマユウが開花した。蒸し暑い日が続く火曜日。昨年の暮れから療養中だった、谷岡大工の訃報が届く。癌の治療中に奥さんを伴って会社に訪問してくれたのは、ついこの間のような気がした。あの日、会社の応接間で、会話をしたあと、帰り際に、木村家のリフォーム中の工事現場に立ち寄って、若い大工のダイちゃんの腰ベルトが、床に、置いてあり、それをおもむろに手に取って、腰に巻き付けて、この重さがエエんやぁ。この重さがっ。と嬉しそうに腰に巻き付けた姿が、とっても印象的だった。その時の光景と笑顔が、一瞬、フラッシュバックした。

お通夜には、社員や大工の全員と元社員の4人が参列した。お通夜のあと、別席を設けて頂いたので、皆で、飲みながら、谷岡大工の思い出を語り合った。現場での掃除と、整理整頓が、いき届いた棟梁だった。いろいろなお施主さんから、タニオカさんタニオカさんと慕わられて、お施主さんに喜んで頂ける仕事をする大工さんだった。これまでの木村工務店の現場での大工工事への感謝とともに、ご冥福をお祈りしたい。

土曜日。関西大学の江川教授が、文部科学大臣賞を受賞し、その講演会と祝賀会が、関西大学梅田キャンパスであった。木造設計製図の講師として、お手伝いさせて頂いているのは、江川さんが、以前、現代計画研究所の所長だった時に、設計された、丹波篠山の今田町の住宅を、うちで施工したご縁からで、その後、目神山の集会室を設計されて、うちで施工することになり、そのお陰で、目神山での施工の機会が増えて、まさか、その後、エガワさんが、関大の教授になり、私が、そのお手伝いをするなど、まったく想定すらできない当時の状況だった。ごく最近は、江川研究室出身のハヤカワくんが、うちの社員になるなど、さまざまな建築的ご縁への感謝とともに、ますますのご活躍をお祈り申し上げたい。「隙間をデザインする」というのが印象的な講演だった。

そういえば、土曜日の午前中は、蒸し暑いなか、木村家の床材と天井材の吉野檜を製材納入してくれた坂本林業のサカモトさんが、京都のツキデさんと浜松のイシノマキさんの工務店仲間を連れて、木村家に遊びに来てくれて、あれやこれやと、建築談義をした。そうそう、先月も、サカモトさんが、ちょっと設計の人を連れて遊びに行きますわっといって、連れて来られたのが、飛騨高山のオークビレッジのウエノさんだったりし、ちょっと驚きながら、やっぱり建築談義をしたが、工務店のひとたちが共有できる、メンタリティーのようなものがあって、そういう、なにか、ハートに触れあえる、コミュニケーションが好きだなぁ…..。

海の記念日は、かつては、丹沢の堀山の家で過ごすのが定番だったが、ここ数年は、しまなみ海道の生口島の輪空さんで過ごすのが定番になってきて、背後では、ベルギーとイングランドの三位決定戦が白熱していたり、ツールドフランスのシーズンでもあり、ま、とっても暑い日々だが、木村家のハマユウの開花と共に、しまなみ海道で、心身を癒やしてこようとおもう。

大雨的。

ホームページとメールのために利用しているレンタルサーバのZenlogic(旧ファーストサーバー)で不具合が発生し、ホームページへのアクセスとメールの送受信が出来ない状況が続いていて、皆さまにご迷惑をお掛けしている状況で…..。
6月19日より一部のお客様で発生している高負荷障害に関するお詫びとお知らせ平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
2018年6月19日(火)より発生しております当社一部サービスでの高負荷障害につきまして、ご利用のお客様には長期間にわたり大変ご迷惑をおかけしておりますことを、深くお詫び申し上げます。
現在、高負荷障害が発生しているクラウド基盤を提供・管理しているヤフー株式会社と連絡を密に取りながら、復旧にむけた対策を実施しております。 ご利用中のお客様には大変ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんが、障害対策の完了までお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。
断続的に続いている高負荷状態改善のため、7月5日よりメンテナンスを実施しておりましたが、当初見込みより進捗が大幅に遅れているため、7月6日20時より、一時的にすべてのサービスのご利用を停止させていただきます。
すべてのサービスがご利用いただけないメンテナンス期間
7月6日20時00分 ~ 最長 7月9日08時00分 未定 経過観察中
※ 予定より早くサービスご利用が再開いただける場合にはご報告いたします。

ということで、大変ご迷惑をお掛け致しますが、ご理解のほど、よろしくお願い致します。

それはそれとして、梅雨明けかとおもっていたら、今週は、大雨が降り続いて、電車が運休になる日もあり、予定していた二つの打ち合わせがキャンセルになり、いや、そんなことより、広島など、想像以上に水害が大きいことに驚いたりした。そんなのが、オームの死刑執行の報道とか、ワールドカップサッカーなどで、なんとなく曖昧になっていて、気が付いたら大被害なのだと知る状況だった。

工務店という立場では、画面を見ながら、あれだけ床上や床下に浸水したら、泥は人力で地道に排除していくとしても、その後はどうやって、復旧するのだろうか…..。天井や壁や床は、もう使えないのだろうし、構造材は、泥が掃除できても、臭いとか大丈夫なのだろうか…..とか、地元の工務店のひとたちの工事を想像してみたりする。そういえば、最近のあの地震も、大阪市内での地震の感覚以上に、すぐ近くだと思っていた高槻や茨木での被害が、想像以上に大きかった事に改めて驚きつつ、一部の復旧工事に出向いたりしている。

土曜日は、「生野区ものづくりセッションVol4」という集まりが、16時から木村工務店の加工場であり、生野区で、ものづくりをする若手のひとたちを中心にして、数社のプレゼンがあって、デザイナーのひとたちも数人参加してくれていて、そんなさまざまな職種のひとたちと一緒に、あれやこれやと、コメントしあうのが、以外と楽しい。このセッションでの出会いによって生まれつつある製品の経過報告もあり、少しずつだが、それぞれが、なにかを創造してみようと、遊びのように楽しみながらも、本気でやっている。

その後の懇親会では、建築家の矢部さん設計で、木村工務店でリノベーションをした、ほたる食堂のほたるちゃんが、料理を提供してくれて、賑やかに語り合うことが、お互いのこれからのコミュニケーションの潤滑油になり、セッションと懇親会は、ひとつのセットのようなものなんだろう。最近、加工場の真向にある、木村家のリホームが、ほぼ完成したこともあって、懇親会後には、皆さんにきて頂いて、少しの間、寛いだ時間を過ごしたが、そういえば、ものづくりセッションにも参加して頂いている、大阪市立デザイン教育研究所が、1回生の授業の一環として、月曜日に木村工務店への訪問があり、木村家のリフォームを題材にしながら、そのものづくりの過程や、素材について、説明し、現地をみてもらった。いろいろな人が家に出入りし、体験してもらいながら、家が、人と人を繋げてくれる場になればとおもう…..。

そうそう、奥方が、大阪のオバチャン3人で、海外旅行をしていて、それぞれが、現地に知り合いがいて、そんなのを頼りに、逞しく旅する大阪のオバチャンなんだけど、それが、水曜日の夜、いつもとは違って、妙にか細い声で、ラインの電話で連絡があって、なんでも、関空に帰国するために、ニースでのトランジットに「失敗」し、50分前の到着で、チェックインをしてもらえず、タイヘンだぁタイヘンだぁと騒いでいた。木曜日の帰国予定が金曜日にずれ込み、大雨のなか、関空連絡橋の電車がストップし、孫も乗せて、車で迎えにいったのだけれど、疲れて帰ってくるのかとおもいきや、車のなかでも活気があって、お陰で、ニースで1日遊べて、モーニングも食べ、買い物も出来て、良かったわ~と、どこまでもポジティブな大阪のオバチャンたちだった。

ま、そんなこんなで、世間でも、会社でも、家庭でも、ちょっと特異な、週だった…..。

梅雨明けか

夏がやってきたような、そんな日々が続くここ2、3日。梅雨に入って、クーラーが掛かりだした頃から、喉にヘンな感覚があり、鼻水なのだろうか、何かが喉に引っかかって、喋り出すと激しく咳が出て、うまく喋れない日々が2週間ほど続いて、皆に不快を与えていた。

耳鼻咽喉科に行こうかとおもったが、風邪っぽい感じもあったので、インフルエンザでお世話になっている近くの内科に行くと、喉のアレルギーでないのぉっという診断で、抗生物質と漢方を投薬されたが、いまいち即効性はなく、1週間ほど過ぎて、かなりまし、になるにはなったが、微妙に咳き込んでいて、そうこうしているうちに、梅雨が明けたような、そんな気配すら感じる、積乱雲を、土曜日の昼過ぎに、阪神高速から眺めていると、なぜか喉も軽やかになりだして、喋り出して咳き込む事がなくなってきて、今日の日曜日の住宅相談会では、かすれ声ながら、それなりに快調にしゃべくりが出来て、きっと、これは、喉が、梅雨を感じていたせいなではないのか。とおもってみたりした。

ゴールデンウィーク明けに、毎年定期的に実施している会社の健康診断の人間ドック検査で、腹部超音波検査をおこない、前回と前々回に胆のうポリープの疑いと所見され、要経過観察という判定だったが、今年は、肝腫瘍性病変疑いと所見され、要精密検査と判定された。それで、奥方の母の80歳を超えた、同級生のお医者さんに報告書をお渡しして見てもらうと、血液の数値がいたって正常なこともあり、血管腫とはおもえないが、何であるかを判別するためには、近くの診療所に持っていって、MRIの検査を受けておいた方が良いよ、というセカンドオピニオンを頂戴し、そのこともあって、近くの内科で、喉のアレルギーとともに、人間ドック検査報告書をお渡しし、診断してもらって、MRIを受ける予約をとってもらった。

自転車で行ける距離の総合病院に出向いて、MRIを受ける紹介状を手渡す。鎖骨の骨折の時や親父の癌治療の時の病院でもあったので、それなら、直接そちらで診察と検査をやってもらったら良かったのかもしれないが、近くのかかりつけ医と総合病院が連携する時代らしい。MRIの検査後、結果を収めたCDを手渡されて、自転車で、近くのかかりつけ医に持参し、それをパソコンの画面で見ながら判断をしてもらう。結果的には、腫瘍ではなく、水分が含まれて白くなっているので…..大丈夫です。と解説があって、ほっとしたのだが、それにしても、MRIって、おもいのほか高い金額なのね。

こんな体調不良や、土曜日深夜の宴会や、日曜日朝の雨や、サッカーワールドカップや、そんなのが続いて重なり、そんなこんなで、日曜日の朝の自転車とも暫くとーざかっていて、今日は住宅相談会のある日曜日だったが、定期的に運動をしていないと、なんとなく体調不良に陥りそうで、それで、早朝に起きて、午前9時過ぎ帰宅予定で、葡萄坂を登り、のどか村で休憩し、朝護孫子寺をお参りして、フラワーラインから、裏十三峠を登り、展望台で小休止したあと、十三峠を下りて、家に戻ったが、もう既に暑く、汗がしたたり落ち、それにな~となく気怠く、まったく快調に走れず、午前中の相談会の間中、お昼過ぎまで、体力が回復しなかった。

それにしても、こんな、体の話をするようになってきたことそのものが、歳をとってきた、あかしなのだろうなぁ…..。そうそう、自邸というか、本宅というか、本家というか、その減築リフォーム工事が「ほぼ」完成で、今日の日曜相談会や前日の土曜日などなど、打ち合わせに来て頂いたひとに、それとなくショールーム的に見てもらう日々が続いて、なのに、生憎、奥方が旅行中で、それで、日々の食事や洗い物や洗濯を、長男の奥方や、奥方の母や、奥方の親戚のワカチャンとか、手伝いに来てくれて、大助かりで、それでも、せめて、掃除と片付けだけぐらいは、やる必要性に迫られるわけで、あらためて、主婦のタイヘンさを感じつつ、それに孫もしょっちゅう乱入し綺麗になった部屋を走り回る状況で、これから続く、ショールーム的ライフスタイルなんて、可能なのだろうかね。

掃除と地震とサッカー

月曜日の朝、いつものように掃除をする。マキタのコードレス掃除機を使い、会社の2階事務所の床から、3階会議室の床へと、ひととおり掃除をし、1階の加工場におりて、職人事務所を掃除をする。そのあと会社すぐ近くの倉庫に向かい軽く掃除をして、倉庫の前にある、うちの自宅の玄関扉を開けて、庭へ行く。

母親が認知になり、1年ほど経過してから、庭が荒れ出して、母親が庭の掃除をしてくれていたことにようやく気付き、それから、庭の掃除をするようになった。いつもと同じように、その月曜日の朝も、庭の落ち葉を掃いている時だった。ガタガタときた。床が左右に大きく揺れる。庭に面する、長男家族が住む、古い住宅の木製建具が、ガタガタガタガタガタガタと大きな音をたてている、幸い長男の奥さんと子供たちは、奥さんの実家に帰っていなかったので、少しだけ心の余裕があった。それにしても大きく床が動くのがわかる。揺れる時間が短くて良かった。震源地はどこだろうか。ここで、こんなのだから、震源地はかなり凄いだろうなとおもう。阪神大震災や東北の震災の時の揺れた瞬間がフラッシュバックした。

掃除の時、もう何年も、マキタのコードレス掃除機を使っていて、つい1週間ほど前に、ベッショ大工が、シャチョウこれ使ってみて下さい、とサイクロンタイプになるアタッチメントを渡してくれた。これが、なかなか良い。ゴミ捨てが格段に楽になった。が、アタッチメントの部材分だけ掃除機の長さが長くなって、そうそう、家では、ダイソンを使っていて、普段はほとんど使う事がないが、奥方が旅行に出掛けて、その間、使ってみると、ダイソン掃除機の竿の長さが長いのが、便利といえば、便利だが、マキタの竿が短いのに慣れているので、なんだか掃除しにくい。バッテリーの時間も短い。でも、床板の素材を痛めない感じでよくゴミを拾うヘッドがエエのだなぁ。それに比べて、マキタのヘッドはシンプルすぎて、だからこそ、現場向きなのだろう。

なんて、このブログを書きながら、ワールドカップサッカーの日本対セネガルを見ている。一喜一憂する戦いで、あ~勝てたかも。残念。いや引き分けでも凄い事なんだろう。ワールドカップが始まるまでは、日本戦だけを見るイメージだったが、いざ始まってみると、日本以外の試合もついつい見てしまうのは、修練を積んだ選手たちが必死で戦う姿に魅せられるからだろうか…..。

そうそう、地震に備える気持ちが再び活性化してきた今週だった。

餃子。

とってもエエ天気でエエ気候の日曜日。久しぶりに予定がな~にもない日曜日だった。前日の土曜日に、美味しい餃子屋さんがあるから一緒に食べに行こうと誘われて、大東にある丸正餃子店本店へ行く。初体験。午後3時から予約受付で、午後5時に来て下さいと言われ、その時に、何人分食べるかを「宣言」するらしい。打ち合わせが長引いて、出発が遅れ、ぎりぎり午後5時2分に到着し、お店の扉をガラガラと引いて中に入ると、カウンターだけの店で、席に着くなり、4人前二つと3人前一つの事前に予約した3人分が、用意されていて、ジャストインタイムで、カウンターの上に置かれた。小ぶりの、こんがり焼き色がついた、いかにも美味しそうな餃子を眺め、カウンターに座って、前を見ると、カウンターの前には、丁稚奉公のような感じの若い男の子と女の子が、餃子の皮をとっても丁寧に包んで、木箱の上に丁寧に並べていた。その背面の壁に、餃子とビールとだけ書いたメニューが印象的だった。

店主らしき年配のおっちゃんが、鉄板の上に、丁寧に沢山の餃子を並べ、焼き始めると、フライ返しに油か何かを付けて、餃子の上に垂らしていく、そのうしろ姿が、魔法の棒で、呪文を唱えているように見えて、いかにも職人気質を感じる、身のこなしと体つきで、餃子を並べたり、返したりする時に、踊ってるようにリズムをとるその後姿が、どちらかと言えば呪術的にさえ見えたのは、その体型と身のこなしにもよるのだろうが、餃子専門店の老舗として、何十年もひたすら餃子を丁寧に焼き続ける年季の入った職人さんの姿が、とっても魅力的だった。こういう商売の方法もあるのだなぁ…..。これはこれで凄いなぁ…..。と、お店に漂う、ちょっとした緊張感とともに、薄皮の美味しい餃子を食べた。

  

川西で打ち合わせが終わった帰り道、阪神高速の法円坂で降りて、先日リフォーム工事をし、「まちのえんがわ」で、珈琲ワークショップも開催して頂いた、ルプラ珈琲さんに立ち寄り、自宅用に、ブラジルのフクダトミオさんの豆を焙煎してもらいながら、あれやこれやと四方山話を楽しむ。ルプラのニシミネさんと知り合ってから、うちの会社でも、珈琲豆を、月に何度か郵送してもらって、社内で、社員の数人が、豆を引いて、ドリップ珈琲を楽しむようになって、私もここ1年ほど、休憩時に、毎日のように、会社のミニキッチンで、ドリップ珈琲を楽しむようになった。

ユニマットさんが、オフィスに珈琲の機械を導入するビジネスを考えたと聞いた事があるが、合ってるのかどうか?最近のサードウェーブ的な流れからすると、オフィスで、自分で豆を引いて、自分でドリップ珈琲を入れる、落ち着いた時間そのものが、休憩時間の楽しみとなるような、そんなドリップ珈琲コーナーが会社にあっても良さそうに想うようになったのも、ニシミネさんと出会ってからで、珈琲で地域の活性化をいしている人として、最近、テレビにも何度か出演していて、写真の焙煎機は70年前のフジローヤルの焙煎機らしく、老舗の珈琲専門店のあらたのアプローチを垣間見る想い。

  

自宅のリフォームにあわせて、15年ぶりに、液晶テレビを買って、テレビ設置用の家具を作り、壁掛け設置する作業を、うちの協力会社で電気工事を担当してもらっているMK電気のカヤくんにお願いしたが、最近は、LANケーブルや、HDMIケーブルを2本も3本も仕込んでおく必要があり、その配線のための配管スペースがそれなりの大きさが必要で、新しいテレビには、HDMI端子が4つある機種もあって、HDMIケーブルの頭がそこそこ大きく、3つも4つも先行配管するのが、大変な作業だと知る。

偶然にも、サッカーワールドカップが始まった日に設置し、ポルトガルとスペイン戦を大画面で見ながら、職人的なレベルの高いプレーにみとれつつ、ピッチでそれぞれの選手がプレーしている姿を見ているうちに、3、4人がかりで、大型液晶テレビを壁掛け設置するのに格闘している作業がフラッシュバックして、配管スペースとDVD等の置き場や棚の中の配線処理の設計が案外面倒くさい作業なのだと、棚の中を眺めつつ、餃子の職人さんたちも、珈琲の焙煎も、面倒くさいことを、面倒くさがらず、丁寧にするのが、大切なコトなんだと、口の中に、あの餃子の具材の甘みが蘇ってきて、魔法使いのような餃子の職人さんの後ろ姿に刺激をうけた土曜日の夜だった。

仏壇の旅

仏壇を中心に、リフォームのプランを考える。なんていう、そんな発想を持ったことなど、全くなかったが、祖父祖母が亡くなり、親父も亡くなり、母親まで亡くなると、兄弟姉妹が集まって、仏壇に手をあわす機会というのが、それなりに大切なコトだと理解してきて、ところが、その仏壇が、ハレの場としての座敷になく、それは数寄屋の座敷で、床の間はあるが、仏間がない、いわゆる大工と祖父が、そういうちょっと変則的で、カッコエエスタイルが好きだったからだろうが、それで、離れにあった祖父母の寝室だった和室に、仏壇が鎮座していた。

祖父母が亡くなると、寝室だった和室は、仏壇に手をあわすためだけの和室となり、それも離れだったので、廊下を歩いて、敷地の一番奥まったところまでいくのが、ちょっと奥の院的な感覚で、足繁く通うような仏壇とはなっていなかった。そのうえ、父も母も亡くなると、母屋は無人となり、しかもその母屋に仏壇がなく、離れにあり、なんというか、母屋は空き家な状況で、お正月に、ハレの場としての数寄屋の座敷に、家族でお屠蘇をするためだけの母屋になり、ましてや、私の兄弟姉妹が集まり、先祖に感謝するような雰囲気の「家」ではなかった。

このまま母屋は、永遠に空き家のままになってしまうのか…..とおもっていたら、長男が、東京から帰ってきて、木村工務店に入社し、結婚もし、同居して住むという、いままで、全く、考えた事も無いチョイスが、ハプニングのように降って湧いてきて、それなら、同居しつつも、私たち夫婦が、母屋に移り住むという、至極当たり前のような選択肢を模索するようになった。

母屋であるのなら、仏間があり、その仏間が、代々受け継がれていくのが、オーソドックスな日本的で、それなら、この数寄屋の座敷に、なんとかして、仏間を造る必要性を感じ、プランを模索しはじめた。南向きの床の間の一部に、強引に仏壇を置くという手法もあるのだろうが、それは、建築的な美意識からすると、良しとは出来ず、ならば…..と考えると、東向きに片引き襖戸があり、その一部を改修して、仏間を造るのが、この数寄屋の座敷のデザイン活かす、唯一のプランに思えてきて、ところが、その仏壇を置こうとする丁度その位置に、2階に上がる階段があり、仏間を造るのなら、階段を撤去して、新たな位置に階段を付け替える必然性に迫られた。

「減築」というコトバが、「増築」というコトバ以上に、格好良い響きになってきたのは、ここ数年のことだとおもうが、2階建ての住宅の2階を撤去して、平屋にするというコトに、ほんとうにメリットがあるのかどうか。それは、おいおい判別されるのだろうが、我が母屋は、階段を付け替えるプランを考えるより、階段を撤去したついでに、2階も撤去する。という減築をチョイスすることにして、母屋には、保存した座敷に、仏間が配置され、リビングキッチンをリニューアルし、ダイニングは大人数で食事ができる大テーブルが配置されることになって、離れが私たちの寝室になることになった。

離れの仏壇を移動して、母屋と庭続きで、長男夫婦と同居している、私たちの住宅にある和室の客間に、仏壇が仮設置されて、リフォーム工事が開始されたが、うちの大工さんたちが、お客さんの現場と現場の間隙をぬって、施工をするので、まったく職人さんたちが、作業をしない時期が、2ヶ月以上もあったりし、それに、2階を減築する作業が、想定以上に大変な作業で、手間が掛かり、おもうように全く工事が進捗せず、いつしか職人さんたちから、「小路のサクラダファミリア」とあだ名されるようになり、そのリフォームの期間中に、孫が二人も出来て、ひとりめの孫イッケイは、同居の中で、2回の誕生日を迎え、ようやく、3回目の誕生日は、「母屋」でお祝いが出来そうで、そんなこんなで、離れの仏壇は、同居する家の客間に、2年以上も旅をし、そして、ようやく、母屋の座敷に辿り着いたのが、この金曜日の朝の出来事だった。

土曜日。私の兄弟姉妹とその家族が集まって、お坊さんにきて頂き、仏壇の移設を祝う読経が、その数寄屋の座敷に響いて、旅する仏壇に、ようやく居場所が出来た日だった。

クロヨン

クロヨンを見た。先週の社員と協力会社との研修旅行は、立山黒部アルペンルートで、長野県の扇沢駅からトロリーバスに乗って、黒部ダムに到着し、220段の階段を登り、展望台から眺めると、その壮大さに圧倒された。幸い天候にも恵まれて、残雪の残る山々、森、深緑の水面、それらを背景にした、コンクリートの塊。人間の力って凄いなぁ…..と、感動する。

天候のお陰でもあるのだろうが、バスの移動中、プロジェクトX挑戦者たちの黒四ダムを見て、輸送トンネルを造る苦労と破砕帯を突破する諦めない挑戦を見ると、なんとなく目頭が熱くなり、また、コンクリートのダムを造るために、クレーンとバケットでコンクリートを搬送する難しさとその作業量の多さに、凄いなぁ…..とため息をついていたが、そんなビデオを見た後だけに、コンクリートの塊の黒四ダムの背景にある、ものづくりとしてのクロヨンに、心が動かされていたからだろう。

それにしても、コンクリートの造形としても、想像していた以上に、カッコ良かった。ゆるやかなアーチ形のダムの両端に、ウィングが張っているからカッコエエのだろう。ウイングとアーチのダムが接する角が、裾野のように張って広がっていく立体感が、雄大に感じさせるのだろうか。工事が始まってから両端の岩盤でアーチを支える力が足りないからウィングを付けたらしいが、コンピュータで図面を書けない時代に、おもいのほかオーバーハングした3次元的な立体造形のアーチとウィングが造れたのは、設計士や現場監督や職人さんたちの現場力が凄かったからなのだろう。トンネルを掘るひとたちだけでなく、型枠大工や鉄筋工だって、苦労したに違いない…..。

トロリーバス、ケーブルカー、ロープウェーと、乗り物を乗り継ぎ、雄大な山々の景色とその変化を眺める楽しさ。というか、ただ乗り物を乗るコトそのものが楽しい…..という子供の時の楽しみ方を想い出す旅でもあるのだろう。室堂平で、雪の壁を体験したが、なによりもの驚きは、黒部も室堂平も外国人観光客の多さだった。ここが、こんなに、インバウンド人気なのか!と驚くとともに、「ディスカバージャパン」なんていう古いコトバを想い出した。インバウンドの人気の場所によって、日本人が、日本の良さを見直し、再発見する時代なのだろうか…..。

そういえば、研修旅行の一日目は、黒澤明の夢の最後のシーンのロケ地にもなった、大王わさび農園の美しい湧き水の上をゴムボート進んだが、黒部ダムは、破砕帯の水に苦しめられて、あらこちらで、水が流れる様子を垣間見、「水」とういのが、日本的なキーワードのひとつなのだと、気付かされた旅でもあった。

そうそう、内藤廣設計の岩崎ちひろ美術館も見学したが、美術館に行くと、展示物より、建築が気になり、それが、大事なテーマのひとつであり、この研修旅行の目的なのだが、特別展として、「ヒロシマ」というテーマの展示があり、原爆のコトを書いた当時の作文と、遺留品の芸術的な写真と、絵が、コラボして展示してあった。その展示室を、うちの20代の若い二人の大工が、仲良く一緒に並んで、その原爆についての作文をじっくり読み、なんともいえない表情と立ち居振る舞いをする、その二人の若い大工の姿が、とっても印象的だった。

クロヨンも、クロサワも、若いダイクスも、なんらかのハートに突き動かされて、ものづくりを続けているのだろうな…..。

 

感謝状

ヒョウショウジョウを手渡しで頂戴したのが月曜日のコト。表彰状をもらった記憶を辿ってみると、卒業証書ぐらいしか思い浮かばず、それも高校生の時は手渡しされたのだっけ。とそれぐらいの記憶で、そういえば、小学生の頃は、全校朝礼で、絵が入選し、その表彰状をもらったのが何度かあったような。なんていう程度の記憶で、そうそう、うちで施工した家が、設計者が表彰され、その施工者として、表彰状を頂戴したことが、何度かあったが、肩書きに木村工務店がついていた。

生野税務署の青年部会に、親父からの流れで、なんとなく参加するコトになり、それは、納税協会の事務所を何十年ものかなり前に、木村工務店で施工したという事情もあり、暫くして、専務理事より、租税教室というのがあるので、講習を受けにいって欲しいという打診があって、それも、流れで、な~となく参加すると、その講師の女性が、うちでリフォーム工事をさせて頂いたお施主さんだったりし、そんな偶然も重なりつつ、ある日、生野区の小学校に派遣されて、租税教室という、税の仕組みを小学生に教える授業を1時間持つことになった。

勿論、台本があり、それに従って語ればエエのだけれど、あたりまえながら、高額納税者でもなく、税制に詳しいわけでもないので、「私」が語る、租税の仕組みに、そんなに説得力があるともおもえず、なので、小学生の記憶に残るような授業になる自信が全くなく、その授業の朝には、なんとなく、不安がよぎり、ちょっとした憂鬱もやって来て、そんな心情のなかで、いざ授業をやってみると、台本があるので、それなりの授業として終わってしまうのも不思議だが、それでも、もう、これ一回きりで、辞めにしようと、決意しながら、小学校の校門を出て、自転車で会社に戻るのが、毎回のことで、今年で、3年目になり、それなりに慣れてもきたが、もうこれで卒業。と勝手に決めていた。

そんなさなか。今週月曜日の納税協会の総会の時に、税務署署長から感謝状を手渡しで受けとる。有り難く頂戴しつつも、また、続けてね。みたいな、お願いでもあるわけで、こういうのを皆の前で、お渡しする、仕組みそのものが、良く出来ているともおもうわけで、いわゆる、「褒め殺された」わけであり、いずれにしても、「感謝」というのを、なんらかの「形」で表現されると、悪い気はせず、じゃぁ、来年もやってみるかぁ。みたいな心情になってしまうのが、心の有り様なんだろう…..。

さて、本日27日日曜日と28日月曜日は、社員と協力会社による第62回研修旅行です。毎年のように、50人ほどでのバス旅行の予定です。電話連絡等がつかない場合もございますが、ご理解賜りますようよろしくお願い致します。

その日その朝その昼その夜その深夜。

日曜日。早朝に目が覚めて、久しぶりに自転車に乗って、十三峠からフラワーラインを抜けて、信貴山の朝護孫子寺の境内に立つと、大和盆地の屋根屋根が朝日に照らされて、キラキラして、とっても美しく、暫し見とれる朝だった。葡萄畑を通過し、三郷の方に降りて、モーニングが食べられるカフェに立ち寄ると、生憎の休業で、スマホからホームページを調べると、家族との時間をとるために、日曜日を休業にするという。そりゃ仕方ないね。なんておもえたりするのが、最近の働き方改革の影響なのだろう。誰もが、どんなライフタイルで、どんな働き方で、仕事と家族と遊びをバランス良く両立させて生きていくのかを悩む時代で、二兎を追う者は一兎をも得ず、なんていう諺が常識のように機能し、躊躇していたことが、大谷選手のように、二刀流として活躍できる可能性を模索するような時代で、さて、このカフェの家族は、どんなライフスタイルになっていくのだろうかね…..。

昨夜はとっても寒く、布団にくるまるようにして寝たので、今朝も少々肌寒く感じながら自転車に乗ったが、お昼からは、半袖で過ごせる心地良いエエ気候になって、そんな陽気のなかで、造園のイエタニさんによる、プランター台を製作するワークショップがあり、そのデザインを大手のインテリア設計施工会社で、デザイナーをしている、「まちのえんがわ」の隣に住む、通称サッチーが担当した。こぢんまりしたワークショップだったが、出来上がった作品に、参加者の誰もが笑顔になる姿を見て、少人数故のアットホームなワークショップの良さを再発見した心地良いお昼だった。

夕方からは、加工BARで、ワークショップ後の懇親会を開いたが、イエタニさんの呼びかけで、ワークショップとは関係なく、80人ほどの多くの人が集まって、あれやこれやと懇親を深め、リラックスして楽しめる夜となった。それにしても、ほとんどが、ものづくりをしている人達で、また、頑張ろう!っという、そういう集まりになるのには、何が影響するのだろうかね。集まるきっかけ、呼びかける人、手伝う人、楽しむ人、場、気候、天候、それぞれの事情のタイミング。それらが、バランス良く組み合わさった、「いまとここ」だったからだろうな…..。参加頂いた、皆さん、ありがとう!

そうそう、こうして、その後のブログを書き出してみると、ある瞬間に眠っている「私」がいて、そんな、その日その朝その昼その夜その深夜だった…..。

 

セッション

 

生野区のものづくり百景を担当している行政のタケダさんが、生野区で、ものづくりをしている若い人達に呼びかけて、私もパートナーとして、お手伝いしながら、「ものづくりセッション」という「遊び」を、木村工務店の加工場で催すことになって、その3回目のセッションが、昨日の土曜日だった。実際に工場を持って、ものづくりをしている人達だけでなく、デザイナーとか、デザイン学校の先生、建築家、コンサルタント、ファイナンシャルプランナー、写真家、大学教授、生野区のコミュニティーの方々、などなど、ものづくりに関わるいろんなひと30人ほどが、一緒にテーブルを囲む。

毎回3人ほどの、ものづくりをしているひとたちが、自分たちの技術をパワポイントでプレゼンし、皆さんに、どうおもいますか!この技術、この製品、どこかで使えませんか!っていう問いかけに対して、あれやこれやと、意見を言ったり、アイデアを提供したりしながら、縁側的で、曖昧で、雑な、コミュニケーションを繰り広げるのだけれど、その場で、激しく意見を戦わせるわけでもなく、結論のようなものを導き出すわけでもないが、何度か続けてみると、なんとなくのコミュニケーションが潤滑油になって、その後に、ものづくりをする人と人が結びつき、それが、それぞれにとっての、新たな、ものづくりへの挑戦のきっかけになったりし、この人とこの人が結びついて、こんなのが出来ました!なんていう報告も生まれてきて、そんなのが、ちょっと、ワクワクして、楽しい。

なんとなく、技術と技術が結びつくのだ。と考えていたが、こんなセッションというかワークショップをやってみると、小さなものづくりでは、まず、人と人が好意的な感情で結びつくことで、その人に寄り添っている技術とある人が携えている技術とが、融合しはじめたりするわけで、技術と技術を融合させるエネルギーが人と人との愛なのだ。なんていうのは、ちょっと大げさすぎるのだろうが、なんとなく、人と人とのものづくりに対する愛情関係が必要だな…..と、そんな気分にさせてくれるのが、この、ものづくりセッションの面白さなんだろう。

確かに、建築でも、設計士と、現場監督と、職人さんと、それぞれが、建築というものづくりに対する好意的な愛情関係がないと、エエ建築にはならないのと同じだな。と、それなりに、反省する。

そんなわけで、それぞれの参加者が、その後の懇親会を楽しみにしていて、うちの加工場BARで、総務のとんちゃんが中心となって、お総菜を用意して、セッション終了後、2時間ほどウダウダガヤガヤと話が続き、それが、それぞれが、ものづくりをするための好意的な気持ちを育む「場」となっているのだろう。30代の2代目3代目の若い人達も多く、その後、3次会4次会と続くようで、私も、そんな勢いに引っ張られながら、いつものように、ものづくりの工場を廃業し、BARとしてリノベーションして、営業している秘密基地ソケットで、延々と話が続くのが、いつものことになってしまい、4次会組と再び合流したりしながら、深夜明け方近くまで、話題が続いた。

 

激しい雨が降った今日の日曜日は、相談会の日だったが、久しぶりに、参加者がなく、前日の「ものづくりセッション」の3次会が明け方まであったので、それはそれで、良かったような、寂しいような。ただ、土曜日に、建築予定の二組の方の、ファイナンシャル相談が、集中し、生野区の「空き家カフェ」や「ものづくりセッション」にも参加してくれている、ファイナンシャルプランナーの和田さんが、長期優良住宅やフラット35Sなど、銀行ローンの説明を含めた、個人相談を催した土曜日だった。それで、これからもファイナンシャルプランナーの和田さんによる、住宅資金に関する個人相談を、定期的に実施する予定で、住宅を建てるための資金計画で、躊躇されている方は、よろしければ、ご参加下さい。

住宅のプランニングの打ち合わせや、ファイナンシャルの相談も、いわば「セッション」とも呼べるわけで、ミュージシャンが、セッションを繰り返す中から、技術やアイデアを育むように、そんなさまざまな、「ものづくりセッション」が、いろいろな形態で、続けて行ければとおもう。

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